141 / 173
恋人のフリ、始めます!
05.もうすぐ契約、終わりね
しおりを挟む
パーティの夜、王宮の大広間は、宝石のようにきらめくドレスと華やかな笑い声で満ちていた。
無数のシャンデリアが天井から光を注ぎ、床に反射したそれがまるで星のように輝く中——ヴィオラは、薄紫のドレスをまとって姿を現した。瞳と同じ色のそのドレスは、彼女の気品と静かな意志を際立たせている。
その隣には、セドリックが控えていた。彼は迷いなくヴィオラの手を取り、堂々とした足取りで会場の中心へと歩み出る。
二人が並んだ瞬間、ざわりと会場の空気が揺れた。
貴族たちの視線が、嫉妬、羨望、猜疑と入り混じって一斉に注がれる。
──まさか、本当に恋仲なのか?
──もし噂が本当なら、あの伯爵令嬢は愚かでしかないな。
そんな声があちこちで囁かれるなか、わざとらしい笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、ガストン侯爵だった。
その歩みには余裕があったが、どこか勝ち誇ったような影が滲んでいた。
「ヴィオラ嬢、まさかそんな女たらしの言葉を真に受けてはいないだろうな? 彼の素性を、もう少し精査するべきだ」
その声は、意図的に大きかった。
会場の喧騒が、ぴたりと止む。
視線と静寂がヴィオラに集中する中、彼女は小さく息を吸い、握られた手の温もりに支えられるように顔を上げた。
「ご忠告ありがとう、ガストン侯爵。でも……セドリックの過去を捏造するのに、どれほど費用がかかったのかしら。雇った探偵の腕前、少し残念だったようね?」
涼やかな笑みとともに放たれたその一言に、貴族たちがざわめく。
空気が一変し、会場に緊張が走る。
ガストンの顔が一瞬で赤らむも、すぐに取り繕うように嘲笑を浮かべた。
「証拠なら、ある。セドリックが女と密会していた記録だ。そちらに渡してもいいくらいだぞ?」
得意げに言い放つガストンに、セドリックは溜息まじりに小さく笑った。
「ああ、その日のことなら思い出した。村の子どもたちに食料と薬を届けに行った日だ。侯爵、まさか慈善活動を恋愛沙汰に仕立てあげるとは。あなたの創作力には脱帽するよ」
そう言って、セドリックは内ポケットから小さな帳面を取り出す。
それは支援物資の記録と、村の長老たちからの感謝状を綴じたものであった。
「これが、僕の〝密会〟の証拠です。皆さんの目でご確認を。ガストン侯爵の作り話と、どちらが真実か——お好きにご判断を」
彼の声は静かで、揺るぎない。
その目には驕りも虚勢もなく、ただ誠実さだけがあった。
貴族たちの視線が、ゆっくりとガストンへと向けられていく。
そのどれもが、疑念と軽蔑を含んでいた。
ヴィオラは一歩前に出て、落ち着いた声で言葉を添える。
「ガストン侯爵、私の財産が目当てなら、今後は別の方法をお考えください。私の名と家を侮辱するなら、しかるべき手を取らせていただきます」
毅然としたその言葉に、ガストンの表情が強張る。
口を開きかけたが、何も言えず、顔を引きつらせたまま舌打ち一つ。
踵を返して会場を去っていった。
静寂のあと、自然と拍手が湧き上がる。
それは祝福でも歓声でもなく、真実を見抜いた者たちが示す賛同だった。
ヴィオラとセドリック。二人の姿に、もはや疑う余地はなかった。
その夜の終わり。
二人は王宮の庭園で並んで立ち、月光に照らされていた。
花の香りと夜風が、静かに通り過ぎる。
「……もうすぐ契約、終わりね」
ヴィオラがぽつりと漏らす。
セドリックはその横顔を見て、少しだけ笑った。
「契約なんか関係ないさ。君が呼べば、いつだって僕は来るよ」
「本当に……?」
「もちろん」
その声には、どこかふざけたような軽さと、けれど確かな真心があった。
ヴィオラは、その言葉の裏を探ろうとしたが、先にセドリックが続ける。
「でも一応、あと二週間は契約期間中だ。最後まで、きっちり役目は果たすから」
淡々としたその言葉に、ヴィオラの胸がきゅっと痛んだ。
〝役目〟。つまり、あの言葉もこの手も、契約の範疇なのだと。
ヴィオラは唇を噛んで、何も言わずに俯いた。
(……それでも、今だけは、恋人でいたい。せめて、そのふりでも)
やがて、ヴィオラはそっと手を伸ばす。
自分から彼の手に触れたのは、これが初めてだった。
驚いたように見えたセドリックが、すぐに微笑みながらその手を握り返す。
夜の静けさの中で、二人は誰の目もなく、ただ隣り合っていた。
月光の下で、その距離は確かに〝恋人〟の距離だった。
けれど、ヴィオラの胸に広がる温もりと同じくらい、別れの予感は切実であった。
