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アリシア編
62.からかってなんかないわ
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成人の宴当日。
アリシアはイブニングドレスをレンタルしていた。この年で背中や胸、肩を出したローブデコルテを着るのはどうかと思ったが、結局はそれを選んでしまった。アリシアは鍛えているので、体のラインには自信があるのである。娘の反応は少し怖いが、こんな時くらいはいいだろう。
「アリシア様。ルティーを連れて参りました」
「入ってちょうだい」
入室を促すと、ルーシエと共に幼い少女が恥ずかしそうに入ってきた。淡いピンクの、ふわふわと裾が広がったドレスである。髪には同じ色のミニバラを飾りに、セミロングの金髪を結い上げている。
「あら、ルティー素敵じゃない! かわいらしさがさらに際立ってるわ!」
「あ、アリシア様も素敵です……真っ赤なドレスがお似合いで……!」
「そう? ちょっと派手かと思ったんだけど」
「そんなことは! すごくお綺麗で、女優さんみたいです!」
「うふふ、そぉお?」
ルティーにそんな風に言われて図に乗ったアリシアは、くるりと回って女優らしくポーズを決めてみる。それを見たルティーはさらに目を輝かせてくれた。
「では私は警備に行かなければいけませんので。間もなくジャンも来ると思いますが、後はよろしくお願いいたします」
「わかったわ、ありがとう」
「失礼いたします」
ルーシエが出ていくと、アリシアはルティーを見て微笑みを向けた。するとルティーは少し照れ臭そうに笑みを返してくれたのである。
「ルティー、そんなに宴が楽しみ?」
「はい。だって、物語の中によく出てくるじゃないですか。舞踏会とか、憧れです」
「うっふふ、女の子ねぇ」
目の前で目を輝かせている少女を見て、アリシアは目を細める。普通の女の子というものは、こんなものなのだろう。アリシアは自身の過去を振り返り、あまりの男らしさっぷりに苦笑いした。
夜会というものに興味はなかったし、そんなものに参加する暇などなかった。アリシアの青春時代は、将になることしか頭になかったのである。
たまにはいいかと思って胸や背中の開いたドレスを選んだが、よくよく考えればドレスを着ること自体が初めてだ。いつもは騎士服姿で警備をしているのだから。
(赤なんて、やっぱり派手過ぎたわね。ジャンにどう思われるかしら)
少しの不安を抱きつつ、ジャンが来るのを待った。その間ルティーと話をしていたが、もう彼女はアリシアを見ても怯えることなく接してくれている。
ルティーの姿勢はピンと伸び、会話もキビキビとしていて目上の者に対する態度もわきまえている。その姿に、アリシアはとても好感を持った。わずか九歳で、中々できない芸当である。
「筆頭……俺」
扉の外からジャンの声が聞こえて、アリシアは立ち上がった。
「入っていいわよ」
そう声をかけると、扉が開いてジャンが顔を見せた。彼は黒のジャケットに銀のウエストコート、それに白タイを締めている。前髪は上げられてセットされ、髪で隠されることもあった目がよく見えた。長身の彼は燕尾服を見事に着こなし、いつも以上に妖しい笑みを浮かべている。
「お待たせ」
「大丈夫よ。時間ちょうどだわ」
「行こう、筆頭。かわいらしいお嬢さんも」
ジャンはルティーの前で膝を折り、そっと右手を出している。ルティーは少し恥ずかしそうに……しかし嬉しそうにその手を取った。
「筆頭も」
そう言ってジャンは左の肘を曲げた。アリシアは躊躇なく、その腕をむんずと掴む。するとジャンが苦笑いを見せて言った。
「筆頭、それ力を入れ過ぎだから」
「あら?」
「手は軽く置いて。肘側じゃなく、俺の手の方に……って手を握ってどうするんだ……肘から手の中間よりも、手の方に置くって意味だよ。……そうそう。指先を俺の方に流せば、よりエレガントになる」
「こうかしら。手を組むだけなのに、こんなに決まりごとがあるのね」
「筆頭は踊れる割に、こういうことは無知だな」
「踊りは楽しいもの。剣舞に通ずるものがあるわ」
