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アリシア編

51.お約束を覚えていらっしゃいますか

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 王宮の地下には、一時的に罪人を収容する牢屋がある。
 上階の煌びやかな内装とはガラリと異なっていて、地下は石積みの冷ややかな空間だ。
 その薄暗い地下牢にジャンと足を踏み入れたアリシアは、倒れているザーラを見てギリッと奥歯を噛み締めた。

「吐血しているのね……毒でも飲んだのかしら」
「多分ね。筆頭、触らない方がいい」

 これから共犯と黒幕を吐かせる算段だったというのに、思惑が外れた。
 また振り出しに戻された気分だったが、アリシアは気持ちを切り替える。

「でも自殺したということは、自分が犯人だと言っているようなものよね」
「共犯と黒幕は聞き出せなくなったけど、まぁそうだね」
「そっちの方はどうなの、ジャン」
「絞り込んだよ。必ず吐かせてみせる」
「そう……頼むわよ」
「うん」

 共犯者を探しているジャンの方も大詰めのようだ。
 アリシアは牢に入ると、ザーラの遺体を近くで観察する。うつ伏せに倒れているザーラのお腹になにかを発見し、少し動かした。

「血には触らないようにしなよ」
「わかってるわ」

 ザーラの体の下に敷かれていたのは、異能の書だった。しかも、呪いの。

「筆頭、それ……」
「ルーシエの推理は、当たっていたようね」

 恐らくすでに取り出しているから出てこないのでは、という話だったが、そちらの憶測は外れていて助かった。
 これはもしかしたら、ザーラなりのヒルデへの最期の抵抗だったのかもしれない。
 アリシアはザーラの家と職場を徹底的に調べることに決めた。
 ザーラが犯人の一人だと断定されたことで、強引な捜査も可能となった。
 そして、とうとう目的の物を見つけ出す。
 厳重に鍵がかけられた机の引き出しに、ザーラの日記を発見したのだ。
 中身は、第二王妃ヒルデが不貞を行なっていたということ。相手の名前は書かれてはいなかったが、それはこちらで把握しているし証言を得られる算段もついている。
 アリシアは証拠を持って執務室に戻ると、部下たちにその日記を見せながら告げた。

「すべてルーシエの推理通りだったわ。マーディア様の件もルナリア様の件も、ヒルデ王妃の指示だったと明確に書かれてる。黒幕は、ヒルデ様よ」

 部下たちはよかったと言うべきなのか、複雑な面持ちをしていた。
 しかしこれで、ここにいる誰の首も飛ぶことはなくなったのだ。そのことにアリシアは心から安堵した。
 そんなアリシアに、マックスが遠慮がちに口を開く。

「マーディア様とルナリア様殺害の黒幕がヒルデ様なら、例の不貞の件は持ち出さずに済みますよね?」
「ええ。元々そちらは保険のために動いていただけだし、おおやけにはしないでおきましょう」

 そう言うと、心優しいマックスはほっと息を吐いている。
 三人の名誉のためにも、あまり大っぴらにはしない方がいい。トラヴァスは平気そうな顔をしていたが、王妃と関係があったことを周りに知られるのは嫌だろう。
 しかし、アリシアがそう言った時だった。

「ほう。この俺にも黙っているつもりとは、いい度胸だな」

 バタンとノックもなく扉が開かれ、部下たちは振り向くと同時にその場を後ずさる。
 大きな体躯のシウリスから、暴風が吹き荒れるような殺気が室内へと入り込んだ。

「シウリス、様……ッ!」
「なにか掴んだのだな」
「……っは」
「言え」

 ここで少しでも隠し立てしては、きっと命がいくつあっても足りない。洗いざらい言うしかないが、証言をする三人の命だけはなにがあっても守らなくてはならない。

「シウリス様。証拠を集めた時には、望むものを一つ叶えてくださるというお約束を覚えていらっしゃいますか」

 アリシアが確認すると、シウリスは面倒そうに、しかし当然のように肯定した。

「なにが望みだ。言ってみろ」
「ロメオ、ルードン、トラヴァス……この三名をシウリス様の特権で命の保障をしていただきたいのです。王家の皆様とトラヴァス、そして証人として私のいる前で」
「特権を行使してまで守るほどの価値が、その者らにあるとは思えんが?」

 シウリスからすれば、名もろくに聞いたこともない者を守る必要などないに違いない。高い位置から見下ろされる冷たい視線に背筋が凍えながらも、アリシアはまっすぐに彼を見つめる。

「彼らの命を守ることで、証言をしてもらう算段になっておりますので」
「ふんっ、まあいい。その者らを俺の特権で守ればよいのだな? あのクソ王妃が消えるなら、たやすいことだ」

 約束を取り付けられたアリシアは、一応の安堵をする。しかしこれからどういう流れになっていくのかと思うと、胃が痛い。

「一時間後、評議の間に王族を全員集めてやる。他に必要な役者は自分たちで揃えろ。貴様らはそこであの女の悪行を明るみにするんだ。わかったな」

 シウリスは有無を言わさぬ口調で告げると、アリシアの執務室を出ていった。
 殺気まみれの空気からようやく解放される。どっと疲れが出て、アリシアは机の上に両手をついた。

「大丈夫ですか、アリシア様」
「……ええ。みんな、聞いた通りよ」

 ルーシエの言葉にアリシアは顔を上げ、ピンと背中を伸ばした。
 神妙な顔をしている部下たちに、情けないところをこれ以上は見せられない。それぞれに目を向けると、アリシアは指示を飛ばす。

「マックスはトラヴァスに事情を話し、評議の間に来るように伝えて」
「っは!」
「ジャンは共犯者を断定できているのよね。その者たちの口を割らせて連れてくる算段をつけて。フラッシュも同行しなさい」
「うっす!」
「わかった」
「ルーシエは私と一緒に情報の精査よ。一時間でできる限りのことをするわ!」
「かしこまりました」

 もっと綿密に計画を練ってからシウリスに伝えたかったが、こうなってしまっては仕方ない。
 少ない時間でやれることをするだけだ。

「一時間後、評議の間へ! 各々、準備は怠らないで!」
「っは!」
「うん」
「うっす!」
「はい」

 優秀な部下たちが部屋を出ていく。
 アリシアはルーシエとともに証拠を整理し、その時を迎えるのだった。
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