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最終話 奪われたもの
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「姉様、この薬草も摘みますの?」
「それは花を咲かせて、種をとる用だよ。こっちを摘んでくれる? パラドナ」
「はい、姉様!」
町外れにある元聖女と元魔女の家を訪れると、畑にたくさんの薬草が作られていた。
ローズマリーとディリウスが結ばれて、一年。
アナエルは聖女の力をローズマリーに託し、引退したことになっている。
そしてパラドナは、〝熱心な女神教の信者で、女神に心酔するあまりに姿形を真似した人〟ということにしている。
本人曰く、もう聖女も崇められるのもこりごりらしい。
これからは姉妹仲良く、余生を楽しんでいくつもりのようだ。
「あら、本物の聖女様がいらっしゃいましたの!」
パラドナがローズマリーに気づいて、顔を明るくさせた。
「やめてください、パラドナ様……じゃなくて、パラドナ」
ローズマリーが苦笑いすると、パラドナはくすくすと笑っている。
「今日は王子殿下はお仕事?」
「ええ」
今日はローズマリーだけでやってきた。もちろん護衛騎士はいるが。ディリウスは昇進して忙しくなっているし、ずっと一緒に行動しているわけではない。
アナエルは一瞬だけローズマリーを見たが、気にせず畑の世話をしていた。基本的に研究をするのが好きな性分なのだろう。二人は薬草から傷薬や痛み止めなどを作っていて、騎士団に卸す仕事をしているのだ。
『普通であることは、こんなにも幸せでしたのね』と、パラドナは嬉しそうに笑っていた。
魔法が使えなくなったアナエルはどうなるかと思っていたが、パラドナと二人の時はよく笑っているようだ。
(幸せそうで何よりだわ)
そんな二人を見届けて、ローズマリーはにっこり笑った。
「じゃあ、また来るわ」
「もう帰るんですの?」
「今日はちょっと顔を見に来ただけなの。じゃあね、アナエルも」
帰ろうとするとアナエルがやってきて、一輪の花を渡された。しかし咲いてはいない、ただの蕾の。
「これは?」
「レヴィアントという、古代ではそこらじゅうに咲いていた花よ。今はもう、希少種だけど」
「そんな花を私に? ありがとう、アナエル!」
礼を伝えると、アナエルはふいっと畑作業に戻ってしまった。最初は嫌われたままだと思っていたが、最近はそうでもなさそうだと感じている。
彼女はきっと、元々そういう人なのだ。
「レヴィアントは、滅多に花を咲かせませんの。でも一輪咲くと、共鳴するように全ての花が咲き始めて、それはそれは良い香りを放つのよ」
「へぇ、不思議ね」
「ちなみに花言葉は──」
パラドナがそっと教えてくれた。ピンク色した綺麗な蕾はどんな花を咲かせてくれるのだろうか。
ローズマリーは礼を言って二人の家から離れると、レヴィアントを髪に飾る。そして今度は一人一人、光輝の英雄だった者の様子を見て回っていった。
何か不都合がないか、今どういう事をしているのか、話を聞くのがローズマリーの仕事のひとつだ。
過去生で大切だった人達も、それぞれに本領を発揮してくれている。
関わりのなかった英雄達も、前を向いて仕事を始めていた。
より過去の時代から現代に来た人たちほど苦しんではいたが、その苦しみを受け入れるのは自分の役目だと思っている。
彼らを目覚めさせたのは、他ならぬローズマリーなのだから。
全てを終えて城に戻ると、王弟公妃が待ち構えていた。
「ローズマリー様、あまり遅くまで出歩かないでくださいませ。ディリウス様が心配なさいますわ」
「ステーシィもディルも過保護過ぎよ。大丈夫、ちゃんと護衛騎士は連れているし」
「当然でございます! 本当はわたくしも付き添いたいくらいですのに……!」
騎士団長へと戻り、公爵を叙爵したレオナード。そしてその妻となったステーシィは、未だにローズマリーの侍女気分でいることがある。
もちろんちゃんと王弟公妃としての仕事もしているが、事あるごとにこうしてローズマリーを構ってくれるのだ。
「ステーシィ、こんなところにいたのか」
ステーシィの夫であり、騎士団長でもある公爵が金髪を煌めかせながらやってきた。
ようやくひとつ年を重ねたレオナードの優美な風貌は、ますます輝くばかりである。
「ローズも今戻ったのか? 大変だったな」
「平気よ。お城での仕事やお茶会より、私に向いてるもの」
「ははっ、そうだな!」
レオナードは破顔し、妻の肩へと手を置いた。
「じゃあ、俺たちは帰るとしよう。ローズもディルのところへ早く行ってやれ。探してたぞ」
