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07.二十歳になっても
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夜会は、王族貴族の集まりだ。
一般庶民が足を踏み入れられるような場所ではない。
今日の舞踏会場はお城の中のホールらしく、煌びやかな馬車が次々に門の中を潜っていく。
中では豪奢なドレスで着飾ったご令嬢らが、素敵な男性と踊ったり会話をして楽しむのだろう。
もしかして、騎士団長も誘われたりするのかな……。
警備って言ってたから、違うよね?
でも誘われたら断れないんじゃ……そもそもスタンリーさんって、貴族なわけだし……。
考えれば考えるほど、もやもやとしてくる。どうにかこうにか中の様子を探れないものかと周りをうろうろしていると、警備をしている一人の騎士に声をかけられてしまった。
「お嬢さんや。さっきから、そこで何をしているのかな?」
かなりの老年の騎士だった。鼻の下に白い髭を蓄えて、優しそうな人だ。
「え、えーと……すみません、中を覗いてみたくて……」
「一般人は入れないことになっているのだよ。もう暗いのだから、早く帰りなさい」
老年騎士に諭されるようにそう言われたミシェルは、そうした方がいいとわかっていつつも、どうしても今日中に会いたい思いが募る。
今なら勢いのまま告白できそうな気がした。勇気がしぼんでしまう、その前に。
帰れと促されたミシェルは、それでもしつこく城の近くで様子を見る。中からは軽やかな音楽が流れていて、ミシェルとは違う世界の人たちで賑わっているに違いない。
足が疲れてペタンと座り込むと、先程の老年騎士がまた近寄ってきた。
「お嬢さんや、貴族の誰かに懸想でもしているのかな?」
懸想という古めかしい言葉が何故か艶かしくて、はわはわとしながらこくんと頷いた。
「そうかそうか。それは居ても立っても居られんだろうが、今日のところは帰りなさい。うちはどこかいな?」
「第八西区の、カージストリート沿いです」
「かなり遠いな。わしが送っていってやろう」
「いえ、大丈夫です! 自分で帰れますので」
「そう言ってお嬢ちゃんは、この周りでいるんだろう? 待っていなさい、団長にわけを話してここを離れる許可をもらってくるから」
団長、つまりはスタンリーの耳に入ってしまう。仕事の邪魔をしてしまうようで、ミシェルはぶるぶると首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 今から本当に帰りますし、一人で帰れますから! ご迷惑をおかけして、すみませんでしたー!」
「ちょっと、待ちなされ!」
老騎士が止めるのも聞かず、ミシェルは全力ダッシュでその場から離れた。
さすがに追ってくることはないだろう。
ゼーゼーと息が切れて、ごくんと息を飲んだところでふと気づく。
「ここ……どこ……?」
逃げ出すのに必死で、どこを走っているのか分からなかった。
この街は真ん中に城があり、そこから東西南北に居住区が分かれている。ミシェルの居住区は西区、図書館があるのも西区だ。基本西区だけで生活しているミシェルは、他の区の地図など頭に入っていなかった。
「今来た道を戻れば……だめだ、またあの騎士さんに迷惑かけちゃう」
道はどこかに繋がっているのだから、必ず西区にも出られるはずだと、ミシェルは戻らずに進み始めた。
しかし、家に灯されていた光は、どんどん少なくなっていく。道を照らすものが、夜空の月しかなくなっていく。
これは、完璧に迷子になってしまったとミシェルは青ざめた。二十歳にもなって迷子など聞いたこともないが、誰かに助けてもらわなくてはどうしようもない。
けれど、みんなもう眠ってしまったようであたりは真っ暗だ。
「ど、どうしよう……っ」
下手に動かない方がいいのだろうか。もういまさらだが。
ホーホーとどこからか鳥の声が聞こえて来て、ガサッと音が鳴るたびビクッと体が震える。
誰かに助けを求めようかと思ったが、寝ているところを叩き起こすのは忍びない。
元来た道を戻ろうと引き返したが、すでにどこをどう歩いたのかはわからなかった。
「まだ起きている人はいないの……?」
泣きそうになりながら足を動かしていると、一見の家から煌々と灯りが漏れている。
ミシェルは助かったと、その家に駆け寄った。
「夜分に申し訳ありません! 道に迷ってしまって、助けてくれませんか?」
恥も外聞もかなぐり捨てて、コンコンとノックをしながらそう訴えた。
「ああ? 道に迷っただぁ?」
ぎい、と扉を開けたのは、大きくてガラの悪い男。
「女じゃねえか。まぁねえちゃん、中に入っていけよ。朝まで俺たちと過ごそうぜ」
扉の向こうでは、何人もの男たちがガヤガヤニヤニヤとこちらを見ていて、ミシェルはゾッと背筋を凍らせた。
「い、いえ、やっぱり結構ですー!」
「遠慮すんなって!」
太くて毛むくじゃらの手が、ガシッとミシェルの腕をつかむ。
「いやーー、やめてーー!! 助けてーー!!」
「おい、叫ぶな!! 静かにしろ!!」
ミシェルはその男にバフっと口を塞がれると。
「んーー!! んんーーーー!!」
そのまま家へと引き摺り込まれ、バタンと扉が閉められた。
一般庶民が足を踏み入れられるような場所ではない。
今日の舞踏会場はお城の中のホールらしく、煌びやかな馬車が次々に門の中を潜っていく。
中では豪奢なドレスで着飾ったご令嬢らが、素敵な男性と踊ったり会話をして楽しむのだろう。
もしかして、騎士団長も誘われたりするのかな……。
警備って言ってたから、違うよね?
