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俺の愛する人(王子視点)
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「君を愛することはない」
俺がそう言ったのは、もちろん愛する妻にではない。側室のセリーナだ。
別に、彼女が憎いわけではなく。むしろ、こんな状況にさせて本当に申し訳ないと思っている。
だけど、俺の愛する人はただ一人。
この世でジュリアだけだから。
俺とジュリアは、幼い頃からずっと一緒だった。
かわいくて、優しくて、俺に懐いていて、撫でるとふわふわと笑ってくれる。
地位的にも釣り合いが取れたから、父である陛下に婚約の取り付けを願うのは簡単なことだった。
俺とジュリアは、俺が二十一になった年に結婚をした。しかし三年経っても子どもができる気配がない。
まだまだこれからだと思っていたが、俺は側室を用意されてしまった。
しばらくセリーナを抱くことはないと謝罪はしたが……本当に子どもができなければ、彼女を抱くしかなくなるだろう。わかっている。それが俺の使命で、彼女が来た意味なのだから。
セリーナは騎士の間で『朝露の妖精』と呼ばれているそうだ。
控えめで儚げでかわいらしい姿からそう名付けられたらしい。
俺はまったく興味がないが、彼女に惚れている騎士もいる……そんな話を聞いた。
なんでも彼女は、毎朝六時に始まる騎士の朝礼に合わせて中庭で本を読んでいるらしい。騎士の中に惚れた男でもいるのだろうか。
そんなことを考えた数日後のことだった。
レオナルドという騎士が、話を聞いてほしいというので発言の許可をする。
「王子殿下、セリーナ・ドーセット殿とは一体どういった賓客なのでしょうか」
側室のセリーナは、今後のことも考えて、対外的には賓客ということにしていた。
不自由なく過ごしてもらえるよう、丁重にもてなすようにと言ってある。一体どういう客なのか、わからないのも無理はないだろう。
「彼女は幸運を呼び込むと言われていて、しばらくの間は王宮で滞在してもらおうと思っているんだ」
……苦しい言い訳だった。
だがレオナルドは、「妖精ですもんね!」と目を輝かせている。純朴すぎないか?
「で、そのセリーナがどうかしたのか?」
「好きになってしまいました!」
俺は含んだ紅茶を吹き出すかと思った。
レオナルドはアーレンデール侯爵家の嫡男で、俺より二つ年下の二十二歳。
いや、うん、この純粋でストレートな性格、嫌いじゃないけどな。
「そうか……それで? 彼女にアタックしたいと?」
「結婚して欲しいと言ったんですが、ごめんなさいと言われました」
もう求婚済みなのか?!
にこにこ笑う子犬のような男なのに、やること早いなこいつ。
しかし、もしかしなくても、セリーナは側室という立場からレオナルドを断ったのだろう。
少なくとも、レオナルドを嫌いで断ったのではないということはわかる。彼女の目当ての男がレオナルドという可能性だって否定はできない。
かといって、俺が問いただしてもセリーナは『好きな人などいない』と言う他はないだろうし。さて、困ったな。
俺が彼女を抱かない以上、セリーナはいずれ『孕めない女』として出戻ることになる。
そうならないために賓客扱いをしてはいるが、なんにせよかわいそうなことをしてしまっているのは間違いない。なんとかしなければいけないだろう。
とりあえずこのまま側室ということは伏せ、セリーナは“幸運を招く朝露の妖精”として広めてしまおう。
もちろん最大限の配慮はするつもりだが、俺がセリーナにできることは彼女を傷物としないことだ。
俺は悩んだ末、レオナルドをセリーナ専属の護衛騎士として任命することにした。
セリーナは王宮から出ないどころか部屋からもそうそう出ないようで、護衛は必要ないのではというやつもいたが、俺の目的は違う。
まずはレオナルドを。それでセリーナが嫌がっているようなら、また別のやつを順番に護衛につける。彼女の目的の男を確認するために。
数日後、彼女に付けてある侍女を呼んで確認したが、セリーナが嫌がっている風はなく、毎日一緒になって楽しそうに本を読んでいるそうだ。
それでも彼女の本命は違うかもしれないと思い、二人をこっそり確認しに行った。するとセリーナは、まさに恋する乙女そのものの顔をしていてホッとする。どうやらレオナルドで大当たりだったようだ。
大っぴらに許可するわけにはいかないが、俺たちに子どもができればセリーナを解放してやれるだろう。その時には最大の祝福をしようと心に決めた。
逆にもし俺たちに子どもができなければ、ジュリアだけでなく二人までも傷つけてしまうことになる。
なんとしてでも子作りを成功させなければ。そう思うと、さらに重圧がのしかかるようだった。
仕事を終えると、俺は毎晩ジュリアを抱いている。
どれだけ抱いても飽きることのない愛する人の体。
どうしてこんなにも愛しているというのに、子ができないんだろう。
ジュリアの瞳が悲しみに揺れるたびに、俺は何度も何度もキスを落とした。
ジュリアの心からの笑顔を見たのはいつだった?
俺では彼女を幸せにしてやれないのか?
こんなにも、こんなにもジュリアを愛しているというのに……
心は同じはずなのに、神のなんと残酷なことか!
俺は、ジュリアの笑顔をもう一度見たい。ただそれだけなのに──
俺たちの頑張りも虚しく、何ヶ月経っても子が宿ることはなかった。
そんなある日、俺は父王に呼び出された。
「明日から側室のところへ通い、子を孕ませるんだオリバー……これは、王命だ」
ドグンと心臓の音が響く。息がうまくできない。一年を待たずして、王命がくだってしまった。
「すまない、オリバー……国のためだ、わかってくれ……」
先月、大きな天災があり、父である陛下も俺も、事後処理に追われている。
復興のために国庫金がつぎ込まれているが、あまりの被害に周りの経済は止まってしまっている。お金が回っていかない状態で、ますます状況は厳しくなっていた。
国に明るいニュースが必要なんだ。それでなくとも、結婚した日からずっと望まれているのだから。
王命に拒否権はなく、どちらにしても俺は従うしかない。
悔しさが胸の奥で広がった。こうならないために、毎日毎日毎日毎日頑張ってきたというのに。
ジュリアを、悲しませてしまう。
きっと大泣きさせてしまう。
ジュリアの笑顔が見たいのに。俺が愛する人を絶望へと追いやってしまう。
くそっ!!!!
どうして、どうして……!!
ジュリアを苦しませることを、誰よりも彼女を愛する俺がしなくちゃいけないんだ……!!
俺はやりきれず、壁をガンッと殴った。
唇は噛みすぎて、口の中に鉄の味が広がっている。
これが王位継承者の役目なのだと頭ではわかっていても。
感情は割り切れるものじゃなかった。
どうする、行くだけ行って、抱いたことにするか?
だが父上に問われれば、セリーナは本当のことを言わざるを得ないだろう。
どちらにしろ、ジュリアに言わないわけにはいかない。
俺は部屋に戻ると、ジュリアに告げた。明日、側室のところへ行かなければいけないと。
その瞬間、ジュリアは顔を青ざめさせて、ふらりとよろめいた。
「すまない……だが俺が愛しているのは、ジュリアただ一人だ! それだけはわかって……ジュリア!」
俺は必死に言い訳をしたがジュリアは倒れ込み、俺は慌てて駆け寄った。
抱き上げると、いつもよりほんの少し体温が高い。
「大丈夫か、ジュリア!! 誰か!!」
メイド達が入ってきて、医者を呼んでくれる。
あまりのショックに吐き気までもよおしたのか、メイドが用意した桶にジュリアは顔をつっこんでいた。
「大丈夫か、ジュリア……! 少し熱もあったようだが……」
先ほど抱きかかえた時の温かさ。
あまりのショックに、病気を引き起こしてしまったのかと俺の血の気は引いていく。
なにかあったら、俺のせいだ……
俺のせいでジュリアが死んでしまったら……俺はどうすれば……!!
