7 / 13
07.二十歳になっても
しおりを挟む「そんなにひどかったんですか?」
「骨は無事だから化膿さえしなければ、おおごとにはならん。安心しろ。ほかに怪我人はおらんのか?」
「二人ほど。擦り傷程度ですが」
「念のために診ておいたほうが良さそうだな。一度ここへ連れてこい。おまえたちのいう擦り傷はあてにならんからな」
うなずいてそれに答え、病室へ向かった。
背中の傷のせいでうつぶせに寝ている麻乃は、変に弱々しく見える。白いシーツに深みを増した赤茶の髪が目立っていた。ベッドの横に椅子を引き、腰をかけた。
「今日はずいぶんと盛大に怒鳴られていたな」
「だって、このあいだはすぐに帰してくれたから、今日もすぐ帰れるかと思ってさ。そう聞いただけなのにカンカンに怒られたよ」
「このあいだは自分で歩けないほどの怪我じゃなかったからだろうよ」
「そりゃあ、そうだろうけどさ」
麻乃は、ふーっ、と大きなため息をついた。
「痛むか?」
「うん、少しね。うつぶせが嫌だよ。せめて座りたい」
「大人しく寝ておけ。今度、このあいだのように傷が開いたら、麻酔はなしで縫うって言っていたぞ」
「それは……嫌だな。でもあたし、少しでも動けるなら戻らないと……女の子たちのことが気になるし」
痛みを思い出したように、顔をしかめて苦笑いしながら麻乃は言った。
「今夜にでも俺が様子を見て、明日の朝、知らせにきてやるから心配するな」
「明日だって中央の会議があるのに、それも出られないよ。そろそろ諜報の報告が届くんじゃないかな?」
「それもあさってになれば、資料が届くだろうよ。おまえ、そんなことより、もっと気にすることがあるんじゃないか?」
ビクッと麻乃の肩が動いた。
「あたし、どこか変?」
「髪に紅味が増している」
「そっか……だから修治も塚本先生も、あたしを見たときに変な顔をしたんだ」
「また、抑え込んだのか?」
「なんで……それを?」
「なんとなく、な。そんな気がすることが幾度かあった」
「…………」
うつぶせているから表情は見えない。なにも言わないのは、言葉を探しているからだろう。
(長丁場になるな)
話し出すのを待つしかないと思い、腕を組んで目を閉じたとき、意外にもあっさりと麻乃は話しを始めた。
「あたしが弾き飛ばされたのを見た二人が飛びだしてきたとき、ヤバイって思った。喰われちゃうかもしれない、って思った瞬間、くるのがわかった。いつもはそこで抑えようと思うんだけど――」
伏せたままの格好では話しづらいのか、モゾモゾと体を動かして、また続けた。
「今日は大丈夫な気がした、って言うか、そうしないとみんな、殺られちゃうと思ったんだ。凄く強い感覚があった。変わる、って思った。だけどね……」
首を動かして、視線をこちらに向けた麻乃は、なにか迷っているような目をしている。
「誰かに……止められた」
「誰かに? ……なんだって?」
突拍子もないものいいに、思わず前屈みに身を寄せ聞き返した。
「耳もとで声がしたんだ。まだ早いでしょう? って……」
「錯覚じゃないのか?」
「だって息づかいがわかるくらい、すぐそばで聞こえたんだよ! それに、時々、誰かに見られているような誰かがすぐ後ろにいるような、そんな感覚があるんだよ! 錯覚でも気のせいでもない。絶対違う! 市原先生は気負いすぎとか疲れているんじゃないか、って言ったけど――」
麻乃は声を荒げてまくしたてた。小さな肩が呼吸で大きく上下している。椅子を引いて枕もとに寄ると落ち着かせるように頭を軽くなでた。
「その声に、聞き覚えはなかったのか?」
「うん、男の声だったけど、聞き覚えはない」
「いつからそういうことがあったんだ?」
「気配を感じたのは少し前からだけど、声を聞いたのは今日が初めてだよ」
「そうか……」
沈黙が重く圧し掛かる。
誰かの声がしたって言うが、どう考えても気のせいだとしか思えない。そうでなけりゃ、なにかに取り憑かれてるとでも?
