ふたりは片想い 〜騎士団長と司書の恋のゆくえ〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
7 / 13

07.二十歳になっても

しおりを挟む
 夜会は、王族貴族の集まりだ。
 一般庶民が足を踏み入れられるような場所ではない。

 今日の舞踏会場はお城の中のホールらしく、煌びやかな馬車が次々に門の中を潜っていく。
 中では豪奢なドレスで着飾ったご令嬢らが、素敵な男性と踊ったり会話をして楽しむのだろう。

 もしかして、騎士団長も誘われたりするのかな……。
 警備って言ってたから、違うよね?
 でも誘われたら断れないんじゃ……そもそもスタンリーさんって、貴族なわけだし……。

 考えれば考えるほど、もやもやとしてくる。どうにかこうにか中の様子を探れないものかと周りをうろうろしていると、警備をしている一人の騎士に声をかけられてしまった。

「お嬢さんや。さっきから、そこで何をしているのかな?」

 かなりの老年の騎士だった。鼻の下に白い髭を蓄えて、優しそうな人だ。

「え、えーと……すみません、中を覗いてみたくて……」
「一般人は入れないことになっているのだよ。もう暗いのだから、早く帰りなさい」

 老年騎士に諭されるようにそう言われたミシェルは、そうした方がいいとわかっていつつも、どうしても今日中に会いたい思いが募る。
 今なら勢いのまま告白できそうな気がした。勇気がしぼんでしまう、その前に。

 帰れと促されたミシェルは、それでもしつこく城の近くで様子を見る。中からは軽やかな音楽が流れていて、ミシェルとは違う世界の人たちで賑わっているに違いない。
 足が疲れてペタンと座り込むと、先程の老年騎士がまた近寄ってきた。

「お嬢さんや、貴族の誰かに懸想でもしているのかな?」

 懸想という古めかしい言葉が何故か艶かしくて、はわはわとしながらこくんと頷いた。

「そうかそうか。それは居ても立っても居られんだろうが、今日のところは帰りなさい。うちはどこかいな?」
「第八西区の、カージストリート沿いです」
「かなり遠いな。わしが送っていってやろう」
「いえ、大丈夫です! 自分で帰れますので」
「そう言ってお嬢ちゃんは、この周りでいるんだろう? 待っていなさい、団長にわけを話してここを離れる許可をもらってくるから」

 団長、つまりはスタンリーの耳に入ってしまう。仕事の邪魔をしてしまうようで、ミシェルはぶるぶると首を横に振った。

「だ、大丈夫です! 今から本当に帰りますし、一人で帰れますから! ご迷惑をおかけして、すみませんでしたー!」
「ちょっと、待ちなされ!」

 老騎士が止めるのも聞かず、ミシェルは全力ダッシュでその場から離れた。
 さすがに追ってくることはないだろう。
 ゼーゼーと息が切れて、ごくんと息を飲んだところでふと気づく。

「ここ……どこ……?」

 逃げ出すのに必死で、どこを走っているのか分からなかった。
 この街は真ん中に城があり、そこから東西南北に居住区が分かれている。ミシェルの居住区は西区、図書館があるのも西区だ。基本西区だけで生活しているミシェルは、他の区の地図など頭に入っていなかった。

「今来た道を戻れば……だめだ、またあの騎士さんに迷惑かけちゃう」

 道はどこかに繋がっているのだから、必ず西区にも出られるはずだと、ミシェルは戻らずに進み始めた。
 しかし、家に灯されていた光は、どんどん少なくなっていく。道を照らすものが、夜空の月しかなくなっていく。
 これは、完璧に迷子になってしまったとミシェルは青ざめた。二十歳にもなって迷子など聞いたこともないが、誰かに助けてもらわなくてはどうしようもない。
 けれど、みんなもう眠ってしまったようであたりは真っ暗だ。

「ど、どうしよう……っ」

 下手に動かない方がいいのだろうか。もういまさらだが。
 ホーホーとどこからか鳥の声が聞こえて来て、ガサッと音が鳴るたびビクッと体が震える。
 誰かに助けを求めようかと思ったが、寝ているところを叩き起こすのは忍びない。
 元来た道を戻ろうと引き返したが、すでにどこをどう歩いたのかはわからなかった。

「まだ起きている人はいないの……?」

 泣きそうになりながら足を動かしていると、一見の家から煌々と灯りが漏れている。
 ミシェルは助かったと、その家に駆け寄った。

「夜分に申し訳ありません! 道に迷ってしまって、助けてくれませんか?」

 恥も外聞もかなぐり捨てて、コンコンとノックをしながらそう訴えた。

「ああ? 道に迷っただぁ?」

 ぎい、と扉を開けたのは、大きくてガラの悪い男。

「女じゃねえか。まぁねえちゃん、中に入っていけよ。朝まで俺たちと過ごそうぜ」

 扉の向こうでは、何人もの男たちがガヤガヤニヤニヤとこちらを見ていて、ミシェルはゾッと背筋を凍らせた。

「い、いえ、やっぱり結構ですー!」
「遠慮すんなって!」

 太くて毛むくじゃらの手が、ガシッとミシェルの腕をつかむ。

「いやーー、やめてーー!! 助けてーー!!」
「おい、叫ぶな!! 静かにしろ!!」

 ミシェルはその男にバフっと口を塞がれると。

「んーー!! んんーーーー!!」

 そのまま家へと引き摺り込まれ、バタンと扉が閉められた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜

ぐう
恋愛
アンジェラ編 幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど… 彼が選んだのは噂の王女様だった。 初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか… ミラ編 婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか… ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。 小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

【完結】王太子と宰相の一人息子は、とある令嬢に恋をする

冬馬亮
恋愛
出会いは、ブライトン公爵邸で行われたガーデンパーティ。それまで婚約者候補の顔合わせのパーティに、一度も顔を出さなかったエレアーナが出席したのが始まりで。 彼女のあまりの美しさに、王太子レオンハルトと宰相の一人息子ケインバッハが声をかけるも、恋愛に興味がないエレアーナの対応はとてもあっさりしていて。 優しくて清廉潔白でちょっと意地悪なところもあるレオンハルトと、真面目で正義感に溢れるロマンチストのケインバッハは、彼女の心を射止めるべく、正々堂々と頑張っていくのだが・・・。 王太子妃の座を狙う政敵が、エレアーナを狙って罠を仕掛ける。 忍びよる魔の手から、エレアーナを無事、守ることは出来るのか? 彼女の心を射止めるのは、レオンハルトか、それともケインバッハか? お話は、のんびりゆったりペースで進みます。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...