上 下
1 / 12

01.クリストフ様の大ファンです。

しおりを挟む
 わぁああああッ!!

 飛び散る汗。
 満面の笑みの役者たちが、観客に向かって丁寧にお辞儀をした。
 客席はスタンディングオベーションで彼らを称えている。
 スヴィもその観客の一人で、感動の涙をどばどば流しながら、手が痛いくらいに拍手を続けた。

 もうもう、クリストフ様は今日も最高だったわ!!

 舞台の真ん中で、はちきれんばかりの笑みを観客に振りまいているクリストフ。
 長身で甘い顔立ち、美しいプラチナブロンドの髪、そして圧倒的演技力。
 彼に勝る役者がこの世にいるとは思えない。
 その彼が、舞台上からスヴィを見て、目が合った……気がした。

 このスヴィ、地の果てまでもクリストフ様の追っかけを続けますともーー!!

 劇団タントールの小劇場で、スヴィは拳を固めてそう誓いを立てたのだった──



 ***



 スヴィの左の袖には、『薔薇の覚悟』と呼ばれるキアリカ隊のマークがある。
 ここアンゼルード帝国、唯一にして最強の女性騎士隊の隊員だ。
 一年前、キアリカ隊の発足と同時に、スヴィはディノークス騎士隊から引き抜かれた。

 劇団タントールのある場所は、ランディスの街だ。
 現在スヴィは帝都騎士団のキアリカ隊での勤務のため、ランディスを離れて帝都に引っ越している。
 帝都からランディスの町まで、馬で約二時間。クリストフが公演する舞台の時は、意地でも早く仕事を切り上げる。

「キアリカ隊長! 私、今日は絶対に定時にあがりますから!」
「あら、今日はタントール太陽組の公演の日?」
「そうです! 今日から二週間、私は何があっても残業しませんから!!」
「そう言い切られると、いっそ清々しいわね」

 キアリカは長く美しい金髪を後ろに流しながら、フフっと笑った。

「けど二週間、ずっと同じ内容の劇をしているんでしょ? 一回観れば十分じゃない」
「な、何を言ってるんですかーー!!」

 スヴィは上司に食ってかかる勢いで顔を寄せた。

「その日によって、役者の声の伸びや表情が違うんです! それに何度も観るからこそ、どこで役者がアドリブしているのかわかって楽しいんですよ! 私はクリストフ様の一挙手一投足を、見逃したくないんですっっ!!」
「わかった、わかったわよ。ダメとは言っていないでしょう。楽しんできなさい。帰りも気をつけるのよ」
「ありがとうございますー!!」

 こうして二週間、毎日帝都とランディスの街を往復して、劇団タントール太陽組の公演を観る。
 ランディスに住んでいた頃に比べて大変ではあるが、クリストフに会えるならこの程度の距離などどうってことはなかった。



「ああ……今回の公演も良かった……」

 二週間の公演を全て観たスヴィは、満足のあまり口から魂が抜け出そうになっていた。

 クリストフの笑顔。クリストフの怒り顔。クリストフの真剣な顔。
 クリストフの長い足。クリストフのしなやかな手。クリストフの男らしい体つき。
 クリストフの耳に心地よい声。クリストフののびやかな歌声。クリストフの臨場感あふれる台詞。

 どれをとっても最高だ。最高としか言いようがない。

「あああああ、クリストフさまぁああ!!」
「黙りなさい、うるさいわよスヴィ」

 隊長であるキアリカにピシリと言われて、スヴィは口を尖らせる。

「今は休憩時間じゃないですかー」
「休憩時間でも、その左袖に『薔薇の覚悟』をつけている以上、自覚を持って行動しなさい」
「はい……」
「腑抜けた返事をしない!!」
「はい!!」

