「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

文字の大きさ
107 / 173
わたくしが誰を愛しているか。あなたにはおわかりになりませんわね?

前編

しおりを挟む
「オリヴィア・ブロムウィック。貴様にはほとほと愛想が尽きた。婚約破棄を言い渡す!」

 伯爵令嬢の私に、第二王子のオスカー様が社交の場でそう言い放った。
 オスカー様の隣には、私の大親友であるカロラインの姿。
 細い腰をオスカー様に抱かれたカロラインは、豊満な胸を寄せて……いえ、むしろ押し付けているわね。
 怒りがないわけではなかったけれど、誰が見ても美男美女のお似合いカップルだわ。周りからため息が漏れるほどにね。
 オスカー様の美しい藍の瞳は、カロラインに夢中になっていて。第一王子や周りの出席者たちが、私に憐憫の情を送ってくるのがわかる。
 なにを言っても無駄だと言わんばかりの雰囲気に、私はゆっくりと頭を下げた。

「承知いたしました。婚約破棄を受け入れたく存じます」

 なんの言い訳もせず受け入れると、オスカー様はその端正なお顔を少し歪ませるように笑った。

「そうか、潔くて結構だ。貴様はカロラインに精神的な苦痛を与えたのだから、当然の結果ではあるがな」
「ほんとうですぅ~、わたしぃ、ずっといじめられててつらくてぇ~」

 まったく、カロラインの演技の素晴らしさには舌を巻くわ。
 自慢のお胸を押し付けられて、鼻の下が伸びてらっしゃいますわよ、オスカー様。

「なんて可哀想なカロライン……」
「ふえぇえん!」

 だめ、笑ってしまいそうよ。
 だって、あまりにもな茶番劇なんですもの!
 けれど周りはそれに誰も気づかず、周囲はさっきまで私に向けられていた憐憫の目を、今度はカロラインに注いでいた。
 よかったわね、カロライン。みんなあなたの演技に夢中になって。

「オリヴィア、貴様はこの場から出ていってもらおう。罪科はなしにと願った、心優しいカロラインに感謝するのだな」

 罪科もなにも、私はカロラインをいじめてなどいないけれど。
 私は言われるがまま、その場を去った。
 第一王子のグレゴアール様の視線を、いつまでも背中に感じながら──




 ***



 オスカー様に婚約破棄された私は、もう結婚は望めないだろうと親に諦められてしまった。
 普通、伯爵令嬢が王子という身分の方の婚約者になることなんてまずないから、当時は大喜びしていたものだけれど。こればっかりは仕方がないわね。

 このまま家で厄介になるつもりのない私は、自ら願い出てペレグリン侯爵家の奥様の侍女となった。
 奥様と言っても、かなりのお年を召していて、旦那様はさらにお年が上。けれども二人にはお子がおらず、かなりの偏屈で知られていたために、後継がいない状態だった。

 私は王子妃となるため、十四歳から二十歳までの六年間、みっちりと教育をされてきている。
 二人の偏屈老人をうまく笑顔で躱わしながら、領地経営にもさりげなく口を出し始めた。
 奥様と旦那様に尽くしながら機嫌を取る私に、少しずつ二人の態度が柔和になり始める。
 屋敷の使用人たちとも仲良くなり、執事の信用も取り付けた。あの偏屈な主人たちを手懐けてくれたと大絶賛され、喜んでもらえている。

 すべてが順調・・に進んだ。

 私は二年かけて、とうとうペレグリン侯爵家の養女となっていた。

「オリヴィア。今日も書類が山積みのようだな」
「グレゴアール王子殿下!」

 私が屋敷の執務室で山のような書類と格闘していると、第一王子であるグレゴアール様がいらしてくれた。
 第一王子派であるこのペレグリン侯爵家には、月に何度かグレゴアール様自らが訪ねてくる。
 その度に私はグレゴアール様と交流を深めていた。

「頑張っているオリヴィアにプレゼントだ」
「そんな、受け取れませんわ。私は自分の仕事をしているだけですのに」
「そう言うな。オリヴィアがここに来てくれたおかげで、本当に助かっているんだ」

 渡されたケースを開けると、眩しさで目が潰れるんじゃないかと思うほどの、豪奢な宝石がついたネックレス。
 一体いくらするのかしら。知るのが怖いわ。
 来るたびに宝石だドレスだ靴だと贈ってくださるものだから、隣の一室が丸々グレゴアール様のプレゼント部屋になってしまったほどよ。
 グレゴアール様はそのネックレスを取ると、私の首へとつけてくれた。
 嬉しそうに細ませている碧い瞳、なびく金色の髪は、おとぎ話に出てくる王子様も顔負けで。
 赤髪で体格のいい藍の瞳のオスカー様と比べると……いえ、比べるのは失礼ね。やめておきましょう。
 だけどグレゴアール様は二十七歳でまだ婚約者が決まっていないものだから、みんな目の色を変えて王妃の座を狙っている。振り向くだけで世の令嬢がきゃーきゃーと黄色い声を上げるのも、仕方がないことなのでしょうね。