「まぁわからなくはないけどね」
ジャンの右手はルティーと繋ぎ、左腕はアリシアと組むという両手に花状態で祝賀会の会場に向かった。と言っても、王宮内のホールである。外に出ることなくすぐに到着した。中に入るとすでに何組もの招待客がホールに集まっている。
「アンナとグレイは……まだ来てないようね」
「ああ、あれかな。来たみたいだ」
周りに比べて背の高いグレイと、異国情緒漂う黒目黒髪のアンナの登場に、周りの視線は自ずと二人に向けられている。
「あら、アンナは地味ね」
「筆頭と比べれば、誰だって見劣りするよ」
アンナは深いブルーのマーメイドラインロングドレスを着用していた。遊びを残した髪は捻ってコームで留められている。コームの薄紫のグラデーションが、ドレスによく似合っていた。
グレイはというと、少し居心地悪そうに燕尾服のタイを直している。アリシアたちは、そんな二人に歩み寄った。
「ふっふふ。中々似合うじゃないの、グレイ」
「からかわないで下さい……」
「あら、からかってなんかないわ。見てごらんなさい、アンナの目がハートになってるわよ」
「知ってます」
グレイは苦笑いし、アンナは顔を染めて「もうっ」と零している。その顔を見たグレイは、今度は嬉しそうにハハハと笑っていた。
「それにしても母さん、ちょっとどころじゃなく派手ね……胸も背中も開きすぎよ」
思った通り、娘には不評のようだ。どう答えようかと一瞬悩んだ隙に、ジャンがそれに答えた。
「ドレスもこれくらい主張しないと、筆頭の前には霞んでしまうから。深紅のドレスでも釣り合いが取れないくらいだ」
思いもよらない言葉をかけられ、アリシアはジャンを見上げた。すると目から怪光線をバシバシ出しているジャンがいて、思わず言葉を失ってしまう。
「まぁ、母さんだものね」
アンナはさらりとそれを流し、視線を下に向けた。その先には、ドギマギしながらアンナたちを見上げる、ルティーの姿。
「ルティーもかわいいわ。絵本の中のお姫様みたいよ」
「あ、あ、ありがとうございます! アンナ様も人魚のお姫様みたいで素敵です!」
「そう? ありがとう」
照れもせずにこやかに返したアンナを見て、ああ、もう大人なんだなとアリシアはしみじみ思った。
アリシアはイブニングドレスをレンタルしていた。この年で背中や胸、肩を出したローブデコルテを着るのはどうかと思ったが、結局はそれを選んでしまった。アリシアは鍛えているので、体のラインには自信があるのである。娘の反応は少し怖いが、こんな時くらいはいいだろう。
「アリシア様。ルティーを連れて参りました」
「入ってちょうだい」
入室を促すと、ルーシエと共に幼い少女が恥ずかしそうに入ってきた。淡いピンクの、ふわふわと裾が広がったドレスである。髪には同じ色のミニバラを飾りに、セミロングの金髪を結い上げている。
「あら、ルティー素敵じゃない! かわいらしさがさらに際立ってるわ!」
「あ、アリシア様も素敵です……真っ赤なドレスがお似合いで……!」
「そう? ちょっと派手かと思ったんだけど」
「そんなことは! すごくお綺麗で、女優さんみたいです!」
「うふふ、そぉお?」
ルティーにそんな風に言われて図に乗ったアリシアは、くるりと回って女優らしくポーズを決めてみる。それを見たルティーはさらに目を輝かせてくれた。
「では私は警備に行かなければいけませんので。間もなくジャンも来ると思いますが、後はよろしくお願いいたします」
「わかったわ、ありがとう」
「失礼いたします」
ルーシエが出ていくと、アリシアはルティーを見て微笑みを向けた。するとルティーは少し照れ臭そうに笑みを返してくれたのである。
「ルティー、そんなに宴が楽しみ?」
「はい。だって、物語の中によく出てくるじゃないですか。舞踏会とか、憧れです」
「うっふふ、女の子ねぇ」
目の前で目を輝かせている少女を見て、アリシアは目を細める。普通の女の子というものは、こんなものなのだろう。アリシアは自身の過去を振り返り、あまりの男らしさっぷりに苦笑いした。
夜会というものに興味はなかったし、そんなものに参加する暇などなかった。アリシアの青春時代は、将になることしか頭になかったのである。