ジュリアなしではもう生きていけないというのに!!!!
「お子が宿っているようですな」
「え?」
駆けつけた医師が、開口一番そう言った。
俺は間抜けなことに、口をおっ広げたまま元に戻らなかった。
「ご懐妊おめでとうございます、王子殿下、王子妃殿下。しばらくはご安静になさってください」
そう言って、医師は去っていった。人で溢れていた部屋が、呆然としている俺たちを置いて部屋を出ていってくれる。
「懐妊……妊娠……?」
俺はようやく、ベッドに横たわるジュリアに話しかけた。
「ジュリア……」
「オリバー様……」
潤んでいるジュリアの瞳を見ると、俺まで泣けてきた。
本当に……子どもが、できたんだ……。
「ジュリア、ありがとう……嬉しいよ……」
もっと気の利いた言葉を言いたいのに……。
涙で詰まる喉では、こんなことしか言えなくて。
「わたくしも、嬉しいです……オリバー様のお子が、ここに……っ」
ジュリアが自分のお腹をさすり、俺はその手の上に自分の手を置いた。
まだここにいるなんてわからないが。
きっとまだ豆粒より小さいのだろうが。
望んで望んでやまなかった命がここにあるのかと思うと、想いが込み上げてくる。
「愛してる。ジュリアも、この子も……一生、なにがあっても守り抜く」
「オリバー様……ありがとうございます。わたくしも、愛しています……!」
喜びに溢れるジュリアの笑顔と涙。
ああ、ようやく愛する人の一番素敵な笑顔を見られた。
俺はいつもより優しく、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
数ヶ月後。ジュリアは無事に男児を出産。
その後しばらくして、第二子を懐妊した。
側室だったセリーナは、父上と母上、家臣を説き伏せて、ようやく解放してあげられる運びとなった。
俺が望んだことではないとはいえ、長い間拘束してしまったこと、つらい言葉を浴びせてしまったことを、ジュリアと共に謝罪する。
しかしセリーナは、「ここに来られてよかったです」と嬉しそうに微笑み、たっぷりの慰労金を受け取ると実家へ帰っていった。
彼女は『幸運を招く朝露の妖精』として賓客扱いしていたし、“孕めない女”とも“寵愛を受けられなかった女”とも揶揄されることはないだろう。
俺はレオナルドを呼び、どういう気持ちでいるのかを問いただした。
レオナルドは今もセリーナが好きで、相手も同じ気持ちだったということを聞けてほっとする。
間もなくセリーナはレオナルドと婚約し、結婚の際には俺もジュリアも駆けつけ、盛大なお祝いをさせてもらった。
彼らも幸せになれたようで、肩の荷が降りた気分だった。たくさん幸せになってもらいたい。
俺たちはというと、第二子も無事に生まれ、また男児だった。少し間を空けて今度は女児が生まれた。
俺もジュリアも、政務の合間になるべく子育てに関わった。
どの子も本当に愛おしい、俺の宝物だ。
セリーナは本当に、『幸運を招く朝露の妖精』だったのかもしれないな……なんてことを、今になって思う。
「ちちうえー」
「父上ー!」
「こら、陛下だろ!」
長男が下二人を窘めるのを見て、俺は三人に笑みを向ける。
「いい。家族水入らずの時くらい、父上と呼んでくれ」
「わぁい! ちちうえだいしゅきー!」
「僕もー」
「あ、ずるいぞ、俺だって……!」
愛する我が子に囲まれながら、俺は王妃の方を見た。
「ふふっ、おモテになって。みんなお父様が大好きですわね」
出会った時と変わらない、ふわふわとした優しい笑み。
毎日、彼女のそんな顔を見られる俺は、本当に幸せ者だ。
「ジュリア、君は?」
「もちろん、大好きですわ」
「俺も、ジュリアを愛しているよ」
そう言うと、彼女はさらに幸せそうに微笑んで。
俺は、両手いっぱいに四人を抱きしめた。
俺がそう言ったのは、もちろん愛する妻にではない。側室のセリーナだ。
別に、彼女が憎いわけではなく。むしろ、こんな状況にさせて本当に申し訳ないと思っている。
だけど、俺の愛する人はただ一人。
この世でジュリアだけだから。
俺とジュリアは、幼い頃からずっと一緒だった。
かわいくて、優しくて、俺に懐いていて、撫でるとふわふわと笑ってくれる。
地位的にも釣り合いが取れたから、父である陛下に婚約の取り付けを願うのは簡単なことだった。
