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アリシア編
23.嘘おっしゃいな!
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その後は一旦本隊に合流し、ある程度の治療を終えてから怪我人と軍学校の補給部隊を送り届けることになった。
本隊の方を優秀な部下たちに任せて、アリシアは補給部隊と共に帰還する。ルーシエたちがアンナのことを心配して、一緒に戻るべきだと言ってくれたのだ。
かくしてアリシアは先に王都ラルシアルへと戻り、病院でアンナが目覚めるのを待っていた。
もちろん報告書を作成したり、補給部隊を新たに派兵することも忘れなかったが。
アンナはあれから眠ってしまって目を覚ましていない。体力の回復をはかるために体がそうしているのだろう。
グレイの治療は終わっていて、今後も問題なく腕を使えるようだった。
傷を負った少年も、本隊にあった回復薬で一命は取り止め、同じように入院中だ。
他の者は目立った外傷もなく、すでに軍学校の宿舎へ帰らせている。
「母さん……」
椅子に座ってうとうととしていると、アンナの声が聞こえて目を開けた。
「ん。……起きたのね。よく寝てたわよ、アンナ」
「ずっとついててくれたの?」
「一日中ってわけではないけどね」
アリシアは医者を呼び、メディカルチェックを終わらせてなにも異常がないことがわかると、現在の状況をアンナに伝えてあげた。
アンナはグレイのことを特に気にかけているように感じて、アリシアはニマッと微笑む。
「で、あなたたち、どこまで行ってるの?」
「どこまでって」
また夏季休暇の時のように怒るかと思いきや、アンナはほんのりと頬を染めていた。しかし出てきた言葉は、そっけないもので。
「別に、なにもないわよ。夏より少しは仲良くなったけれど……」
仲良く、という言葉を聞いて、アリシアは笑みが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「あらあ……そうだったの。そうだったのね。ふふふ、グレイったら」
「なによ?」
「なんでもないわ。母はなにも見なかったもの」
「もう。なんなのよ……?」
あなたに人工呼吸をしたのはグレイよ! とはさすがに勝手に伝えられなかった。
あれは治療の一端ではあったが、グレイの誰にも譲らないといった姿勢を思い出すと、ついニマニマしてしまう。
(あの時、グレイに譲って正解だったわね。蘇生処置とはいえ、ファーストキスが母親だなんて知ったら、顔には出さない子だけどショックでしょうし)
実際にアンナはファーストキスだったのかどうかは知らない。
しかし真面目な娘なので、経験済みとは思えなかった。
(ロクロウと同じで、すぐ恥ずかしがるものねぇ。アンナは)
アリシアは雷神を思い出し、ほんの少しだけ懐かしい気分に浸る。
なんにせよ、アンナが無事でよかった。娘になにかあったら、雷神に合わせる顔がなかったところだ。
結局その日のうちにアンナは退院でき、家に帰った二人は自宅でゆっくりと過ごしたのだった。
それから三日が経った。
アリシアに日常が戻り、現在は王宮に与えられている一室でジャンのためにミルクティーを淹れている。
「無事でよかったよね……アンナ」
「私の子だもの。そう簡単には死なないわよ」
「無理しなくていいよ。俺の前では」
別に無理をしているつもりはないのだが、ほんの少しだけ感じた恐れをジャンは見抜いたのだろうか。
アリシアはミルクティーを差し出し、自分には紅茶とお茶請けのフィナンシェを用意する。
ジャンとアリシアは、改めてあの日のことを話した。
アリシアがアンナたちを連れて戦線を離脱した後、それを狙ったかのようにフィデル国が攻めてきたらしい。