「もう、心配性なんだから」
「それだけ愛されてるって事だ」
レオナードに言われると、ローズマリーの顔は熱くなる。
深く愛されている事は、ちゃんとわかっているのだが。
「じゃあ、また明日な」
「失礼いたしますわ、ローズマリー様」
二人は寄り添い合い、ローズマリーに背を向けると城を出て行った。
レオナードは叙爵した際に、王都にあった大きな屋敷を譲り受けている。二人は今そちらで暮らしているのだ。
目を細めてステーシィを見るレオナードの顔は優しく、ステーシィもまた、幸せそうに微笑んでいた。
ローズマリーは思わずほうっと息を吐く。
「いいわね……」
「何がだ」
唐突に降ってきた声に驚いて振り向くと、そこにはディリウスが腕を組んで立っていた。
「ディル! いつからそこに……」
「たった今だ。部屋にいないから、まだ帰ってきてないのかと迎えに行こうと思ってた」
そう言いながら、ディリウスはローズマリーの護衛騎士に帰るように手で合図している。
少し怒って見えるのは気のせいだろうか。
「で、何がいいって?」
護衛がいなくなると、改めて問われた。別に大した事ではないが、そう言ったところで納得はしないだろう。
「二人があまりにお似合いだったからよ。お互いに思い合ってる様子が伝わってきて……素敵じゃない?」
正直に答えると、ディリウスは無表情のまま息を吐いている。
「俺の気持ち、まだ伝わってないのか……」
「伝わってるわよ、十分!」
「じゃあ、俺への気持ちがないんだな?」
「そんなわけないでしょう! ちゃんと、大好きだもの!!」
思わず宣言すると、ディリウスの口元が嬉しそうに上がった。
きっと、そう言わせたかっただけなのだ。気づいてしまうと、カァッと顔が熱くなった。
「も、もう……っ」
「可愛いな、ローズは」
「ばかっ」
嬉しいのに、つい恥ずかしくて毒付いてしまう自分が嫌になる。
(うう、私たちがレオ様とステーシィのようにならないのは、私のせいってわかってるんだけど……っ)
だからこそ、あんな甘い雰囲気に憧れるのだが。
「やれやれ。僕から見れば、二人も充分ラブラブだよ」
「い、イシリオン様……!」
いつの間にかそこには、近々婚姻予定の第一王子イシリオンがいた。聞かれていた羞恥で、さらに顔が熱くなる。
「そのうち兄貴もこうなる」
「はは。だといいけどね」
ディリウスの言葉にイシリオンは苦笑しているが、ローズマリー達は知っていた。
隣国の姫との初顔合わせの時に、お互いずっと見つめ合っていた事を。そして驚くほどあっさりと結婚が決まった事を。今は結婚が待ち遠しくて仕方ない様子だ。
イシリオンは相変わらず忙しいようで、「じゃあね」と次の仕事場に向かっていく。
ローズマリーが隣を見上げると、ディリウスと視線が交差した。
「じゃ、俺たちは部屋に戻るか」
そう言うと、ローズマリーはディリウスに肩を抱かれた。先ほどレオナードがステーシィにそうしていたように。
一年経っても、ディリウスはレオナードをずっと意識している。
今も『いつか俺が騎士団長になるから』とライバル視しているのだ。別にローズマリーは、ディリウスが騎士団長になろうとなるまいと、一向に構わないのだが。
共にディリウスの部屋に入ると、ヴァンが飛びついてきた。
まだ子どものいないローズマリー達は、ヴァンを我が子のように可愛がっている。
『いつもより遅いぞ、ローズ』
「もう、ヴァンまで過保護なんだから」
保護者面する子どもではあったが。
「ヴァン、先に食事に行ってろ。もう用意はできてるはずだ」
『よし、わかった』
ヴァンは大喜びでローズマリーの腕から飛び降りると、器用にドアノブに飛びついて扉を開けて行ってしまった。
彼の食欲は、今でもずっと変わらない。ディリウスの指導のおかげで、上品に食べるようにはなってきたが。ほんの少し。
「全く、開けたら閉めろと何度言わせるんだ」
「ふふっ。ディルったら、子煩悩なんだから」
「今のやりとりの、どこが子煩悩なんだよ……」
ディリウスはそう言うが、なんのかんのとヴァンを可愛がっているのはわかる。
きっと本当の子どもが生まれたら、誰よりも溺愛するに違いない。
それを考えると、嬉しい反面、少し憂鬱にもなった。
「どうした?」
「私、子どもにディルを奪われたら……嫉妬しちゃうかもしれないわ!」
ディリウスは隙があればすぐにヴァンを連れて歩く。そして抱っこをして、いつももふもふと幸せそうに撫でている。その対象が我が子になれば、一体どうなる事か。
(もしかして私なんて、見向きもされなくなっちゃうんじゃない!?)
