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雷神編
06.息を吐いただけだ
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雷神は振り返る。そしてアリシアの顔を真っ直ぐに見つめた。いつでも動じない彼女が一瞬たじろぎ、しかしすぐにいつもの笑みを見せてくる。
「あの時……」
雷神は言った。
「俺にこう言ったな。『あなたもなにか見つけられるといい』と……」
「言ったわね」
「どういう意味だ」
「ロクロウ、わかってないの? あなた今、腐った魚のような目をしてるわよ?」
「…………」
酷い言われように雷神は絶句する。もっと他に言いようはないものか。しかし歯に衣着せぬ物言いが、この女らしい。
「なんで俺を家に上げたんだ? 腐った目をした奴なんか、放っておけばよかっただろう」
「残念ながら、ほっとけない性分なのよね! 父さんも母さんも、同じ気持ちだったって言ってたわ! だからロクロウの傷が癒えるまでうちに……って、これは内緒だったかしら」
傷、と言われて雷神は目を逸らす。心に傷を負っていたことが、見た目にわかるほどの顔をしていたのかと思うと、雷神は恥じた。
「なにがあったのか、聞かないのか」
「言ってスッキリするなら言っちゃいなさい。私が聞いてあげるわ。でもそうじゃないなら、聞かない」
「すまない、助かる」
雷神は聞かれないことに心底安堵してそう言った。まだ十九の女に、人体実験して友人を殺したなどと、そして十六の少女を孕ませて逃げたなどと、言いたくはなかった。
アリシアに──警戒されたくなかった。
自分が楽になりたいからと、女に手を出すのはもうやめだ。アリシアにはアリシアの人生がある。手を出してめちゃくちゃにしていいはずがない。ミュートの時のような過ちを繰り返してはならない。
雷神は思わず、深い息を吐いた。
「あ、溜め息!」
「……違う、今のは息を吐いただけだ」
アリシアは、美人だ。長く色んなところを旅してきた雷神から見ても、一、二を争うくらいの。
「あーっはっはっはっはぁあ!!」
そして、いきなりよく笑う。
「な、なんだ?」
「ロクロウの代わりに笑ってあげてるのよ! あーっはっはっはっはぁあ!!」
「なんだそりゃあ」
「あーっはっはっはっはぁあ!!」
「お、どうしたどうした!? 面白いことがあったんだな! 父さんも混ぜろ!」
仕事から帰ってきたばかりのフェルナンドがやってきて、彼もまた盛大に笑い声を上げ始める。
「わーっはっはっはっはっはっ」
「あーっはっはっはっはっは!」
「あら、楽しそうね! うっふふふふふふ」
家の中からターシャも出てきて、豪快な笑いの中に柔らかな笑みが零れる。
「わーっはっはっはっはぁ!」
「あははは!! もう、父さんったらぁ!」
「うふふふふふ!! やだもう、二人とも、近所迷惑よ! うふふふふふ!」
「あは、あはは! 母さんこそー!」
なぜかゲラゲラと真剣に笑い始める三人を見て。雷神は。
「ッフ……クックッ……」
つられるように笑い声を漏らした。ほんの、一瞬だけ。
それを見たアリシアたちは、さらに大きな声で笑っていた。
「あの時……」
雷神は言った。
「俺にこう言ったな。『あなたもなにか見つけられるといい』と……」
「言ったわね」
「どういう意味だ」
「ロクロウ、わかってないの? あなた今、腐った魚のような目をしてるわよ?」
「…………」
酷い言われように雷神は絶句する。もっと他に言いようはないものか。しかし歯に衣着せぬ物言いが、この女らしい。
「なんで俺を家に上げたんだ? 腐った目をした奴なんか、放っておけばよかっただろう」
「残念ながら、ほっとけない性分なのよね! 父さんも母さんも、同じ気持ちだったって言ってたわ! だからロクロウの傷が癒えるまでうちに……って、これは内緒だったかしら」
傷、と言われて雷神は目を逸らす。心に傷を負っていたことが、見た目にわかるほどの顔をしていたのかと思うと、雷神は恥じた。
「なにがあったのか、聞かないのか」
「言ってスッキリするなら言っちゃいなさい。私が聞いてあげるわ。でもそうじゃないなら、聞かない」
「すまない、助かる」
雷神は聞かれないことに心底安堵してそう言った。まだ十九の女に、人体実験して友人を殺したなどと、そして十六の少女を孕ませて逃げたなどと、言いたくはなかった。
アリシアに──警戒されたくなかった。
自分が楽になりたいからと、女に手を出すのはもうやめだ。アリシアにはアリシアの人生がある。手を出してめちゃくちゃにしていいはずがない。ミュートの時のような過ちを繰り返してはならない。
雷神は思わず、深い息を吐いた。
「あ、溜め息!」
「……違う、今のは息を吐いただけだ」
アリシアは、美人だ。長く色んなところを旅してきた雷神から見ても、一、二を争うくらいの。
「あーっはっはっはっはぁあ!!」
そして、いきなりよく笑う。
「な、なんだ?」
「ロクロウの代わりに笑ってあげてるのよ! あーっはっはっはっはぁあ!!」
「なんだそりゃあ」
「あーっはっはっはっはぁあ!!」
「お、どうしたどうした!? 面白いことがあったんだな! 父さんも混ぜろ!」
仕事から帰ってきたばかりのフェルナンドがやってきて、彼もまた盛大に笑い声を上げ始める。
「わーっはっはっはっはっはっ」
「あーっはっはっはっはっは!」
「あら、楽しそうね! うっふふふふふふ」
家の中からターシャも出てきて、豪快な笑いの中に柔らかな笑みが零れる。
「わーっはっはっはっはぁ!」
「あははは!! もう、父さんったらぁ!」
「うふふふふふ!! やだもう、二人とも、近所迷惑よ! うふふふふふ!」
「あは、あはは! 母さんこそー!」
なぜかゲラゲラと真剣に笑い始める三人を見て。雷神は。
「ッフ……クックッ……」
つられるように笑い声を漏らした。ほんの、一瞬だけ。
それを見たアリシアたちは、さらに大きな声で笑っていた。
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