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アリシア編
60.今のうちに慣れておいて!
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「かわいいなー何歳? 幼年学校四年だったら十歳かな」
「ミルクティーなら淹れるよ。俺も飲むついでだから」
「お、俺も淹れてくれ、ジャン!」
「ひぃいっ」
「フラッシュ、ルティーに近づかない!!」
「ひ、ひゃぁぁあ……」
結局ルーシエ以外の部下三人を呼んでしまった。いや、呼んだのは二人だけだったのだが、一匹勝手についてきてしまったのである。
「っくっくっく! 筆頭も怯えられてんじゃないですか」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「え?? 俺のせいすか!?」
「わかってるじゃないの」
冷ややかな視線を送ると、フラッシュは「なんで?」とでも言いたげに、こめかみに手のひらを当てて首を傾げている。
「いいからあなたは、アンナとグレイを連れてきてちょうだい。そろそろ仕事も終わる頃でしょう」
「お、もうそんな時間かぁ。二人を呼んだら、俺そのまま帰っていいっすか?」
「ええ、そうしてちょうだい」
「ヒャッホー! 今日は残業なしだぜーっ」
喜び勇んで出ていくフラッシュを見送り、アリシアはルティーに振り返った。するとルティーはビクッと肩を震わせている。そんな姿を見ていたジャンが、ふっと笑った。
「筆頭って子どもに嫌われるタイプ?」
「そんなことはないはずなんだけど」
ミルクティーを淹れたジャンは、カップを彼女に手渡している。ルティーは恐縮しながらもそれを受け取って、一口こくんと飲みこんだ。
「大丈夫だよ」
まだ指先を震わせているルティーを見て、ジャンは一言囁くように言った。そんなジャンに、ルティーは縋るような目を送る。
「あ、あの……私……お家に帰れますか……?」
「あー……さぁ、どうかな」
「ひぃい」
「お前……安心させといて落とすのやめろよ」
「や、俺にはなんとも言えないし……この子の処遇は筆頭に決定権があるんだろ」
ジャンとマックスが言い合い、二人はアリシアの顔に目を移した。『どうするんですか?』といった顔である。
決定権、と言われると正直困った。彼女を軍に引き入れることはもう決定事項だ。
けれどアリシアは、やはり個を重んじたかった。もしもルティーがどうしても嫌だというのであれば、無理強いはしたくない。軍のことをよく知った上で、彼女自身に決めてもらいたかった。
そのためにまずは、場の空気に慣れさせようと思ったのである。ルティーが怖がらず接することができるように、和気あいあいとした雰囲気を作るところから始めなければ。その雰囲気こそが緩衝材となり、怯えることなく話ができるようになる……そう信じて。
「まぁ、家に帰れなくなるなんてことはないから、それは安心してちょうだい。……来たようね」
外の気配を感じたアリシアは目で合図し、二人が重々しい声を上げる前にマックスに開けさせる。
「グレイ、アンナちゃん、いらっしゃい」
そんな風に迎えられた二人は目を丸くしている。特にアンナは訝しげに眉を寄せ、アリシアに視線を寄越してきた。
「筆頭、どういうことでしょうか? ここではきちんと序列を……」
「今は母さんでいいわ。とにかく入って」
王宮で「アンナちゃん」と呼ばれたことに不審を抱いたアンナを中に招き入れる。将となった二人は、すでにアリシアの部下よりも立場が上だ。王宮内では「アンナ様」「グレイ様」と呼ぶように徹底させている。しかし今は雰囲気を和やかにすること、それが目的である。
それには自分に近しい人間を呼ぶのが一番だと、アリシアは考えた。
「なにがあったんですか、筆頭」
「グレイ、あなたも筆頭なんて固苦しく言わないように」
「え? 俺は昔から筆頭としか……」
「今からは、母さんって呼ぶのよ!」
「は……えぇ!?」
グレイは珍しく狼狽え、アリシアとアンナの顔を交互に見ている。同じくアンナも挙動不審がちにオロオロとグレイとアリシアを見比べた。
「なにを戸惑ってるの。あなたたち、念願の将になって、もう一ヶ月後には挙式じゃない。つまり私はグレイの母親でしょ? 今のうちに慣れておいて!」
アリシアはさあ言いなさいと言う代わりに、どどーんと胸を張った。周りにはアンナだけでなく、マックス、ジャン、ルティーもいる状態のためか、グレイは困惑気味に眉を顰めている。
「なにもこんな状況で……あの、筆頭とは呼ばないようにするんで」
「ダメ。もう親子なんだから、遅かれ早かれ一緒じゃない! ほらほら」
グレイは、自分の隣に控えるアンナを見下ろしていた。グレイとしては助け舟を期待したのであろうが、アンナは期待の眼差しでグレイを見つめている。それにたじろぎ、観念したのかグレイはちらりとアリシアの方を向いた。
「その……か、かあさん……」
結局は目を逸らしながら俯き加減で言われてしまったが、息子の可愛らしい姿を見られたのでよしとする。
「おお、息子よ! これからはそう呼ぶように!」
「いや、あの…………は、はい」
「ふふふふふ」
隣でアンナが、本当に嬉しそうに微笑んでいる。今、二人は幸せの絶頂だろう。いや、きっともっと、さらなる頂きがあるはずだ。現在をピークと決めてしまうのは早計に違いない。