——あと、二週間。
契約が終われば、この関係も、終わる。
***
ヴィオラの周囲には、穏やかな風が吹いていた。
すべてが順調に見えた。味方は増え、未来への道もひらけている──誰もがそう信じて疑わなかった。
だが、油断の隙間を縫うように、一手を仕掛けてくる者がいた。
追い詰められたガストンが、最後の賭けに出たのだ。
ヴィオラの精神的不安定を理由に、彼女の財産管理権を自らに移すよう王宮に請願を提出した。
世間体を重んじる貴族たちの不安を煽り、彼女を孤立させて、すべてを奪うつもりで。
だがヴィオラは、すでに手を打っていた。
セドリックが行ってきた支援活動の記録を王に提出し、加えて、ガストンによる数々の捏造の証拠を綿密に揃えて告発した。
この一連の出来事を通じて得た貴族たちの信頼と支持を背に、ガストンの請願はあっさりと棄却された。
決着の場は、王宮の謁見室。
ヴィオラは、静かに、しかし凛とした態度でガストンと向き合った。
「ガストン侯爵。私の人生は、私のもの。あなたの欲望に、これ以上未来を踏みにじらせはしない。もう、二度と私の前に現れないで」
毅然としたその物言いに、ガストンは肩を落とし、黙り込む。
王の厳粛な裁定が下り、彼の請願は正式に却下された。加えて、その行為は名誉を損なうものとして、王命により公に咎められた。
そこから先の転落は、早かった。
社交界は手のひらを返し、ガストンが顔を出しても笑顔で迎える者は誰ひとりいない。
事業は失敗を重ね、商談は破談となり、投資家たちは次々と手を引いた。
築き上げた評判は音を立てて崩れ落ち、誰にも引き留められることなく、彼は王都の表舞台から姿を消した。
──ガストンが国を去った夜。
屋敷には、長い戦いのあとに訪れた静寂が広がっていた。
ヴィオラとセドリックは、深く沈み込むようなソファに並んで腰を下ろし、どちらからともなく微笑みを交わす。
そして静かに、グラスを傾けた。
すべてが、終わったのだ。
ヴィオラは伯爵家の家督を正式に継ぎ、未来への第一歩を踏み出した。
それは確かな喜びだったが、同時に、胸の奥にはひとつの区切りを告げる痛みもあった。
「契約も……今日でおしまいね」
これ以上、契約を続ける理由はもうない。すべてが丸く収まったのだから。
ヴィオラは、そっと唇を引き結ぶ。
だが、そんな彼女にセドリックはふっと微笑んだ。
「気づいてなかった? 契約は、昨日で切れてるよ」
言われてヴィオラが日付を確認すると、確かにその通りだった。
「……本当だわ。じゃあ、今日ここに来る必要なんてなかったはずよね?」
戸惑いを滲ませるヴィオラに、セドリックは目を細める。
「僕が君といたかったからに決まってる。契約なんて、もう関係ない」
その言葉に、不意にヴィオラの目に涙が浮かぶ。
〝僕が君と一緒にいたかった〟──それは、静かに胸に沁み渡る温かな言葉だった。
こみ上げるものを誤魔化すように、ヴィオラは笑う。
「……ずるいわね、そういうこと言うの」
「ずるくても、本当だから」
セドリックの声は、優しく、真っ直ぐで。
ヴィオラはゆっくりと顔を上げ、その瞳に映る彼の姿を見つめる。
もう、彼はただの契約相手ではない。
そのことを、自分の心が一番強く知っていた。
「ありがとう……そばにいてくれて」
震える声で紡がれたその言葉は、恐れではなく、安堵と感謝がこもるものだった。
セドリックは何も言わず、優しく微笑み。
ヴィオラは、彼にそっと手を伸ばす。
指先がセドリックの頬に触れた瞬間、その温もりに心がふっとほどけた。
セドリックは目を見開き──そして、ヴィオラの手にそっと自分の手を重ねる。
「……いいか?」
夢を確かめるような、柔らかな声。
ヴィオラは小さく頷いた。
セドリックは、そっと顔を寄せ、そして──
初めての、偽りのないキスを交わした。
その唇が語るのは、約束でも義務でもない。
ただ、確かな想いだけ。
「……ありがとう」
キスのあと、ヴィオラが小さく呟く。
「こちらこそ」
セドリックの声には照れくささが滲んでいたが、その笑顔は、言葉以上に幸福を物語っていた。
こうして、打算から始まった恋人契約は、静かに幕を下ろす。
そこに残ったのは、確かな絆と、真実の想いだった。
守りたかったのは、ただ両親の遺した財産だけではない。
差し伸べられた手のぬくもり、まっすぐに向けられる笑顔──そのすべてが、ヴィオラにとって愛おしく、かけがえのないものとなっていた。
もう契約はいらない。
これからは、ただ一緒にいたい。その気持ちだけで十分だった。
ヴィオラがセドリックに目を向けると、彼もまた彼女を見つめていた。
