60 / 137
アリシア編
39.何事も起こらなればそれでいいんだけど
しおりを挟む
「ルナリア! 」
嬉しそうに声を返すフリッツ。ラウ系とリーン系で仲が良いのは、この二人だけ。それを快く思っている者は、誰もいないようであったが。
ルナリアがフリッツに駆け寄ろうとしたのをシウリスは止めた。同じくヒルデが前に出て、怒ったようにフリッツを睨みつけている。
ルナリアとフリッツが仲良くすることを、どちらも気に入らないのだから当然の態度だ。
なにか声をかけて場を和ませるべきか、と思った時、ヒルデが口を開いた。
「ルナリア。まずは挨拶が先ではなくて?」
「あ……も、申し訳ございません。王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「やめろ、ルナリア」
ルナリアが挨拶をしようとしたところで、シウリスが止めに入った。そのせいでヒルデの顔はより怒りを帯びている。そんな顔を見て、今度はシウリスが言い返した。
「この顔が、麗しいわけないだろう」
「んまっ!」
鼻で笑うシウリスに、ヒルデは顔を真っ赤にさせている。このままだと蒸気まで出てきそうだ。
早く帰りたいわね、とアリシアは心の中で思うが、そういうわけにもいかない。
「まったく、常識のない妹に、口の悪い兄だこと! 育ちが知れますわ!」
「育ち? 言っておくが俺たちの母は侯爵家だ。育ちが悪いのはそっちの方だろう」
クックと笑うシウリスに対し、ヒルデは悔しそうに歯ぎしりしている。
ヒルデは確かに、侯爵より二階級下である子爵の出だった。その美しさでレイナルド王に見初められ、入宮したのだ。
「シウお兄様、もうそのくらいに……」
「ふん、行くぞ。ルナリア」
「あ、待って……っ」
シウリスはラウ側を無視するようにズンズンと進み、ルナリアは急いで兄を追いかける。
すれ違う瞬間、ルナリアとフリッツはお互いに「ごめん」とでも言いたそうな瞳でコンタクトを取っていた。
「なんって、生意気なの……っ」
よほど悔しかったらしく、ヒルデはまだ息巻いている。
「気にすることはないさ、母上。シウリスの言うことなど放っておけばいい」
第一王子のルトガーがヒルデにそんな声をかけてはいるものの、瞳はヒルデと同じく怒りに満ちていた。
アリシアは正直に告白してしまうと、この二人が苦手だった。
立場上、リーン派でもラウ派でもないと公言してはいる。しかしアンナの幼き頃には第一王妃のマーディアにお世話になっていて、シウリスたちとの親交の方が深いのは確かだ。
今ではシウリスにも苦手意識を抱いているので、やはりどちらに肩入れするというものでもなかったが。
「アリシア」
「っは!」
急にヒルデがこちらを向き、冷たい声で名前を呼ばれて敬礼をした。
「ちょっと、今年入った新人の騎士を一人貸してくれないかしら。そうね、優秀な人物で……男がいいわ」
「どうなさいましたか? 外に出るための護衛が必要なら、護衛班に声をかけて参りますが」
「違うわよ。ちょっと……ね」
ヒルデに言われ、仕方なくチラリとトラヴァスを伺い見る。すると彼は無表情で、コクリと少しだけ合図してくれた。
「ヒルデ様、ここにいるトラヴァスが、今年の首席騎士です。戦闘に長けているだけでなく知力も備わっている、将来有望な若者です」
「まぁあ、そう……」
「第三軍団所属のトラヴァスと申します。ヒルデ様にお声をかけていただき、恐悦至極に存じます」
「うふふ」
ヒルデは先ほどまでとは一転、目を細ませると、トラヴァスの足先から整った顔立ちまでを舐めるように見ている。トラヴァスは怯むこともなく、相変わらずの無表情を貫いていたが。
「あなた、仕事が終わったら私の部屋に来なさい」
「……は、かしこまりました」
王妃の言葉に逆らえるはずもなく、トラヴァスはそう答えていた。承諾の言葉を得られたヒルデは、上機嫌でルトガーとその場を離れていく。
フリッツだけが、一瞬悲しそうな顔でトラヴァスを見上げてから去っていった。
三人の姿が見えなくなったところで、アリシアはようやくホッと息を吐く。
「悪かったわね、トラヴァス。余計な仕事を増やしてしまったわ」
「筆頭のせいではありませんのでお気になさらず」
「恐らく、あなたをラウ派にするつもりでしょうね。レイナルド様がどういう基準で継承者を決めるかはわからないけど、ルトガー王子は二十歳になられたし、シウリス王子ももう十七だもの。フリッツ王子はまだ十三歳だけど、そろそろ継承者を考える頃に入ってるわ。その時のために、優秀な若者がほしいんでしょう」
レイナルドが王になったのは二十三歳の時だ。前王が王位を明け渡したのは五十歳であったし、現在四十八歳のレイナルドもそろそろ後継者を考えていることだろう。
しかしそう告げるも、トラヴァスの顔は無表情のまま変わりはしなかった。彼がラウ派なのかリーン派なのか、アリシアは知らない。ただ、面倒なことに巻き込まれてしまったのは確かだ。
「なにか困ったことがあったら言いなさい。相談にのってあげるわ」
「ありがとうございます。その時にはお願いいたします」
(何事も起こらなればそれでいいんだけど)
少しの杞憂をその場に置いて、アリシアは部屋へと戻った。
嬉しそうに声を返すフリッツ。ラウ系とリーン系で仲が良いのは、この二人だけ。それを快く思っている者は、誰もいないようであったが。
ルナリアがフリッツに駆け寄ろうとしたのをシウリスは止めた。同じくヒルデが前に出て、怒ったようにフリッツを睨みつけている。
ルナリアとフリッツが仲良くすることを、どちらも気に入らないのだから当然の態度だ。
なにか声をかけて場を和ませるべきか、と思った時、ヒルデが口を開いた。
「ルナリア。まずは挨拶が先ではなくて?」
