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ビッチと呼ばれた純潔乙女令嬢ですが、恋をしたので噂を流した男を断罪して幸せになります!

2.せめて

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 そして妹脱却の機会は、妹宣言をされて二ヶ月が経つころに訪れた。

「ビッチ令嬢さんよ、俺と一緒に遊ぼうぜ」

 狭い裏路地に強引に連れてこられた私に、気持ちの悪い男が迫ってくる。
 いきなり胸元のドレスをグイッと引き裂かれそうになって、私は慌てた。

「焦りすぎよ、あなた。どれだけ余裕がないの?」

 流れ出てくる冷や汗がばれないように、余裕の笑みを作って見せつける。

「ああ? 誰が焦ってるって?」
「ドレスを破ろうとする乱暴者のことよ。私に相手をしてもらいたいなら、もっと経験を積んでいらっしゃいな」
「ふざけんな、俺は十人以上の女と経験がある!」

 ぞぞぞ、と私の背筋に悪寒が走る。
 それ、合意なしの無理矢理にではないの?
 自分の身を守らなければいけないけれど、こんな男は許せない。

「ふふ、うふふふふ……たかだか十人? 笑わせないで?」
「なんだと?」

 これ以上の被害者が出ないようにしなければ。こんな男がのさばっている町でいいはずがない。

「どうせ自分の欲望を吐き出しただけでしょう? それはただの乱暴よ。経験人数には数えられないわ。悔しかったら、ちゃんと相手の合意を得てからカウントすることね」

 私の言葉に、その男はむぐぐと悔しそうに口を歪ませている。キレられる前に、さっさと退散しないと。
 これ以上は危険だと判断した私は、陽の差す路地に向かって歩き始める。

「待て! じゃあお前の経験人数は何人だ!!」

 明るい路地に一歩出たところで、私は目だけを後ろに流した。

「私の経験人数? ざっと百人くらいかしら」

 男の驚いている顔を見て、思わずフフッと笑ってしまう。
 百人は言いすぎただろうか。本当は誰ともなにもない、純潔乙女だというのに。

「……百人」

 足の進める方から声がして、私はハッと前を向いた。
 聞き間違えるはずもない、愛しい人の声。

「イ、イアン様……!!」

 目の前には騎士服姿のイアン様。よりによって、今……!

「イアン様、あの、私……」

 駆け寄ろうとすると、イアン様は。

「…………っ!!」

 ハッとしたように息を飲んだあと、思いっきり私から目をそらした。

 ……え? 無視、された?

 私は愕然とした。今まで、イアン様にこんな態度をとられたことは一度たりともなかった。
 経験人数が百人と聞いて、ドン引きしてしまったのか。
 イアン様の周りには、他の騎士もいる。私なんかが近寄っては、きっと彼に迷惑をかけてしまう。

「うおお、ビッチ令嬢、すげぇ格好してんなぁ!」
「ありゃ事後だろ」

 周りの言葉にハッと気づいた私は、無理やりにはだけられていた胸元を慌てて隠して、家へと飛んで帰った。

 どうしよう。イアン様にまでビッチだと思われてしまったわ。事情を説明したい。
 今日も来てくれるはずだと落ち着きなく待っていると、ドアノッカーの音が響いた。

「いらっしゃいませ、イアン様」
「……ああ」

 私から目を背けるイアン様。ああ……やっぱり私のことを蔑んでいるんだわ。

「あの、兄の部屋に行かれる前に、私とお話ししていただきたいのですが……」
「……わかった」
「ありがとうございます、では私の部屋に」
「いや、部屋は困る。勘弁してほしい」

 グサリとナイフで心臓を刺された気がした。
 私を警戒しているんだ。部屋に連れ込まれるって思われてる……!

「イアン様……私の方を見てもらえますか?」
「……キカ」

 イアン様のヘーゼルの瞳は、私の視線と一瞬だけ交差した。だけどすぐにその視線が落ちていく。
 その角度……まさか、私の胸を見ているの?

「っ、すまない」

 イアン様の顔はすぐに横を向いてしまった。
 今の視線は一体なに……? まさかイアン様にまで、性の対象として見られてしまったの?

「あの、私、ビッチなんかではないんです! あんな風に言わないと逆に襲われてしまうから言っただけで……本当です、信じてください!」
「っ、近づき過ぎだ! 少し離れてくれっ」

 熱が入るあまり、イアン様の服に縋るように訴えてしまっていた。
 イアン様は顔を真っ赤にするくらい怒ってしまっていて、私の目からは涙が込み上げてくる。
 
「どうして……」
「妹として大事に思っていると言っておきながら……すまない」

 イアン様の口から出てきたのは、謝罪の言葉。
 それはもう私のことを、妹としてすら見られないということ……?
 脱妹を目指してはいたけれど……こんなのは違う! 嫌われたかったわけじゃない!
 こんなことになるのなら、妹と思われていた方が余程よかったわ……!

「イアン様、ひどい……っ! この国での一番の妹は、私だって言ってくれたのに……!! う、うぁぁあ!」
「……」

 子どもみたいに泣き出してしまった私に、手を伸ばそうともしないイアン様。
 私のことを、本当に嫌いになってしまったんだ。

「っひ、ひっく……」
「キカ……」
「イア、様……せ、めて……ひっく。妹で……っうう」
「……わかった。妹と思えるように努力しよう」

 イアン様は優しい。軽蔑している私のことを、それでも妹として見られるように努力してくれる。

「……悪かった」

 そう言って私の頭に乗せられたイアン様の手は、どこかぎこちなかった。

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