二人の仲睦まじい姿を見て、アリシアもまた微笑んだ。
「ミルクティーなら淹れるよ。俺も飲むついでだから」
「お、俺も淹れてくれ、ジャン!」
「ひぃいっ」
「フラッシュ、ルティーに近づかない!!」
「ひ、ひゃぁぁあ……」
結局ルーシエ以外の部下三人を呼んでしまった。いや、呼んだのは二人だけだったのだが、一匹勝手についてきてしまったのである。
「っくっくっく! 筆頭も怯えられてんじゃないですか」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「え?? 俺のせいすか!?」
「わかってるじゃないの」
冷ややかな視線を送ると、フラッシュは「なんで?」とでも言いたげに、こめかみに手のひらを当てて首を傾げている。
「いいからあなたは、アンナとグレイを連れてきてちょうだい。そろそろ仕事も終わる頃でしょう」
「お、もうそんな時間かぁ。二人を呼んだら、俺そのまま帰っていいっすか?」
「ええ、そうしてちょうだい」
「ヒャッホー! 今日は残業なしだぜーっ」
喜び勇んで出ていくフラッシュを見送り、アリシアはルティーに振り返った。するとルティーはビクッと肩を震わせている。そんな姿を見ていたジャンが、ふっと笑った。
「筆頭って子どもに嫌われるタイプ?」
「そんなことはないはずなんだけど」
ミルクティーを淹れたジャンは、カップを彼女に手渡している。ルティーは恐縮しながらもそれを受け取って、一口こくんと飲みこんだ。
「大丈夫だよ」
まだ指先を震わせているルティーを見て、ジャンは一言囁くように言った。そんなジャンに、ルティーは縋るような目を送る。
「あ、あの……私……お家に帰れますか……?」
「あー……さぁ、どうかな」
「ひぃい」
「お前……安心させといて落とすのやめろよ」
「や、俺にはなんとも言えないし……この子の処遇は筆頭に決定権があるんだろ」
ジャンとマックスが言い合い、二人はアリシアの顔に目を移した。『どうするんですか?』といった顔である。
決定権、と言われると正直困った。彼女を軍に引き入れることはもう決定事項だ。
けれどアリシアは、やはり個を重んじたかった。もしもルティーがどうしても嫌だというのであれば、無理強いはしたくない。軍のことをよく知った上で、彼女自身に決めてもらいたかった。
そのためにまずは、場の空気に慣れさせようと思ったのである。ルティーが怖がらず接することができるように、和気あいあいとした雰囲気を作るところから始めなければ。その雰囲気こそが緩衝材となり、怯えることなく話ができるようになる……そう信じて。
「まぁ、家に帰れなくなるなんてことはないから、それは安心してちょうだい。……来たようね」
外の気配を感じたアリシアは目で合図し、二人が重々しい声を上げる前にマックスに開けさせる。
「グレイ、アンナちゃん、いらっしゃい」
そんな風に迎えられた二人は目を丸くしている。特にアンナは訝しげに眉を寄せ、アリシアに視線を寄越してきた。
「筆頭、どういうことでしょうか? ここではきちんと序列を……」
「今は母さんでいいわ。とにかく入って」
王宮で「アンナちゃん」と呼ばれたことに不審を抱いたアンナを中に招き入れる。将となった二人は、すでにアリシアの部下よりも立場が上だ。王宮内では「アンナ様」「グレイ様」と呼ぶように徹底させている。しかし今は雰囲気を和やかにすること、それが目的である。
それには自分に近しい人間を呼ぶのが一番だと、アリシアは考えた。
「なにがあったんですか、筆頭」
「グレイ、あなたも筆頭なんて固苦しく言わないように」
「え? 俺は昔から筆頭としか……」
「今からは、母さんって呼ぶのよ!」
「は……えぇ!?」
グレイは珍しく狼狽え、アリシアとアンナの顔を交互に見ている。同じくアンナも挙動不審がちにオロオロとグレイとアリシアを見比べた。
「なにを戸惑ってるの。あなたたち、念願の将になって、もう一ヶ月後には挙式じゃない。つまり私はグレイの母親でしょ? 今のうちに慣れておいて!」
アリシアはさあ言いなさいと言う代わりに、どどーんと胸を張った。周りにはアンナだけでなく、マックス、ジャン、ルティーもいる状態のためか、グレイは困惑気味に眉を顰めている。
「なにもこんな状況で……あの、筆頭とは呼ばないようにするんで」
「ダメ。もう親子なんだから、遅かれ早かれ一緒じゃない! ほらほら」
グレイは、自分の隣に控えるアンナを見下ろしていた。グレイとしては助け舟を期待したのであろうが、アンナは期待の眼差しでグレイを見つめている。それにたじろぎ、観念したのかグレイはちらりとアリシアの方を向いた。
「その……か、かあさん……」
結局は目を逸らしながら俯き加減で言われてしまったが、息子の可愛らしい姿を見られたのでよしとする。
「おお、息子よ! これからはそう呼ぶように!」
「いや、あの…………は、はい」
「ふふふふふ」
隣でアンナが、本当に嬉しそうに微笑んでいる。今、二人は幸せの絶頂だろう。いや、きっともっと、さらなる頂きがあるはずだ。現在をピークと決めてしまうのは早計に違いない。
二人の仲睦まじい姿を見て、アリシアもまた微笑んだ。
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