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アリシア編
103.潮時、なのかもしれないわね
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アリシアは元来た山道には入らず、敵が行軍してきたと思われる開けた道を急いだ。
もうここの敵は倒したのだ。早く合流しなければという妙な胸騒ぎが、アリシアの判断を鈍らせた。
第一小隊の先頭を行き、アリシアはフラッシュの元へと急ぐ。早く鎮圧し、ジャンの顔を見たい。今までこんなに不安になることなどなかったというのに、結婚を約束した仲になったからだろうか。アリシアは、一心に駆けた。
「アリシア様ッ!!」
突如、後ろから部下の声が聞こえた。
瞬間、背に火をつけられたかのような感覚に襲われる。
「……っくぅ!」
熱い。
いや、これは痛みだと気付いた時には、アリシアの背から血が噴き出していた。
「ハアアァアッ!」
振り向きざま、切りつけてきた敵を逆に斬り倒す。次々に坑道から現れる敵を、後方から駆けつけた自軍が応戦する。
「アリシア様、こちらへ!!」
一人の兵がアリシアを下がらせ、支えてくれる。致命傷ではないが、大剣を持つのは不可能な状態だ。これでは第一小隊に合流したところで、足手まといになってしまう。
「私をルティーのところへ連れていって!」
「はい!」
部下の一人がアリシアに肩を貸してくれ、もう一人がアリシアの剣を担いでくれた。
痛い。こんな痛みを感じるのは久々だ。
アリシアは、焦慮に駆られていた自身を猛省した。急くあまり、自分が隊列を乱してしまっていたのだ。上に立つ者として、あるまじき行為である。
部下に支えられつつ救護班のテントに入ると、ルティーが走り寄ってきた。
「アリシア様!!」
「ルティー早く治してちょうだい。すぐに第一小隊と合流しないと……」
そういうと、なぜかルティーは身を硬化させ、つらそうに眉を下げた。
「申し訳ございません、アリシア様……もう、魔力が……」
謝意の言葉と同時に泣きそうになっているルティーを見て、アリシアは慰めるように言葉をかける。
「そうよね、これだけ大きな戦闘なんだもの。尽きていて当然だわ。気にしなくていいのよ、致命傷じゃないんだし。後のことは、みんなに任せるわ。有能な部下が勢揃いしてるんだもの……」
そういうと、アリシアは目を瞑った。魔法で治せないとなると、今回はもう戦場には出られない。こんな状態で戦いに出ても、足手まといになるだけだということはわかっている。
アリシアは、斬られた瞬間を思い返した。
(斬りつけられるより、部下の声の方が早かったわ。以前なら、対処できてたはず。それができなかったということは……)
うつ伏せになったアリシアは、うっすらと目を開けた。ルティーが泣きそうになりながら、傷の手当てをしてくれている。
不思議なことに、年齢的な衰えを感じても、悔しさは感じられなかった。
(潮時、なのかもしれないわね)
娘のアンナは、もう筆頭大将になってもいいくらいの器になっている。
ルーシエはもちろん、ジャンやフラッシュやマックスも、アリシアがいなくても十分にやっていけるだけの力がある。彼らを勝手に心配し、焦っていた自分の方が引退すべきなのだろう。
引退、という言葉を浮かべて、アリシアは一人口角を上げた。
(このまま引退したら、ジャンと結婚ね……)
引退後の自分も悪くない、とアリシアは想像する。
ジャンと二人で。
彼を家で迎える人生。
共に過ごしていく一生。
(どうしてかしら……なぜか、泣けちゃうわ……)
それらを想像し始めると、現在の戦況など考えられなくなってしまっていた。動けなくとも指示は飛ばせるというのに、あの優秀な部下たちなら完璧に動いてくれるはずだと。
(結婚式は、どこか遠くで二人だけで挙げるのもいいかもしれないわ。ああ、でもフラッシュを呼ばないとうるさそうね。式が終わったら少し旅行をして……今から楽しみだわ)
脳裏に浮かぶ、ジャンの笑顔。しかしその笑顔が、瞬く間に険しい表情に変わった。
「ジャンッ!!!!」
アリシアはその顔が浮かんだ瞬間、飛び起きた。想像のジャンが険しい顔をしたのではない。これは、この感じは。
「アリシア様!?」
背中がビリッと痛む。だが、今はそんな痛みを気にしている場合ではないのだ。脳裏に点滅する危険信号。高鳴る動機。
(どうして、ジャンが……!!)
