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46.尽きた万策

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 馬の蹄の音に気づいたアルトゥールがいち早く反応して立ち上がり、すぐさま窓を開け放っている。

「イーヴァ!! 早く来い!!」

 アルトゥールの言葉に、本当にエヴァンダーが来てくれたのだと胸が熱くなった。
 最後の瞬間はやはり見届けてくれる──そう思うと、込み上げてきそうになる。

 馬の地響きはあっという間に近くなり、いななきをあげてすぐ近くで止まった。

「ルナリー様は……っ」
「入れ!!」

 品の良いエヴァンダーが、窓枠に足をかけて飛び込んでくる。
 汗だくでぜぇぜぇと肩を揺らしながら近づいてくる愛する人を見て、ルナリーは目を細めた。

「エヴァン様……良かった……もう会えないかと……」
「ずっとおそばにいられず申し訳ありません。アル、グリムシャドウからなにか薬は出ましたか」
「いや……小屋は見つかったがなにもなかった。ルーの鞄を持ち帰ったくらいだ」
「そうですか……」

 エヴァンダーはそう言いながら、胸のポケットから赤い液体の入った小瓶を取り出した。
 まるで、魔女が作った秘薬のような。

「それは……」
「私が作りました。しかし試す暇も材料もなく……」
「飲むわ。そのために、作ってくれたんでしょう?」

 エヴァンダーは頷き、目の前の椅子に座ると小瓶の蓋を開けてくれた。
 ルナリーはもう自力で上体を起こすことは叶わず、エヴァンダーが首の後ろに手を回して少しだけ起こしてくれる。

「ごめんね、もう物を掴めなくて……飲ませてくれる……?」
「はい」

 お願いすると、エヴァンダーは小瓶をルナリーの唇に寄せてくれた。
 これを飲めば、寿命が延びるのだろうか。
 それとも苦しみなく逝けるものを作ってくれたのだろうか。

 なんの薬かもわからなかったが、エヴァンダーがルナリーのために作ってくれたものだ。飲まないという選択肢はない。
 初めて飲む色のものだが、さして抵抗もなくこくんと受け入れた。
 無味無臭の赤い液体が、喉の奥を通っていく。
 エヴァンダーの期待と不安の入り混じった顔が目に入る。

「どう……ですか」

 問われてルナリーは自分の寿命を確認した。
 数分前に見た時には残り十五分だった寿命が……

「三分くらい、増えたみたい……」

 残り、十六分に増えていた。
 ルナリーの言葉を聞いた途端、エヴァンダーは顔を絶望の色に変えて、頭を枕に戻してくれる。

「あれだけ集めて……たった、三分……っ」

 なにをしたのかはわからないが、きっと大変だったのだろう。
 たった三分だったとしても、効果を出したエヴァンダーはさすがだと思う。なにより、自分を思って作ってくれたことが嬉しかった。

「エヴァン様……」
「しかしこの方法を使えば、まだルナリー様は……!」

 唐突に立ち上がり、ルナリーから背を向けたエヴァンダーの肩を、アルトゥールがガッと捕まえる。

「もう、間に合わねぇ! わかってんだろ!」

 止められたエヴァンダーの背中は強張っていて。
 顔が見えなくても、歯を食いしばっているのがわかった。

「残り十五分あるかないかだ……お前はルーのそばにいてやれ、イーヴァ」

 アルトゥールはそっと手を離すと、ゼアに首で合図をしている。
 ゼアはこくりと頷いて、アルトゥールと一緒に部屋を出て行った。
 パタンと扉が閉められて二人っきりになると、エヴァンダーは一度大きく呼吸をしてから振り向いてくれる。

「……取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

 その顔は、いつも通り飄々として見えて。でも無理して顔を作っているということが伝わってきた。

「ううん、私のためにありがとう……最期の時まで、そばにいてくれる?」
「もちろんです」

 首肯したエヴァンダーはもう一度椅子に腰掛けてくれる。
 残りたった十五分でも、こうして二人でいられる時間ができた。それだけでもよかったと、ルナリーは喜びを噛み締める。
 エヴァンダーは悔しさを滲ませながら、ナイトテーブルの上に空の小瓶をことりと置いていた。

「エヴァン様……今の液体は、どうやって作ったの?」
「魔石ですよ。モーングレンに行き、騎士たちに命じて町中の魔石を上級クズ石問わずにありったけ集めさせました。それを寿命が延びる液体になるようにと念じたのです」

 町中の魔石を、ありったけ。
 あの大きな町なら上級の魔石もあっただろう。なのに、たった三分だけの効果。
 おそらく国中の魔石を集めても、大きな効果は出せないに違いない。

「魔女はやはり、特別なことをしていたんでしょう……それがなにかは、わからなかった……っ」

 万策尽きたとばかりに、悔しそうに顔を歪ませるエヴァンダー。
 ずっと自分を想って行動してくれていただけで、涙が出そうなほどに嬉しい。

「ありがとう、エヴァン様……もう充分よ……」
「ルナリー様、申し訳ありません……っ」
「謝らないで。最期は笑って過ごしたいの」

 ルナリーがそう言うと、エヴァンダーはごくりとなにかを飲み込むように喉を嚥下させ、頷いてくれた。
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