そんな未来がありありと浮かんで、さぁっと血の気が引いていく。ディリウスはそんなローズマリーを見て、ほんの少し口の端を上げた。
「子どもに俺を奪われたら? 奪い返せばいいだけだろ」
「奪い返すって、子どもから、ディルを!?」
「ああ」
「子どもから父親を奪おうとする母親なんて、誰が見ても私が悪いじゃない!!」
「悪くない」
ディリウスの手が伸びてくる。
優しくローズマリーの頬を撫でたかと思うと、そのまま唇が重ねられた。
「俺は、ローズになら常に奪われたい」
キスを終えたディリウスの甘い微笑み。
その顔を見るだけで、胸がぎゅんと収縮した。
ディリウスの言葉が嬉しくて、でも素直には受け取れなくて。ローズマリーは少し口を突き出すようにして、愛しい人を見上げる。
「そんな姿を見られて、〝第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは〟って咎められない?」
「大丈夫だ。俺が望んでるんだから、誰にもそんなことは言わせない」
強く真っ直ぐなディリウスの姿勢に、ローズマリーの気持ちは大きく膨れ上がる。
「じゃあディルが誰に奪われようと、私は何度でも奪い返してやるわよ!」
「ああ、そうしてくれ」
嬉しそうに目を細めるディリウス。しかし自分で言っておいて、ローズマリーは胸の痛みに気づいて眉を下げた。
「でも、浮気は嫌だわ……」
ぽそりと呟く。ディリウスが他の女に奪われたりする事態になんて、なってほしくない。
「お願いディル……私以外に、目を向けないで……?」
こんなにも、ディリウスが愛おしい。誰か別の人に目を向けるかもしれないという可能性だけで、心の奥が悲しく萎んでいく。
そんなローズマリーに、ディリウスは脳を震わせるような優しい声で。
「俺はずっと、ローズ一筋だ。いままでも、これからもずっと」
「ディル……」
変わらぬ愛を、宣言してくれた。
誰よりも、一番であると。
「大好き、ディル!!」
「俺もだ」
抱き締め合い、互いの体温を交換するようにキスをする。
すると思い魅惑的な香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。
(髪に飾った、レヴィアントの香り……? 咲いているの……?)