「あ……も、申し訳ございません。王妃様におかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「やめろ、ルナリア」
ルナリアが挨拶をしようとしたところで、シウリスが止めに入った。そのせいでヒルデの顔はより怒りを帯びている。そんな顔を見て、今度はシウリスが言い返した。
「この顔が、麗しいわけないだろう」
「んまっ!」
鼻で笑うシウリスに、ヒルデは顔を真っ赤にさせている。このままだと蒸気まで出てきそうだ。
早く帰りたいわね、とアリシアは心の中で思うが、そういうわけにもいかない。
「まったく、常識のない妹に、口の悪い兄だこと! 育ちが知れますわ!」
「育ち? 言っておくが俺たちの母は侯爵家だ。育ちが悪いのはそっちの方だろう」
クックと笑うシウリスに対し、ヒルデは悔しそうに歯ぎしりしている。
ヒルデは確かに、侯爵より二階級下である子爵の出だった。その美しさでレイナルド王に見初められ、入宮したのだ。
「シウお兄様、もうそのくらいに……」
「ふん、行くぞ。ルナリア」
「あ、待って……っ」
シウリスはラウ側を無視するようにズンズンと進み、ルナリアは急いで兄を追いかける。
すれ違う瞬間、ルナリアとフリッツはお互いに「ごめん」とでも言いたそうな瞳でコンタクトを取っていた。
「なんって、生意気なの……っ」
よほど悔しかったらしく、ヒルデはまだ息巻いている。
「気にすることはないさ、母上。シウリスの言うことなど放っておけばいい」
第一王子のルトガーがヒルデにそんな声をかけてはいるものの、瞳はヒルデと同じく怒りに満ちていた。
アリシアは正直に告白してしまうと、この二人が苦手だった。
立場上、リーン派でもラウ派でもないと公言してはいる。しかしアンナの幼き頃には第一王妃のマーディアにお世話になっていて、シウリスたちとの親交の方が深いのは確かだ。
今ではシウリスにも苦手意識を抱いているので、やはりどちらに肩入れするというものでもなかったが。
「アリシア」
「っは!」
急にヒルデがこちらを向き、冷たい声で名前を呼ばれて敬礼をした。
「ちょっと、今年入った新人の騎士を一人貸してくれないかしら。そうね、優秀な人物で……男がいいわ」
「どうなさいましたか? 外に出るための護衛が必要なら、護衛班に声をかけて参りますが」
「違うわよ。ちょっと……ね」
ヒルデに言われ、仕方なくチラリとトラヴァスを伺い見る。すると彼は無表情で、コクリと少しだけ合図してくれた。
「ヒルデ様、ここにいるトラヴァスが、今年の首席騎士です。戦闘に長けているだけでなく知力も備わっている、将来有望な若者です」
「まぁあ、そう……」
「第三軍団所属のトラヴァスと申します。ヒルデ様にお声をかけていただき、恐悦至極に存じます」
「うふふ」
ヒルデは先ほどまでとは一転、目を細ませると、トラヴァスの足先から整った顔立ちまでを舐めるように見ている。トラヴァスは怯むこともなく、相変わらずの無表情を貫いていたが。
「あなた、仕事が終わったら私の部屋に来なさい」
「……は、かしこまりました」
王妃の言葉に逆らえるはずもなく、トラヴァスはそう答えていた。承諾の言葉を得られたヒルデは、上機嫌でルトガーとその場を離れていく。
フリッツだけが、一瞬悲しそうな顔でトラヴァスを見上げてから去っていった。
三人の姿が見えなくなったところで、アリシアはようやくホッと息を吐く。
「悪かったわね、トラヴァス。余計な仕事を増やしてしまったわ」
「筆頭のせいではありませんのでお気になさらず」
「恐らく、あなたをラウ派にするつもりでしょうね。レイナルド様がどういう基準で継承者を決めるかはわからないけど、ルトガー王子は二十歳になられたし、シウリス王子ももう十七だもの。フリッツ王子はまだ十三歳だけど、そろそろ継承者を考える頃に入ってるわ。その時のために、優秀な若者がほしいんでしょう」
レイナルドが王になったのは二十三歳の時だ。前王が王位を明け渡したのは五十歳であったし、現在四十八歳のレイナルドもそろそろ後継者を考えていることだろう。
しかしそう告げるも、トラヴァスの顔は無表情のまま変わりはしなかった。彼がラウ派なのかリーン派なのか、アリシアは知らない。ただ、面倒なことに巻き込まれてしまったのは確かだ。
「なにか困ったことがあったら言いなさい。相談にのってあげるわ」
「ありがとうございます。その時にはお願いいたします」
(何事も起こらなればそれでいいんだけど)
少しの杞憂をその場に置いて、アリシアは部屋へと戻った。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
あなたの側にいられたら、それだけで
椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。
私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。
傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。
彼は一体誰?
そして私は……?
アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。
_____________________________
私らしい作品になっているかと思います。
ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。
※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります
※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる