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アリシア編

21.この場は任せるわよ!!

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 フィデル国がいつ攻めてくるかわからない今、本隊すべてを動かすわけにはいかない。
 いつでも出撃可能な状態にし、各隊長に準備だけさせておくと、アリシアは部下三名を連れてジャンを追った。
 あれだけの煙を出すには湿った草や葉を使う必要があり、食事のための火おこしとは考えにくい。ということは、やはりなにか緊急事態だろう。

「アリシア筆頭、前方からなにか来ます!」

 感覚の鋭いマックスがいち早く気づき、それを知らせてくれた。

「この足音はおそらくジャンと、他に誰かいるようです」

 マックスの言葉に、ルーシエは即座に前方を注視する。

「確認できました。ジャンと赤髪の少年です」

 目のいいルーシエが姿を確認し、アリシアたちもそちらへと急ぐ。
 少年はひょいひょいと森の中を駆けてきて、あっという間に二人はアリシアの前までやってきた。

「筆頭、やっぱりオルト軍学校の補給隊だ」

 少年の後方でジャンが言った直後、赤髪の彼が必死の形相でアリシアに声高に叫ぶ。

「アリシア筆頭大将!! でっけぇホワイトタイガーが!! みんな襲われてんだ! 怪我人もいる!!」

 その言葉にピンと空気は張り詰められる。相当に切羽詰まった状況であると即座に理解できた。
 ホワイトタイガーは強靭な魔物である。この森を生息域としていないはずだが、餌を追い求めてやってきたのか、それとも迷い込んだのか。

「わかったわ。安心なさい、すぐに行って仕留めるわ」
「俺も戻らねーと!!」
「あなたはこの先に本隊がいるから、そこで待機よ!」
「いや、俺も連れてってくれ!! 仲間がやばいんだ!!」
「だったらなおさら本隊に合流ね! 自分の実力をわきまえなさい!!」

 一喝するも、怯まずに「けどっ!!」と食い下がる赤髪の少年を引き剥がすため、アリシアはジャンに目を向けた。

「ジャン、彼を本隊まで連行! 絶対に来させないで! 彼を本隊に預けたら、あなたは臨機応変に対応なさい!」
「わかった」

 ジャンが少年の襟首をがっしり掴んだのを確認して、アリシアたちは進行方向に足を戻す。

「はなせッ!! 俺も行く!!」
「諦めてくれる。筆頭の命令は絶対だから」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ少年にジャンは言い放つと、その声は遠ざかっていく。

「急ぐわよ」

 アリシアは先ほどより速度を早めるも、生い茂った森の中では思うように急げない。先ほどの少年は、よくこの森をひょいひょいと飛ぶように抜けてきたものだ。

「前方、誰かいます!」
「怪我人ですね。人を背負っています」

 またもマックスとルーシエが見つけ、アリシアは急いで駆け寄った。
 アイスブルーの瞳をした少年が、傷を負った少年を背負って歩いている。

「あなた! 大丈夫かしら!?」
「アリシア、筆頭大将……! 俺はオルト軍学校のトラヴァスです。今、向こうで体長約三メートルのホワイトタイガーが……!」
「わかってるわ。マックス、彼らに手を貸して本隊へ合流──」
「筆頭!」

 そのマックスが、突如としてアリシアの言葉を遮った。と同時に剣を抜いて構えている。

「なに!?」
「四つ足動物がいます……おそらく、魔物……!」
「わかったわ! 私がすぐにやっつけて──」

 そう言いかけて、アリシアは今度は自分から言葉を止めた。
 脳裏に浮かぶ、愛する娘の顔。唐突にアンナが脳裏に浮かんできたのだ。

「アンナが……!!」
「アリシア様、異能ですか!?」
「ええ! フラッシュ、マックス! 二人を守りながら敵を撃破! この場は任せるわよ!! ルーシエは私といらっしゃい!!」
「っは!」
「はい!」
「よっしゃ、暴れてやるぜっ!」

 その場はフラッシュとマックスに任せて、アリシアは脳内に浮かぶ場所を目掛けて駆け出した。
 しかし足元が悪い上、木々が多くてまっすぐ走れない。脳裏に浮かぶアンナは険しい顔をしていて、危険を知らせる赤色がビカビカと脳内で点滅している。

(アンナ!! しっかりなさい!!)

 後ろで獣の断末魔が聞こえた。すぐにフラッシュとマックスがやったのだとわかる。
 トラヴァスが体長三メートルと言っていたから、彼らでは瞬殺というわけにはいかないと思ったが、別の個体か魔物だったのだろう。これならすぐに追いついてくるはずだ。
 しかし脳裏の危険色は途絶えることなく、アンナを救えとアリシアに訴えかけている。
 アリシアは枝葉を体にぶつけながらも懸命に走るアリシアの脳裏に、もう一人追加される。

(これは……グレイ……!?)

 その昔救い出した少年が、成長した姿で映し出されたのだ。

(グレイとアンナが応戦してるんだわ! このままじゃ、二人とも……!!)

「確認しました!!」

 息を呑んだアリシアの耳に、ルーシエの言葉が飛び込んでくる。
 と同時に、脳裏に浮かぶアンナの顔がだけが消えた。

 異能が危険を知らせなくなったということ。
 それは、助かった時か……死んだ時だけだ。
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