ディリウスと唇を重ね合わせながら、パラドナの言葉を思い出す。
──ちなみに花言葉は〝奇跡の邂逅〟
そして新しい生命を迎える象徴であるともされていますの──
目眩がしそうなほどの甘い香り。
ディリウスの空色の瞳が、ローズマリーを捉えて放してくれそうもなくて。
「ローズ……」
大きな手でローズマリーは頬を撫でられ、目をとろんとさせながら夫を見上げる。
「ローズに出逢えて、良かった……その心も体も、誰にも奪わせない」
かつて、巫女の願いを全て叶えることが望みだった男は、今世は欲望を露わにさせた。
生まれ変わるタイミングがずれていて、今までは一緒になることがなかったからこそ。
ローズマリーは奇跡の邂逅に感謝し、もう一度ディリウスを抱き締める。
「ふふっ。ディルの心は、生涯私のものね!」
「ああ。俺の心は、ずっとローズに奪われっぱなしだ」
嬉しそうに笑うディリウスが、全身が震えそうなほどに愛おしくて。
ローズマリーは、髪飾りからこれ以上ない甘美な香りを漂わせた。
そして二人はそのまま体を重ね合わせる。
開けっぱなしの扉から顔を覗かせたヴァンが〝みー〟と鳴き、パタンと扉を閉めていった。
「それは花を咲かせて、種をとる用だよ。こっちを摘んでくれる? パラドナ」
「はい、姉様!」
町外れにある元聖女と元魔女の家を訪れると、畑にたくさんの薬草が作られていた。
ローズマリーとディリウスが結ばれて、一年。
アナエルは聖女の力をローズマリーに託し、引退したことになっている。
そしてパラドナは、〝熱心な女神教の信者で、女神に心酔するあまりに姿形を真似した人〟ということにしている。
本人曰く、もう聖女も崇められるのもこりごりらしい。
これからは姉妹仲良く、余生を楽しんでいくつもりのようだ。
「あら、本物の聖女様がいらっしゃいましたの!」
パラドナがローズマリーに気づいて、顔を明るくさせた。
「やめてください、パラドナ様……じゃなくて、パラドナ」
ローズマリーが苦笑いすると、パラドナはくすくすと笑っている。
「今日は王子殿下はお仕事?」
「ええ」
今日はローズマリーだけでやってきた。もちろん護衛騎士はいるが。ディリウスは昇進して忙しくなっているし、ずっと一緒に行動しているわけではない。
アナエルは一瞬だけローズマリーを見たが、気にせず畑の世話をしていた。基本的に研究をするのが好きな性分なのだろう。二人は薬草から傷薬や痛み止めなどを作っていて、騎士団に卸す仕事をしているのだ。
『普通であることは、こんなにも幸せでしたのね』と、パラドナは嬉しそうに笑っていた。
魔法が使えなくなったアナエルはどうなるかと思っていたが、パラドナと二人の時はよく笑っているようだ。
(幸せそうで何よりだわ)
そんな二人を見届けて、ローズマリーはにっこり笑った。
「じゃあ、また来るわ」
「もう帰るんですの?」
「今日はちょっと顔を見に来ただけなの。じゃあね、アナエルも」
帰ろうとするとアナエルがやってきて、一輪の花を渡された。しかし咲いてはいない、ただの蕾の。
「これは?」
「レヴィアントという、古代ではそこらじゅうに咲いていた花よ。今はもう、希少種だけど」
「そんな花を私に? ありがとう、アナエル!」
礼を伝えると、アナエルはふいっと畑作業に戻ってしまった。最初は嫌われたままだと思っていたが、最近はそうでもなさそうだと感じている。
彼女はきっと、元々そういう人なのだ。
「レヴィアントは、滅多に花を咲かせませんの。でも一輪咲くと、共鳴するように全ての花が咲き始めて、それはそれは良い香りを放つのよ」
「へぇ、不思議ね」
「ちなみに花言葉は──」
パラドナがそっと教えてくれた。ピンク色した綺麗な蕾はどんな花を咲かせてくれるのだろうか。
ローズマリーは礼を言って二人の家から離れると、レヴィアントを髪に飾る。そして今度は一人一人、光輝の英雄だった者の様子を見て回っていった。
何か不都合がないか、今どういう事をしているのか、話を聞くのがローズマリーの仕事のひとつだ。
過去生で大切だった人達も、それぞれに本領を発揮してくれている。
関わりのなかった英雄達も、前を向いて仕事を始めていた。
より過去の時代から現代に来た人たちほど苦しんではいたが、その苦しみを受け入れるのは自分の役目だと思っている。
彼らを目覚めさせたのは、他ならぬローズマリーなのだから。
全てを終えて城に戻ると、王弟公妃が待ち構えていた。
「ローズマリー様、あまり遅くまで出歩かないでくださいませ。ディリウス様が心配なさいますわ」
「ステーシィもディルも過保護過ぎよ。大丈夫、ちゃんと護衛騎士は連れているし」
「当然でございます! 本当はわたくしも付き添いたいくらいですのに……!」
騎士団長へと戻り、公爵を叙爵したレオナード。そしてその妻となったステーシィは、未だにローズマリーの侍女気分でいることがある。
もちろんちゃんと王弟公妃としての仕事もしているが、事あるごとにこうしてローズマリーを構ってくれるのだ。
「ステーシィ、こんなところにいたのか」
