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アリシア編
33.あなたには家族がいながら
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王都ラルシアルに着いた時、さすがのアリシアもくたくたに疲れていて、馬を厩舎に戻すとペタンと座り込む。
「大丈夫、筆頭」
「今日は一日中寝てたいわ。戻りましょう」
「それがいいね。明日から仕事だし」
「あと一日休みがあれば……もう一度遺跡に行けたのに」
「ほんっと懲りないな、筆頭は……」
かなり危ないところではあったが、結局は助かったのだ。雷神の軌跡も発見したし、アリシアの頭の中ではすでにいい思い出として変換されている。
「ほら、立てないなら手を貸す」
「あら、ありがとう」
アリシアはジャンの手を取り、立ち上がった。そしてそのまま歩き始めた二人だったが、町中に来たところで、スッとジャンに手を離される。どうしたのだろうとふと前を見ると、一人の青年がこちらに気付き、気さくに手を上げていた。アリシアはそれが誰だかわからず、首を捻らせる。
「誰? ジャンの知り合い?」
その言葉にジャンからの応答はなかった。ただいつも通りの気だるそうなジャンが、そこにはいた。
「やあ、久しぶり」
「ああ……」
青年は親しげに近づいてきて、ジャンは幾分面倒そうにそれに答えている。アリシアはその青年の顔を見て驚いた。ジャンにそっくりだったのだ。ただし雰囲気は全然違うので、間違えることはない。ジャンを夜の闇と表現するなら、その青年は雲ひとつない青空だ。
「あなたが筆頭大将であるアリシア様ですね。初めまして、ジョルジュと言います。兄がいつもお世話になっています」
ジョルジュという青年は手を差し出し、求められるままアリシアは彼と握手を交わす。
「……兄?」
不可解な単語を聞き、アリシアは言葉を詰まらせた。ジャンからはこれまで、一度として弟という存在を仄めかしたことはない。アリシアは当時孤児院に足繁く通っていたが、ジョルジュという少年がいた覚えはなかった。しかし顔を見る限り、彼はジャンと血の繋がりのある兄弟であることがわかる。
「兄貴、手紙は読んでくれたかな」
「ああ、結婚だろ。よかったな」
「よかったなじゃなくて、出席してくれないの?」
「……」
ジョルジュの問いに、ジャンは答えなかった。そんなジャンに、ジョルジュは憐憫の目を向けている。
「父さんも母さんも、ずっと悔いてるんだ。こんな時くらい、顔を見せてあげたら……」
「悪いけど、仕事だから多分行けない」
「……そっか」
ジョルジュは寂しげに笑って、アリシアに頭を下げる。
「それでは僕は仕事の時間なので失礼します」
愛想よくそう言われると、顔がジャンと同じだけに違和感だ。今までアリシアは、愛想のいいジャンというものを想像できなかったが、こうして見ると中々好青年でいい。
ジョルジュが去っていくと、ジャンは再び王宮に向かって歩き始めた。アリシアもそれに続き、斜め後ろから彼の表情を伺う。
「弟が、いたのね」
「……ああ」
「なんの仕事をしている人なの?」
「ジョルジーニョっていうブランド知ってるだろ。アンナも着てたからな」
「ええ、子ども向けのブランドよね。デザインもいいし、縫製が丁寧で好きなのよね」
「そのブランドを作ったのが、ジョルジュだよ」
「まぁ、そうなのね! すごいじゃない!」
「そう、だな」
そういうジャンの表情は見えなかった。アリシアは聞いていいものかどうか迷ったが、疑問に思ったことは口に出さずにはいられない人間である。
「ジャンのご両親は、なにをしている人なの?」
しかしその問いに関するジャンの答えは、素っ気ないものだった。
「知らない。興味ない」
それはむしろ、いつものジャンの答えである。しかし弟のことはわかっていながら、両親の職業を知らないというのはおかしな話だ。
「ジャン、どうしてご両親が健在であることを黙ってたの?」
「別に……聞かれなかったし」
「じゃあ教えてちょうだい。どうしてあなたには家族がいながら、孤児院で育つことになったのか」
「……筆頭には言いたくない」
一瞬首だけで振り返ったその顔は、苦痛で歪んでいた。しかしジャンはすぐに顔を前に戻し、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。
「……ごめんなさい、でも一つだけ。ジャンはロクロウにはそのことを話した?」
「ロクロウは、人の過去を探るような真似はしないよ」
ジャンが過去を話せるなら、その相手は雷神しかいないと思っていたが、違ったようだ。ならばジャンは、誰にもその過去を語ったことがないのだろうか。
雷神も、過去に何事かを背負った男だった。アリシアはそれを聞き出すことはせずに彼を癒したわけだが、もしも聞き出せていたならば。悲しみを共有することでアリシアが両親の死から立ち直れたように、雷神もまた、過去を気にして自分を卑下しなったかもしれないと思う。
