【異世界恋愛】あなたを忘れるべきかしら?

長岡更紗

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アリシア編

09.確実に心は傷付いてると思うの

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「ただいまぁ………まだ起きてるのかしら?」

 この日も遅くなったアリシアは、すでに鍵の掛けられた玄関を開け、そっと家に帰ってきた。
 時刻はもう夜の十一時を回っていた。この何日かは仕事が忙しく、なかなか早く帰ってこられないでいる。遅くなった日は、すでにアンナは寝ているのが常だ。
 なので、この日もアンナは眠っていると思っていたアリシアは、かすかに照らされる灯りを見て、首を傾げた。

「……お母さん、お帰りなさい」

 アンナはこの時、なぜか起きていた。自室の扉を開けて、母であるアリシアを迎えてくれる。

「遅くなってごめんね。どうしたの? 眠れない?」
「ごめんなさい」
「どうして謝るの? 眠れない時だって、たまにはあるわよ! 今日は一緒に寝ましょう。少し待ってて、着替えてくるから」

 アンナのつらそうな表情に、アリシアは胸を痛めた。決して寂しいなどと口には出す子ではなかったが、その表情を見ればわかる。特にこの二週間は、シウリスも公務でいなかったから寂しさも倍増したことだろう。
 アリシアは申し訳なく思いつつ束ねた髪を解き、寝巻きに着替えようとしたその時だった。

「筆頭……アリシア筆頭……!」

 控えめに玄関の扉をノックする者がいたのだ。しかしよく聞くその声は、いつもと違い焦燥が含まれている。アリシアはその声の主を確認する前に、彼の名を呼びながら扉を開けた。

「どうしたの、ジャン。なにかあった?」

 ジャンは扉が開いた瞬間、素早く中へと入って後ろ手でパタンと閉める。

「筆頭、まずいことになってる」
「ジャン、あなたにはフィデル国の動向を探りに行かせたはずだけど?」
「情報を掴むのが少し遅かった。俺が着いた時には、すでに事は終わっていた」
「なにがあったのか、簡潔に述べなさい」

 アリシアの言葉に、ジャンは悔しそうに顔を歪める。彼のこんな顔を、アリシアはかつて見たことがない。なにを言われるのかと覚悟した。

「王妃一行が襲撃されて、王女が殺された」
「……なっ」
「どうしたの、お母さん」

 後ろを振り向くと、まだあどけない娘が首を傾げている。説明できるような事柄ではないし、こちらは緊急事態だ。

「ごめんなさい、アンナ。今日も一人で眠ってもらえるかしら」
「……うん、わかった」

 素直に頷きを見せる愛娘を見て、待ったをかける人物がいた。

「いや、筆頭。ちょっとアンナには起きてもらっていた方がいい」
「どうして?」
「保護した王妃と王子を、町の外れまで連れてきているんだ。途中でマックスと合流して、今はあいつに護衛してもらってる」
「どうするつもり?」
「一時的にここで匿った方がいい。まだこの情報は、どこにも漏れていないはずだ。もしかしたら……下手人は、この国ストレイアの者かもしれない。敵がいるかもしれない王宮に今連れていくのはまずい」

 下手人はストレイア人……なぜジャンがそう思うのかわからなかったが、グズグズしてマーディア王妃とシウリス王子の保護を遅らせるわけにはいかない。

「わかったわ」

 アリシアはジャンの言い分を瞬時に受け止め、そしてすぐさま指示を飛ばす。

「すぐに王妃様とシウリス様をうちに連れてくるよう、マックスに伝えなさい。それとこの家の護衛にフラッシュを呼ぶこと。ルーシエには今の状況を説明し、口の固い厳選された手練れを選んで、すぐ王妃様を襲った奴らの追尾調査を開始させなさい。レイナルド様には私からお話するわ。明日朝一で謁見出来るよう、手配をお願い」

 ジャンはコクリと頷くと、すぐさま扉を開けてその闇に溶けて消えていった。

(王女様が……殺された……)

 アリシアはギリ、と奥歯を噛みしめる。情報を掴むのが遅かった、とジャンは言っていた。つまりこれは、フィデル国が仕掛けたものだったのだろうか。
 しかし彼は内部の犯行も視野に入れていたようだ。どういうことか、今の段階ではまだわかりかねる。

「お母さん……なにがあったの?」

 ずっと怖い顔を続けるアリシアに、アンナは眉を顰めている。安心させるために笑顔を向けたかったが、間もなく王妃とシウリスがこの家に来るのだ。アンナにも事情を知っておいてもらう必要がある。

「アンナ、よく聞いて。今からうちに、マーディア様とシウリス様がいらっしゃる。そして……おそらく、お二人は傷ついているわ」
「傷って……怪我をしたの?」
「私にもそれはまだわからない。でも、確実に心は傷ついていると思うの」
「お母さん、私はどうしたらいい!?」

 マーディアとシウリスが傷ついたことを知り、アンナは自身も傷つきながら、しかし頼もしい言葉を発してくれた。

「少しの間、ここで匿うことになると思うけど、それを決して口外しないこと。いつも通り学校に行って帰ってくること。それ以外の時は、マーディア様とシウリス様のお側にいて、望むことをしてあげて」
「わかったわ」

 まずは確保が先と、ジャンに詳しい様子は聞かなかったし、襲われた時にどういう状況かも聞かなかった。後で詳しく聞くつもりではいるが、二人の対応には慎重を期すに越したことはない。
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