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アリシア編
41.そのことは他言無用よ
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「じゃ、俺の番だね」
「ええ、報告してちょうだい」
「俺はまず、ヒルデ王妃が過去に同じようなことをしていないか調べてみた。気に入った者を手駒にしていないか、ね」
気に入った者を手駒に……それはある程度必要なことだろう。あの優しいマーディアでさえも、おそらくはアリシアを手駒にしたかったのだろうと思うし、王妃という立場上、子どものためにも味方はほしいに違いない。
「どうだったの?」
「二人いたよ。二人とも騎士を辞めてたけど」
「どういうこと?」
「夜の相手をさせられてたようだね」
あの時トラヴァスを見たのは、午後六時過ぎくらいだ。夜と言うには時間が早い。
「夜の相手? どういう意味?」
アリシアが首を捻らすと、ジャンはこめかみに手を当てていた。
「普通聞き返すかな……セックスの相手をさせられてたってことだよ」
「な、なんですって?!」
その答えにアリシアは思わずガタンッと椅子から立ち上がる。ジャンは相変わらず気怠そうながらも、ヒルデに対する嫌悪の表情も見せていた。
「ツバメってこと?」
「そんなところかな。ラウ派にするためにしては騎士を辞められてるし、意味がない」
「その行為をするためだけに、ヒルデ様は権力を振りかざしたのかしら」
「多分ね。過去にそういうことをした相手も、当時は若くて容姿端麗、真面目で優秀な騎士だった」
想像していなかった出来事を突きつけられてしまい、アリシアは唸った。
「ヒルデ様、なんてことを……レイナルド様にバレたら、不貞で裁かれるっていうのに……」
「相手の男は確実に斬首だね」
トラヴァスが首を跳ね飛ばされる光景を想像し、ゾッとする。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「トラヴァスが、ヒルデ様とそういう関係になっているという証拠は?」
「ないよ。バレれば自分の首が物理的に飛ぶんだから、トラヴァスはなにがあっても隠し通すだろうし」
「そうよね……」
「でもマックスの情報と照らし合わせても、他の二人と同じようなことをさせられているのは明白だと思う」
基本的に、王族の言葉は絶対だ。王族の要求を断れば、騎士を辞めさせられてしまう。それは、今まで軍学校で優秀だった人物ほど、屈辱的なことだろう。
だからヒルデは、そういう人選をしたのだ。そしてトラヴァスは騎士を辞めたくないが故に、バレたら斬首というリスクを背負ってまで、ヒルデを抱いているのだろう。
恋人のいるトラヴァスにとって、それはどんなにか残酷な行為だろうか。
トラヴァスが一瞬見せたあの殺気の理由が、ようやくわかった。
「どうにか……できないかしら」
「無理だと思う。公にすればトラヴァスは斬首。王妃様に直訴しても、トラヴァスが人質に取られてるようなものだから、なにもできないよ」
確かに直訴しても、ヒルデに惚けられてはおしまいだ。ありえない嫌疑をかけられたと言われ、アリシアの立場の方が危うくなる可能性もある。トラヴァスも自分の命がかかっているのだから、証言をすることはないだろう。
かと言ってレイナルド王に相談しても、トラヴァスの斬首は決定である。これでは、手詰まりだ。
「なにか方法はないかしら……」
「俺たちにできることはないよ。トラヴァスが騎士を辞めるしか、逃れる方法は多分ない」
アリシアは溜め息をグッと飲み込んだ。
トラヴァス悩みの理由はわかったが、これでは対処のしようがない。
あの青年に我慢を強いてしまうのは忍びなかったが、決めるのは本人だ。
「ヒルデ様にも困ったものね……それにしても、よく他の二人が王妃様の相手をしていたと調べ上げたわね。名前もわかっているんでしょう?」
「うん。一人目がロメオ、二人目がルードン。軍規が変わって時効になったって伝えてから同情を引いたら、吐き出すように教えてくれたよ」
「ちょっとジャン。軍規が変わった覚えはないわよ?」
「聞き出した後で、ちゃんと嘘だって伝えたよ。青ざめてたな」
「そうでしょうね」
ロメオとルードンの名前には聞き覚えがあり、うっすらと顔も思い出せる。
その二人の青ざめた表情を想像し、少し同情した。
「情報を得たかっただけで公表する気もないし、安心してとは伝えておいたよ」
「あなた恨まれない? 夜中に刺されないように気をつけるのよ」
「変装してたし偽名を使ったから平気。あっちには、俺がどこの誰だかわからないようにしてるから」
「ならいいけど」
普段から潜入捜査をしているのだから、その辺に抜かりはないのだろう。ふっと息を吐くと、ジャンは少し顔を寄せてきた。
「それと……筆頭、耳」
執務室で空気のように仕事をしているルーシエを気にしたのだろう。アリシアは言われた通り、ジャンに耳を向ける。
「なに?」
彼の吐息がアリシアの耳をくすぐる。
しかしその内容は、アリシアを戦慄させるものであった。
「フリッツ王子は、レイナルド様のお子じゃない可能性がある」
ジャンの発言に、アリシアは頭を抱える。
確かにレイナルドもルトガーもシウリスも、かなり大柄で威厳のある顔付きだが、フリッツだけは小柄で優しい顔立ちをしているのだ。
まだ十三歳だからだと思っていたが、言われてみればレイナルドとは似ても似つかない。今まではヒルデに似たのだと思っていたが。
「そのことは他言無用よ。もちろん、ヒルデ様とトラヴァスがそういう関係であることもね」
「わかってるよ。どっちも証拠はないし」
「あなたもね、ルーシエ」