馬鹿馬鹿しい、そう一蹴してしまうのはたやすい。けれど――。
「何か思い当たることはないのか?」
「あの日……西浜の敵襲のとき、誰かに見られてるような視線を感じたんだ。そのときからかな、そういう感覚があるのは」
目を伏せて、麻乃は少しだけ考えてからぽつりと言った。
「骨は無事だから化膿さえしなければ、おおごとにはならん。安心しろ。ほかに怪我人はおらんのか?」
「二人ほど。擦り傷程度ですが」
「念のために診ておいたほうが良さそうだな。一度ここへ連れてこい。おまえたちのいう擦り傷はあてにならんからな」
うなずいてそれに答え、病室へ向かった。
背中の傷のせいでうつぶせに寝ている麻乃は、変に弱々しく見える。白いシーツに深みを増した赤茶の髪が目立っていた。ベッドの横に椅子を引き、腰をかけた。
「今日はずいぶんと盛大に怒鳴られていたな」
「だって、このあいだはすぐに帰してくれたから、今日もすぐ帰れるかと思ってさ。そう聞いただけなのにカンカンに怒られたよ」
「このあいだは自分で歩けないほどの怪我じゃなかったからだろうよ」
「そりゃあ、そうだろうけどさ」
麻乃は、ふーっ、と大きなため息をついた。
「痛むか?」
「うん、少しね。うつぶせが嫌だよ。せめて座りたい」
「大人しく寝ておけ。今度、このあいだのように傷が開いたら、麻酔はなしで縫うって言っていたぞ」
「それは……嫌だな。でもあたし、少しでも動けるなら戻らないと……女の子たちのことが気になるし」
痛みを思い出したように、顔をしかめて苦笑いしながら麻乃は言った。
「今夜にでも俺が様子を見て、明日の朝、知らせにきてやるから心配するな」
「明日だって中央の会議があるのに、それも出られないよ。そろそろ諜報の報告が届くんじゃないかな?」
「それもあさってになれば、資料が届くだろうよ。おまえ、そんなことより、もっと気にすることがあるんじゃないか?」
ビクッと麻乃の肩が動いた。
「あたし、どこか変?」
「髪に紅味が増している」
「そっか……だから修治も塚本先生も、あたしを見たときに変な顔をしたんだ」
「また、抑え込んだのか?」
「なんで……それを?」
「なんとなく、な。そんな気がすることが幾度かあった」
「…………」
うつぶせているから表情は見えない。なにも言わないのは、言葉を探しているからだろう。
(長丁場になるな)
話し出すのを待つしかないと思い、腕を組んで目を閉じたとき、意外にもあっさりと麻乃は話しを始めた。
「あたしが弾き飛ばされたのを見た二人が飛びだしてきたとき、ヤバイって思った。喰われちゃうかもしれない、って思った瞬間、くるのがわかった。いつもはそこで抑えようと思うんだけど――」
伏せたままの格好では話しづらいのか、モゾモゾと体を動かして、また続けた。
「今日は大丈夫な気がした、って言うか、そうしないとみんな、殺られちゃうと思ったんだ。凄く強い感覚があった。変わる、って思った。だけどね……」
首を動かして、視線をこちらに向けた麻乃は、なにか迷っているような目をしている。
「誰かに……止められた」
「誰かに? ……なんだって?」
突拍子もないものいいに、思わず前屈みに身を寄せ聞き返した。
「耳もとで声がしたんだ。まだ早いでしょう? って……」
「錯覚じゃないのか?」
「だって息づかいがわかるくらい、すぐそばで聞こえたんだよ! それに、時々、誰かに見られているような誰かがすぐ後ろにいるような、そんな感覚があるんだよ! 錯覚でも気のせいでもない。絶対違う! 市原先生は気負いすぎとか疲れているんじゃないか、って言ったけど――」
麻乃は声を荒げてまくしたてた。小さな肩が呼吸で大きく上下している。椅子を引いて枕もとに寄ると落ち着かせるように頭を軽くなでた。
「その声に、聞き覚えはなかったのか?」
「うん、男の声だったけど、聞き覚えはない」
「いつからそういうことがあったんだ?」
「気配を感じたのは少し前からだけど、声を聞いたのは今日が初めてだよ」
「そうか……」
沈黙が重く圧し掛かる。
誰かの声がしたって言うが、どう考えても気のせいだとしか思えない。そうでなけりゃ、なにかに取り憑かれてるとでも?
馬鹿馬鹿しい、そう一蹴してしまうのはたやすい。けれど――。
「何か思い当たることはないのか?」
「あの日……西浜の敵襲のとき、誰かに見られてるような視線を感じたんだ。そのときからかな、そういう感覚があるのは」
目を伏せて、麻乃は少しだけ考えてからぽつりと言った。
1
お気に入りに追加
470
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
【完結】ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
側妃を母にもつ王女クラーラは、正妃に命を狙われていると分かり、父である国王陛下の手によって王城から逃がされる。隠れた先の修道院で迎えがくるのを待っていたが、数年後、もたらされたのは頼りの綱だった国王陛下の訃報だった。「これからどうしたらいいの?」ひとりぼっちになってしまったクラーラは、見習いシスターとして生きる覚悟をする。そんなある日、クラーラのつくるスープの香りにつられ、身なりの良い青年が修道院を訪ねて来た。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】みそっかす転生王女の婚活
佐倉えび
恋愛
私は幼い頃の言動から変わり者と蔑まれ、他国からも自国からも結婚の申し込みのない、みそっかす王女と呼ばれている。旨味のない小国の第二王女であり、見目もイマイチな上にすでに十九歳という王女としては行き遅れ。残り物感が半端ない。自分のことながらペットショップで売れ残っている仔犬という名の成犬を見たときのような気分になる。
兄はそんな私を厄介払いとばかりに嫁がせようと、今日も婚活パーティーを主催する(適当に)
もう、この国での婚活なんて無理じゃないのかと思い始めたとき、私の目の前に現れたのは――
※小説家になろう様でも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~
可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】初恋の伯爵は愛を求めない!買われた契約妻は恋心をひた隠す
白雨 音
恋愛
男爵令嬢のセリアは結婚を間近に控えていたが、両親の死により全てを失ってしまう。
残された負債の為、債権者の館で下女となるが、元貴族という事で、
風当たりも強く、辛い日々を送っていた。
そんなある夜、館のパーティで、セリアは一人の男性に目を奪われた。
三年前、密かに恋心を抱いた相手、伯爵レオナール___
伯爵は自分の事など記憶していないだろうが、今の姿を彼に見られたくない…
そんな気持ちとは裏腹に、セリアはパーティで目立ってしまう。
嫉妬した館の娘ルイーズの策謀で、盗人の汚名を着せられたセリア。
彼女の窮地に現れたのは、伯爵だった…
異世界恋愛 ※魔法要素はありません。《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。
朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。
傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。
家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。
最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる