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03.遠い夢
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結局レンドール様は寮の私の部屋まで運んでくれた。
「あの、ありがとうございました……」
「気にするな」
そう言ったレンドール様の顔は……笑っているように見えるんだけど、気のせいだろうか。
頭を下げながらも目だけでお顔を確認していると、チチチと声がして窓をコツコツと叩く音がした。
「「セラフィーナ」」
同時に発せられた初代聖女の名前に、私は驚いて目を見開く。
初代聖女のセラフィーナは、自らを空色の鳥に姿を変えて飛び立ったという伝説が残っている。だから青系の鳥をセラフィーナと呼ぶことは、珍しくもないのだけど。
「失礼、あなたの鳥だったな」
「いえ、私の鳥というわけでは……」
窓を開けたレンドール様の肩へと、セラフィーナは慣れた様子で乗った。
《どうしてレンちゃんがここにいるの?》
セラフィーナがくいっと小首を傾げている。かわいい。
レンドール様のことをレンちゃんと呼んでいるなんて、さすがは身分を気にしない鳥だ。
「セラフィーナが言った通り、疲れていたようだから送っただけだ」
《レンちゃん優しい。そういうところ、好きよ》
レンドール様が指を差し出すと、セラフィーナは嬉しそうに甘噛みしている。
ちょっと……レンドール様の顔が、甘すぎない?
いけないものを見てしまった気分。
でも目が離せなくてじっと見ていると、レンドール様はハッと気づいて顔を赤らめた。
「離れろ、セラフィーナ」
《もう、いつも人の目を気にするんだから》
ピチチッと可愛い声を上げながら、今度は私の肩へととまる。
《ヴェシィもレンちゃんのこと、優しいと思うわよね?》
「えっ? ええ、そうね……」
まさか怖いだなんて本人を目の前に言えるわけもなく、私は曖昧に頷いた。
レンドール様の顔がさらに赤くなっている気が……。気のせいかしら。
それにしても、庭園の時から思っていたけれど。
「あの……王子殿下、もしかして……いえ、もしかしなくても、動物の声が聞こえています?」
「ああ」
あっさりと肯定された。
「あなたもだろう聖女ヴェリシア。セラフィーナに聞いて知っている」
「私のこれは、自分の妄想だと思っているんですが」
「それでは俺も妄想だということになるが?」
「そ、そんなつもりでは!」
「セラフィーナ、なにかしゃべってくれ。それを一言一句違わずヴェリシアに伝えてみせる」
レンドールの言葉を聞いて、セラフィーナはわかったというようにパサパサッと羽を動かした。
《ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるように……》
「長い!!」
レンドール様に一喝されたセラフィーナは、意にも介さずピチチと笑いながら羽をパサパサ動かしている。
《ほら、一言一句違わず言うんでしょ?》
青い鳥に言われたレンドール様は、はぁっとひとつ息を吐いてから口を開いた。
「ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるようになるだろうか」
《すごい、本当に全部言ったわ》
「元は俺の言った言葉だからな。どうだ、ヴェリシア。セラフィーナの言った言葉と俺の言った言葉は、一致していたか?」
「は、はい……」
「俺もあなたにも同じ言葉が聞こえているならば、妄想ではないということになるな?」
「そうなりますね……」
こくんと頷いたけど……あの、レンドール様、目を細めて笑っていますよね……? 冷徹プリンスはどこに……!
それに今の言葉。私のことを気にかけてくれていた、ということ?
「色々言いたそうだが……まぁ、そういうことだ」
どういうことって突っ込みたい……!
「なにかあれば、気軽に言ってほしい」
第一王子相手に気軽になど、無理です。
同じ学園に通わせてもらっているとはいえ、レンドール様は二学年上。
しかも私はしょっちゅう聖女の祈りに行かなくてはいけなくて、学園で過ごせるのは月の半分しかない。
その半分も、ニコレット様に嫌がらせを受けて過ごしているだけだ。
ごく稀にレンドール様の姿を拝見することはあるけど、『はぁい、レンちゃん!』なんて気軽に話しかけられる存在じゃない。そんなことをすれば、本当に殺されかねない。……ニコレット様に。
「ありがとうございます、王子殿下……そうさせていただきます……」
でもレンドール様のご厚意を無にするわけにもいかず、そう答えるしかなかった。
「レンと呼べ。その……俺とあなたの仲だ」
そんな仲になった覚えはないんですが!
