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アリシア編

14.時間が必要そうだけど

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 王妃マーディアとシウリスをハナイに送り届けて帰ってきた日に、ジャンも戻ってきた。結局なにも証拠は見つからず、ルーシエの予想した通り、警備隊の遺体も敵の遺体も消えていたらしい。

「ご苦労だったわね。しばらくはゆっくり休んでちょうだい」
「王妃様とシウリス様の様子は?」
「そうね、落ち着いてきている……と思うわ。傷が癒えるにはまだまだ時間が必要そうだけど」
「俺のせいだな……もう少し……もう少し早く調べがついていれば……」

 やはりと言うべきか、気落ちしているジャンにアリシアは声を上げる。

「ジャン、自分を責めてはだめよ。あなたがいたからこそ、お二人の命は救えたんだから」
「でも、それでも……」
「もうこの件に関して悩むのは止めなさい。これは命令よ」

 多少強引な言い方に、ジャンは「わかった」と了承してくれた。こんなことで彼の罪悪感を払拭できるとはアリシアも思っていない。が、こうしないとジャンはいつまでたっても立ち直れそうになかったのだ。
 マーディアは長女を失い、シウリスは自分を庇った姉を失った。その二人の心の傷が癒えることは、あるのだろうか。
 誰も傷ついてほしくない。誰も責任など感じてほしくない。

(いつか、みんなで笑い合える日がくればいいのだけれど)

 アリシアはまた息を吐きそうになり、天を仰いだ。



 ***


「筆頭、ただ今戻りました」

 ある日、マックスが任務の完了を伝えにアリシアの元へやってきた。彼には本日、マーディアの様子を伺いがてら、アンナを送り届けてもらっていた。学校が冬休みに入ったので、アンナもしばらくは森別荘で過ごせるのだ。普段の週末も、アリシアが忙しい時にはマックスに頼んでいる。

「ありがとう、マックス。アンナ、喜んでた?」
「はい。少し元気を取り戻したシウリス様を見て、ほっとしているようでした」
「そう、よかったわ。シウリス様も早く元通りになってくださればいいんだけど……」
「それなんですが、筆頭」

 マックスはアリシアの瞳を見ながら、少し険しい顔をする。その顔を見て、アリシアもまた眉を寄せた。

「どうしたの」
「シウリス様が、いつもと違うことを言い出しまして」
「いつもと違うこと?」

 シウリスのいつもの発言とは、基本的にアンナの話である。アンナをもっと頻繁に連れてきてほしい、アンナと一緒に過ごしたい、と、いつもこうなのだが。

「なにをおっしゃってたの?」
「それが……」

 マックスは少し言いにくそうに、言葉を一度切ってから声を発した。

「レイナルド様は、なぜフィデル国やラウ派に復讐しないのか、と」
「……あなたはなんて答えたの?」
「すみません、答えられませんでした。シウリス様なりに必死に考えているのがわかって、誤魔化すこともしたくありませんでした」
「そう。いいのよ、それで。で、シウリス様はなんて?」
「筆頭に聞くからもういいと言われました。なので、次に筆頭が行った時には同じ質問をされるかと」
「わかった、覚えておくわ。ありがとう」

 マックスが下がると、アリシアはシウリスの言った言葉の意味を考える。

 なぜ、復讐しないのか。

 シウリスからすると、不思議で仕方ないのだろう。ラファエラが殺されたにも関わらず、フィデル国に対してなんの措置も取らない父親が。
 自分を庇って殺されたラファエラの死を病死として片付け、ラウ側に対して罰することもしていない。
 まるで何事もなかったかのように……いや、なかったことにしてしまい、森別荘に押し込められた理由がわからないに違いない。
 ラウ側に関しては調査中で、現段階では誰を裁けるわけでもないのだが。

 アリシアはその理由をきっちり説明するために、次の休みにはハナイに向かった。

 ハナイは静かな避暑地だ。今は冬なのでとても寒いのだが。
 人里から少し離れているので、滅多に人には会わない。バルフォア王家の森別荘はそんなところにある。高い外壁は緑の蔦で覆われていて、遠くからでは一見そこに建物があるとはわからない作りになっているのだ。
 アリシアはそこの鉄扉を守る警備兵に声をかけ、中へと入った。そこにはほんの僅かに積もった雪で、雪だるまを作っている子どもたちの姿がある。

「うわぁ、真っ黒の雪だるまになったな」
「明日になったら綺麗な雪だるまが作れますよ、シウリス様」
「よし、明日は雪だるまを作った後に雪合戦だ! わかったな、アンナ!  ルナリア!」
「はい!」
「シウお兄しゃまとゆきがっせん~!」

 第三王女のルナリアも一緒に遊んでいる。最初は王都にいたのだが、彼女にも危険があるといけないのでハナイで住むことになったのだ。
 仲睦まじい兄妹とアンナの姿を見て、アリシアの頬は自然と緩んだ。アンナと過ごしたこの数日で、シウリスの心は快復している。この時のアリシアは、そう信じて疑わなかった。
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