俺とジュリアは、俺が二十一になった年に結婚をした。しかし三年経っても子どもができる気配がない。
まだまだこれからだと思っていたが、俺は側室を用意されてしまった。
しばらくセリーナを抱くことはないと謝罪はしたが……本当に子どもができなければ、彼女を抱くしかなくなるだろう。わかっている。それが俺の使命で、彼女が来た意味なのだから。
セリーナは騎士の間で『朝露の妖精』と呼ばれているそうだ。
控えめで儚げでかわいらしい姿からそう名付けられたらしい。
俺はまったく興味がないが、彼女に惚れている騎士もいる……そんな話を聞いた。
なんでも彼女は、毎朝六時に始まる騎士の朝礼に合わせて中庭で本を読んでいるらしい。騎士の中に惚れた男でもいるのだろうか。
そんなことを考えた数日後のことだった。
レオナルドという騎士が、話を聞いてほしいというので発言の許可をする。
「王子殿下、セリーナ・ドーセット殿とは一体どういった賓客なのでしょうか」
側室のセリーナは、今後のことも考えて、対外的には賓客ということにしていた。
不自由なく過ごしてもらえるよう、丁重にもてなすようにと言ってある。一体どういう客なのか、わからないのも無理はないだろう。
「彼女は幸運を呼び込むと言われていて、しばらくの間は王宮で滞在してもらおうと思っているんだ」
……苦しい言い訳だった。
だがレオナルドは、「妖精ですもんね!」と目を輝かせている。純朴すぎないか?
「で、そのセリーナがどうかしたのか?」
「好きになってしまいました!」
俺は含んだ紅茶を吹き出すかと思った。
レオナルドはアーレンデール侯爵家の嫡男で、俺より二つ年下の二十二歳。
いや、うん、この純粋でストレートな性格、嫌いじゃないけどな。
「そうか……それで? 彼女にアタックしたいと?」
「結婚して欲しいと言ったんですが、ごめんなさいと言われました」
もう求婚済みなのか?!
にこにこ笑う子犬のような男なのに、やること早いなこいつ。
しかし、もしかしなくても、セリーナは側室という立場からレオナルドを断ったのだろう。
少なくとも、レオナルドを嫌いで断ったのではないということはわかる。彼女の目当ての男がレオナルドという可能性だって否定はできない。
かといって、俺が問いただしてもセリーナは『好きな人などいない』と言う他はないだろうし。さて、困ったな。
俺が彼女を抱かない以上、セリーナはいずれ『孕めない女』として出戻ることになる。
そうならないために賓客扱いをしてはいるが、なんにせよかわいそうなことをしてしまっているのは間違いない。なんとかしなければいけないだろう。
とりあえずこのまま側室ということは伏せ、セリーナは“幸運を招く朝露の妖精”として広めてしまおう。
もちろん最大限の配慮はするつもりだが、俺がセリーナにできることは彼女を傷物としないことだ。
俺は悩んだ末、レオナルドをセリーナ専属の護衛騎士として任命することにした。
セリーナは王宮から出ないどころか部屋からもそうそう出ないようで、護衛は必要ないのではというやつもいたが、俺の目的は違う。
まずはレオナルドを。それでセリーナが嫌がっているようなら、また別のやつを順番に護衛につける。彼女の目的の男を確認するために。
数日後、彼女に付けてある侍女を呼んで確認したが、セリーナが嫌がっている風はなく、毎日一緒になって楽しそうに本を読んでいるそうだ。
それでも彼女の本命は違うかもしれないと思い、二人をこっそり確認しに行った。するとセリーナは、まさに恋する乙女そのものの顔をしていてホッとする。どうやらレオナルドで大当たりだったようだ。
大っぴらに許可するわけにはいかないが、俺たちに子どもができればセリーナを解放してやれるだろう。その時には最大の祝福をしようと心に決めた。
逆にもし俺たちに子どもができなければ、ジュリアだけでなく二人までも傷つけてしまうことになる。
なんとしてでも子作りを成功させなければ。そう思うと、さらに重圧がのしかかるようだった。
仕事を終えると、俺は毎晩ジュリアを抱いている。
どれだけ抱いても飽きることのない愛する人の体。
どうしてこんなにも愛しているというのに、子ができないんだろう。
ジュリアの瞳が悲しみに揺れるたびに、俺は何度も何度もキスを落とした。
ジュリアの心からの笑顔を見たのはいつだった?