でもギロッと私を睨むような冷徹プリンスの瞳が怖い。断ったら殺される。
「で、では……レンちゃ……レン、さ、ま……」
「もう一度だ」
「ひっ?! レン様!」
「よし」
お許しが出た……合ってたみたいで良かった。
私がほっと息を吐くと……レンドール様は嬉しそうに、それは嬉しそうに顔を綻ばせている。
どういうこと。
「ではな、ヴェシィ」
レンドール様がいきなり私の愛称を呼びくるりと背を向けると、扉を開けて去っていった。
その際、耳が真っ赤になっていたように見えたのは、気のせいだろうか。
《ふふ、可愛いでしょう、レンちゃんは》
「そう、かも、ね……?」
この国の第一王子は、冷徹プリンスと呼ばれるほど冷徹ではないのかもしれない……ということだけは、なんとなくわかった。
それからも私は、ニコレット様に閉じ込められたり食事を抜かれたりした。
だけどその度に、なぜかレンドール様が助けてくれる。
最初に助けてくれた時には考えもしなかったけど、思えば王子殿下ともあろう方が、掃除用具入れを普通開けたりするだろうか。
レンドール様はいつも、掃除用具入れだろうと更衣室だろうと、閉じ込められたら助けに来てくれる。食事が不注意で消えた時には、代わりとなる食べ物を持ってきてくださった。
そうして構ってくれるのと比例して、ニコレット様の私への嫌がらせもエスカレートしているんだけど……
「大丈夫か、ヴェシィ」
今日もまた、礼拝堂の控え室のクローゼットへと押し込められていた私を助けてくれる。
「いつもありがとうございます……」
差し出された手を、私はとれるようになった。
温かくてほっとする、レンドール様の手。
「どうしていつも、私のいる場所がわかるんですか?」
「それは……秘密だ」
レンドール様の目がふっと泳ぐ。その足元を、チュチュッと二匹の白いネズミが通っていった。
なるほど、彼らに聞いていたらしい。
部屋まで送ると言ってくれたので、私はそれに甘える。
「今、各地への豊穣の祈りの回数を減らすように調整している。これで少しは楽になるだろう」
「そう……ですか、ありがとうございます……」
それは嬉しいけれど、結局はニコレット様から受ける仕打ちが増えるだけのこと。どっちもどっちだ、とは言えない。
「それと……まだ詳しくは言えないが、ちゃんと調査している。確実な証拠をとらえるまで、もう少し待っていてほしい」
「えー……と?」
わけがわからず首を傾げると、レンドール様は申し訳なさそうに笑った。
今はもう、冷徹プリンスだなんて思わない。
人前では冷たい表情を崩さないレンドール様だけど……私の前では、年相応の普通の男の人に見える。
「後で誰かに食べ物を届けさせる。しっかり食べて元気になってくれ」
「レン様がたくさん差し入れしてくださるお陰で、すっかり太ってしまったのですが」
「まだまだ細い。もっと肉をつけてもいいくらいだ。ちゃんと食べるようにな」
「……はい」
私が肯定の言葉を口にすると、嬉しそうに目を細めてくれるレンドール様。
トクンと勝手に私の胸は高鳴ってしまう。
部屋の前でスマートに立ち去っていくレンドール様の後ろ姿を見ると、ぎゅうっと胸が締めつけられるような感覚に陥った。涙が出そうなほどに苦しい。
私は馬鹿だ。
レンドール様に、恋してしまった。
レンドール様は、自分と同じ動物の声を聞ける私に、仲間意識を持ってくれているだけ。
共通の動物がいるために、仲良くなったと勘違いされているだけなんだから。
それにレンドール様はお優しいから、動物たちに私が閉じ込められたと聞けば、助けずにはいられないに違いない。
毎回助けに来てくれているだけで満足しなければ、バチが当たる。
恋してどうなる相手じゃない。
手の届かない、遠い遠い王子様なんだから。
私が自由になるより、遥かに遠い夢。
そんな夢なんか見ては、絶対にいけない。
私はそう、自分に言い聞かせた。
「あの、ありがとうございました……」
「気にするな」
そう言ったレンドール様の顔は……笑っているように見えるんだけど、気のせいだろうか。
頭を下げながらも目だけでお顔を確認していると、チチチと声がして窓をコツコツと叩く音がした。
「「セラフィーナ」」
同時に発せられた初代聖女の名前に、私は驚いて目を見開く。
初代聖女のセラフィーナは、自らを空色の鳥に姿を変えて飛び立ったという伝説が残っている。だから青系の鳥をセラフィーナと呼ぶことは、珍しくもないのだけど。
「失礼、あなたの鳥だったな」
「いえ、私の鳥というわけでは……」
窓を開けたレンドール様の肩へと、セラフィーナは慣れた様子で乗った。
《どうしてレンちゃんがここにいるの?》
セラフィーナがくいっと小首を傾げている。かわいい。
レンドール様のことをレンちゃんと呼んでいるなんて、さすがは身分を気にしない鳥だ。
「セラフィーナが言った通り、疲れていたようだから送っただけだ」
《レンちゃん優しい。そういうところ、好きよ》
レンドール様が指を差し出すと、セラフィーナは嬉しそうに甘噛みしている。
ちょっと……レンドール様の顔が、甘すぎない?