たまにはいいかと思って胸や背中の開いたドレスを選んだが、よくよく考えればドレスを着ること自体が初めてだ。いつもは騎士服姿で警備をしているのだから。
(赤なんて、やっぱり派手過ぎたわね。ジャンにどう思われるかしら)
少しの不安を抱きつつ、ジャンが来るのを待った。その間ルティーと話をしていたが、もう彼女はアリシアを見ても怯えることなく接してくれている。
ルティーの姿勢はピンと伸び、会話もキビキビとしていて目上の者に対する態度もわきまえている。その姿に、アリシアはとても好感を持った。わずか九歳で、中々できない芸当である。
「筆頭……俺」
扉の外からジャンの声が聞こえて、アリシアは立ち上がった。
「入っていいわよ」
そう声をかけると、扉が開いてジャンが顔を見せた。彼は黒のジャケットに銀のウエストコート、それに白タイを締めている。前髪は上げられてセットされ、髪で隠されることもあった目がよく見えた。長身の彼は燕尾服を見事に着こなし、いつも以上に妖しい笑みを浮かべている。
「お待たせ」
「大丈夫よ。時間ちょうどだわ」
「行こう、筆頭。かわいらしいお嬢さんも」
ジャンはルティーの前で膝を折り、そっと右手を出している。ルティーは少し恥ずかしそうに……しかし嬉しそうにその手を取った。
「筆頭も」
そう言ってジャンは左の肘を曲げた。アリシアは躊躇なく、その腕をむんずと掴む。するとジャンが苦笑いを見せて言った。
「筆頭、それ力を入れ過ぎだから」
「あら?」
「手は軽く置いて。肘側じゃなく、俺の手の方に……って手を握ってどうするんだ……肘から手の中間よりも、手の方に置くって意味だよ。……そうそう。指先を俺の方に流せば、よりエレガントになる」
「こうかしら。手を組むだけなのに、こんなに決まりごとがあるのね」
「筆頭は踊れる割に、こういうことは無知だな」
「踊りは楽しいもの。剣舞に通ずるものがあるわ」
「まぁわからなくはないけどね」
ジャンの右手はルティーと繋ぎ、左腕はアリシアと組むという両手に花状態で祝賀会の会場に向かった。と言っても、王宮内のホールである。外に出ることなくすぐに到着した。中に入るとすでに何組もの招待客がホールに集まっている。
「アンナとグレイは……まだ来てないようね」
「ああ、あれかな。来たみたいだ」
周りに比べて背の高いグレイと、異国情緒漂う黒目黒髪のアンナの登場に、周りの視線は自ずと二人に向けられている。
「あら、アンナは地味ね」
「筆頭と比べれば、誰だって見劣りするよ」
アンナは深いブルーのマーメイドラインロングドレスを着用していた。遊びを残した髪は捻ってコームで留められている。コームの薄紫のグラデーションが、ドレスによく似合っていた。
グレイはというと、少し居心地悪そうに燕尾服のタイを直している。アリシアたちは、そんな二人に歩み寄った。
「ふっふふ。中々似合うじゃないの、グレイ」
「からかわないで下さい……」
「あら、からかってなんかないわ。見てごらんなさい、アンナの目がハートになってるわよ」
「知ってます」
グレイは苦笑いし、アンナは顔を染めて「もうっ」と零している。その顔を見たグレイは、今度は嬉しそうにハハハと笑っていた。
「それにしても母さん、ちょっとどころじゃなく派手ね……胸も背中も開きすぎよ」
思った通り、娘には不評のようだ。どう答えようかと一瞬悩んだ隙に、ジャンがそれに答えた。
「ドレスもこれくらい主張しないと、筆頭の前には霞んでしまうから。深紅のドレスでも釣り合いが取れないくらいだ」
思いもよらない言葉をかけられ、アリシアはジャンを見上げた。すると目から怪光線をバシバシ出しているジャンがいて、思わず言葉を失ってしまう。
「まぁ、母さんだものね」
アンナはさらりとそれを流し、視線を下に向けた。その先には、ドギマギしながらアンナたちを見上げる、ルティーの姿。
「ルティーもかわいいわ。絵本の中のお姫様みたいよ」
「あ、あ、ありがとうございます! アンナ様も人魚のお姫様みたいで素敵です!」
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