俺では彼女を幸せにしてやれないのか?
こんなにも、こんなにもジュリアを愛しているというのに……
心は同じはずなのに、神のなんと残酷なことか!
俺は、ジュリアの笑顔をもう一度見たい。ただそれだけなのに──
俺たちの頑張りも虚しく、何ヶ月経っても子が宿ることはなかった。
そんなある日、俺は父王に呼び出された。
「明日から側室のところへ通い、子を孕ませるんだオリバー……これは、王命だ」
ドグンと心臓の音が響く。息がうまくできない。一年を待たずして、王命がくだってしまった。
「すまない、オリバー……国のためだ、わかってくれ……」
先月、大きな天災があり、父である陛下も俺も、事後処理に追われている。
復興のために国庫金がつぎ込まれているが、あまりの被害に周りの経済は止まってしまっている。お金が回っていかない状態で、ますます状況は厳しくなっていた。
国に明るいニュースが必要なんだ。それでなくとも、結婚した日からずっと望まれているのだから。
王命に拒否権はなく、どちらにしても俺は従うしかない。
悔しさが胸の奥で広がった。こうならないために、毎日毎日毎日毎日頑張ってきたというのに。
ジュリアを、悲しませてしまう。
きっと大泣きさせてしまう。
ジュリアの笑顔が見たいのに。俺が愛する人を絶望へと追いやってしまう。
くそっ!!!!
どうして、どうして……!!
ジュリアを苦しませることを、誰よりも彼女を愛する俺がしなくちゃいけないんだ……!!
俺はやりきれず、壁をガンッと殴った。
唇は噛みすぎて、口の中に鉄の味が広がっている。
これが王位継承者の役目なのだと頭ではわかっていても。
感情は割り切れるものじゃなかった。
どうする、行くだけ行って、抱いたことにするか?
だが父上に問われれば、セリーナは本当のことを言わざるを得ないだろう。
どちらにしろ、ジュリアに言わないわけにはいかない。
俺は部屋に戻ると、ジュリアに告げた。明日、側室のところへ行かなければいけないと。
その瞬間、ジュリアは顔を青ざめさせて、ふらりとよろめいた。
「すまない……だが俺が愛しているのは、ジュリアただ一人だ! それだけはわかって……ジュリア!」
俺は必死に言い訳をしたがジュリアは倒れ込み、俺は慌てて駆け寄った。
抱き上げると、いつもよりほんの少し体温が高い。
「大丈夫か、ジュリア!! 誰か!!」
メイド達が入ってきて、医者を呼んでくれる。
あまりのショックに吐き気までもよおしたのか、メイドが用意した桶にジュリアは顔をつっこんでいた。
「大丈夫か、ジュリア……! 少し熱もあったようだが……」
先ほど抱きかかえた時の温かさ。
あまりのショックに、病気を引き起こしてしまったのかと俺の血の気は引いていく。
なにかあったら、俺のせいだ……
俺のせいでジュリアが死んでしまったら……俺はどうすれば……!!