ステーシィの夫であり、騎士団長でもある公爵が金髪を煌めかせながらやってきた。
ようやくひとつ年を重ねたレオナードの優美な風貌は、ますます輝くばかりである。
「ローズも今戻ったのか? 大変だったな」
「平気よ。お城での仕事やお茶会より、私に向いてるもの」
「ははっ、そうだな!」
レオナードは破顔し、妻の肩へと手を置いた。
「じゃあ、俺たちは帰るとしよう。ローズもディルのところへ早く行ってやれ。探してたぞ」
「もう、心配性なんだから」
「それだけ愛されてるって事だ」
レオナードに言われると、ローズマリーの顔は熱くなる。
深く愛されている事は、ちゃんとわかっているのだが。
「じゃあ、また明日な」
「失礼いたしますわ、ローズマリー様」
二人は寄り添い合い、ローズマリーに背を向けると城を出て行った。
レオナードは叙爵した際に、王都にあった大きな屋敷を譲り受けている。二人は今そちらで暮らしているのだ。
目を細めてステーシィを見るレオナードの顔は優しく、ステーシィもまた、幸せそうに微笑んでいた。
ローズマリーは思わずほうっと息を吐く。
「いいわね……」
「何がだ」
唐突に降ってきた声に驚いて振り向くと、そこにはディリウスが腕を組んで立っていた。
「ディル! いつからそこに……」
「たった今だ。部屋にいないから、まだ帰ってきてないのかと迎えに行こうと思ってた」
そう言いながら、ディリウスはローズマリーの護衛騎士に帰るように手で合図している。
少し怒って見えるのは気のせいだろうか。
「で、何がいいって?」
護衛がいなくなると、改めて問われた。別に大した事ではないが、そう言ったところで納得はしないだろう。
「二人があまりにお似合いだったからよ。お互いに思い合ってる様子が伝わってきて……素敵じゃない?」
正直に答えると、ディリウスは無表情のまま息を吐いている。
「俺の気持ち、まだ伝わってないのか……」
「伝わってるわよ、十分!」
「じゃあ、俺への気持ちがないんだな?」
「そんなわけないでしょう! ちゃんと、大好きだもの!!」
思わず宣言すると、ディリウスの口元が嬉しそうに上がった。
きっと、そう言わせたかっただけなのだ。気づいてしまうと、カァッと顔が熱くなった。
「も、もう……っ」
「可愛いな、ローズは」
「ばかっ」
嬉しいのに、つい恥ずかしくて毒付いてしまう自分が嫌になる。
(うう、私たちがレオ様とステーシィのようにならないのは、私のせいってわかってるんだけど……っ)
だからこそ、あんな甘い雰囲気に憧れるのだが。
「やれやれ。僕から見れば、二人も充分ラブラブだよ」
「い、イシリオン様……!」
いつの間にかそこには、近々婚姻予定の第一王子イシリオンがいた。聞かれていた羞恥で、さらに顔が熱くなる。
「そのうち兄貴もこうなる」
「はは。だといいけどね」
ディリウスの言葉にイシリオンは苦笑しているが、ローズマリー達は知っていた。
隣国の姫との初顔合わせの時に、お互いずっと見つめ合っていた事を。そして驚くほどあっさりと結婚が決まった事を。今は結婚が待ち遠しくて仕方ない様子だ。
イシリオンは相変わらず忙しいようで、「じゃあね」と次の仕事場に向かっていく。
ローズマリーが隣を見上げると、ディリウスと視線が交差した。
「じゃ、俺たちは部屋に戻るか」
そう言うと、ローズマリーはディリウスに肩を抱かれた。先ほどレオナードがステーシィにそうしていたように。
一年経っても、ディリウスはレオナードをずっと意識している。
今も『いつか俺が騎士団長になるから』とライバル視しているのだ。別にローズマリーは、ディリウスが騎士団長になろうとなるまいと、一向に構わないのだが。
共にディリウスの部屋に入ると、ヴァンが飛びついてきた。
まだ子どものいないローズマリー達は、ヴァンを我が子のように可愛がっている。
『いつもより遅いぞ、ローズ』
「もう、ヴァンまで過保護なんだから」
保護者面する子どもではあったが。
「ヴァン、先に食事に行ってろ。もう用意はできてるはずだ」
『よし、わかった』
ヴァンは大喜びでローズマリーの腕から飛び降りると、器用にドアノブに飛びついて扉を開けて行ってしまった。
彼の食欲は、今でもずっと変わらない。ディリウスの指導のおかげで、上品に食べるようにはなってきたが。ほんの少し。
「全く、開けたら閉めろと何度言わせるんだ」
「ふふっ。ディルったら、子煩悩なんだから」
「今のやりとりの、どこが子煩悩なんだよ……」
ディリウスはそう言うが、なんのかんのとヴァンを可愛がっているのはわかる。
きっと本当の子どもが生まれたら、誰よりも溺愛するに違いない。
それを考えると、嬉しい反面、少し憂鬱にもなった。
「どうした?」
「私、子どもにディルを奪われたら……嫉妬しちゃうかもしれないわ!」
ディリウスは隙があればすぐにヴァンを連れて歩く。そして抱っこをして、いつももふもふと幸せそうに撫でている。その対象が我が子になれば、一体どうなる事か。
(もしかして私なんて、見向きもされなくなっちゃうんじゃない!?)
