【異世界恋愛】あなたを忘れるべきかしら?

長岡更紗

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アリシア編

39.何事も起こらなればそれでいいんだけど

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「ルナリア! 」

 嬉しそうに声を返すフリッツ。ラウ系とリーン系で仲が良いのは、この二人だけ。それを快く思っている者は、誰もいないようであったが。
 ルナリアがフリッツに駆け寄ろうとしたのをシウリスは止めた。同じくヒルデが前に出て、怒ったようにフリッツを睨みつけている。
 ルナリアとフリッツが仲良くすることを、どちらも気に入らないのだから当然の態度だ。
 なにか声をかけて場を和ませるべきか、と思った時、ヒルデが口を開いた。

「ルナリア。まずは挨拶が先ではなくて?」
「あ……も、申し訳ございません。王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「やめろ、ルナリア」

 ルナリアが挨拶をしようとしたところで、シウリスが止めに入った。そのせいでヒルデの顔はより怒りを帯びている。そんな顔を見て、今度はシウリスが言い返した。

「この顔が、麗しいわけないだろう」
「んまっ!」

 鼻で笑うシウリスに、ヒルデは顔を真っ赤にさせている。このままだと蒸気まで出てきそうだ。
 早く帰りたいわね、とアリシアは心の中で思うが、そういうわけにもいかない。

「まったく、常識のない妹に、口の悪い兄だこと! 育ちが知れますわ!」
「育ち? 言っておくが俺たちの母は侯爵家だ。育ちが悪いのはそっちの方だろう」

 クックと笑うシウリスに対し、ヒルデは悔しそうに歯ぎしりしている。
 ヒルデは確かに、侯爵より二階級下である子爵の出だった。その美しさでレイナルド王に見初められ、入宮したのだ。

「シウお兄様、もうそのくらいに……」
「ふん、行くぞ。ルナリア」
「あ、待って……っ」

 シウリスはラウ側を無視するようにズンズンと進み、ルナリアは急いで兄を追いかける。
 すれ違う瞬間、ルナリアとフリッツはお互いに「ごめん」とでも言いたそうな瞳でコンタクトを取っていた。

「なんって、生意気なの……っ」

 よほど悔しかったらしく、ヒルデはまだ息巻いている。

「気にすることはないさ、母上。シウリスの言うことなど放っておけばいい」

 第一王子のルトガーがヒルデにそんな声をかけてはいるものの、瞳はヒルデと同じく怒りに満ちていた。

 アリシアは正直に告白してしまうと、この二人が苦手だった。
 立場上、リーン派でもラウ派でもないと公言してはいる。しかしアンナの幼き頃には第一王妃のマーディアにお世話になっていて、シウリスたちとの親交の方が深いのは確かだ。
 今ではシウリスにも苦手意識を抱いているので、やはりどちらに肩入れするというものでもなかったが。

「アリシア」
「っは!」

 急にヒルデがこちらを向き、冷たい声で名前を呼ばれて敬礼をした。

「ちょっと、今年入った新人の騎士を一人貸してくれないかしら。そうね、優秀な人物で……男がいいわ」
「どうなさいましたか? 外に出るための護衛が必要なら、護衛班に声をかけて参りますが」
「違うわよ。ちょっと……ね」

 ヒルデに言われ、仕方なくチラリとトラヴァスを伺い見る。すると彼は無表情で、コクリと少しだけ合図してくれた。

「ヒルデ様、ここにいるトラヴァスが、今年の首席騎士です。戦闘に長けているだけでなく知力も備わっている、将来有望な若者です」
「まぁあ、そう……」
「第三軍団所属のトラヴァスと申します。ヒルデ様にお声をかけていただき、恐悦至極に存じます」
「うふふ」

 ヒルデは先ほどまでとは一転、目を細ませると、トラヴァスの足先から整った顔立ちまでを舐めるように見ている。トラヴァスは怯むこともなく、相変わらずの無表情を貫いていたが。

「あなた、仕事が終わったら私の部屋に来なさい」
「……は、かしこまりました」

 王妃の言葉に逆らえるはずもなく、トラヴァスはそう答えていた。承諾の言葉を得られたヒルデは、上機嫌でルトガーとその場を離れていく。
 フリッツだけが、一瞬悲しそうな顔でトラヴァスを見上げてから去っていった。

 三人の姿が見えなくなったところで、アリシアはようやくホッと息を吐く。

「悪かったわね、トラヴァス。余計な仕事を増やしてしまったわ」
「筆頭のせいではありませんのでお気になさらず」
「恐らく、あなたをラウ派にするつもりでしょうね。レイナルド様がどういう基準で継承者を決めるかはわからないけど、ルトガー王子は二十歳になられたし、シウリス王子ももう十七だもの。フリッツ王子はまだ十三歳だけど、そろそろ継承者を考える頃に入ってるわ。その時のために、優秀な若者がほしいんでしょう」

 レイナルドが王になったのは二十三歳の時だ。前王が王位を明け渡したのは五十歳であったし、現在四十八歳のレイナルドもそろそろ後継者を考えていることだろう。
 しかしそう告げるも、トラヴァスの顔は無表情のまま変わりはしなかった。彼がラウ派なのかリーン派なのか、アリシアは知らない。ただ、面倒なことに巻き込まれてしまったのは確かだ。

「なにか困ったことがあったら言いなさい。相談にのってあげるわ」
「ありがとうございます。その時にはお願いいたします」

(何事も起こらなればそれでいいんだけど)

 少しの杞憂をその場に置いて、アリシアは部屋へと戻った。
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