ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗

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09.親愛のしるし

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 外にいた騎士からランプを受け取ったスタンリーは、ミシェルの肩を抱いたまま、歩調を合わせて進んでくれる。
 足元は優しく照らされて、見上げればすぐそこにスタンリーの顔があった。

「遅くなってすまなかった」
「……え?」

 スタンリーが何故謝っているのかわからずに、ミシェルは眉をひそめる。助けてくれたはずのスタンリーの顔は晴れておらず、むしろなにかに抉られていそうな苦悶の表情。

「ワトキンから報告で風貌を聞いた瞬間、ミシェルのことだと思った」

 ワトキンとは、あの老騎士のことだろう。どこにでもいるような町娘だとミシェルは自分で思っているが、すぐさま自分と結びつけて考えてくれたことが嬉しく、胸が温かくなる。しかしスタンリーは対照的に、何かが詰まったような顔をしたままだ。

「俺はすぐにその場を離れるわけに行かず、部下にミシェルの家を教えて、帰っているかどうかを確認させたんだ。だが、ミシェルの家には誰もいなかったし、道中も誰に会うこともなかったと言われて、俺は焦った」
「あ、焦らせてすみません……」
「無事だったから、構わないが……もう二度と、夜に一人で歩くことはやめてくれ」
「は、はい……」

 以前、注意を受けていたというのに、それを破ってしまったのだ。ミシェルは申し訳なくて肩をすくめる。

「西区を調べさせたが、ミシェルは見つからない。仕事を終えた俺はもしやと思って南区にまで足を延ばしたら……いるんだもんな」
「え、ここ南区だったんですか?!」
「ああ。どこをどう歩いたらここまで来られるのか……」

 飽きられられてしまっただろうかと、ミシェルは気分と肩を底辺まで落とす。そんなミシェルを見たスタンリーの顔が、今までの表情から少し柔らかく変化した。

「無事でよかった、本当に。怖かっただろう」
「いえ、もう自業自得で……あの人たちを疑って騒ぎ立ててしまったのは私ですし」
「ミシェルの行動は正しい。いかつくて人相の悪い男ばかりの家だ。しかも真夜中。平気で入っていける女性はいないと思うし、そうあってほしくはない」

 あの男たちは、本当はミシェルを殺すつもりはないと言っていた。
 けれどもミシェルは身の危険を感じたし、本当に殺されるかと思った。
 自分の勘違いだったのだから、大袈裟にしたくないと思っていたいたが、本当は……。

「怖かったな」

 心を見透かしたように言われてしまい、鼻の奥に痛みが走る。

「スタンリー、さ……私……っ」
「もう大丈夫だ」

 怖かった。そう訴えてもよかったのだと思うと同時に、安堵の涙が噴き出した。

「ごめ、なさ……私……スタン、リ、さんに言われてたのに……っ」
「怒っているわけじゃない。大切な人になにかあったら、俺がつらいだけなんだ」
「スタンリーさん……っ」

 うわぁ、と子どものように泣き出してしまい、スタンリーが優しく抱きしめてくれる。
 スタンリーの胸の中で、ミシェルは自分の頭を擦り付けるようにして、泣いた。
 騎士服からは男らしい、安心できる彼の香りがして、ぎゅうっと抱きついた。
 スタンリーは涙がおさまるまで、静かにそうしてくれていた。



 そうしてまたゆっくりと歩き出す時には、スタンリーに手を繋がれていた。
 泣き疲れていたミシェルはなにも話せず、スタンリーもまたなにも言わない。ただゆっくりゆっくりと、二人は歩みを進めた。
 このままずっと歩いていたい名残惜しさを感じつつも、家に着いたミシェルはその手を外して鍵を開ける。
 振り返ってスタンリーを見上げたあと、深く腰を折った。

「色々と、本当にありがとうございました」
「いや、一人で大丈夫か? もしも怖いなら、心理サポートの女性団員をこの家によこすことは可能だが」
「いえ、そこまでしてもらうわけには! もう大丈夫です。スタンリーさんが、ずっとそばにいてくれたから……」

 そういって微笑むと、スタンリーもまたオリーブグリーンの瞳を細めてくれる。

「本当に、ありがとうございました」
「いや、しかしどうして王城に来ていたのか、聞いてもいいか? なにか用事があったんだろう?」
「それは」

 告白するため、と言いたくはない。ちゃんと好きだと伝えたい。

 そのためにはまず、イヤリングのお礼を言って──

 そう、右手を自分の耳に持って行った瞬間、ミシェルは青ざめた。

「……ない」
「え?」

 慌てて左耳も確かめる。けれどもそこには、自分の耳たぶしか触れられなかった。

「ない! うそ、ない!!」
「ミシェル? どうした」

 スタンリーからもらった、二十歳のプレゼント。それを、二十四時間も経たずに失くしてしまった。

「……う……ごめんなさ……」
「なにがだ?」
「イヤリング……失くしちゃった……」
「イヤリングを?」

 いつ落としたのだろうか。街中を歩いている時か、男らに押さえつけられた時か、帰りしなか。
 どちらにしろ、あんな小さなものを見つけられるとは思えない。絶望的だ。

「せっかくスタンリーさんがくれたものだったのに……!」
「気にするな。また今度、同じものをプレゼントするよ」
「あれが、良かったんです……っ」

 ミシェルは自分が嫌になりながら、ずずっと鼻をすする。

「スタンリーさんがくれた、初めてのプレゼントだったから……っ」

 同じものがあったとしても、それは〝初めて〟ではない。二番目のプレゼントだ。それでは、違う。

「わかった。じゃあ、探してみよう」
「えっ」
「見つかるかはわからないが、遺失物として届けられる可能性もある。少し待ってくれないか」
「スタンリーさ……」

 とんでもないわがままを言ってしまったのでは、と今さらながらに思ったが、スタンリーの優しい瞳は変わらなかった。

「それだけ大切なものと思ってくれていて嬉しいよ。だから、もう泣かないでくれ。ミシェル」

 いつのまにか溢れていた涙に気づき、ぐしっとはしたなく袖で拭う。涙がなくなったのを確認したスタンリーは、そっと口を開いた。

「俺は戻らなければいけないが、本当に一人で平気か?」
「はい……大丈夫です。本当に色々と、すみませんでした……」
「ゆっくりおやすみ。ミシェル」
「おやすみなさい、スタンリーさん」

 そういうと、スタンリーはゆっくりとミシェルに近づくと。

「……え?」

 ふわりと両腕に包まれる。
 先程のような、泣きじゃくる子を慰めるための抱擁ではない。
 別れ際の、親しい者たちのする、ハグ。

「じゃあ」

 スタンリーはゆっくりとミシェルから離れると、オリーブグリーンの優しい瞳を残して家の扉を閉めていった。
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