憧れの俳優に恋をしてしまいました。もういちファンじゃいられません!

長岡更紗

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12.クリスさんと幸せになります!

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 スヴィの思った通りクリストフは座長に気に入られたようで、タントールの公演が終わり次第、エルモライに入団することになった。
 最終日の公演はクリストフの最後の出演で、多くの人が退団を惜しんでタントールに押し寄せた。
 スヴィはその公演を見終えたあと、出待ちすることもなく帝都へと戻る。いつもならばまっすぐ家に帰るのだが、この日はそうしなかった。

「隊長、キアリカ隊長!」

 夜も十一時を回った夜中。
 スヴィは隊長と団長の住まう家をノックする。

「なにをしてるの、スヴィ! こんな時間に!」
「どうした、キア」

 目的の夫婦が出てきて、スヴィはキッと覚悟の顔を上げていた。



 ***



 翌日、スヴィは王都の入り口のひとつ、西門でクリストフが来るのを待っていた。
 今日クリストフは、エルモライに入団しにここへ来るはずだ。
 抜けるような青空の下、ランディスからの乗合馬車がやってきた。目の前で馬車が止まると、待っていた人が降りてくる。

「スヴィ……」
「クリスさん、入団おめでとうございます」

 スヴィの言葉を受けながら、クリストフは長い足をこちらに向けて歩いてくる。

「まだ、入団前だよ。それより、どうしてここに?」
「クリスさんに伝えたいことがあって、待っていました。私は……」
「待って、僕から言わせて。入団する前に、スヴィに伝えたいことがあるんだ」
「なんですか?」

 言葉を遮られたスヴィは、まっすぐな瞳に吸い込まれるようにクリストフを見上げた。

「僕は今から、エルモライに入団する。けど、すぐに役をもらえるとは限らない。もらえたとしても、最初はきっと端役だ。生活は百人を超える団員たちと過ごすことになる」

 スヴィはコクリと頷いた。
 劇団エルモライは大所帯だ。役者と裏方合わせて百人以上が寝食を共にし、世界中を旅して各地で公演する。

「団員になる僕は衣食住が確保されるけど、一体いくら稼げるのかはわからない。一人も養える保証がない状況で、こんなことをいう権利はないって理解してる……けど」

 クリストフは一度そこで言葉を止めた。一体なにを言うつもりなのか。スヴィの鼓動がドクドクと小刻みに振動する。
 そんなスヴィに、クリストフは心を決めたように息を大きく吸った。

「僕と結婚してくれ、スヴィ。今、すぐに!」

 予想外の言葉に、体が一瞬動かなくなる。結婚。今すぐ。なにがどうなって、そんな言葉になったのか。

「え……け、っこ……? でも恋愛や結婚は、十年間ダメって……」
「まだ入団前だから、妻帯者として入団できる。独身じゃないといけないなんて規定はなかった」

 降って沸いた話に、スヴィは思ったように言葉が出て来ず、ただただクリストフを見つめた。

「スヴィが騎士という職に、覚悟と誇りを持っているのは知ってる。僕の求婚は、それを捨てろと言っているのと同じだろう。けど、それでも僕はスヴィについてきて欲しい」
「クリスさん……」
「結婚、してくれ……!」

 夢にまで見たプロポーズの言葉にしばらくぽうっとしていたが、ハッと我に返ってクリストフに告げる。

「えと……そのお返事の前に、私の話も聞いてもらえますか?」
「なに?」
「私、劇団エルモライに入っちゃいました。帝都正騎士を辞めて」
「へぇ……………………。ええ!?」

 クリストフは信じられないものを見るように、スヴィに食いついてくる。

「ど、どうやって……ダイコンなのに!」
「し、しつれーですよー! そりゃ、私に役者なんてできません。衣装作りも、大道具も小道具も、ましてや楽器なんてこれっぽっちもできません」
「じゃあ、どうやって……」
「これです」

 そういってスヴィは、腰の剣をクリストフに見せた。スヴィにできることなど、これ以外には何もない。
 クリストフはハッと気づいたようで、叫ぶように言った。

「……劇団の、護衛か!」
「当たりです!」

 スヴィは昨夜、キアリカに事情を話して騎士を辞めた。
 そして彼女は一筆書いてくれたのだ。今までのスヴィの功績が書かれた文書を。
 それに団長がサインを入れることによって、効果は跳ね上がった。
 スヴィは朝一番でそれを持って、エルモライに護衛として入団したい旨を伝え、承諾をもらっていたのである。
 護衛は万年人手不足のようで、強い人なら大歓迎だと、喜んで迎え入れてくれた。

「私、クリスさんの大ファンですから! 一生、地の果てまでも追っかけしようって、決めたんです! 追っかけしていれば……十年間恋愛できなくても、結婚できなくても、いつかは一緒になれると思って……」
「スヴィ……!」

