72 / 137
アリシア編
51.お約束を覚えていらっしゃいますか
しおりを挟む
王宮の地下には、一時的に罪人を収容する牢屋がある。
上階の煌びやかな内装とはガラリと異なっていて、地下は石積みの冷ややかな空間だ。
その薄暗い地下牢にジャンと足を踏み入れたアリシアは、倒れているザーラを見てギリッと奥歯を噛み締めた。
「吐血しているのね……毒でも飲んだのかしら」
「多分ね。筆頭、触らない方がいい」
これから共犯と黒幕を吐かせる算段だったというのに、思惑が外れた。
また振り出しに戻された気分だったが、アリシアは気持ちを切り替える。
「でも自殺したということは、自分が犯人だと言っているようなものよね」
「共犯と黒幕は聞き出せなくなったけど、まぁそうだね」
「そっちの方はどうなの、ジャン」
「絞り込んだよ。必ず吐かせてみせる」
「そう……頼むわよ」
「うん」
共犯者を探しているジャンの方も大詰めのようだ。
アリシアは牢に入ると、ザーラの遺体を近くで観察する。うつ伏せに倒れているザーラのお腹になにかを発見し、少し動かした。
「血には触らないようにしなよ」
「わかってるわ」
ザーラの体の下に敷かれていたのは、異能の書だった。しかも、呪いの。
「筆頭、それ……」
「ルーシエの推理は、当たっていたようね」
恐らくすでに取り出しているから出てこないのでは、という話だったが、そちらの憶測は外れていて助かった。
これはもしかしたら、ザーラなりのヒルデへの最期の抵抗だったのかもしれない。
アリシアはザーラの家と職場を徹底的に調べることに決めた。
ザーラが犯人の一人だと断定されたことで、強引な捜査も可能となった。
そして、とうとう目的の物を見つけ出す。
厳重に鍵がかけられた机の引き出しに、ザーラの日記を発見したのだ。
中身は、第二王妃ヒルデが不貞を行なっていたということ。相手の名前は書かれてはいなかったが、それはこちらで把握しているし証言を得られる算段もついている。
アリシアは証拠を持って執務室に戻ると、部下たちにその日記を見せながら告げた。
「すべてルーシエの推理通りだったわ。マーディア様の件もルナリア様の件も、ヒルデ王妃の指示だったと明確に書かれてる。黒幕は、ヒルデ様よ」
部下たちはよかったと言うべきなのか、複雑な面持ちをしていた。
しかしこれで、ここにいる誰の首も飛ぶことはなくなったのだ。そのことにアリシアは心から安堵した。
そんなアリシアに、マックスが遠慮がちに口を開く。
「マーディア様とルナリア様殺害の黒幕がヒルデ様なら、例の不貞の件は持ち出さずに済みますよね?」
「ええ。元々そちらは保険のために動いていただけだし、公にはしないでおきましょう」
そう言うと、心優しいマックスはほっと息を吐いている。
三人の名誉のためにも、あまり大っぴらにはしない方がいい。トラヴァスは平気そうな顔をしていたが、王妃と関係があったことを周りに知られるのは嫌だろう。
しかし、アリシアがそう言った時だった。
「ほう。この俺にも黙っているつもりとは、いい度胸だな」
バタンとノックもなく扉が開かれ、部下たちは振り向くと同時にその場を後ずさる。
大きな体躯のシウリスから、暴風が吹き荒れるような殺気が室内へと入り込んだ。
「シウリス、様……ッ!」
「なにか掴んだのだな」
「……っは」
「言え」
ここで少しでも隠し立てしては、きっと命がいくつあっても足りない。洗いざらい言うしかないが、証言をする三人の命だけはなにがあっても守らなくてはならない。
「シウリス様。証拠を集めた時には、望むものを一つ叶えてくださるというお約束を覚えていらっしゃいますか」
アリシアが確認すると、シウリスは面倒そうに、しかし当然のように肯定した。
「なにが望みだ。言ってみろ」
「ロメオ、ルードン、トラヴァス……この三名をシウリス様の特権で命の保障をしていただきたいのです。王家の皆様とトラヴァス、そして証人として私のいる前で」
「特権を行使してまで守るほどの価値が、その者らにあるとは思えんが?」
シウリスからすれば、名もろくに聞いたこともない者を守る必要などないに違いない。高い位置から見下ろされる冷たい視線に背筋が凍えながらも、アリシアはまっすぐに彼を見つめる。
「彼らの命を守ることで、証言をしてもらう算段になっておりますので」
