第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
14 / 49

14話 結婚話

しおりを挟む
 翌朝、ローズマリーはパーティを抜けてしまったことを、イシリオンに謝りに行った。彼の私室に通され頭を下げると、「気にしないでほしい」と穏やかな笑みを見せてくれる。しかしその後、イシリオンはほんの少し眉を下げた。

「本当は、僕が追いかけたかったんだ」
「え?」
「けど、さすがにあの場をディリウス一人に任せられないからね」
「それは、当然です」

 ディリウスは有能だけれど、愛想はない。第一王子と交流を持ちたい者の方が圧倒的に多いのだし、イシリオンが抜けられるわけがないのだ。

(けど、私なんかのために第二王子が抜けるのもだめじゃない!)

 大事なパーティで、主催の一人がいなくなるなんて話は聞いたことがない。それができたのは、イシリオンが許可してくれたおかげだ。

「私の方へ行くよう、イシリオン様のご指示があったとディルから聞いております。私のためにありがとうございました」
「いいんだよ。俺にとっても、ローズマリーは大切な人だからね」

 王子様スマイルは後光が差すようにキラキラと輝いて見える。
 兄のように慕っている人からこんな風に言ってもらえると、ローズマリーの心も満たされた。
 昔から、イシリオンは穏やかで優しい人だ。視線を交わすと、お互いに自然と微笑んでしまう。
 彼は常に忙しくしているため、ローズマリーはお礼だけ伝えると早々に部屋を出た。するとここまで送ってくれたディリウスが、まだ部屋の前に立っていた。

「帰るんだろ? 送る」
「待っててくれたの? 仕事は?」
「多少不真面目な方が、光輝の英雄にされずに済むだろ」

 そんな風に言い訳するディリウスに、ふふっと笑ってしまう。
 仕事をサボりたいわけではなく、ローズマリーを守るというレオナードとの約束を果たそうとしてくれているのだ。

「そうね、じゃあ送ってもらうわ。ありがと」

 そう言うと、ローズマリーにしかわからない程度にディリウスはうっすらと笑みを見せた。ディリウスの隣に行くと、二人並んで歩き始める。
 昔競い合っていた身長はとうの昔に抜かされていて、ローズマリーは横目で彼を見上げた。
 他の王族にはない、霧雨の日のようなアッシュグレーの髪。そして色素の薄い空色の瞳。
 そんなディリウスを見ると、ほっと心が凪いでいく。

「なんだ。じろじろ見て」
「ディルって、本当に綺麗な瞳をしてるなって。その髪も、本当に素敵。見ているだけで落ち着くの」
「……そうか」

 心から言っているというのに、目を逸らされてしまった。
 ディリウスが目と髪にコンプレックスを抱いていることを、ローズマリーは知っている。そのために言葉を素直に受け取れないのだろう。ディリウスの傷つけられた心を思うと、ローズマリーの胸はずんと重くなった。

「俺も……ローズの赤い目が、綺麗だと思ってる」

 唐突に放たれたディリウスの言葉。
 不気味と言われることの多いローズマリーの赤目を。
 ディリウスは逸らした顔を戻し、空色の瞳でじっと見つめてくれた。

「ありがと、ディル」
「俺の方こそ」

 満面の笑みではない。だけどローズマリーにはわかる。ディリウスの満たされた心が。
 ほっと息を吐きながらディリウスと王城の扉を出ようとした、その時だった。

「何をなさっているの……!!」

 何故か目の前からイザベラがずんずんやってくる。

「どうしてローズマリーがここにいるんですの! ディリウス様のお隣を歩くのは、わたくしの役目ですのよ!!」

 イザベラがディリウスの腕をぐいっと引き寄せたかと思うと、その大きな胸を押しつけている。
 ディリウスは無表情を貫いていたが、いくら好きな人だからといって人目のつく場所では困るに決まっている。

(私に許可なく触れるなって言ったのは、イザベラでしょっ)

 怒りで一瞬だけ血が昇ったが、触れる許可はとっくに得ているのだろう。好き合っているなら当然の話だ。
 しかし納得しようとしても、心は悶々として晴れそうにない。

(私が口出しすることじゃないわね……)

 ローズマリーは溢れそうになる不満をどうにか抑え込んだ。

「……どうしてイザベラ嬢がここに?」

 ディリウスはイザベラの腕から抜け出し、距離を取りながら問いかける。

「父と一緒に、ディリウス様とのご結婚をお願いするために参りましたの」
「俺は誰とも結婚するつもりはない。兄上を支えていくつもりだからな」

 即答するディリウス。やはり兄を差し置いて結婚するつもりはないようだ。

「それは、ローズマリーとも結婚しないということですわね?」
「当たり前だ」

 ディリウスの言葉に、勝ち誇ったように笑っているイザベラ。ローズマリーより背が低いのに、見下すような目つきで見られた。

「残念でしたわねぇ、ローズマリー! あなたは歯牙にも掛けられてませんわよ!」
「……そう」

 傷つく必要は、全くない。そもそもディリウスと結婚など、考えたこともないのだから。

 なのに。

 ──ローズマリーとも結婚しないということですわね?
 ──当たり前だ。

 その言葉を思い出すと、何故だか胸がチリッと痛む。

「ディリウス様とわたくしの結婚は、陛下とお父様が決めることですものね。楽しみですわ!」

 そう言って、イザベラは高笑いしながら奥へと去っていった。ディリウスが疲れて見えるのは気のせいだろうか。

「ディルも結婚を考えるような年になったのね」

 しみじみ言うと、ディリウスは顔を曇らせたままで声を出す。

「ローズもだろ、同い年なんだから」
「もちろん、私は結婚するわよ! レオ様と!」
「そうだろうな、わかってるよ」

ほんの少しだけ息を吐いたディリウスは、すぐに口の端を上げてローズマリーの目を見つめた。

「エメラルド化が解けた時には、ローズとレオが結婚できるように、俺が後押ししてやるよ」
「本当!? ありがとう、ディル!」

 優しい幼馴染みの気遣いが嬉しくて。
 ローズマリーは、無邪気に喜んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...