いけないものを見てしまった気分。
でも目が離せなくてじっと見ていると、レンドール様はハッと気づいて顔を赤らめた。
「離れろ、セラフィーナ」
《もう、いつも人の目を気にするんだから》
ピチチッと可愛い声を上げながら、今度は私の肩へととまる。
《ヴェシィもレンちゃんのこと、優しいと思うわよね?》
「えっ? ええ、そうね……」
まさか怖いだなんて本人を目の前に言えるわけもなく、私は曖昧に頷いた。
レンドール様の顔がさらに赤くなっている気が……。気のせいかしら。
それにしても、庭園の時から思っていたけれど。
「あの……王子殿下、もしかして……いえ、もしかしなくても、動物の声が聞こえています?」
「ああ」
あっさりと肯定された。
「あなたもだろう聖女ヴェリシア。セラフィーナに聞いて知っている」
「私のこれは、自分の妄想だと思っているんですが」
「それでは俺も妄想だということになるが?」
「そ、そんなつもりでは!」
「セラフィーナ、なにかしゃべってくれ。それを一言一句違わずヴェリシアに伝えてみせる」
レンドールの言葉を聞いて、セラフィーナはわかったというようにパサパサッと羽を動かした。
《ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるように……》
「長い!!」
レンドール様に一喝されたセラフィーナは、意にも介さずピチチと笑いながら羽をパサパサ動かしている。
《ほら、一言一句違わず言うんでしょ?》
青い鳥に言われたレンドール様は、はぁっとひとつ息を吐いてから口を開いた。
「ああ、今日もヴェリシアは沈んだ顔をしていたが、大丈夫だろうか。潤沢な資金を渡しているはずなのに、無駄遣いどころか旅の費用さえも出し惜しみしているようだ。そんなにお金を貯める理由はなんなのだ。最近さらに痩せた気がする。たしかに聖女の仕事は激務だが、どうしたら笑ってくれるようになるだろうか」
《すごい、本当に全部言ったわ》
「元は俺の言った言葉だからな。どうだ、ヴェリシア。セラフィーナの言った言葉と俺の言った言葉は、一致していたか?」
「は、はい……」
「俺もあなたにも同じ言葉が聞こえているならば、妄想ではないということになるな?」
「そうなりますね……」
こくんと頷いたけど……あの、レンドール様、目を細めて笑っていますよね……? 冷徹プリンスはどこに……!
それに今の言葉。私のことを気にかけてくれていた、ということ?
「色々言いたそうだが……まぁ、そういうことだ」
どういうことって突っ込みたい……!
「なにかあれば、気軽に言ってほしい」
第一王子相手に気軽になど、無理です。
同じ学園に通わせてもらっているとはいえ、レンドール様は二学年上。
しかも私はしょっちゅう聖女の祈りに行かなくてはいけなくて、学園で過ごせるのは月の半分しかない。
その半分も、ニコレット様に嫌がらせを受けて過ごしているだけだ。
ごく稀にレンドール様の姿を拝見することはあるけど、『はぁい、レンちゃん!』なんて気軽に話しかけられる存在じゃない。そんなことをすれば、本当に殺されかねない。……ニコレット様に。
「ありがとうございます、王子殿下……そうさせていただきます……」
でもレンドール様のご厚意を無にするわけにもいかず、そう答えるしかなかった。
「レンと呼べ。その……俺とあなたの仲だ」
そんな仲になった覚えはないんですが!