「筆頭さえいなければどうにかなるって思われてたんだ。『心外ですね』ってうっすら笑うルーシエの顔を見せてあげたかったよ」
「あら、あのルーシエが? それは見たかったわねぇ」
カラカラ笑ってみせると、ジャンもまた口の端を上げている。
「久々にルーシエの本気の早打ちを見たよ」
「私も見たわ。ホワイトタイガーの鼻先に、一瞬で三本よ。しかも全部命中してるの」
「本当にすごいよな。対抗心を燃やしてフラッシュは暴れ回るし、敵にしたら阿鼻叫喚の地獄絵図だったろうね」
「あら、ジャンはなにしていたの?」
「俺は見てただけ」
ニヤッと笑うジャンを見て、アリシアは「嘘おっしゃいな!」とまたカラカラと笑った。
交戦後、フィデル軍は完全撤退したと聞いている。だから皆すぐ戻ってこられたのだ。そうなるよう、ジャンが情報操作をしていないわけがない。
マックスは交戦中、他にホワイトタイガーがいないか探索していたらしい。
戦闘中に背後を魔物に取られては目も当てられないからだ。
結局ホワイトタイガーはアリシアの倒した三メートル級と、フラッシュとマックスが倒した二メートル級の二頭だけだったようである。
ウサギがいなかったのは、ホワイトタイガーに捕食されたか逃げ出したかしていたのだろう。しばらくすれば戻ってくるに違いない。
「まぁ実際、俺はなにもできなかったよ。カールって赤髪を隊に押し付けてすぐ戻ったら、フラッシュとマックスがホワイトタイガーの討伐を終えてるし。筆頭を追おうとしたら、俺に怪我人を押し付けて二人が追いかけるんだもんな」
面白くなさそうに息を吐くジャンを見て、アリシアはそれでも笑みを向けた。
「ふふっ。ジャンがいてくれて、みんな助かったわ。もちろん私もよ」
「俺は筆頭のそばにいたかったけどね」
左肘をテーブルにつき、手に顎を乗せたジャンがこちらを流し見ている。
「こうして一緒にいるじゃないの」
「俺は足りないけど……全然」
「そう?」
アリシアは目をぱちっと広げながらぱくんとフィナンシェを頬張る。そんなアリシアを見たジャンは頬杖をやめて、ほんの少し息を吐きながらミルクティーに手を伸ばしていた。
本隊の方を優秀な部下たちに任せて、アリシアは補給部隊と共に帰還する。ルーシエたちがアンナのことを心配して、一緒に戻るべきだと言ってくれたのだ。
かくしてアリシアは先に王都ラルシアルへと戻り、病院でアンナが目覚めるのを待っていた。
もちろん報告書を作成したり、補給部隊を新たに派兵することも忘れなかったが。
アンナはあれから眠ってしまって目を覚ましていない。体力の回復をはかるために体がそうしているのだろう。
グレイの治療は終わっていて、今後も問題なく腕を使えるようだった。
傷を負った少年も、本隊にあった回復薬で一命は取り止め、同じように入院中だ。
他の者は目立った外傷もなく、すでに軍学校の宿舎へ帰らせている。
「母さん……」
椅子に座ってうとうととしていると、アンナの声が聞こえて目を開けた。
「ん。……起きたのね。よく寝てたわよ、アンナ」
「ずっとついててくれたの?」
「一日中ってわけではないけどね」
アリシアは医者を呼び、メディカルチェックを終わらせてなにも異常がないことがわかると、現在の状況をアンナに伝えてあげた。
アンナはグレイのことを特に気にかけているように感じて、アリシアはニマッと微笑む。
「で、あなたたち、どこまで行ってるの?」
「どこまでって」
また夏季休暇の時のように怒るかと思いきや、アンナはほんのりと頬を染めていた。しかし出てきた言葉は、そっけないもので。
「別に、なにもないわよ。夏より少しは仲良くなったけれど……」
仲良く、という言葉を聞いて、アリシアは笑みが込み上げてくるのを抑えられなかった。
「あらあ……そうだったの。そうだったのね。ふふふ、グレイったら」
「なによ?」
「なんでもないわ。母はなにも見なかったもの」
