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アリシア編
10.詳しい話が知りたいわ
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少しすると、こつんと窓が鳴らされた。アリシアはそっとその窓を数センチ開ける。
「筆頭、俺です。カーテンはそのままで」
「マックス、首尾は?」
「上々です。ただ玄関からは目立ち過ぎます。裏を開けてください」
「わかったわ。すぐに裏に回って」
アリシアはすぐに裏戸を開ける。するとその扉がカチャリと向こう側から開かれた。入ってきたのは、一人の少年。
「シウリス様……こちらに。アンナ、シウリス様をお願い!」
すぐ後ろについてきていたアンナにシウリスを任せ、アリシアはその後ろに呆然と立っているマーディア王妃を部屋に促す。
「筆頭、俺はどうします」
「とりあえず中に入って。詳しい話が知りたいわ」
「わかりました」
中に入るとシウリスはすでにソファーに座っていて、アリシアはマーディアもその隣に座らせる。二人の体をざっと見回すと、所々に擦り傷や抵抗した跡は見られるものの、大きな外傷はなかった。これなら医者の手配をする必要もなさそうだ。
アンナは心配そうにシウリスの手を握っている。するとシウリスの手は震え始め、アンナの温かさに触れたためかボロボロと涙が溢れていた。
「うう……ひ、ひっく。……アンナ……」
「シウリス様……」
アンナがシウリスにそうしているように、アリシアもマーディアの手を握って目の前で膝を折る。許可なく王族に触れるなど不敬だが、今は人の温もりを感じさせてあげることの方が優先だ。
「マーディア様。もう大丈夫です。ここは私の家ですが、おわかりになりますか?」
「……………」
マーディアは無言だった。視線はどこかに投げられたまま、やはり呆然としている。
そんなマーディアを痛む心で見ていると、マックスに後ろから声をかけられる。
「アリシア筆頭。フラッシュが来たようです」
「すぐ入るよう言って」
「はっ」
アリシアはマーディアの冷たい手を握って、絶望という二文字が頭に飛び込んできてしまった。
いつも優しく朗らかに微笑んでいたマーディアが、今はまるで空っぽだ。よほど怖い目に遭ってしまったのか、心が見えない。その出来事を自らシャットアウトし、すべてを拒絶してしまっている。
「マーディア様……」
アリシアはかける言葉が見当たらず、ただ手を優しくさすった。しかしやはり、マーディアはピクリとも動きはしなかった。ただ息をしているだけである。
「え、王妃様……シウリス様!? 一体なにがあったんすか?」
「フラッシュ、声のトーンを落とせ」
フラッシュがマックスに諌められながら入ってきた。フラッシュはアリシアの家に王族がいるのを見て首を傾げている。
「ジャンから聞いてない?」
「いえ……剣を持ってすぐに筆頭の家に行けってだけで。あ、お前は目立つから裏から入れとも言われましたけど」
「そう。悪いけど、後で説明するわ。あなたはここで、マーディア様とシウリス様の護衛をお願い。アンナ、シウリス様をお願いね。母さんは少し、マックスとお話があるから」
そう告げると、フラッシュとアンナは頷いてくれた。アンナはシウリスを抱きしめたまま。フラッシュはいつでも剣を抜けるよう、立ち位置を変えて窓の外を警戒している。
「マックス、ちょっと」
「はい」
アリシアはマックスを別室へと連れ出し、パタンと扉を閉める。灯りは最小限に留め、アリシアは聞いた。
「事件の内容を、できるだけ詳しく教えて」
「はい。でも俺は事件後に合流したので、あまり詳しくは。ジャンも当事者がいる目の前では、話しにくかったようで」
「わかる部分だけでいいわ」
「はっ」
いつも通りハキハキと返事をし、マックスは続けた。
「俺はジャンの内偵調査が終わる予定の一昨日の午後、ライザル峠でジャンと待ち合わせしていました。次の仕事は俺の手を借りたいからと……でも、その日ジャンは現れなかった」
アリシアは首肯し、先を促す。
「ジャンが現れたのは、次の日の……つまり昨日の早朝です。夜も明けきらぬ中、血塗られた馬車でやってきました。どうしたのか聞くと、第一王女のラファエラ様が殺された……とだけ。馬車の中には王妃様とシウリス様しかおらず、御者や王家専属警備隊の姿はありませんでした」
「フィデル国の仕業?」
「いえ、俺にはなんとも」
「ラファエラ様のご遺体は?」
「わかりません」
「そう。後でジャンに聞くわ。続けてちょうだい」
今度はマックスが首肯して、話を先に進める。
「俺は血塗られた幌を交換し、馬車に付いた血を洗い流しました。その間ジャンは自身の傷を手当てしていたので、敵と相対したのかもしれません」
「ジャンからはなにも聞いていないのね?」
「ええ、なにも。なにせ王妃様とシウリス様がああいう状態で目を離せませんでしたから。お二人の前で傷を抉ることはしたくなく、俺も聞けませんでした。すみません」
「いいのよ。いい判断だったわ。話はそれで終わり?」
「はい。そこからは急いでここを目指しました」
「わかったわ、ありがとう」
マックスの話は当時の状況を知り得るものではなかった。ジャンが戻るのを待つしかないようである。
「筆頭、どうします」
「私の一存で決められるようなことではないわ。明日レイナルド様に……」