ふたりの視線がそっと重なり──そして、笑い合う。
契約から始まった関係が、誰よりも本物の愛に変わったのなら。
それはもう、運命だったのだと。
繋がれた手は、今後離されることはない。
これから先も、ずっと──ふたりで。
無数のシャンデリアが天井から光を注ぎ、床に反射したそれがまるで星のように輝く中——ヴィオラは、薄紫のドレスをまとって姿を現した。瞳と同じ色のそのドレスは、彼女の気品と静かな意志を際立たせている。
その隣には、セドリックが控えていた。彼は迷いなくヴィオラの手を取り、堂々とした足取りで会場の中心へと歩み出る。
二人が並んだ瞬間、ざわりと会場の空気が揺れた。
貴族たちの視線が、嫉妬、羨望、猜疑と入り混じって一斉に注がれる。
──まさか、本当に恋仲なのか?
──もし噂が本当なら、あの伯爵令嬢は愚かでしかないな。
そんな声があちこちで囁かれるなか、わざとらしい笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、ガストン侯爵だった。
その歩みには余裕があったが、どこか勝ち誇ったような影が滲んでいた。
「ヴィオラ嬢、まさかそんな女たらしの言葉を真に受けてはいないだろうな? 彼の素性を、もう少し精査するべきだ」
その声は、意図的に大きかった。
会場の喧騒が、ぴたりと止む。
視線と静寂がヴィオラに集中する中、彼女は小さく息を吸い、握られた手の温もりに支えられるように顔を上げた。
「ご忠告ありがとう、ガストン侯爵。でも……セドリックの過去を捏造するのに、どれほど費用がかかったのかしら。雇った探偵の腕前、少し残念だったようね?」
涼やかな笑みとともに放たれたその一言に、貴族たちがざわめく。
空気が一変し、会場に緊張が走る。
ガストンの顔が一瞬で赤らむも、すぐに取り繕うように嘲笑を浮かべた。
「証拠なら、ある。セドリックが女と密会していた記録だ。そちらに渡してもいいくらいだぞ?」
得意げに言い放つガストンに、セドリックは溜息まじりに小さく笑った。
「ああ、その日のことなら思い出した。村の子どもたちに食料と薬を届けに行った日だ。侯爵、まさか慈善活動を恋愛沙汰に仕立てあげるとは。あなたの創作力には脱帽するよ」
そう言って、セドリックは内ポケットから小さな帳面を取り出す。
それは支援物資の記録と、村の長老たちからの感謝状を綴じたものであった。
「これが、僕の〝密会〟の証拠です。皆さんの目でご確認を。ガストン侯爵の作り話と、どちらが真実か——お好きにご判断を」
彼の声は静かで、揺るぎない。
その目には驕りも虚勢もなく、ただ誠実さだけがあった。
貴族たちの視線が、ゆっくりとガストンへと向けられていく。
そのどれもが、疑念と軽蔑を含んでいた。
ヴィオラは一歩前に出て、落ち着いた声で言葉を添える。
「ガストン侯爵、私の財産が目当てなら、今後は別の方法をお考えください。私の名と家を侮辱するなら、しかるべき手を取らせていただきます」
毅然としたその言葉に、ガストンの表情が強張る。
口を開きかけたが、何も言えず、顔を引きつらせたまま舌打ち一つ。
踵を返して会場を去っていった。
静寂のあと、自然と拍手が湧き上がる。
それは祝福でも歓声でもなく、真実を見抜いた者たちが示す賛同だった。
ヴィオラとセドリック。二人の姿に、もはや疑う余地はなかった。
その夜の終わり。
二人は王宮の庭園で並んで立ち、月光に照らされていた。
花の香りと夜風が、静かに通り過ぎる。
「……もうすぐ契約、終わりね」
ヴィオラがぽつりと漏らす。
セドリックはその横顔を見て、少しだけ笑った。
「契約なんか関係ないさ。君が呼べば、いつだって僕は来るよ」
「本当に……?」
「もちろん」
その声には、どこかふざけたような軽さと、けれど確かな真心があった。
ヴィオラは、その言葉の裏を探ろうとしたが、先にセドリックが続ける。
「でも一応、あと二週間は契約期間中だ。最後まで、きっちり役目は果たすから」
淡々としたその言葉に、ヴィオラの胸がきゅっと痛んだ。
〝役目〟。つまり、あの言葉もこの手も、契約の範疇なのだと。
ヴィオラは唇を噛んで、何も言わずに俯いた。
(……それでも、今だけは、恋人でいたい。せめて、そのふりでも)
やがて、ヴィオラはそっと手を伸ばす。
自分から彼の手に触れたのは、これが初めてだった。
驚いたように見えたセドリックが、すぐに微笑みながらその手を握り返す。
夜の静けさの中で、二人は誰の目もなく、ただ隣り合っていた。
月光の下で、その距離は確かに〝恋人〟の距離だった。
