【異世界恋愛】あなたを忘れるべきかしら?

長岡更紗

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アリシア編

16.一体なにがあったの!?

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 優しい春が過ぎると、徐々に暑さが増していった。
 アンナが夏休みに入ると、毎週末そうしているように、ハナイの森別荘で暮らし始める。ハナイの方が暑さも随分とましなので、過ごしやすいだろう。
 アンナはシウリスやルナリアと楽しく過ごしているだろうか。マーディア王妃も少しは心神喪失状態から回復してくれればいいのだけれどと思いながら、アリシアは毎日の仕事をこなす。

 暑い、夏の日だった。
 闘技場で全体演習を取り仕切るアリシアに、ルーシエが耳打ちしてきたのは。

「アリシア様、急いでハナイへ」

 人前であるためか、ルーシエはいつもの柔和な態度を崩してはいない。が、口調はいつもより強張っている。

「なにがあったの?」
「王妃様とルナリア王女様がお亡くなりになりました」

 ここが執務室であったなら、なんですってと大声を上げていたことだろう。しかしアリシアはその言葉を飲み込み、そっと頷く。

「わかったわ。私は今からすぐにハナイに向かう。後は任せるわよ」
「かしこまりました。お気をつけて」

 人前では詳しい話を聞けず、なにもわからないままアリシアは馬に飛び乗った。
 ハナイに移ってからマーディアの自傷回数は減り、今ではもうなくなっていたので、護衛は油断していたのかもしれない。しかし、第二王女のルナリアまで亡くなったとは、一体どういうことなのだろうか。
 一人では疑問を解決できるはずもなく、アリシアはハナイまでの道程を急いだ。

 アリシアが森別荘に入った瞬間目に入ったのは、泣き叫ぶシウリスと困惑するアンナの姿である。

「あ、お、お母さん……お母さん………」
「アンナ、大丈夫!?」
「私よりもシウリス様が……」
「一体なにがあったの!?」

 アンナに事情を聞こうとすると、近くにいた王妃専属の女医ザーラが近付いてきた。

「アリシア様、私から説明しましょう」
「ええ、お願いするわ」
「少しこちらへ」
「アンナ、シウリス様をお願いね」

 シウリスの泣き咽ぶ声でまともに会話できず、アリシアはザーラと別室に移動した。

「一体どうなっているの? なぜヒルデ様とルナリア様は亡くなったの?」
「申し訳ありません。私の判断ミスです」
「謝ってほしいんじゃないわ。こうなってしまった経緯を、詳しく聞かせてちょうだい」

 強く促すと、ザーラは淡々と話し始めた。

 第一王女ラファエラが殺されてから約十ヶ月。マーディアの精神は壊れたまま、酷くなっているわけではないが、大きな改善が見られるわけでもなかった。
 シウリスとルナリアが部屋に来ても、変わらずぼうっとしている。そんなマーディアの行く末を案じたザーラは、今朝外に連れ出して、シウリスとルナリアとアンナが遊んでいる姿を見せることにした。するとマーディアは三人の姿を見て、ほんの少し笑ったのだそうだ。

「いつもは部屋を出ようとすると抵抗を見せるのですが、今朝は平気だったのです。さらに王妃様はルナリア様を手招きしていらっしゃって……」

 それに気付いたルナリアが、母である王妃の元へと向かう。マーディアは優しく抱きしめて、王女を迎えた。
 それを見たザーラは、ようやく一歩前に進めたと感じたらしい。

「その後の王妃様は終始穏やかで……シウリス様とルナリア様の三人だけでお話がしたいとおっしゃったのです」

 ザーラは護衛もつけようとしたが、マーディアがどうしてもと言うため、部屋にはマーディア王妃とシウリス王子、ルナリア王女の三人だけにしてしまったそうだ。
 これを機に、きっと事態は好転すると信じて。しかし。

「最初は穏やかに会話をしておられるようでした。しかし王妃様は徐々に呪いの言葉を吐き始めたのです」

 みすみすラファエラを死なせた己への怒り。当時警護していた者が役に立たなかった怒り。なにもしない夫レイナルド王への怒り。
 そして、今後もこのようなことが起こってしまうであろう嘆き。

「直後、シウリス様の声が響き渡りました」

 やめて、お母様……そんな悲痛な声が屋敷に響いたという。
 扉を開けようとするも鍵は閉められていて、やむなく外から窓を割って警備兵が突入した。

「私も部屋の鍵を持って戻り、扉を開けるのと、警備兵が窓から突入するのとが同時でした。そこで私たちが見たものは……」

 ルナリアが首を絞められ息絶えた姿と、その首を絞めたであろうマーディアが、頭から血を流して絶命した姿。
 そして──

 血の付着した椅子を持ち上げ、肩で息をしているシウリスの姿であった。

「シウリス様が……マーディア様を……?」

 アリシアは震えそうになる声を押し込めながらそう聞いた。
 妹を助けるためには、そうするしか手段がなかったのだろう。
 十一歳の子どもには、狂気と化した母親を止める手段は限られているのだから。

「結果的に、そうなってしまいました。そしてすぐに早馬を送り、アリシア様にお知らせしたのです」

 アリシアは、先ほどの取り乱したシウリスを思い浮かべる。妹を助けるためとは言え、自身の母親を殺してしまったのだ。そしてその妹も、もう……

「その後、すぐにルナリア様に蘇生を試み、どうにか息を吹き返されました」

 ザーラの言葉を聞いて、ほっと息を漏らした。ルナリアだけでも生きていてくれたなら、まだ救われる。

「マーディア様のご遺体は」
「奥の部屋に安置しております」
「対面できるかしら」
「頭部の陥没が激しく、見られない方がよろしいかと」
「そういうわけにはいかないわ。確認して報告しなければいけないもの」
「……でしたら、こちらへどうぞ」

 ザーラに連れられ、アリシアは別荘の一番奥の部屋へと入った。そのベッドの上に、白いシーツで包まれたマーディアの遺体が載ってある。

「失礼いたします、マーディア様」

 アリシアはそっとそのシーツを剥いだ。そこには右の頭部が大きく陥没したマーディアが、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。アリシアは瞼を閉じさせようとし、それが不可能だとわかるとそのままそっとシーツを被せた。
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