「もう。なんなのよ……?」
あなたに人工呼吸をしたのはグレイよ! とはさすがに勝手に伝えられなかった。
あれは治療の一端ではあったが、グレイの誰にも譲らないといった姿勢を思い出すと、ついニマニマしてしまう。
(あの時、グレイに譲って正解だったわね。蘇生処置とはいえ、ファーストキスが母親だなんて知ったら、顔には出さない子だけどショックでしょうし)
実際にアンナはファーストキスだったのかどうかは知らない。
しかし真面目な娘なので、経験済みとは思えなかった。
(ロクロウと同じで、すぐ恥ずかしがるものねぇ。アンナは)
アリシアは雷神を思い出し、ほんの少しだけ懐かしい気分に浸る。
なんにせよ、アンナが無事でよかった。娘になにかあったら、雷神に合わせる顔がなかったところだ。
結局その日のうちにアンナは退院でき、家に帰った二人は自宅でゆっくりと過ごしたのだった。
それから三日が経った。
アリシアに日常が戻り、現在は王宮に与えられている一室でジャンのためにミルクティーを淹れている。
「無事でよかったよね……アンナ」
「私の子だもの。そう簡単には死なないわよ」
「無理しなくていいよ。俺の前では」
別に無理をしているつもりはないのだが、ほんの少しだけ感じた恐れをジャンは見抜いたのだろうか。
アリシアはミルクティーを差し出し、自分には紅茶とお茶請けのフィナンシェを用意する。
ジャンとアリシアは、改めてあの日のことを話した。
アリシアがアンナたちを連れて戦線を離脱した後、それを狙ったかのようにフィデル国が攻めてきたらしい。
「筆頭さえいなければどうにかなるって思われてたんだ。『心外ですね』ってうっすら笑うルーシエの顔を見せてあげたかったよ」
「あら、あのルーシエが? それは見たかったわねぇ」
カラカラ笑ってみせると、ジャンもまた口の端を上げている。
「久々にルーシエの本気の早打ちを見たよ」
「私も見たわ。ホワイトタイガーの鼻先に、一瞬で三本よ。しかも全部命中してるの」
「本当にすごいよな。対抗心を燃やしてフラッシュは暴れ回るし、敵にしたら阿鼻叫喚の地獄絵図だったろうね」
「あら、ジャンはなにしていたの?」
「俺は見てただけ」
ニヤッと笑うジャンを見て、アリシアは「嘘おっしゃいな!」とまたカラカラと笑った。
交戦後、フィデル軍は完全撤退したと聞いている。だから皆すぐ戻ってこられたのだ。そうなるよう、ジャンが情報操作をしていないわけがない。
マックスは交戦中、他にホワイトタイガーがいないか探索していたらしい。
戦闘中に背後を魔物に取られては目も当てられないからだ。
結局ホワイトタイガーはアリシアの倒した三メートル級と、フラッシュとマックスが倒した二メートル級の二頭だけだったようである。
ウサギがいなかったのは、ホワイトタイガーに捕食されたか逃げ出したかしていたのだろう。しばらくすれば戻ってくるに違いない。
「まぁ実際、俺はなにもできなかったよ。カールって赤髪を隊に押し付けてすぐ戻ったら、フラッシュとマックスがホワイトタイガーの討伐を終えてるし。筆頭を追おうとしたら、俺に怪我人を押し付けて二人が追いかけるんだもんな」
面白くなさそうに息を吐くジャンを見て、アリシアはそれでも笑みを向けた。
「ふふっ。ジャンがいてくれて、みんな助かったわ。もちろん私もよ」
「俺は筆頭のそばにいたかったけどね」
左肘をテーブルにつき、手に顎を乗せたジャンがこちらを流し見ている。
「こうして一緒にいるじゃないの」
「俺は足りないけど……全然」
「そう?」
アリシアは目をぱちっと広げながらぱくんとフィナンシェを頬張る。そんなアリシアを見たジャンは頬杖をやめて、ほんの少し息を吐きながらミルクティーに手を伸ばしていた。
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