けれど、ヴィオラの胸に広がる温もりと同じくらい、別れの予感は切実であった。
——あと、二週間。
契約が終われば、この関係も、終わる。
***
ヴィオラの周囲には、穏やかな風が吹いていた。
すべてが順調に見えた。味方は増え、未来への道もひらけている──誰もがそう信じて疑わなかった。
だが、油断の隙間を縫うように、一手を仕掛けてくる者がいた。
追い詰められたガストンが、最後の賭けに出たのだ。
ヴィオラの精神的不安定を理由に、彼女の財産管理権を自らに移すよう王宮に請願を提出した。
世間体を重んじる貴族たちの不安を煽り、彼女を孤立させて、すべてを奪うつもりで。
だがヴィオラは、すでに手を打っていた。
セドリックが行ってきた支援活動の記録を王に提出し、加えて、ガストンによる数々の捏造の証拠を綿密に揃えて告発した。
この一連の出来事を通じて得た貴族たちの信頼と支持を背に、ガストンの請願はあっさりと棄却された。
決着の場は、王宮の謁見室。
ヴィオラは、静かに、しかし凛とした態度でガストンと向き合った。
「ガストン侯爵。私の人生は、私のもの。あなたの欲望に、これ以上未来を踏みにじらせはしない。もう、二度と私の前に現れないで」
毅然としたその物言いに、ガストンは肩を落とし、黙り込む。
王の厳粛な裁定が下り、彼の請願は正式に却下された。加えて、その行為は名誉を損なうものとして、王命により公に咎められた。
そこから先の転落は、早かった。
社交界は手のひらを返し、ガストンが顔を出しても笑顔で迎える者は誰ひとりいない。
事業は失敗を重ね、商談は破談となり、投資家たちは次々と手を引いた。
築き上げた評判は音を立てて崩れ落ち、誰にも引き留められることなく、彼は王都の表舞台から姿を消した。
──ガストンが国を去った夜。
屋敷には、長い戦いのあとに訪れた静寂が広がっていた。
ヴィオラとセドリックは、深く沈み込むようなソファに並んで腰を下ろし、どちらからともなく微笑みを交わす。
そして静かに、グラスを傾けた。
すべてが、終わったのだ。
ヴィオラは伯爵家の家督を正式に継ぎ、未来への第一歩を踏み出した。
それは確かな喜びだったが、同時に、胸の奥にはひとつの区切りを告げる痛みもあった。
「契約も……今日でおしまいね」
これ以上、契約を続ける理由はもうない。すべてが丸く収まったのだから。
ヴィオラは、そっと唇を引き結ぶ。
だが、そんな彼女にセドリックはふっと微笑んだ。
「気づいてなかった? 契約は、昨日で切れてるよ」
言われてヴィオラが日付を確認すると、確かにその通りだった。
「……本当だわ。じゃあ、今日ここに来る必要なんてなかったはずよね?」
戸惑いを滲ませるヴィオラに、セドリックは目を細める。
「僕が君といたかったからに決まってる。契約なんて、もう関係ない」
その言葉に、不意にヴィオラの目に涙が浮かぶ。
〝僕が君と一緒にいたかった〟──それは、静かに胸に沁み渡る温かな言葉だった。
こみ上げるものを誤魔化すように、ヴィオラは笑う。
「……ずるいわね、そういうこと言うの」
「ずるくても、本当だから」
セドリックの声は、優しく、真っ直ぐで。
ヴィオラはゆっくりと顔を上げ、その瞳に映る彼の姿を見つめる。
もう、彼はただの契約相手ではない。
そのことを、自分の心が一番強く知っていた。
「ありがとう……そばにいてくれて」
震える声で紡がれたその言葉は、恐れではなく、安堵と感謝がこもるものだった。
セドリックは何も言わず、優しく微笑み。
ヴィオラは、彼にそっと手を伸ばす。
指先がセドリックの頬に触れた瞬間、その温もりに心がふっとほどけた。
セドリックは目を見開き──そして、ヴィオラの手にそっと自分の手を重ねる。
「……いいか?」
夢を確かめるような、柔らかな声。
ヴィオラは小さく頷いた。
セドリックは、そっと顔を寄せ、そして──
初めての、偽りのないキスを交わした。
その唇が語るのは、約束でも義務でもない。
ただ、確かな想いだけ。
「……ありがとう」
キスのあと、ヴィオラが小さく呟く。
「こちらこそ」
セドリックの声には照れくささが滲んでいたが、その笑顔は、言葉以上に幸福を物語っていた。
こうして、打算から始まった恋人契約は、静かに幕を下ろす。
そこに残ったのは、確かな絆と、真実の想いだった。
守りたかったのは、ただ両親の遺した財産だけではない。
差し伸べられた手のぬくもり、まっすぐに向けられる笑顔──そのすべてが、ヴィオラにとって愛おしく、かけがえのないものとなっていた。
もう契約はいらない。
これからは、ただ一緒にいたい。その気持ちだけで十分だった。
