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ジャン&ルティー編
06.引くわけにはいかないわ
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「…………」
無言でルティーをじっと見るトラヴァスに、『どうしたの?』という感じで小首を傾げて口角を上げた。我ながら名演技だと思う。脅しは全面に出してはいけない。特に察しがよいトラヴァスにはこれくらいで十分のはずだ。
しばらくして、トラヴァスがのっそりと口を開く。
「……恐らく、アンナはルティーを付き人にはしないだろう。ルティーの年齢で働かせることに抵抗があるからな」
「でも、トラヴァス様なら説得できる術をお持ちですよね?」
断定的にそう言い放ち、無邪気に笑ってみせる。トラヴァスはひとつ息をハァっと吐くと、「まぁな」と答えた。
「ありがとうございます、トラヴァス様!」
すかさずに礼を言い、大袈裟に飛び上がって喜んで見せた。トラヴァスは苦い顔をして、ルティーに冷たい目を流してくる。
「まだ説得するとは言っていない」
「え、そ、そんな……」
今度は一転、落ち込みを見せ、目の端に涙を溜めた。最後の締め、泣き落としだ。これでトラヴァスを落としてみせる。
「私、アンナ様の付き人になれると……」
「ルティーの気持ちはわからなくはない。前筆頭大将……アリシア様への悔悟の念があるからだろう」
「そ、それは……っ」
ハッと気付くと演技は崩れ、グッと拳を握り締めてしまっていた。そんなルティーにトラヴァスは畳み掛けるように続けてくる。
「そんな気持ちで付き人になるのはどうかと思う。きっとアンナの側にいることで、余計に罪の意識を高めてしまうだろう。ルティーの将来を考えれば、医療班で実績を積んだ方がいい。それが幸せとなれる道だ」
トラヴァスの説得モードに、ルティーは唇を噛み締めた。
(だめだ、手強い……。どうあってもこの人は、私をアンナ様の付き人にしてくれないつもりだわ。悔しい……っ)
ルティーはすべての策略を捨て、土下座せんばかりの勢いで、頭を下げる。もうこれしか方法がなかった。
「……お願いします……私、どうしてもアンナ様のおそばにいたいんです!」
「やめた方がいい」
一刀両断され、それでもルティーはキッと顔を上げる。
「では私は辞めます!」
「辞めるならそうすればいい。もうアンナに会うことはなくなるがな」
「っな」
最終手段を出したというのに、こちらが辞めないということをみすかされていて、ルティーは狼狽えた。相変わらずトラヴァスは冷酷さを湛えていて、夏だというのに周りの空気が少し冷えたようにさえ感じる。
「じゃ、じゃあ、トラヴァス様が不敬発言をなさったことを……」
「公表するなら別にいい。それで去っていく部下がいたなら、私はそれだけの男だったということだ」
「……っく……」
もうこの人になにを言っても説得できる気がしない。
アンナの付き人になりたかった。アリシアのことがあるからというだけじゃない。艶やかなマーメイドドレスを着て華やかに踊るアンナの姿は、今も鮮明にルティーの頭に残っている。
ルティーはあの時、アリシアだけでなくアンナにも強く憧れた。
この地には少ない、黒い目と髪をした独特の雰囲気を持つ女性。アリシアのような華やかさはないけれど、そこには凛としながらも個を主張する、百合の花のような色気があった。
あの時、ルーシエがなぜルティーを宴に連れ出し、そしてアンナたちを参加者として誘ったのか、今ならわかる。
ルーシエは確か、こんな風に言っていた。メインはアリシアだが、将来的な意味を含めてアンナたちを出席させる、と。その時のルティーは、彼がなにを言っているのか理解できず、不思議に思ったものだ。
彼の意図はこう。ルーシエにとっての一番はアリシアであるが、その娘のアンナもまた気にかけていた。しかしアリシアにのみ心血を注いでいる彼には、アンナをおざなりにしてしまうのは必然だっただろう。
だからルーシエはルティーを手元に置き、教育した。いずれルティーがアンナの付き人になり、そちらで手腕を発揮することを見越して。
つまり彼は、自分がアンナを守れない分、ルティーに守らせようとしていたのだ。だから宴に出席させ、アンナを見せて憧れさせた。
ルーシエにまんまと乗せられた形ではあるが、不思議と不快感はない。むしろ、アンナを守れる立場にあると見抜いてくれたであろう観察眼に、感謝したいほどだ。その役目を託してくれて、誇りすら感じる。
(私はアンナ様を守る立場の人間なのよ。こんなところで引くわけにはいかないわ!)
