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アリシア編

29.謝らないで

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 何度目かの再生の後で、ジャンが戻ってくる。「アリシア筆頭」と名を呼ばれ顔を上げると、そこには難しい顔をしたジャンが立っていた。
 アリシアは涙を拭き上げながらメモリークリスタルから手を離す。

「どうしたの、ジャン」
「まずい。この先の部屋、出口がない」

 促されて通路を先に進むと、部屋と呼ぶにはあまりに広い場所に出た。壁に囲まれた空間であることは間違いはないようである。

「出口がないと……帰れないわね」
「どこかにはあるんだとは思う。事実ロクロウは出てるわけだし。ただ、出口に繋がる仕掛けが見当たらない」
「私も行くわ。一緒に探しましょう」

 アリシアはジャンとともに部屋を一周してみる。一辺が百メートルはありそうな部屋だ。そのうちのひとつの壁の真ん中辺りには、不自然に置かれた宝箱がひとつ。そしてコムリコッツ文字が刻まれた大きな石碑が三つ。
 壁の塗料は塗っているところと塗られていないところがくっきりとわかれて、縦の縞模様状になっている。

「ジャン、宝箱があるわね」
「そんなキラキラした目をしても、開けないよ」
「わ、わかってるわよ! 退路の確保をしないと、開けるのは危険なんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、出口を見つけたら開けてみましょうね!」
「……わかってない……」

 ジャンはあきれつつも壁や床を丹念に探している。アリシアもそれに習って目を皿のようにして壁を見たが、それらしいものは見当たらなかった。光苔の塗料が塗ってあるところと塗られていない所が十センチ間隔であるので、目がチカチカしてよく見えない。

「ここに来る時と同じようなスイッチだったら、まずいな……塗料が塗られていないところに作られてたら、ちょっと注意して見るくらいじゃわからない」
「嫌なこと言わないで。大丈夫よ、きっと」

 そう言いながらもアリシアは不安に支配されていく。ここはアリシアたちには専門外の、コムリコッツの遺跡だ。先ほど見つけたスイッチは、奇跡に近い確率だとはアリシアもわかっている。しかしもう一度その奇跡を起こすべく、アリシアは必死に壁を探し続けた。
 そうすること、三時間。

「ない、な……」
「ないわね……」

 男女の呟きが、落胆を含んで呟かれる。

「この石碑に書いてあるコムリコッツ文字を解読すれば、ここから出られるのかしら」
「多分、わかったところで脱出方法なんて書いてないよ。ここに書いてあるのは、恐らくコムリコッツ族の秘術……それを外部の者に盗まれないように、こんなわかりにくい場所に置いてるんだ。そしてこの部屋に辿り着いた者が、秘術を持ち出せないような作りにしてる。スイッチもなにも見つからないのがいい例だ。あったとしてもトラップである可能性が高い」

 そこまで聞くと、さすがにアリシアも顔を顰めた。今置かれている状況は、とんでもなく厳しい。秘術を持ち出す気などないから開けてくれと訴えたところで、出口が顔を出してくれることはないだろう。

「よほどの秘術だったんだな……俺が他に攻略したところでは、こんな造りの部屋はなかった。ごめん、筆頭。必ず帰すなんて言っておきながら……」
「謝らないで。元はと言えば、私がスイッチを見つけたせいなのよ? 大丈夫、絶対に出口を探してみせるわ。ジャン、疲れたでしょう。眠ってていいわよ」
「一人で探させられないよ。俺も探す」

 そう言ってさらに一時間探し続けた、その時だった。今度はジャンが床に小さなスイッチを見つける。

「やったわね、ジャン!! さすがだわ!!」
「罠かもしれないけどね……」
「押さなきゃ罠かどうかなんてわからないわよ。押しましょう」
「……まぁそうなんだけど」

 なんの戸惑いもなくババンと決めるアリシアに、ジャンは眉を顰めている。退路を確保せぬままスイッチを押すのが、どうしても納得できないようだ。しかし退路のために探しているスイッチなのだから、押さざるを得ない。

「仕方ない……押すよ」
「ええ!」

 こんな時にワクワクとしているアリシアを見て、ジャンはあきれた顔をしながらも短剣を抜き取っている。そしてその見落としそうなほどの小さなスイッチを、切っ先で押した。

 ブウゥゥン……

 妙な音が聞こえたかと思うと、部屋の真ん中に赤い魔法陣が現れる。そしてその上には……

「ジャン!! 魔物よ! 構えなさい!!」
「ロイヤルサラマンダーか!」

 人の三倍もの大きさがある、火を纏ったトカゲのような魔物、サラマンダー。それも、上位のサラマンダーだ。
 赤い魔法陣が消えると同時に、そのサラマンダーはアリシアに牙を剥いた。
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