アリシアは立てかけてあった己の剣を取ると、救護テントから飛び出した。
「アリシア様!! いけません!! アリシア様ーーーーーーッ!!」
もうここの敵は倒したのだ。早く合流しなければという妙な胸騒ぎが、アリシアの判断を鈍らせた。
第一小隊の先頭を行き、アリシアはフラッシュの元へと急ぐ。早く鎮圧し、ジャンの顔を見たい。今までこんなに不安になることなどなかったというのに、結婚を約束した仲になったからだろうか。アリシアは、一心に駆けた。
「アリシア様ッ!!」
突如、後ろから部下の声が聞こえた。
瞬間、背に火をつけられたかのような感覚に襲われる。
「……っくぅ!」
熱い。
いや、これは痛みだと気付いた時には、アリシアの背から血が噴き出していた。
「ハアアァアッ!」
振り向きざま、切りつけてきた敵を逆に斬り倒す。次々に坑道から現れる敵を、後方から駆けつけた自軍が応戦する。
「アリシア様、こちらへ!!」
一人の兵がアリシアを下がらせ、支えてくれる。致命傷ではないが、大剣を持つのは不可能な状態だ。これでは第一小隊に合流したところで、足手まといになってしまう。
「私をルティーのところへ連れていって!」
「はい!」
部下の一人がアリシアに肩を貸してくれ、もう一人がアリシアの剣を担いでくれた。
痛い。こんな痛みを感じるのは久々だ。
アリシアは、焦慮に駆られていた自身を猛省した。急くあまり、自分が隊列を乱してしまっていたのだ。上に立つ者として、あるまじき行為である。
部下に支えられつつ救護班のテントに入ると、ルティーが走り寄ってきた。
「アリシア様!!」
「ルティー早く治してちょうだい。すぐに第一小隊と合流しないと……」
そういうと、なぜかルティーは身を硬化させ、つらそうに眉を下げた。
「申し訳ございません、アリシア様……もう、魔力が……」
謝意の言葉と同時に泣きそうになっているルティーを見て、アリシアは慰めるように言葉をかける。
「そうよね、これだけ大きな戦闘なんだもの。尽きていて当然だわ。気にしなくていいのよ、致命傷じゃないんだし。後のことは、みんなに任せるわ。有能な部下が勢揃いしてるんだもの……」
そういうと、アリシアは目を瞑った。魔法で治せないとなると、今回はもう戦場には出られない。こんな状態で戦いに出ても、足手まといになるだけだということはわかっている。
アリシアは、斬られた瞬間を思い返した。
(斬りつけられるより、部下の声の方が早かったわ。以前なら、対処できてたはず。それができなかったということは……)
うつ伏せになったアリシアは、うっすらと目を開けた。ルティーが泣きそうになりながら、傷の手当てをしてくれている。
不思議なことに、年齢的な衰えを感じても、悔しさは感じられなかった。
(潮時、なのかもしれないわね)
娘のアンナは、もう筆頭大将になってもいいくらいの器になっている。
ルーシエはもちろん、ジャンやフラッシュやマックスも、アリシアがいなくても十分にやっていけるだけの力がある。彼らを勝手に心配し、焦っていた自分の方が引退すべきなのだろう。
引退、という言葉を浮かべて、アリシアは一人口角を上げた。
(このまま引退したら、ジャンと結婚ね……)
引退後の自分も悪くない、とアリシアは想像する。
ジャンと二人で。
彼を家で迎える人生。
共に過ごしていく一生。
(どうしてかしら……なぜか、泣けちゃうわ……)
それらを想像し始めると、現在の戦況など考えられなくなってしまっていた。動けなくとも指示は飛ばせるというのに、あの優秀な部下たちなら完璧に動いてくれるはずだと。
(結婚式は、どこか遠くで二人だけで挙げるのもいいかもしれないわ。ああ、でもフラッシュを呼ばないとうるさそうね。式が終わったら少し旅行をして……今から楽しみだわ)
脳裏に浮かぶ、ジャンの笑顔。しかしその笑顔が、瞬く間に険しい表情に変わった。
「ジャンッ!!!!」
アリシアはその顔が浮かんだ瞬間、飛び起きた。想像のジャンが険しい顔をしたのではない。これは、この感じは。
「アリシア様!?」
背中がビリッと痛む。だが、今はそんな痛みを気にしている場合ではないのだ。脳裏に点滅する危険信号。高鳴る動機。
(どうして、ジャンが……!!)
アリシアは立てかけてあった己の剣を取ると、救護テントから飛び出した。
「アリシア様!! いけません!! アリシア様ーーーーーーッ!!」
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