第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
45 / 49

45話 初めての夜

しおりを挟む
「ありがと、ディル……」

 部屋が暗くなると、一気にムードが高まった気がする。
 早く、ディルの表情が見たい。

「じゃ、おやすみ、ローズ」
「……え?」

 ディリウスの気配が遠ざかる。
 自分の部屋に戻る気だと気づいて、ローズマリーは慌てて起き上がった。

「待って、どういう事? 今日は初夜よね。私達、夫婦よね!?」
「形式上はそうだな。じゃあ、してもいいのか?」
「……もちろんよ」

 形式上という言葉が気になりつつも、ローズマリーは頷いた。
 ドアノブに手を掛けていたディリウスが、ベッドへと戻ってくる。
 ぎしっと音を立ててベッドに乗ったディリウスと、ローズマリーは顔を見合わせた。
 さっきまで破裂しそうなほど胸が鳴っていたというのに、今は不安で心臓が収縮しているようだ。

「ローズ」

 結婚式の時のように、手が耳に掛けられた。
 ディリウスの感情の見えない瞳が、ローズマリーを見つめている。

(人前で恥ずかしかっただけと思おうとしてたけど……やっぱり本当にしたくないの……?)

 そう思うと悲しくて、涙が出てきそうになる。

(でも、結ばれさえすれば、きっとディルだって──)

「ごめん、ローズ」

 唐突に放たれた、ディリウスの謝罪の言葉。
 その意味を瞬時に理解してしまい、ローズマリーの手は震えた。

「ディル……」
「俺は、ローズを愛することはない」

 奈落の底に突き落とされるように、ローズマリーの頭はぐらりと揺れる。

(そうよね……無理やり結ばれても苦痛を与えるだけ。幸せになんてなれるはずがないのに)

 短慮な自分に嫌気がさす。
 ローズマリーの耳に触れていたディリウスの手が、ゆっくりと離れていった。
 その顔は、何故か罪悪感に満ちていて。ディリウスのせいではないというのに、責任を感じさせてしまって申し訳なくなる。

「ごめんね、ディル……」

 自分に魅力がないせいで、と思うとやりきれない。

「俺の方こそ、レオとの結婚を後押ししてやるって約束しておいて、何もできずに悪かった」
「それは、仕方ないわよ。ディルに拒否権はなかったんだもの!」
「違う。俺は、本当は断りたくなかっただけなんだ」

 ディリウスの言っていることが理解できず、ローズマリーは眉根を寄せた。

「……どうして……好きな人と結婚したかったのよね? ステーシィに聞いたわ。ディルはずっと、昔から一筋なんだって」
「……ステーシィのやつ……」

 暗がりの中でも、横を向く仕草でディリウスが顔を赤くしているのはわかる。

(まさか……ディリウスの好きな人って、ステーシィなの!?)

 そう思うと色々と合点がいった。ステーシィは三十に届くか届かないかの年だろう。
 年齢差もあるし、ステーシィの詳しい出自は知らないが身分差もあるに違いない。
 ディリウスがどんなに想おうと、結婚できる相手ではなかったのだ。

(そういえば、その人に一筋だと言っていたステーシィは、とても嬉しそうな顔をしていたわ……!)

 ローズマリーの中でパズルがピタリとはまってしまった。
 ディリウスがローズマリーと結婚しても、愛され続けるのは自分だとステーシィはわかっていたのだ。

(どれだけ官能的な格好をしてもディルは奪われることはないっていう、自信の表れだったのね!)

 王族がいつまでも結婚しないわけにはいかない。ローズマリーとの結婚は良い隠れ蓑になると考えたのだろう。だからディリウスは『断りたくなかった』と言ったのだ。

「つまり、私達は……白い結婚ってことね……」
「……え?」
「そうでしょう!? だって、別の人の事が好きなんだもの……!」
「……まぁ、そう……だな。わかってる」

 強く首肯するディリウス。ステーシィの事が好きだと認めているようなものだと、本人は気づいていない。

「……私は、どうすればいいの……」
「ごめんな。俺が拒否したくなかったばかりに……」

 ローズマリーは涙をこらえながら首を横に振る。

「すべては、私のわがままのせいだわ。ディルの気持ちも考えずに……」
「俺のことは気にせず、ローズの望む通りにすればいい。レオや兄貴のところに行きたいっていうなら……俺はそれでいい」
「ディル……」
「ローズの願いは、俺が全て叶えてやる」

 暗闇で優しく微笑んでいるディリウス。
 その台詞に、ローズは聞き覚えがあった。
 確か、ずっと前の前世……神の巫女であったマリアに、リウという人物が言った言葉。

 〝──マリア……君の願いを、俺が全て叶えてあげるから……っ〟

 呼び起こされる記憶。
 美しい空色の瞳と、優しい霧雨のような髪。

「ディルは……リウの生まれ変わりだから……っ」
「え?」

 申し訳なさで、ローズマリーの目からはぽろりと涙が溢れた。

(ディルがどうしてこんなに優しいのかわかったわ……前世のあの約束に、ずっと縛られていたのよ……っ)

 生まれ変わって記憶がなくなっていても、魂に刻まれた『約束だけは果たす』という使命感だけが残っていたのだ。
 だからディリウスは自己を犠牲にしてでも、いつもローズマリーの望むことを優先してくれている。

「ごめんね、ディル……っ」
「何の話だよ」
「ディルはずっと前の前世で、私の願いを全て叶えるって約束してくれてたの。今のディルは、それに囚われてるだけ……」
「ずっと前の前世で?」
「ええ。だからもう、私のことは気にしないで。ディルは、ディルの望むことをしてほしいの」
「……そうか。わかった」

 承諾の言葉に、胸が苦しくなる。
 ディリウスはローズマリーと白い結婚をしたまま、ステーシィと愛を存分に育むだろう。二人が結婚できない以上、そうすることが一番だとわかっている。
 しかし、自分が隠れ蓑になるだけの存在だと思うと、悲しくて苦しくて、目に見えない重みで潰されてしまいそうだ。

「……ともかく、今日は遅くなったし、もう寝よう」
「ええ、そうね……」

 そう言って、ディリウスはローズマリーに上布団をふんわりと被せてくれた。
 ここで寝ていいという意味だとわかり、ローズマリーは再度ベッドへと体を倒す。
 さっきまで出ていきそうだったディリウスは、何故かローズマリーと同じようにベッドへと横になった。

「……ディル?」
「俺は、俺の望むようにしていいんだろ」
「ええ、そうだけど……」
「大丈夫だ、手は出さないから。おやすみ、ローズ」
「お、おやすみ……ディル」

 ディリウスは目を細めたかと思うと、ローズマリーの方を向いたまま寝てしまった。
 手を伸ばせば、触れられる距離に大好きな幼馴染みが眠っていて。

(幼馴染みだものね……一緒ベッドで寝られちゃうくらい、何も思われていないんだわ……)

 そう思うと、涙が溢れてきそうで。
 ローズマリーは悟られないように、ディリウスに背を向けると、奥歯を噛み締めながら無理やり目を瞑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...