でも誘われたら断れないんじゃ……そもそもスタンリーさんって、貴族なわけだし……。
考えれば考えるほど、もやもやとしてくる。どうにかこうにか中の様子を探れないものかと周りをうろうろしていると、警備をしている一人の騎士に声をかけられてしまった。
「お嬢さんや。さっきから、そこで何をしているのかな?」
かなりの老年の騎士だった。鼻の下に白い髭を蓄えて、優しそうな人だ。
「え、えーと……すみません、中を覗いてみたくて……」
「一般人は入れないことになっているのだよ。もう暗いのだから、早く帰りなさい」
老年騎士に諭されるようにそう言われたミシェルは、そうした方がいいとわかっていつつも、どうしても今日中に会いたい思いが募る。
今なら勢いのまま告白できそうな気がした。勇気がしぼんでしまう、その前に。
帰れと促されたミシェルは、それでもしつこく城の近くで様子を見る。中からは軽やかな音楽が流れていて、ミシェルとは違う世界の人たちで賑わっているに違いない。
足が疲れてペタンと座り込むと、先程の老年騎士がまた近寄ってきた。
「お嬢さんや、貴族の誰かに懸想でもしているのかな?」
懸想という古めかしい言葉が何故か艶かしくて、はわはわとしながらこくんと頷いた。
「そうかそうか。それは居ても立っても居られんだろうが、今日のところは帰りなさい。うちはどこかいな?」
「第八西区の、カージストリート沿いです」
「かなり遠いな。わしが送っていってやろう」
「いえ、大丈夫です! 自分で帰れますので」
「そう言ってお嬢ちゃんは、この周りでいるんだろう? 待っていなさい、団長にわけを話してここを離れる許可をもらってくるから」
団長、つまりはスタンリーの耳に入ってしまう。仕事の邪魔をしてしまうようで、ミシェルはぶるぶると首を横に振った。
「だ、大丈夫です! 今から本当に帰りますし、一人で帰れますから! ご迷惑をおかけして、すみませんでしたー!」
「ちょっと、待ちなされ!」
老騎士が止めるのも聞かず、ミシェルは全力ダッシュでその場から離れた。
さすがに追ってくることはないだろう。
ゼーゼーと息が切れて、ごくんと息を飲んだところでふと気づく。
「ここ……どこ……?」
逃げ出すのに必死で、どこを走っているのか分からなかった。
この街は真ん中に城があり、そこから東西南北に居住区が分かれている。ミシェルの居住区は西区、図書館があるのも西区だ。基本西区だけで生活しているミシェルは、他の区の地図など頭に入っていなかった。
「今来た道を戻れば……だめだ、またあの騎士さんに迷惑かけちゃう」
道はどこかに繋がっているのだから、必ず西区にも出られるはずだと、ミシェルは戻らずに進み始めた。
しかし、家に灯されていた光は、どんどん少なくなっていく。道を照らすものが、夜空の月しかなくなっていく。
これは、完璧に迷子になってしまったとミシェルは青ざめた。二十歳にもなって迷子など聞いたこともないが、誰かに助けてもらわなくてはどうしようもない。
けれど、みんなもう眠ってしまったようであたりは真っ暗だ。
「ど、どうしよう……っ」
下手に動かない方がいいのだろうか。もういまさらだが。
ホーホーとどこからか鳥の声が聞こえて来て、ガサッと音が鳴るたびビクッと体が震える。
誰かに助けを求めようかと思ったが、寝ているところを叩き起こすのは忍びない。
元来た道を戻ろうと引き返したが、すでにどこをどう歩いたのかはわからなかった。
「まだ起きている人はいないの……?」
泣きそうになりながら足を動かしていると、一見の家から煌々と灯りが漏れている。
ミシェルは助かったと、その家に駆け寄った。
「夜分に申し訳ありません! 道に迷ってしまって、助けてくれませんか?」
恥も外聞もかなぐり捨てて、コンコンとノックをしながらそう訴えた。
「ああ? 道に迷っただぁ?」
ぎい、と扉を開けたのは、大きくてガラの悪い男。
「女じゃねえか。まぁねえちゃん、中に入っていけよ。朝まで俺たちと過ごそうぜ」
扉の向こうでは、何人もの男たちがガヤガヤニヤニヤとこちらを見ていて、ミシェルはゾッと背筋を凍らせた。
「い、いえ、やっぱり結構ですー!」
「遠慮すんなって!」
太くて毛むくじゃらの手が、ガシッとミシェルの腕をつかむ。
「いやーー、やめてーー!! 助けてーー!!」
「おい、叫ぶな!! 静かにしろ!!」
ミシェルはその男にバフっと口を塞がれると。
「んーー!! んんーーーー!!」
そのまま家へと引き摺り込まれ、バタンと扉が閉められた。
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