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野菜たちが実を結ぶ〜ヘタレ男の夜這い方法〜

5.夢

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 翌日。アルヴィンは何も持たずに、セシリアの部屋の窓辺にやって来た。
 そしてその窓をコツンと叩くと、すぐに中から人の気配がして窓を開けてくれた。

「約束通り、来たよ」
「うん。待ってた」

 約束をしての夜這いを、夜這いと呼べるのかは疑問だが、そのお陰でアルヴィンはとても落ち着いていた。

「今日は、聞きたい事があるんだ」
「なあに?」
「どうして昨日は丘に来てくれなかったんだ?」

 別に責める気は無い。ただ、疑問に思ったのだ。
 アルヴィンは愛想を尽かされたからだと思っていたが、どうやら違う様であるという事は分かった。その理由が知りたい。
 その疑問に、セシリアは悲しそうに視線を下げている。

「だって、私……アルヴィンに嫌われたと思って……」
「へ!? 何で!」
「だって、ずっとその……よ、夜這いに来てくれてたのに、急に来なくなっちゃったでしょ?それで……私、勇気を振り絞って行ったのに、アルヴィンに顔を背けられちゃったから、はしたない女だと思われて嫌われたんだと……」

 顔を背けたのはアレだ。セシリアのパンツを想像してしまったからだ。

「ごめん! 違うんだ! そ、そのセシリアのパン……えっと、その……」
「パン?」
「だから、えーっと……」

 あ、まずい、とアルヴィンは思った。このままではまた沈黙が始まってしまう、と。

「セシリアが窓枠に足をかけた時に見えるパンツを、想像したらつい……!」
「えっ!?」

 セシリアは顔を赤らめ、スカートを押さえつけた。何を馬鹿正直に告白してしまっているのか。これでは変態だ。嫌われてしまう。

「ご、ごめん!別に見たい訳じゃ……いや、見たかったんだけど、あ、いや、そうじゃなくて……」

 言い訳するたびにどんどん墓穴を掘るアルヴィン。そんな慌てふためくアルヴィンを見て、セシリアは盛大に笑った。

「あは、あははははっ! もう、アルヴィン、いいわよ。あなた、夜這いに来てるんでしょ?パンツくらい、その……ね?」

 急にお姉さん風を吹かされて、アルヴィンは眉を下げる。やはり、彼女には経験があるのだろう。セシリアには、自分の他に『誰か』がいる。でも、それでも。

「セシリア、俺とじゃ駄目かな……」
「ん? 何が?」
「俺は、セシリアと畑を作りたいんだ。あの丘で、家を建てて、オレンジとトマトを植えて」
「アルヴィン……」
「セシリアが、好きなんだ」

 アルヴィンは自分の想いを真剣に伝えた。その言葉を聞いたセシリアは、驚いた様に口元に手を当て、そしていきなり涙を流し始めている。それに驚いたのはアルヴィンの方だ。

「セシリア!?」
「本当に? 本当なの、アルヴィン?」
「本当だ。何で毎日ここに通ってたと思ってたんだよ」
「トマトを持って来てただけだったじゃないの。ついでにやれたらいいな、くらいに思ってたのかと……」
「違う! 俺は、少なくとも俺は、そんな軽い気持ちで夜這いに来たりなんかしない!」

 時が止まったかの様に見つめ合う二人。アルヴィンは何も言わずに、セシリアの次の言葉を待った。
 すると彼女はアルヴィンの瞳を覗くようにして、言葉を紡ぎ始める。

「ねぇアルヴィン。あの丘で、初めて会った時、こう言ってくれたの覚えてる?」
「え?」
「オレンジとトマトを交互に植える案を出したら、あなたは『それはいい!そうしよう!』って言ってくれたのよ。私その時から、アルヴィンのお嫁さんになるって、決めてたの」

 それは、アルヴィンがセシリアに恋心を持つ前の話だ。最初からそんな気持ちを持っていてくれていた事に驚いた。目の前にいる愛しい人は、瞳を潤めて優しい笑みを溢れさせている。

「じゃあ、セシリアも俺を……」
「ええ、好き。大好き」

 セシリアがそう言ってくれた瞬間、アルヴィンは窓越しにセシリアを抱きしめた。窓の桟がお腹を圧迫して痛い。それでも構わずセシリアを抱き寄せる。彼女が折れてしまうんじゃないかと思うくらい、力一杯。

「ア、アルヴィン!」
「部屋の中に入れてくれ、セシリア。俺、もう……やばい」

 身体中が、燃えるように熱くなっていた。頭まで沸騰していそうだ。腕の中でセシリアがコクリと首肯してくれる。

「うん……いいよ」

 アルヴィンは一度離れると、窓に足をかけてひょいと部屋へ飛び込んだ。ふと鼻を掠めるのは、彼女らしい柑橘系の香り。ふと見ると、オレンジがテーブルの上に置いてある。アルヴィンはそれをひとつ手に取った。その動作を見たセシリアは、少し照れ臭そうに微笑んでいる。

「あのね、それ、アルヴィンが初めてトマトを持って来てくれた日から、毎日用意してたの。ここで、一緒に食べて貰おうと思って」
「そうなのか」

 しかしアルヴィンはそれを一旦テーブルに戻した。そして真っ直ぐにセシリアを見つめる。

「食べるのは後でもいいか?俺、勢いに乗った時じゃないと、出来そうにない」

 正直なアルヴィンに、セシリアは両頬を紅潮させていた。それはもう、トマトのように赤く。

「分かった……でも私、窓からの侵入者を受け入れるのは初めてで……」

 何かを言ってあげたかった。大丈夫だとか好きだとか、安心させる言葉を言ってあげたかった。
 けど、もう待ってなどいられない。アルヴィンは強引に彼女の唇を塞ぎ、そのままベッドへと倒れこんだのだった。


 ***

 アルヴィンはいつもの様に、コツンと窓を叩いた。
 中からは恋人が嬉しそうな笑顔で対応してくれる。

「アルヴィン、どうしたの? すごく嬉しそう」
「あの丘の所有者と話を付けてきた。格安で売って貰えることになったぞ!」
「え!? 本当に!?」

 アルヴィンが窓を飛び越え、セシリアは当たり前のように迎え入れてくれる。
 そうしてアルヴィンは大きく息を吸い。

「結婚しよう、セシリア! あの丘に、オレンジとトマトを植えるんだ!」
「ええ! 赤と黄色と緑の、コントラストが綺麗な畑になるわね! 楽しみ!」

 承諾の言葉を聞いたアルヴィンは、強くセシリアを抱きしめた。そしてまた、彼女も抱きしめ返してくれる。
 大切な人を、誰よりも愛する人を。その手におさめたアルヴィンは、想いを噛み締める。
 喜びを二人で共有できる幸せ。
 そして、共に夢を叶えられる幸せ。
 たくさんの幸せが二人を包み、抱き合いながら未来へと思いを馳せた。



 種を蒔いた作物たちは、やがて立派な実をつける事だろう。
 野菜たちが結んだ縁で、二人は新たな種を植える。
 その種は、やがてかけがえのない生命として、この世に生まれてくるだろう。
 二人の赤ん坊として生まれるその命は、とても大きな実を結ぶに違いない。



 
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