 キアリカは結婚して少し丸くなったが、厳しさはディノークス騎士隊で隊長をしていた頃と変わらない。
 休憩の後は見回りを言いつけられ、スヴィは担当地区を歩く。
 帝都は賑やかな分、人の流れも多くて犯罪が頻発する場所だ。帝都民が安心して暮らせるように、騎士が巡回する。それだけで犯罪を抑止する効果があるから、重要な仕事のひとつだ。

「ほら、見てごらん。薔薇のお姉さんよ」
「わあ! かっこいいー!」

 親子がスヴィを見て手を振り、スヴィもまたその親子らに手を振ってあげる。
 キアリカ隊は、騎士団の中でも有名だ。隊員一人一人が誇りと自覚を持ち、帝都民一人一人に丁寧に接しているからだろう。
 事の優先順位はもちろんあるが、できる限り帝都民に寄り添う対応をするのが、キアリカ隊のモットーだ。

「あの、すみません。道に迷ってしまったんですが」
「はい」

 声をかけられていつものように振り返ると、そこには。

 くくく、クリストフさまぁぁああああああ!!?

 スヴィの全てと言っても過言ではない、クリストフが立っていた。
 思わず彼を見上げたまま固まってしまう。

「あの……やっぱりダメですかね、こんな事で有名なキアリカ隊の方をつかうのは」
「は!! あ、いえ!! 困っている人を助けるのも、キアリカ隊の役目ですから! ど、どこに行きたいのですか?!」

 興奮し過ぎてしまったスヴィを見て、クリストフは一歩引いてしまっている。
 これではいけないとコホッと咳払いをひとつして、心を落ち着かせた。

「タピオヴァラ商会というところに向かっているんですが」
「ああ、大きなところですが、少しややこしいところにあるんですよね。お連れしましょう」
「そこまでしてもらうわけには……」
「これも仕事ですから」

 にっこりと微笑んでみせると、「ありがとうございます」とそれ以上の笑顔で返される。

 あああ、クリストフ様の笑顔を、こんなに近くで拝めるだなんて!!
 神様ありがとうございます!!

 スヴィは心で感動の涙をだばだば流しながら神に感謝し、彼の隣を歩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

同居人の一輝くんは、ちょっぴり不器用でちょっぴり危険⁉

朝陽七彩
恋愛
突然。 同居することになった。 幼なじみの一輝くんと。 一輝くんは大人しくて子羊みたいな子。 ……だったはず。 なのに。 「結菜ちゃん、一緒に寝よ」 えっ⁉ 「結菜ちゃん、こっちにおいで」 そんなの恥ずかしいよっ。 「結菜ちゃんのこと、どうしようもなく、 ほしくてほしくてたまらない」 そんなにドキドキさせないでっ‼ 今までの子羊のような一輝くん。 そうではなく。 オオカミになってしまっているっ⁉ 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* 如月結菜(きさらぎ ゆな) 高校三年生 恋愛に鈍感 椎名一輝(しいな いつき) 高校一年生 本当は恋愛に慣れていない 。・.・*.・*・*.・。*・.・*・*.・* オオカミになっている。 そのときの一輝くんは。 「一緒にお風呂に入ったら教えてあげる」 一緒にっ⁉ そんなの恥ずかしいよっ。 恥ずかしくなる。 そんな言葉をサラッと言ったり。 それに。 少しイジワル。 だけど。 一輝くんは。 不器用なところもある。 そして一生懸命。 優しいところもたくさんある。 そんな一輝くんが。 「僕は結菜ちゃんのこと誰にも渡したくない」 「そんなに可愛いと理性が破壊寸前になる」 なんて言うから。 余計に恥ずかしくなるし緊張してしまう。 子羊の部分とオオカミの部分。 それらにはギャップがある。 だから戸惑ってしまう。 それだけではない。 そのギャップが。 ドキドキさせる。 虜にさせる。 それは一輝くんの魅力。 そんな一輝くんの魅力。 それに溺れてしまう。 もう一輝くんの魅力から……? ♡何が起こるかわからない⁉♡

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

処理中です...