「僕が望んだのは、あなたではありません」と婚約破棄をされたのに、どうしてそんなに大切にするのでしょう。【短編集】

長岡更紗

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不惑になっても独り身ですが、年下男子の魔法の笑顔に癒されています。

後編

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「ただいま」

 この家に響くのは、一人分の声。
 って、ティーファは結婚していなくなったのに、どうしてダレルは当然のようにここに来ているのかしら。

「ウェンディ、仕事お疲れ様。今日はウェンディの好きなやつ買ってきた」

 そう言っていつものように微笑みながら、お惣菜を出してくれるダレル。
 でも、本当はこんなところに来たくなんかないはず。だってここにはもう、ダレルの愛するかわいいティーファは、いないんだもの。
 私に気を遣ってくれているのかしら。嬉しいけれど、このままじゃダレルがかわいそうよね……。

「ねぇダレル。もううちに来る必要なんてないのよ?」
「……え?」

 本当は、来てほしい。
 ティーファがいなくなっても、こうして二人で食事をとりたい。
 でも、それは私のただのわがまま。
 ダレルはまだ二十八歳。これからいくらでも、かわいい女の子たちと知り合って新しい恋ができる年齢だわ。
 だから私がダレルの邪魔なんかしちゃ、ダメ。

「今まで本当にありがとう、ダレル。数えきれないくらいたくさん助けてもらって、本当に感謝してるわ」
「ウェンディ?」
「お父さんはもういない。ティーファも大きくなって手を離れて、結婚までした。もうダレルに助けてもらわなくても、私は大丈夫」

 すごく強がりを言ってる私。でも、一生私と一緒に食事してほしい、なんて言えるわけないもの。
 ダレルにはダレルの人生がある。今までこの家に縛りつけてしまっていたようなもの。優しいダレルは、突き放すようなことができなかっただけ。なら、私の方から言ってあげないと。

「ダレルもそろそろ彼女を作ってね。あなたなら、きっといい人がいるから」

 ティーファはもう結婚してしまって、ダレルの望みは叶わないだろうけど……でも男前で優しいダレルなら、きっとすぐにいい子が見つかるはず。

「ウェンディ、俺の好きな人は……」
「無理よ、諦めて」

 私がピシャリと言い切ると、ダレルはグッと言葉を飲み込んでいる。
 ダレルがティーファを諦められないのはわかるわ。だって、今まで関わってきた年数が違うもの。
 後輩にティーファを取られて悔しいのもわかる。けれどもう、ティーファは結婚してしまったのだし、諦めてもらうしかないじゃない。

「ごめんなさいね。今はつらいでしょうけど、きっといい人があなたの伴侶になってくれるわ。だからもう、この家には来ないほうがいいの」

 傷ついたようなダレルの顔。
 でも仕方ないでしょう? この家は、ティーファとの思い出がいっぱいあるのだから、ここに来ていたらいつまで経ってもティーファのことを忘れられなくなるわ。

「俺が来るのは、迷惑?」
「迷惑とかじゃなくてね、あなたのためなのよ」
「俺のため? どこが? 俺は、ここに来たい。ウェンディのいるこの家に」

 ……ん? 私?

「俺はずっと待ってた。ウェンディが『父親を見送るまでは』『ティーファが一人立ちするまでは』って言うから。今、ようやくって時になって……俺なんか、用無しなのか?」

 ガシッとダレルに手を掴まれる。
 え、どういうこと??

「そんな、用無しなんて思ってないわよ! ただこれ以上うちに通うことのメリットが、ダレルにはないでしょう? ティーファはもう結婚してここにはいないんだし」
「ティーファと俺は、恋人同士なんかじゃないって誤解は解いたはずだよな?」
「恋人同士じゃなくなって、ダレルはずっとティーファのことが好きだったんでしょう?」
「は?」
「え?」

 時が止まったように私を見るダレル。
 それからはぁっと息を吐き出して、困ったように笑ってる。
 そんな顔を見ると胸が高鳴っちゃうのよね。顔、赤くなってないかしら。十代の娘じゃないっていうのに、情けない。

「なぁウェンディ、俺の気持ち、ちゃんと伝えてさせてよ」

 なんだか、ダレルの瞳がキラキラして見えちゃうわ。なのに、ものすごい男の人の大人の色気。
 あんなに小さかったダレルにこんなにドキドキさせられるなんて。十八年前の私が知ったら、どう思うかしら。

「気持ち、って……?」
「俺の初恋は、十歳のとき。近所のお姉さんが、二歳の妹に道の真ん中で大泣きされているのを見たんだ。なんとか泣き止まそうと奮闘していた」

 それって……私とティーファのことよね。そのころから、ティーファのことが好きだったの? 二歳のティーファを? そんなに運命を感じていたのね。うらやましい……。

「それから何度もその二人を見かけた。怒ったり、泣いたり、疲れた顔をしているのを見ると、手を差し伸べたくなった。俺が声をかけると、笑ってくれて嬉しかった」

 そうね、確かにダレルがティーファに話しかけると、すぐに笑ってくれたわ。
 ダレルの笑顔は、あの頃から魔法のようだった。ティーファだけじゃなく、あなたの笑顔で私も笑顔になれたのよ。

「俺は、その初恋を実らせるためにずっとそばにいた」

 ええ、ずっとティーファのそばにいてくれたものね。

「なにを言っても俺は相手にされなかったけど」

 まぁティーファったら、近くにこんな良い男がいたのに、彼氏に夢中だったのね。

「だから俺は、ウェンディの気がかりがなくなるまで待ち続けたんだ」

 私の気がかり? なんの関係が……。
 ダレルの瞳が真っ直ぐに私を貫いてくる。
 それだけで、少女みたいに胸が鳴ってしまう。
 だけど、苦しい。ダレルが好きな人は今でもティーファで、私なんかに興味はないってわかってるから。

「ウェンディ、俺と結婚してほしい。こうして毎日ウェンディと一緒に食事をしたい」

 そう、そんなに結婚したかったのね……って、え?!

「私と?! ティーファじゃなくって?!」
「なにを聞いてたんだよ。どう聞いても、ウェンディのことだろ」
「ウソ?!」
「本当。俺の初恋の相手は、近所のお姉さん。つまり、ウェンディだよ」
「えええっ」

 ちょっと、びっくりしすぎて目が霞んできちゃったわ!
 ダレルが私のことを……? そんな昔から?

「ウェンディ!」

 ふらりとした私の背中を、ぐっと抱えてくれる。
 私よりもとっくに背が高くなっていて、力もあって……大人の男の人になっているダレル。
 そんなダレルに好かれてるいただなんて。どうしよう……嬉しい。

「大丈夫か?」
「ぜ、全然気づかなかったわ」
「……ま、そんなウェンディだから、他の男のアプローチにも気づかずに今まで独身なんだろうけどな」
「アプローチ? 私に? いつ、誰が??」
「ウェンディは知らなくていい」

 むっと頬を膨らませているダレル。やだ、こういうところは昔と変わらずかわいいんだから。

「ウェンディは俺のこと、どう思ってる? 俺の気持ちは迷惑でしかないのか?」

 ダレルの真剣な言葉。ダレルはこんな嘘はつかない。冗談なんかで言ってるんじゃないって、私にはわかる。

「ダレル……ずっと言えなかったけど、私もあなたのことが好きだったの。でもティーファがダレルのことを好きだと思ってたし、ダレルもティーファのことを好きだと思ってたから……」
「ティーファのことは好きだけど、妹のように思ってるだけだよ。俺が好きなのは、ずっと変わらずウェンディだけだ」

 ダレルの瞳が優しく細められる。
 こんなことがあっていいの? 好きな人にずっと好かれてただなんて、夢みたいな話。だけど……。

「私、もう四十よ……いいの? ダレルなら、もっと若くて素敵な人が……」
「それ以上言ったら怒るよ。俺はウェンディがいいんだ。ウェンディだから、ここまで待てたんだ」
「ダレル……」
「わかった?」

 その言葉に、私はこくんと頷いた。ダレルの溢れんばかりの気持ちが、私の心の奥にまで流れ込んできたから。ダレルの気持ちが、よくわかったから。

「これからも、ずっと一緒に食事をしような」

 私を幸せにしてくれる、ダレルの魔法のような笑顔。
 安心感と愛おしさに包まれて、私はダレルの腕の中に飛び込んでいた。

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