第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
7 / 49

7話 侯爵令嬢はなぜか嫉妬する

しおりを挟む
 聖女となって一ヶ月。
 現在、ローズマリーは激しく嫌気が差していた。
 来たくもないブライアー侯爵家の茶会に呼ばれ、仕方なく出席しているのだが。

「ぷふっ。あなたが聖女? 女神様も時には間違いをなさるのですわね」

 もう二十回はこの話を聞いていた。ブライアー侯爵家の令嬢イザベラは、ローズマリーのスカライザ侯爵家と勢力を二分する貴族だ。彼女はなぜか、事あるごとにローズマリーに突っかかってくる。

(自分が一番じゃないと気が済まないのかしら、イザベラって)

 穏やかな気候で青い空の下、美味しいものに囲まれて、どうしてこんな話をされないといけないのか。
 同じ侯爵家でもブライアー家の方が格が上だの、王家に貢献しているのは自分の方だの、友人が少ないあなたは可哀想だのとマウントをとってくるのだ。
 ローズマリーはまったく興味がないので、『そうね』と一言返すだけなのだが、それがまた癇に障ってしまうらしい。
 聖女になる前まではそれほどしつこくなかったので、ローズマリーも受け流していたのだが、最近のイザベラの行動はさすがに目に余った。
 それほどまでに、聖女に認定されたローズマリーが気に食わないのだろう。
 王族と結婚するのではないかという噂まで立っていて、それが拍車をかけているのかもしれない。そんな事実はないのだが。

 今日のお茶会は人数が多いため、立食形式だから自由に動き回れる。しかしどんなに逃げても嫌味を言われるのだ。
 げっそりしてもう帰りたいと思っていたら、急にわっと周りの声が上がった。

「イシリオン様とディリウス様よ!」

 令嬢達の黄色い声に、イザベラも「いらっしゃったのね!」と鼻に掛かった声でディリウスたちの方へと向かっている。

(ようやくいなくなったわ。これで食べられる)

 テーブルに並べられた軽食やお菓子。どれを食べようかと目移りしてしまう。

「ディリウス様! お忙しい中、私のためにお越しくださって嬉しいですわ!」
「イザベラ嬢……招待に感謝する」

 ちっとも感謝していなさそうな言葉が聞こえて、ローズマリーは思わず吹き出しそうになった。

(ディリウスもこういうのは苦手だものねぇ)

 対するイシリオンは、にこやかな表情を崩すことなく、群がる令嬢達を相手にしている。
 もちろん第二王子派の令嬢もいるが、第一王子ほど数は多くない。いつもイザベラがつきまとっているので、他の令嬢は引いているだけかもしれないが。

「うふっ。わたくしがディリウス様のおもてなしを担当させていただきますわねっ」
「いや、必要ない」
「えっ」

 無下に断ったかと思うと、なぜかディリウスはローズマリーの方にやってきた。
 ようやくケーキにありつけたところだったのにと、目の前のディリウスを見上げる。

「なんでこっち来るのよ、ディル。イザベラがすごい顔してるんだけど」
「帰りたい」
「来たばっかりでしょ、少しはイシリオン様を見習いなさいよ。私だって帰りたいのを我慢してるんだから」

 説教をするも、まったく改善する様子の見られない表情だ。全身から帰りたいオーラが出てしまっている。ディリウスらしいと言えばディリウスらしいのだが。

「ディリウス様ぁ!」

 イザベラがめげずにやってきた。甘い声を出しながら、ローズマリーとディリウスの間に割って入ってくる。

「あちらにシェフ自慢のプディングケーキを用意しておりますのよ!」
「いや、俺は」
「さぁ、こちらですわ!」

 イザベラは無理やりディリウスの腕をとり、引っ張るようにしてディリウスを連れていってしまった。
 さすがに侯爵令嬢を振り払うことはしていなくてほっとする。

(ディリウスには、あれくらい強引な人の方がいいのかもね。私はイザベラが苦手だけど、案外二人はお似合いなのかもしれないわ)

 そう思った瞬間、心の奥底から苦い感情が溢れた気がして、顔を歪めた。

(……ディリウスに釣り合う家柄で年の近い人って、イザベラくらいだもの。私はレオ様と結婚するんだし)

 自分の心を納得させようとしていることが不可解で、どうにも居心地が悪い。
 胸がやけにチリチリと不快な痛みを発している。

(もう、考えるのやめ! 食べて食べて食べまくっちゃうわよ!)

 気を取り直してテーブルに目を向けると、ちょうど手に取りやすい位置に赤い宝石の付いたブローチが置いてあった。

(何これ? どうしてこんなとこにブローチが?)

 大きくてデザイン性も高くて立派な物だ。誰かの忘れ物だろうかと、つい手に取って眺めてしまった。その瞬間。

「あら、そのブローチはマルグリートの物じゃない!? ローズマリー、あなた盗んだのね!!」

 すごい剣幕でやってきたのは、イザベラだった。謂れのない疑いをかけられて、ローズマリーはむっと口をへの字にする。

「盗んでないわ。ここに置いてあっただけよ」
「よく言いますわ! さっきあなたがマルグリートのブローチを見て、『あんなのが欲しい』って言っていたのを、わたくしはこの耳でちゃんと聞きましたのよ!」
「そんなこと言ってない」
「早く返し……きゃあ!」

 イザベラはローズマリーに手を伸ばしたかと思うと、大袈裟に叫んだ。と同時に、勝手に倒れて尻餅をついている。
 一人で何をやっているのかとポカンと見ていたら、イザベラの目からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。

「酷いですわ! 突き飛ばすなんて!」
「……は?」
「自分のやったことを認めなさい! 仮にも聖女と呼ばれていて、嘘などついていいと思っているのかしら!?」

 泣きながら立ち上がったイザベラはローズマリーを糾弾し始め、頭に血がどんどん昇ってくる。

(とりあえずぶん殴ってやりたいわ!!)

 そう思うも、手を出しては相手の思う壺だ。ローズマリーはグッとこらえた。

「こんな人が聖女だなんて、世も末ですわね。ねぇみなさん、そう思いませんこと?」

 勝ち誇って言い放つイザベラに、二つの人影が近づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】「私は善意に殺された」

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...