 スヴィの決意に込み上げてきたのか、クリスは声を振るわせた。しかしその直後、サッと顔色が変わっている。

「ちょっと待ってくれ。もうエルモライの団員ということは……今すぐ結婚できないじゃないか!」

 劇団エルモライは入団後、十年間の恋愛禁止だとクリスは言っていた。だが、それは──

「それ、役者さんだけらしいですよ」
「え?」
「役者さん以外は、恋愛も結婚も自由です。ただ、役者に手は出すなと言われましたけど」

 そう説明すると、クリストフは一瞬ぽかんと口を開けた後、涙を溜めて笑い始めた。

「はは……そうか……! じゃあ、結婚……できるんだな……っ」
「というか、クリスさんが入団する前の今しかないです!」
「結婚してくれ、スヴィ!」
「はい、結婚します!!」

 スヴィがその腕に飛び込むと、クリストフは痛いくらいにスヴィを抱きしめてくれた。
 周りにいた人たちがその様子を見て、拍手やおめでとうの言葉を投げかけてくれる。

「なにか、祝福ごとかね?」

 通りかかったのは、スヴィの通う教会のおじいちゃん神父だった。
 そのおじいちゃん神父が、その場で簡易の式を挙げてくれる。

 スヴィとクリストフは光射す青空の下、知らない人たちに祝福されながらキスを交わし──
 無事、その場で夫婦となったのだった。



 ***


 帝都でのエルモライの公演が終わった。
 今日は次の国へと旅立つ日だ。

「キアリカ隊長、今まで本当にありがとうございました……!」

 お別れに来てくれたキアリカに、スヴィはこれまでのお礼を込めて頭を下げた。
 心なしか、キアリカの瞳が潤んでいるように見えて、スヴィは胸を詰まらせる。

「キアリカ隊長、私がいなくても、泣かないでくださいねーっ」
「ばかね。手のかかる隊員が減って、ほっとしてるのよ」
「ひどいですっ!」

 ふふっと美しい笑みを見せたキアリカは、そのあとで眉を下げた。

「本当は、寂しいわね。スヴィがディノークス騎士隊に入った頃から、ずっと知っているから」
「キアリカ隊がこれからって時なのに、本当にすみません……」
「いいのよ。あなたが幸せになることが一番なんだから」
「隊長……」

 急に辞めると言った時だって、キアリカは怒ることもなじることもせず親身に話を聞いてくれた。
 彼女のような人が上司で、本当に良かった。キアリカと働けたことは、きっと一生の財産だ。

「劇団の護衛、頑張りなさい。これは私からの餞別よ」

 そういってキアリカが出したのは、一枚の刺繍がされたハンカチ。

「『薔薇の覚悟』……」

 そこにはキアリカ隊のマークが入っていて、ほろりと涙が溢れそうになる。

「離れていても、あなたはキアリカ隊の一員よ。その心に、誇りと覚悟を持って生きなさい」
「はい! ありがとうございます!」

 最後に隊員らしく応えると、キアリカはくるりと振り返って去っていった。見送りにきておいて、先に帰ってしまうのが彼女らしい。
 見ると、キアリカの通った道には、ひとつの水玉模様が残されていた。

「隊長……」
「スヴィ、もう出るらしいよ。別れは済んだかい?」

 夫となったクリストフが優しく肩を抱いてくれて、スヴィはコクリと頷いた。

「はい。私、国を出るの初めてだから、どんな魔物が出てくるのか楽しみです!」
「え、楽しむとこ、そっち?!」

 驚いているクリストフに、スヴィは太陽の光を受けながら笑う。

「魔物だって、新しい国だって、なんだって楽しみです! クリスさんと一緒だから!」
「ああ……そうだね。僕もスヴィと一緒なら、なんだって楽しみだ」

 優しく細められたクリストフの瞳。甘く優しい顔立ちが、ゆっくりと寄せられる。

「愛しているよ、スヴィ」

 囁くように言われて、スヴィはクリストフを抱きしめた。

「私もです、クリスさん……っ」

 そう、唇を重ね合わせようとした時、「そこイチャイチャしてないで行くぞー」と団員の声が飛んできた。
 スヴィはクリストフと目を合わせて、クスッと笑い合う。

「行こうか、スヴィ」
「はい、クリスさん!」

 そうして二人は手を繋ぐ。
 夏の日差しを浴びたかのように体中がぽかぽかとなり、じんわりと溢れる幸せを噛み締める。
 帝都を振り返ると、そこではキアリカが遠くからこちらを見ていて。

 ──あなたが幸せになることが一番なんだから──

 その言葉が、頭の中をリフレインする。

「クリスさん」
「ん?」
「私、幸せです……っ」

 幸せ過ぎて涙が出てきそうだ。そんなスヴィにクリストフは優しい笑みを浮かべ、人目を盗んでキスしてくれた。

 アンゼルード帝国の街道を、何台もの馬車が荷物を積み、たくさんの団員が談笑しながら歩いている。
 劇団エルモライの一員となったスヴィとクリストフは、新たなる地に向かって、共に一歩を踏み出した。
 澄み渡った空の、明るい光の中を──
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