ヴィオラがセドリックに目を向けると、彼もまた彼女を見つめていた。
ふたりの視線がそっと重なり──そして、笑い合う。
契約から始まった関係が、誰よりも本物の愛に変わったのなら。
それはもう、運命だったのだと。
繋がれた手は、今後離されることはない。
これから先も、ずっと──ふたりで。
101
あなたにおすすめの小説
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』
鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」
その一言で、私は婚約を破棄されました。
理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。
……ええ、どうぞご自由に。
私は泣きません。縋りません。
なぜなら——王家は、私を手放せないから。
婚約は解消。
けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。
失ったのは殿下の隣の席だけ。
代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。
最初は誰もが疑いました。
若い、女だ、感情的だ、と。
ならば証明しましょう。
怒らず、怯えず、排除せず。
反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。
派手な革命は起こしません。
大逆転も叫びません。
ただ、静かに積み上げます。
そして気づけば——
“殿下の元婚約者”ではなく、
“揺れない王”と呼ばれるようになるのです。
これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。
王冠の重みを受け入れた一人の女性が、
国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。
百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」
いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。
ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。
「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」
父も私を見放し、母は意気消沈。
唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。
第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。
高望みはしない。
でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。
「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」
父は無慈悲で母は絶望。
そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。
「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」
メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。
彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。
初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。
3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。
華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。
でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。
そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。
でも、私の心は……
===================
(他「エブリスタ」様に投稿)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる