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08.叶えられた夢
しおりを挟む「それはそうとヴェシィ。婚約の件なんだが」
「は、はい」
婚約という言葉を聞くと、無駄に心臓が収縮と膨張を繰り返す。
レンドール様は少し強張っていて、舞踏会で“ 一人の女性を口説く”と宣言した時と同じ顔になっていた。
あの時は冷徹プリンスだと思ってしまったけど、もしかしたら緊張していただけなのかもしれない。
「最初は、俺と同じ動物の声を聞ける能力者に興味を持っていただけだった。しかしなにがあっても強く生きるヴェシィを見ていると力をもらえて……いつの間にか好きになっていた」
強く生きるというより、死にたくなかっただけだけど。
私の生への執着がレンドール様に力を与えられていたのなら、それはそれで嬉しい。
「ヴェシィ。俺の婚約者に……そしていずれは妻となってほしい」
女の子なら一度は憧れる、大好きな人からのプロポーズ。
もちろん私も嬉しくて、胸はさっきからトクントクン鳴りっぱなしだ。
だけど──
「……私でいいんでしょうか。知識も教養もないただの娘では、周りの反対にあわれるのでは」
「知識も教養も身につけられる。簡単にとはいかないから、婚姻を強要することはしない。だが、周りの反対にあうことはないと約束しよう。豊穣の力を持つヴェシィと俺が結婚することで受ける恩恵は大きい。反対される謂れはない」
一度の祈りで、十年の豊穣が約束される聖女の力。
レンドールも同じような力を持っているということは、子どもができれば遺伝する可能性が高まるということ。
子どもに遺伝せずとも、隔世遺伝が期待できるようになる。
それは確かに国にとって喜ばしいことだ。
「それでもニコレットのような輩がいれば必ず俺が守るから、なにも心配する必要はない。ヴェシィの喜びは、俺の喜びなんだ。つらい思いなど二度とさせない」
私の手は、いつの間にか胸を押さえていた。
どうしよう、口説くどころか殺し文句すぎる。
心が、身体が、喜びを感じずにはいられない。
「どうか、イエスと言ってくれないか。それとも……他に心に決めた男がいるのだろうか」
ほんの少し不安そうに眉を寄せたレンドール様に、慌てて首を振る。
「いいえ、そんな人はいません。私は、私は──」
なぜだろう。
身体中からなにかが溢れてくるような感覚。
この気持ちが……愛?
「いつも私を助けてくれるレン様が……子どもや動物に優しいレン様が、大好きです。愛、しています!」
初めて使う言葉に、頭がぐつぐつと煮えたぎりそうで。
一瞬驚いた顔をしたレンドール様が、少し頬を赤らめて微笑んでくれる。
そんなレンドール様を見ていると、本当に愛おしくて体温が上昇しているようだ。
「ありがとう。俺もヴェシィを愛している」
そう言って、レンドール様は私の頭に手を置き、そのままするりと頬に滑らせた。
ああ、泣きそうだ。
いつだったか、レンドール様が子どもたちの頭を撫でているのを見たとき、涙が出そうになったことがあった。
その時はどうしてそうになったのかはわからなかったけど、今ならわかる。
私は、亡くなったお母さん以外に撫でられたことがなかったから。
愛を、激しく欲していたんだ。
それをレンドール様は叶えてくださった。
私の目から、つつぅと熱いものが流れていく。
「どうした、ヴェシィ。どこか痛いのか。つらいのか?」
「違います……これは、嬉し涙です……」
そう言うと、レンドール様はホッとしたように笑って。
「愛している」
私にそっと、唇を重ねてくれた。
***
後日、レンドール様が誰にドレスを着付けさせたのか調べてくれたけれど、結局はわからずじまいだった。
レンドール様がドレスを届けろと側近に頼み、側近は侍従長に言いつけ、侍従長が人選し……と追っていくのだけど、必ず途中であやふやになってしまうんだとか。
こんなことでは困るとレンドール様は眉を寄せていたけれど、あの不思議な人なら、人を煙に巻くことくらい簡単にできそうだと私は妙に納得してしまった。
ニコレット様は公爵家から除籍された上、北の地で過酷な強制労働をさせられているらしい。
他の令嬢もそれぞれ家から除籍され、学園も追放、王都への立ち入りを禁止されて散り散りになっているとのことだ。
もう二度と顔を見ることはないだろうとレンドール様は言ってくれた。
私のお父さんは教会にもらったお金を、義母と義姉たちに持ち逃げされたらしい。
元々無駄遣いの多かったお父さんは、生活が立ち行かずに会社のお金に手をつけて捕まったと聞いた。自業自得だ。
お金を持ち逃げした義母たちは、そのお金目当てに強盗に殺されたそうだ。
強盗が捕まり、そのお金が私の元にやってきたけれど、全額孤児院に寄付をした。
もう私を憂うものはなにもない。
「ヴェシィ」
「レン様」
窓から昇る朝日を見ていた私は、レンドール様に後ろから抱きしめられた。
あれから一年。
私たちは先月、結婚した。
大変じゃなかったとは言わないけれど、自分と愛する人のために向上心を持ってやった、努力の毎日だったから。
苦しくて痛くてお腹が空いて死にそうになる日々とは比べものにならないほど、幸せな奮闘だった。
「朝日が綺麗だな」
「さっき、青い鳥が向こうに飛んでいくのが見えたの。セラフィーナかしら」
「どうだろう。そうだといいな」
あの日以来、セラフィーナは私たちの前に現れていない。
本当にどこかへと旅立ってしまったのだろう。
「初代聖女のセラフィーナは、初代の王と結婚して子を成したあと、この国に幸せを呼ぶため、自らを空色の鳥に姿を変えて幸せを運ぶ役目を担っている……という伝説があるな」
「ええ、知っています。私たちの会ったセラフィーナは、きっと……」
チチチッとどこかで鳥の声が聞こえた。
幸せを喜ぶ、朝の鳥たちの歌だ。
「セラフィーナは私たちに幸せを運んできてくれたわ。きっと今も、どこかで誰かを助けているのよ」
「ああ、きっとそうだな」
肯定の言葉がすっと胸に入ってきて、私はふふっと微笑んだ。
見上げながら振り向くと、レンドール様は優しく目を細めてくれている。
一年経った今でも、愛されていることを実感する瞬間だ。
これから何年、何十年経っても、きっとこの思いは変わらない。
「レン様、私幸せよ」
「ヴェシィ、俺もだ。愛してる」
私たちは空色の鳥に感謝しながら、唇を重ねる。
足元では白色のネズミたちが《チュー!》《チュー!》と声を上げて喜んでいた。
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