でもギロッと私を睨むような冷徹プリンスの瞳が怖い。断ったら殺される。
「で、では……レンちゃ……レン、さ、ま……」
「もう一度だ」
「ひっ?! レン様!」
「よし」
お許しが出た……合ってたみたいで良かった。
私がほっと息を吐くと……レンドール様は嬉しそうに、それは嬉しそうに顔を綻ばせている。
どういうこと。
「ではな、ヴェシィ」
レンドール様がいきなり私の愛称を呼びくるりと背を向けると、扉を開けて去っていった。
その際、耳が真っ赤になっていたように見えたのは、気のせいだろうか。
《ふふ、可愛いでしょう、レンちゃんは》
「そう、かも、ね……?」
この国の第一王子は、冷徹プリンスと呼ばれるほど冷徹ではないのかもしれない……ということだけは、なんとなくわかった。
それからも私は、ニコレット様に閉じ込められたり食事を抜かれたりした。
だけどその度に、なぜかレンドール様が助けてくれる。
最初に助けてくれた時には考えもしなかったけど、思えば王子殿下ともあろう方が、掃除用具入れを普通開けたりするだろうか。
レンドール様はいつも、掃除用具入れだろうと更衣室だろうと、閉じ込められたら助けに来てくれる。食事が不注意で消えた時には、代わりとなる食べ物を持ってきてくださった。
そうして構ってくれるのと比例して、ニコレット様の私への嫌がらせもエスカレートしているんだけど……
「大丈夫か、ヴェシィ」
今日もまた、礼拝堂の控え室のクローゼットへと押し込められていた私を助けてくれる。
「いつもありがとうございます……」
差し出された手を、私はとれるようになった。
温かくてほっとする、レンドール様の手。
「どうしていつも、私のいる場所がわかるんですか?」
「それは……秘密だ」
レンドール様の目がふっと泳ぐ。その足元を、チュチュッと二匹の白いネズミが通っていった。
なるほど、彼らに聞いていたらしい。
部屋まで送ると言ってくれたので、私はそれに甘える。
「今、各地への豊穣の祈りの回数を減らすように調整している。これで少しは楽になるだろう」
「そう……ですか、ありがとうございます……」
それは嬉しいけれど、結局はニコレット様から受ける仕打ちが増えるだけのこと。どっちもどっちだ、とは言えない。
「それと……まだ詳しくは言えないが、ちゃんと調査している。確実な証拠をとらえるまで、もう少し待っていてほしい」
「えー……と?」
わけがわからず首を傾げると、レンドール様は申し訳なさそうに笑った。
今はもう、冷徹プリンスだなんて思わない。
人前では冷たい表情を崩さないレンドール様だけど……私の前では、年相応の普通の男の人に見える。
「後で誰かに食べ物を届けさせる。しっかり食べて元気になってくれ」
「レン様がたくさん差し入れしてくださるお陰で、すっかり太ってしまったのですが」
「まだまだ細い。もっと肉をつけてもいいくらいだ。ちゃんと食べるようにな」
「……はい」
私が肯定の言葉を口にすると、嬉しそうに目を細めてくれるレンドール様。
トクンと勝手に私の胸は高鳴ってしまう。
部屋の前でスマートに立ち去っていくレンドール様の後ろ姿を見ると、ぎゅうっと胸が締めつけられるような感覚に陥った。涙が出そうなほどに苦しい。
私は馬鹿だ。
レンドール様に、恋してしまった。
レンドール様は、自分と同じ動物の声を聞ける私に、仲間意識を持ってくれているだけ。
共通の動物がいるために、仲良くなったと勘違いされているだけなんだから。
それにレンドール様はお優しいから、動物たちに私が閉じ込められたと聞けば、助けずにはいられないに違いない。
毎回助けに来てくれているだけで満足しなければ、バチが当たる。
恋してどうなる相手じゃない。
手の届かない、遠い遠い王子様なんだから。
私が自由になるより、遥かに遠い夢。
そんな夢なんか見ては、絶対にいけない。
私はそう、自分に言い聞かせた。
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