ルティーは冷血無表情男にキッと目を向けた。
無言でルティーをじっと見るトラヴァスに、『どうしたの?』という感じで小首を傾げて口角を上げた。我ながら名演技だと思う。脅しは全面に出してはいけない。特に察しがよいトラヴァスにはこれくらいで十分のはずだ。
しばらくして、トラヴァスがのっそりと口を開く。
「……恐らく、アンナはルティーを付き人にはしないだろう。ルティーの年齢で働かせることに抵抗があるからな」
「でも、トラヴァス様なら説得できる術をお持ちですよね?」
断定的にそう言い放ち、無邪気に笑ってみせる。トラヴァスはひとつ息をハァっと吐くと、「まぁな」と答えた。
「ありがとうございます、トラヴァス様!」
すかさずに礼を言い、大袈裟に飛び上がって喜んで見せた。トラヴァスは苦い顔をして、ルティーに冷たい目を流してくる。
「まだ説得するとは言っていない」
「え、そ、そんな……」
今度は一転、落ち込みを見せ、目の端に涙を溜めた。最後の締め、泣き落としだ。これでトラヴァスを落としてみせる。
「私、アンナ様の付き人になれると……」
「ルティーの気持ちはわからなくはない。前筆頭大将……アリシア様への悔悟の念があるからだろう」
「そ、それは……っ」
ハッと気付くと演技は崩れ、グッと拳を握り締めてしまっていた。そんなルティーにトラヴァスは畳み掛けるように続けてくる。
「そんな気持ちで付き人になるのはどうかと思う。きっとアンナの側にいることで、余計に罪の意識を高めてしまうだろう。ルティーの将来を考えれば、医療班で実績を積んだ方がいい。それが幸せとなれる道だ」
トラヴァスの説得モードに、ルティーは唇を噛み締めた。
(だめだ、手強い……。どうあってもこの人は、私をアンナ様の付き人にしてくれないつもりだわ。悔しい……っ)
ルティーはすべての策略を捨て、土下座せんばかりの勢いで、頭を下げる。もうこれしか方法がなかった。
「……お願いします……私、どうしてもアンナ様のおそばにいたいんです!」
「やめた方がいい」
一刀両断され、それでもルティーはキッと顔を上げる。
「では私は辞めます!」
「辞めるならそうすればいい。もうアンナに会うことはなくなるがな」
「っな」
最終手段を出したというのに、こちらが辞めないということをみすかされていて、ルティーは狼狽えた。相変わらずトラヴァスは冷酷さを湛えていて、夏だというのに周りの空気が少し冷えたようにさえ感じる。
「じゃ、じゃあ、トラヴァス様が不敬発言をなさったことを……」
「公表するなら別にいい。それで去っていく部下がいたなら、私はそれだけの男だったということだ」
「……っく……」
もうこの人になにを言っても説得できる気がしない。
アンナの付き人になりたかった。アリシアのことがあるからというだけじゃない。艶やかなマーメイドドレスを着て華やかに踊るアンナの姿は、今も鮮明にルティーの頭に残っている。
ルティーはあの時、アリシアだけでなくアンナにも強く憧れた。
この地には少ない、黒い目と髪をした独特の雰囲気を持つ女性。アリシアのような華やかさはないけれど、そこには凛としながらも個を主張する、百合の花のような色気があった。
あの時、ルーシエがなぜルティーを宴に連れ出し、そしてアンナたちを参加者として誘ったのか、今ならわかる。
ルーシエは確か、こんな風に言っていた。メインはアリシアだが、将来的な意味を含めてアンナたちを出席させる、と。その時のルティーは、彼がなにを言っているのか理解できず、不思議に思ったものだ。
彼の意図はこう。ルーシエにとっての一番はアリシアであるが、その娘のアンナもまた気にかけていた。しかしアリシアにのみ心血を注いでいる彼には、アンナをおざなりにしてしまうのは必然だっただろう。
だからルーシエはルティーを手元に置き、教育した。いずれルティーがアンナの付き人になり、そちらで手腕を発揮することを見越して。
つまり彼は、自分がアンナを守れない分、ルティーに守らせようとしていたのだ。だから宴に出席させ、アンナを見せて憧れさせた。
ルーシエにまんまと乗せられた形ではあるが、不思議と不快感はない。むしろ、アンナを守れる立場にあると見抜いてくれたであろう観察眼に、感謝したいほどだ。その役目を託してくれて、誇りすら感じる。
(私はアンナ様を守る立場の人間なのよ。こんなところで引くわけにはいかないわ!)
ルティーは冷血無表情男にキッと目を向けた。
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