ジュリアなしではもう生きていけないというのに!!!!
「お子が宿っているようですな」
「え?」
駆けつけた医師が、開口一番そう言った。
俺は間抜けなことに、口をおっ広げたまま元に戻らなかった。
「ご懐妊おめでとうございます、王子殿下、王子妃殿下。しばらくはご安静になさってください」
そう言って、医師は去っていった。人で溢れていた部屋が、呆然としている俺たちを置いて部屋を出ていってくれる。
「懐妊……妊娠……?」
俺はようやく、ベッドに横たわるジュリアに話しかけた。
「ジュリア……」
「オリバー様……」
潤んでいるジュリアの瞳を見ると、俺まで泣けてきた。
本当に……子どもが、できたんだ……。
「ジュリア、ありがとう……嬉しいよ……」
もっと気の利いた言葉を言いたいのに……。
涙で詰まる喉では、こんなことしか言えなくて。
「わたくしも、嬉しいです……オリバー様のお子が、ここに……っ」
ジュリアが自分のお腹をさすり、俺はその手の上に自分の手を置いた。
まだここにいるなんてわからないが。
きっとまだ豆粒より小さいのだろうが。
望んで望んでやまなかった命がここにあるのかと思うと、想いが込み上げてくる。
「愛してる。ジュリアも、この子も……一生、なにがあっても守り抜く」
「オリバー様……ありがとうございます。わたくしも、愛しています……!」
喜びに溢れるジュリアの笑顔と涙。
ああ、ようやく愛する人の一番素敵な笑顔を見られた。
俺はいつもより優しく、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
数ヶ月後。ジュリアは無事に男児を出産。
その後しばらくして、第二子を懐妊した。
側室だったセリーナは、父上と母上、家臣を説き伏せて、ようやく解放してあげられる運びとなった。
俺が望んだことではないとはいえ、長い間拘束してしまったこと、つらい言葉を浴びせてしまったことを、ジュリアと共に謝罪する。
しかしセリーナは、「ここに来られてよかったです」と嬉しそうに微笑み、たっぷりの慰労金を受け取ると実家へ帰っていった。
彼女は『幸運を招く朝露の妖精』として賓客扱いしていたし、“孕めない女”とも“寵愛を受けられなかった女”とも揶揄されることはないだろう。
俺はレオナルドを呼び、どういう気持ちでいるのかを問いただした。
レオナルドは今もセリーナが好きで、相手も同じ気持ちだったということを聞けてほっとする。
間もなくセリーナはレオナルドと婚約し、結婚の際には俺もジュリアも駆けつけ、盛大なお祝いをさせてもらった。
彼らも幸せになれたようで、肩の荷が降りた気分だった。たくさん幸せになってもらいたい。
俺たちはというと、第二子も無事に生まれ、また男児だった。少し間を空けて今度は女児が生まれた。
俺もジュリアも、政務の合間になるべく子育てに関わった。
どの子も本当に愛おしい、俺の宝物だ。
セリーナは本当に、『幸運を招く朝露の妖精』だったのかもしれないな……なんてことを、今になって思う。
「ちちうえー」
「父上ー!」
「こら、陛下だろ!」
長男が下二人を窘めるのを見て、俺は三人に笑みを向ける。
「いい。家族水入らずの時くらい、父上と呼んでくれ」
「わぁい! ちちうえだいしゅきー!」
「僕もー」
「あ、ずるいぞ、俺だって……!」
愛する我が子に囲まれながら、俺は王妃の方を見た。
「ふふっ、おモテになって。みんなお父様が大好きですわね」
出会った時と変わらない、ふわふわとした優しい笑み。
毎日、彼女のそんな顔を見られる俺は、本当に幸せ者だ。
「ジュリア、君は?」
「もちろん、大好きですわ」
「俺も、ジュリアを愛しているよ」
そう言うと、彼女はさらに幸せそうに微笑んで。
俺は、両手いっぱいに四人を抱きしめた。
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