そんな未来がありありと浮かんで、さぁっと血の気が引いていく。ディリウスはそんなローズマリーを見て、ほんの少し口の端を上げた。
「子どもに俺を奪われたら? 奪い返せばいいだけだろ」
「奪い返すって、子どもから、ディルを!?」
「ああ」
「子どもから父親を奪おうとする母親なんて、誰が見ても私が悪いじゃない!!」
「悪くない」
ディリウスの手が伸びてくる。
優しくローズマリーの頬を撫でたかと思うと、そのまま唇が重ねられた。
「俺は、ローズになら常に奪われたい」
キスを終えたディリウスの甘い微笑み。
その顔を見るだけで、胸がぎゅんと収縮した。
ディリウスの言葉が嬉しくて、でも素直には受け取れなくて。ローズマリーは少し口を突き出すようにして、愛しい人を見上げる。
「そんな姿を見られて、〝第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは〟って咎められない?」
「大丈夫だ。俺が望んでるんだから、誰にもそんなことは言わせない」
強く真っ直ぐなディリウスの姿勢に、ローズマリーの気持ちは大きく膨れ上がる。
「じゃあディルが誰に奪われようと、私は何度でも奪い返してやるわよ!」
「ああ、そうしてくれ」
嬉しそうに目を細めるディリウス。しかし自分で言っておいて、ローズマリーは胸の痛みに気づいて眉を下げた。
「でも、浮気は嫌だわ……」
ぽそりと呟く。ディリウスが他の女に奪われたりする事態になんて、なってほしくない。
「お願いディル……私以外に、目を向けないで……?」
こんなにも、ディリウスが愛おしい。誰か別の人に目を向けるかもしれないという可能性だけで、心の奥が悲しく萎んでいく。
そんなローズマリーに、ディリウスは脳を震わせるような優しい声で。
「俺はずっと、ローズ一筋だ。いままでも、これからもずっと」
「ディル……」
変わらぬ愛を、宣言してくれた。
誰よりも、一番であると。
「大好き、ディル!!」
「俺もだ」
抱き締め合い、互いの体温を交換するようにキスをする。
すると思い魅惑的な香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。
(髪に飾った、レヴィアントの香り……? 咲いているの……?)
ディリウスと唇を重ね合わせながら、パラドナの言葉を思い出す。
──ちなみに花言葉は〝奇跡の邂逅〟
そして新しい生命を迎える象徴であるともされていますの──
目眩がしそうなほどの甘い香り。
ディリウスの空色の瞳が、ローズマリーを捉えて放してくれそうもなくて。
「ローズ……」
大きな手でローズマリーは頬を撫でられ、目をとろんとさせながら夫を見上げる。
「ローズに出逢えて、良かった……その心も体も、誰にも奪わせない」
かつて、巫女の願いを全て叶えることが望みだった男は、今世は欲望を露わにさせた。
生まれ変わるタイミングがずれていて、今までは一緒になることがなかったからこそ。
ローズマリーは奇跡の邂逅に感謝し、もう一度ディリウスを抱き締める。
「ふふっ。ディルの心は、生涯私のものね!」
「ああ。俺の心は、ずっとローズに奪われっぱなしだ」
嬉しそうに笑うディリウスが、全身が震えそうなほどに愛おしくて。
ローズマリーは、髪飾りからこれ以上ない甘美な香りを漂わせた。
そして二人はそのまま体を重ね合わせる。
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4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
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