と言いかけた瞬間、リビングでカチャンと物音がした。
「行くわよっ」
「っは!」
アリシアとマックスは、その部屋を後にした。
「筆頭、俺です。カーテンはそのままで」
「マックス、首尾は?」
「上々です。ただ玄関からは目立ち過ぎます。裏を開けてください」
「わかったわ。すぐに裏に回って」
アリシアはすぐに裏戸を開ける。するとその扉がカチャリと向こう側から開かれた。入ってきたのは、一人の少年。
「シウリス様……こちらに。アンナ、シウリス様をお願い!」
すぐ後ろについてきていたアンナにシウリスを任せ、アリシアはその後ろに呆然と立っているマーディア王妃を部屋に促す。
「筆頭、俺はどうします」
「とりあえず中に入って。詳しい話が知りたいわ」
「わかりました」
中に入るとシウリスはすでにソファーに座っていて、アリシアはマーディアもその隣に座らせる。二人の体をざっと見回すと、所々に擦り傷や抵抗した跡は見られるものの、大きな外傷はなかった。これなら医者の手配をする必要もなさそうだ。
アンナは心配そうにシウリスの手を握っている。するとシウリスの手は震え始め、アンナの温かさに触れたためかボロボロと涙が溢れていた。
「うう……ひ、ひっく。……アンナ……」
「シウリス様……」
アンナがシウリスにそうしているように、アリシアもマーディアの手を握って目の前で膝を折る。許可なく王族に触れるなど不敬だが、今は人の温もりを感じさせてあげることの方が優先だ。
「マーディア様。もう大丈夫です。ここは私の家ですが、おわかりになりますか?」
「……………」
マーディアは無言だった。視線はどこかに投げられたまま、やはり呆然としている。
そんなマーディアを痛む心で見ていると、マックスに後ろから声をかけられる。
「アリシア筆頭。フラッシュが来たようです」
「すぐ入るよう言って」
「はっ」
アリシアはマーディアの冷たい手を握って、絶望という二文字が頭に飛び込んできてしまった。
いつも優しく朗らかに微笑んでいたマーディアが、今はまるで空っぽだ。よほど怖い目に遭ってしまったのか、心が見えない。その出来事を自らシャットアウトし、すべてを拒絶してしまっている。
「マーディア様……」
アリシアはかける言葉が見当たらず、ただ手を優しくさすった。しかしやはり、マーディアはピクリとも動きはしなかった。ただ息をしているだけである。
「え、王妃様……シウリス様!? 一体なにがあったんすか?」
「フラッシュ、声のトーンを落とせ」
フラッシュがマックスに諌められながら入ってきた。フラッシュはアリシアの家に王族がいるのを見て首を傾げている。
「ジャンから聞いてない?」
「いえ……剣を持ってすぐに筆頭の家に行けってだけで。あ、お前は目立つから裏から入れとも言われましたけど」
「そう。悪いけど、後で説明するわ。あなたはここで、マーディア様とシウリス様の護衛をお願い。アンナ、シウリス様をお願いね。母さんは少し、マックスとお話があるから」
そう告げると、フラッシュとアンナは頷いてくれた。アンナはシウリスを抱きしめたまま。フラッシュはいつでも剣を抜けるよう、立ち位置を変えて窓の外を警戒している。
「マックス、ちょっと」
「はい」
アリシアはマックスを別室へと連れ出し、パタンと扉を閉める。灯りは最小限に留め、アリシアは聞いた。
「事件の内容を、できるだけ詳しく教えて」
「はい。でも俺は事件後に合流したので、あまり詳しくは。ジャンも当事者がいる目の前では、話しにくかったようで」
「わかる部分だけでいいわ」
「はっ」
いつも通りハキハキと返事をし、マックスは続けた。
「俺はジャンの内偵調査が終わる予定の一昨日の午後、ライザル峠でジャンと待ち合わせしていました。次の仕事は俺の手を借りたいからと……でも、その日ジャンは現れなかった」
アリシアは首肯し、先を促す。
「ジャンが現れたのは、次の日の……つまり昨日の早朝です。夜も明けきらぬ中、血塗られた馬車でやってきました。どうしたのか聞くと、第一王女のラファエラ様が殺された……とだけ。馬車の中には王妃様とシウリス様しかおらず、御者や王家専属警備隊の姿はありませんでした」
「フィデル国の仕業?」
「いえ、俺にはなんとも」
「ラファエラ様のご遺体は?」
「わかりません」
「そう。後でジャンに聞くわ。続けてちょうだい」
今度はマックスが首肯して、話を先に進める。
「俺は血塗られた幌を交換し、馬車に付いた血を洗い流しました。その間ジャンは自身の傷を手当てしていたので、敵と相対したのかもしれません」
「ジャンからはなにも聞いていないのね?」
「ええ、なにも。なにせ王妃様とシウリス様がああいう状態で目を離せませんでしたから。お二人の前で傷を抉ることはしたくなく、俺も聞けませんでした。すみません」
「いいのよ。いい判断だったわ。話はそれで終わり?」
「はい。そこからは急いでここを目指しました」
「わかったわ、ありがとう」
マックスの話は当時の状況を知り得るものではなかった。ジャンが戻るのを待つしかないようである。
「筆頭、どうします」
「私の一存で決められるようなことではないわ。明日レイナルド様に……」
と言いかけた瞬間、リビングでカチャンと物音がした。
「行くわよっ」
「っは!」
アリシアとマックスは、その部屋を後にした。
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