ジャンの過去を知りたい、という思いは、ただの好奇心ではなかった。しかし、無理やり聞くのはやはり傷を深めてしまいそうな気がして、なにも言えずにアリシアは王宮に向かった。
「大丈夫、筆頭」
「今日は一日中寝てたいわ。戻りましょう」
「それがいいね。明日から仕事だし」
「あと一日休みがあれば……もう一度遺跡に行けたのに」
「ほんっと懲りないな、筆頭は……」
かなり危ないところではあったが、結局は助かったのだ。雷神の軌跡も発見したし、アリシアの頭の中ではすでにいい思い出として変換されている。
「ほら、立てないなら手を貸す」
「あら、ありがとう」
アリシアはジャンの手を取り、立ち上がった。そしてそのまま歩き始めた二人だったが、町中に来たところで、スッとジャンに手を離される。どうしたのだろうとふと前を見ると、一人の青年がこちらに気付き、気さくに手を上げていた。アリシアはそれが誰だかわからず、首を捻らせる。
「誰? ジャンの知り合い?」
その言葉にジャンからの応答はなかった。ただいつも通りの気だるそうなジャンが、そこにはいた。
「やあ、久しぶり」
「ああ……」
青年は親しげに近づいてきて、ジャンは幾分面倒そうにそれに答えている。アリシアはその青年の顔を見て驚いた。ジャンにそっくりだったのだ。ただし雰囲気は全然違うので、間違えることはない。ジャンを夜の闇と表現するなら、その青年は雲ひとつない青空だ。
「あなたが筆頭大将であるアリシア様ですね。初めまして、ジョルジュと言います。兄がいつもお世話になっています」
ジョルジュという青年は手を差し出し、求められるままアリシアは彼と握手を交わす。
「……兄?」
不可解な単語を聞き、アリシアは言葉を詰まらせた。ジャンからはこれまで、一度として弟という存在を仄めかしたことはない。アリシアは当時孤児院に足繁く通っていたが、ジョルジュという少年がいた覚えはなかった。しかし顔を見る限り、彼はジャンと血の繋がりのある兄弟であることがわかる。
「兄貴、手紙は読んでくれたかな」
「ああ、結婚だろ。よかったな」
「よかったなじゃなくて、出席してくれないの?」
「……」
ジョルジュの問いに、ジャンは答えなかった。そんなジャンに、ジョルジュは憐憫の目を向けている。
「父さんも母さんも、ずっと悔いてるんだ。こんな時くらい、顔を見せてあげたら……」
「悪いけど、仕事だから多分行けない」
「……そっか」
ジョルジュは寂しげに笑って、アリシアに頭を下げる。
「それでは僕は仕事の時間なので失礼します」
愛想よくそう言われると、顔がジャンと同じだけに違和感だ。今までアリシアは、愛想のいいジャンというものを想像できなかったが、こうして見ると中々好青年でいい。
ジョルジュが去っていくと、ジャンは再び王宮に向かって歩き始めた。アリシアもそれに続き、斜め後ろから彼の表情を伺う。
「弟が、いたのね」
「……ああ」
「なんの仕事をしている人なの?」
「ジョルジーニョっていうブランド知ってるだろ。アンナも着てたからな」
「ええ、子ども向けのブランドよね。デザインもいいし、縫製が丁寧で好きなのよね」
「そのブランドを作ったのが、ジョルジュだよ」
「まぁ、そうなのね! すごいじゃない!」
「そう、だな」
そういうジャンの表情は見えなかった。アリシアは聞いていいものかどうか迷ったが、疑問に思ったことは口に出さずにはいられない人間である。
「ジャンのご両親は、なにをしている人なの?」
しかしその問いに関するジャンの答えは、素っ気ないものだった。
「知らない。興味ない」
それはむしろ、いつものジャンの答えである。しかし弟のことはわかっていながら、両親の職業を知らないというのはおかしな話だ。
「ジャン、どうしてご両親が健在であることを黙ってたの?」
「別に……聞かれなかったし」
「じゃあ教えてちょうだい。どうしてあなたには家族がいながら、孤児院で育つことになったのか」
「……筆頭には言いたくない」
一瞬首だけで振り返ったその顔は、苦痛で歪んでいた。しかしジャンはすぐに顔を前に戻し、何事もなかったかのようにスタスタと歩いていく。
「……ごめんなさい、でも一つだけ。ジャンはロクロウにはそのことを話した?」
「ロクロウは、人の過去を探るような真似はしないよ」
ジャンが過去を話せるなら、その相手は雷神しかいないと思っていたが、違ったようだ。ならばジャンは、誰にもその過去を語ったことがないのだろうか。
雷神も、過去に何事かを背負った男だった。アリシアはそれを聞き出すことはせずに彼を癒したわけだが、もしも聞き出せていたならば。悲しみを共有することでアリシアが両親の死から立ち直れたように、雷神もまた、過去を気にして自分を卑下しなったかもしれないと思う。
ジャンの過去を知りたい、という思いは、ただの好奇心ではなかった。しかし、無理やり聞くのはやはり傷を深めてしまいそうな気がして、なにも言えずにアリシアは王宮に向かった。
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