ルーシエは柔和な顔をこちらに向けると「私は何も聞いておりませんので」と微笑んでいた。
「ええ、報告してちょうだい」
「俺はまず、ヒルデ王妃が過去に同じようなことをしていないか調べてみた。気に入った者を手駒にしていないか、ね」
気に入った者を手駒に……それはある程度必要なことだろう。あの優しいマーディアでさえも、おそらくはアリシアを手駒にしたかったのだろうと思うし、王妃という立場上、子どものためにも味方はほしいに違いない。
「どうだったの?」
「二人いたよ。二人とも騎士を辞めてたけど」
「どういうこと?」
「夜の相手をさせられてたようだね」
あの時トラヴァスを見たのは、午後六時過ぎくらいだ。夜と言うには時間が早い。
「夜の相手? どういう意味?」
アリシアが首を捻らすと、ジャンはこめかみに手を当てていた。
「普通聞き返すかな……セックスの相手をさせられてたってことだよ」
「な、なんですって?!」
その答えにアリシアは思わずガタンッと椅子から立ち上がる。ジャンは相変わらず気怠そうながらも、ヒルデに対する嫌悪の表情も見せていた。
「ツバメってこと?」
「そんなところかな。ラウ派にするためにしては騎士を辞められてるし、意味がない」
「その行為をするためだけに、ヒルデ様は権力を振りかざしたのかしら」
「多分ね。過去にそういうことをした相手も、当時は若くて容姿端麗、真面目で優秀な騎士だった」
想像していなかった出来事を突きつけられてしまい、アリシアは唸った。
「ヒルデ様、なんてことを……レイナルド様にバレたら、不貞で裁かれるっていうのに……」
「相手の男は確実に斬首だね」
トラヴァスが首を跳ね飛ばされる光景を想像し、ゾッとする。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「トラヴァスが、ヒルデ様とそういう関係になっているという証拠は?」
「ないよ。バレれば自分の首が物理的に飛ぶんだから、トラヴァスはなにがあっても隠し通すだろうし」
「そうよね……」
「でもマックスの情報と照らし合わせても、他の二人と同じようなことをさせられているのは明白だと思う」
基本的に、王族の言葉は絶対だ。王族の要求を断れば、騎士を辞めさせられてしまう。それは、今まで軍学校で優秀だった人物ほど、屈辱的なことだろう。
だからヒルデは、そういう人選をしたのだ。そしてトラヴァスは騎士を辞めたくないが故に、バレたら斬首というリスクを背負ってまで、ヒルデを抱いているのだろう。
恋人のいるトラヴァスにとって、それはどんなにか残酷な行為だろうか。
トラヴァスが一瞬見せたあの殺気の理由が、ようやくわかった。
「どうにか……できないかしら」
「無理だと思う。公にすればトラヴァスは斬首。王妃様に直訴しても、トラヴァスが人質に取られてるようなものだから、なにもできないよ」
確かに直訴しても、ヒルデに惚けられてはおしまいだ。ありえない嫌疑をかけられたと言われ、アリシアの立場の方が危うくなる可能性もある。トラヴァスも自分の命がかかっているのだから、証言をすることはないだろう。
かと言ってレイナルド王に相談しても、トラヴァスの斬首は決定である。これでは、手詰まりだ。
「なにか方法はないかしら……」
「俺たちにできることはないよ。トラヴァスが騎士を辞めるしか、逃れる方法は多分ない」
アリシアは溜め息をグッと飲み込んだ。
トラヴァス悩みの理由はわかったが、これでは対処のしようがない。
あの青年に我慢を強いてしまうのは忍びなかったが、決めるのは本人だ。
「ヒルデ様にも困ったものね……それにしても、よく他の二人が王妃様の相手をしていたと調べ上げたわね。名前もわかっているんでしょう?」
「うん。一人目がロメオ、二人目がルードン。軍規が変わって時効になったって伝えてから同情を引いたら、吐き出すように教えてくれたよ」
「ちょっとジャン。軍規が変わった覚えはないわよ?」
「聞き出した後で、ちゃんと嘘だって伝えたよ。青ざめてたな」
「そうでしょうね」
ロメオとルードンの名前には聞き覚えがあり、うっすらと顔も思い出せる。
その二人の青ざめた表情を想像し、少し同情した。
「情報を得たかっただけで公表する気もないし、安心してとは伝えておいたよ」
「あなた恨まれない? 夜中に刺されないように気をつけるのよ」
「変装してたし偽名を使ったから平気。あっちには、俺がどこの誰だかわからないようにしてるから」
「ならいいけど」
普段から潜入捜査をしているのだから、その辺に抜かりはないのだろう。ふっと息を吐くと、ジャンは少し顔を寄せてきた。
「それと……筆頭、耳」
執務室で空気のように仕事をしているルーシエを気にしたのだろう。アリシアは言われた通り、ジャンに耳を向ける。
「なに?」
彼の吐息がアリシアの耳をくすぐる。
しかしその内容は、アリシアを戦慄させるものであった。
「フリッツ王子は、レイナルド様のお子じゃない可能性がある」
ジャンの発言に、アリシアは頭を抱える。
確かにレイナルドもルトガーもシウリスも、かなり大柄で威厳のある顔付きだが、フリッツだけは小柄で優しい顔立ちをしているのだ。
まだ十三歳だからだと思っていたが、言われてみればレイナルドとは似ても似つかない。今まではヒルデに似たのだと思っていたが。
「そのことは他言無用よ。もちろん、ヒルデ様とトラヴァスがそういう関係であることもね」
「わかってるよ。どっちも証拠はないし」
「あなたもね、ルーシエ」
ルーシエは柔和な顔をこちらに向けると「私は何も聞いておりませんので」と微笑んでいた。
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