 そんなことを考えていると、グレゴアール様の瞳が私に向けられていた。

「そろそろ、リヴィと呼んで構わないだろうか」

 リヴィ。それは、オスカー様が私を呼ぶ時に使っていた愛称。
 その愛称を、グレゴアール様が使いたいだなんて。

「……申し訳ございません」
「まだ弟を忘れられないか?」

 グレゴアール様の手が私の顔に触れそうになり、とっさに顔を背けた。
 空気にしか触れられなかったその手は、悲しそうに元の場所へと戻っていく。
 オスカー様のことを忘れられるとか忘れられないとか、そういう話じゃないの。

「じゃあせめて、俺のことをグレッグと呼んで欲しい」
「そんな。恐れ多くて呼べませんわ」
「君になら構わない」

 構わないと言われても、安易に呼べるものじゃないから困ってしまう。
 けれど悲しそうに垂れ下がった眉を見ては、私が折れる以外になかった。

「承知しました。では二人きりの時だけ、グレッグ様とお呼びいたしますわ」
「ああ、そうしてくれ。俺も君をリヴィと呼べる日が来るのを、楽しみに待っているよ」

 多くの女性を虜にするような笑顔を向けられて、私もほんの少しだけ笑みを返した。

 リヴィと呼ばれると、胸がざわつく。
 今頃オスカー様はなにをしていらっしゃるのかと。

 グレッグ様は私の心を読んだかのか、困ったように口を開いた。

「最初はオスカーの元婚約者がこの家に来たと聞いて、なにを企んでいるのかと怪しんだものだが」
「そんな、わたくしはなにも企んでなど」
「わかっている。オリヴィアのおかげでこの地方はどんどん潤い、税収も上げることができた」

 第二王子の婚約者だった私が、第一王子派の侯爵家へと入り込んだことを、どうやら最初は疑っていたらしい。
 けれど私の献身的な働きを見て、その考えも変わってくれたようだわ。ありがたいことね。

「その税収ですが、もう少し下げてもらうわけにいかないでしょうか。やはり領民から不満の声が上がっていて」
「……そうか。しかし現在、どこの領地も経営がうまくいかず、税収は下がる一方だ。この領地には期待しているから、少しばかり耐えてもらいたい」
「そうでございますか」
「わかってくれるか。よろしく頼むよ、オリヴィア」
「承知いたしました。王国の繁栄のためとあらば、お役に立てるよう心血を注ぐつもりでおります」

 私が嘘偽りのない心を口にすると、グレゴアール様はやはり嬉しそうにニヤリと笑った。

「頼もしい。よろしく頼むよ。あっち・・・の方もね」
「かしこまりました。お任せくださいませ」

 そう伝えると、グレゴアール様は満足そうに部屋を出て行かれた。

 私があっち・・・を任されるようになったのは、ここ数ヶ月のこと。
 今までは、偏屈……もとい奥様と旦那様の仕事だったのが、ようやく私に回ってきていた。
 それだけグレゴアール様は私を信頼してくださっているのね。

 今ならどうして奥様と旦那様が偏屈になってしまったのか、わかる。

 全てはそう……


 あの方のせいだったのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」 その一言で、私は婚約を破棄されました。 理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。 ……ええ、どうぞご自由に。 私は泣きません。縋りません。 なぜなら——王家は、私を手放せないから。 婚約は解消。 けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。 失ったのは殿下の隣の席だけ。 代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。 最初は誰もが疑いました。 若い、女だ、感情的だ、と。 ならば証明しましょう。 怒らず、怯えず、排除せず。 反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。 派手な革命は起こしません。 大逆転も叫びません。 ただ、静かに積み上げます。 そして気づけば—— “殿下の元婚約者”ではなく、 “揺れない王”と呼ばれるようになるのです。 これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。 王冠の重みを受け入れた一人の女性が、 国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃

ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。 王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。 だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。 ――それでも彼女は、声を荒らげない。 問いただすのはただ一つ。 「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」 制度、資格、責任。 恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。 やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。 衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。 そして彼の隣には、常に彼女が立つ。 派手な革命も、劇的な勝利もない。 あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。 遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、 声なき拍手を聞き取る。 これは―― 嵐を起こさなかった王と、 その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました

あい
恋愛
両親を失ったあの日、 赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。 それが、アリア。 世間からは「若い母」と呼ばれながらも、 彼女は否定しなかった。 十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。 恋も未来も、すべて後回し。 けれど弟は成長し、ついに巣立つ。 「今度は、自分の人生を生きて」 その一言が、 止まっていた時間を動かした。 役目を終えた夜。 アリアは初めて、自分のために扉を開く。 向かった先は、婚姻仲介所。 愛を求めたわけではない。 ただ、このまま立ち止まりたくなかった。 ――けれどその名前は、 結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。 これは、 十六年“母”だった女性が、 もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

処理中です...