「ふんっ、まあいい。その者らを俺の特権で守ればよいのだな? あのクソ王妃が消えるなら、たやすいことだ」
約束を取り付けられたアリシアは、一応の安堵をする。しかしこれからどういう流れになっていくのかと思うと、胃が痛い。
「一時間後、評議の間に王族を全員集めてやる。他に必要な役者は自分たちで揃えろ。貴様らはそこであの女の悪行を明るみにするんだ。わかったな」
シウリスは有無を言わさぬ口調で告げると、アリシアの執務室を出ていった。
殺気まみれの空気からようやく解放される。どっと疲れが出て、アリシアは机の上に両手をついた。
「大丈夫ですか、アリシア様」
「……ええ。みんな、聞いた通りよ」
ルーシエの言葉にアリシアは顔を上げ、ピンと背中を伸ばした。
神妙な顔をしている部下たちに、情けないところをこれ以上は見せられない。それぞれに目を向けると、アリシアは指示を飛ばす。
「マックスはトラヴァスに事情を話し、評議の間に来るように伝えて」
「っは!」
「ジャンは共犯者を断定できているのよね。その者たちの口を割らせて連れてくる算段をつけて。フラッシュも同行しなさい」
「うっす!」
「わかった」
「ルーシエは私と一緒に情報の精査よ。一時間でできる限りのことをするわ!」
「かしこまりました」
もっと綿密に計画を練ってからシウリスに伝えたかったが、こうなってしまっては仕方ない。
少ない時間でやれることをするだけだ。
「一時間後、評議の間へ! 各々、準備は怠らないで!」
「っは!」
「うん」
「うっす!」
「はい」
優秀な部下たちが部屋を出ていく。
アリシアはルーシエとともに証拠を整理し、その時を迎えるのだった。
上階の煌びやかな内装とはガラリと異なっていて、地下は石積みの冷ややかな空間だ。
その薄暗い地下牢にジャンと足を踏み入れたアリシアは、倒れているザーラを見てギリッと奥歯を噛み締めた。
「吐血しているのね……毒でも飲んだのかしら」
「多分ね。筆頭、触らない方がいい」
これから共犯と黒幕を吐かせる算段だったというのに、思惑が外れた。
また振り出しに戻された気分だったが、アリシアは気持ちを切り替える。
「でも自殺したということは、自分が犯人だと言っているようなものよね」
「共犯と黒幕は聞き出せなくなったけど、まぁそうだね」
「そっちの方はどうなの、ジャン」
「絞り込んだよ。必ず吐かせてみせる」
「そう……頼むわよ」
「うん」
共犯者を探しているジャンの方も大詰めのようだ。
アリシアは牢に入ると、ザーラの遺体を近くで観察する。うつ伏せに倒れているザーラのお腹になにかを発見し、少し動かした。
「血には触らないようにしなよ」
「わかってるわ」
ザーラの体の下に敷かれていたのは、異能の書だった。しかも、呪いの。
「筆頭、それ……」
「ルーシエの推理は、当たっていたようね」
恐らくすでに取り出しているから出てこないのでは、という話だったが、そちらの憶測は外れていて助かった。
これはもしかしたら、ザーラなりのヒルデへの最期の抵抗だったのかもしれない。
アリシアはザーラの家と職場を徹底的に調べることに決めた。
ザーラが犯人の一人だと断定されたことで、強引な捜査も可能となった。
そして、とうとう目的の物を見つけ出す。
厳重に鍵がかけられた机の引き出しに、ザーラの日記を発見したのだ。
中身は、第二王妃ヒルデが不貞を行なっていたということ。相手の名前は書かれてはいなかったが、それはこちらで把握しているし証言を得られる算段もついている。
アリシアは証拠を持って執務室に戻ると、部下たちにその日記を見せながら告げた。
「すべてルーシエの推理通りだったわ。マーディア様の件もルナリア様の件も、ヒルデ王妃の指示だったと明確に書かれてる。黒幕は、ヒルデ様よ」
部下たちはよかったと言うべきなのか、複雑な面持ちをしていた。
しかしこれで、ここにいる誰の首も飛ぶことはなくなったのだ。そのことにアリシアは心から安堵した。
そんなアリシアに、マックスが遠慮がちに口を開く。
「マーディア様とルナリア様殺害の黒幕がヒルデ様なら、例の不貞の件は持ち出さずに済みますよね?」
「ええ。元々そちらは保険のために動いていただけだし、公にはしないでおきましょう」
そう言うと、心優しいマックスはほっと息を吐いている。
三人の名誉のためにも、あまり大っぴらにはしない方がいい。トラヴァスは平気そうな顔をしていたが、王妃と関係があったことを周りに知られるのは嫌だろう。
しかし、アリシアがそう言った時だった。
「ほう。この俺にも黙っているつもりとは、いい度胸だな」
バタンとノックもなく扉が開かれ、部下たちは振り向くと同時にその場を後ずさる。
大きな体躯のシウリスから、暴風が吹き荒れるような殺気が室内へと入り込んだ。
「シウリス、様……ッ!」
「なにか掴んだのだな」
「……っは」
「言え」
ここで少しでも隠し立てしては、きっと命がいくつあっても足りない。洗いざらい言うしかないが、証言をする三人の命だけはなにがあっても守らなくてはならない。
「シウリス様。証拠を集めた時には、望むものを一つ叶えてくださるというお約束を覚えていらっしゃいますか」
アリシアが確認すると、シウリスは面倒そうに、しかし当然のように肯定した。
「なにが望みだ。言ってみろ」
「ロメオ、ルードン、トラヴァス……この三名をシウリス様の特権で命の保障をしていただきたいのです。王家の皆様とトラヴァス、そして証人として私のいる前で」
「特権を行使してまで守るほどの価値が、その者らにあるとは思えんが?」
シウリスからすれば、名もろくに聞いたこともない者を守る必要などないに違いない。高い位置から見下ろされる冷たい視線に背筋が凍えながらも、アリシアはまっすぐに彼を見つめる。
「彼らの命を守ることで、証言をしてもらう算段になっておりますので」
「ふんっ、まあいい。その者らを俺の特権で守ればよいのだな? あのクソ王妃が消えるなら、たやすいことだ」
約束を取り付けられたアリシアは、一応の安堵をする。しかしこれからどういう流れになっていくのかと思うと、胃が痛い。
「一時間後、評議の間に王族を全員集めてやる。他に必要な役者は自分たちで揃えろ。貴様らはそこであの女の悪行を明るみにするんだ。わかったな」
シウリスは有無を言わさぬ口調で告げると、アリシアの執務室を出ていった。
殺気まみれの空気からようやく解放される。どっと疲れが出て、アリシアは机の上に両手をついた。
「大丈夫ですか、アリシア様」
「……ええ。みんな、聞いた通りよ」
ルーシエの言葉にアリシアは顔を上げ、ピンと背中を伸ばした。
神妙な顔をしている部下たちに、情けないところをこれ以上は見せられない。それぞれに目を向けると、アリシアは指示を飛ばす。
「マックスはトラヴァスに事情を話し、評議の間に来るように伝えて」
「っは!」
「ジャンは共犯者を断定できているのよね。その者たちの口を割らせて連れてくる算段をつけて。フラッシュも同行しなさい」
「うっす!」
「わかった」
「ルーシエは私と一緒に情報の精査よ。一時間でできる限りのことをするわ!」
「かしこまりました」
もっと綿密に計画を練ってからシウリスに伝えたかったが、こうなってしまっては仕方ない。
少ない時間でやれることをするだけだ。
「一時間後、評議の間へ! 各々、準備は怠らないで!」
「っは!」
「うん」
「うっす!」
「はい」
優秀な部下たちが部屋を出ていく。
アリシアはルーシエとともに証拠を整理し、その時を迎えるのだった。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
かわいそうな旦那様‥
みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。
そんなテオに、リリアはある提案をしました。
「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」
テオはその提案を承諾しました。
そんな二人の結婚生活は‥‥。
※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。
※小説家になろうにも投稿中
※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
あなたへの想いを終わりにします
四折 柊
恋愛
シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる