58 / 125
A聖女だったのに婚約破棄されたので悪役令嬢に転身したら国外追放されました。田舎でスローライフを満喫していたらなぜか騎士様に求婚されています。
後編
しおりを挟む
「貴様ぁ!! 王子である俺の婚約者に手を出して、ただではすまさんぞ!!」
今まで見た中での一番の逆上具合。私はどういう行動を取ることが正解なのでしょうか。
でもアルの気持ちを知ってしまった以上、殿下の元へ行く気などもう起こりません!
「アル……」
殿下が怖くて、アルにしがみついてしまいました。
アルはそんな私を渡すまいというように、ぎゅっと抱きしめてくれます。
「カパーザ王国の王子、一度お引き取り願いましょう。国際問題にされたいならそれで結構です。そんなにリアナを欲するなら、こんな強引な方法よりも正攻法でいらしてください」
私はなにを言っているのかとアルを見上げました。
正攻法で来られては、アルにはどうしようもないはずです。
そんな私の心を見透かしたのでしょう。アルは私に視線を向けると、いつもの太陽のような笑顔を見せてくれました。それだけで私は安心してしまいます。
殿下はというと、勝ち誇った顔をしてマントを翻しました。
「ふんっ、正攻法でならすぐに取り返してくれる! 貴様には我が国の聖女を拐かした罪をくれてやるからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら帰ってくれてホッとしましたが、同時に不安も募ります。
明らかに不利なのは一般の騎士であるアルの方。いわれなき罪を被らされること、間違いなしです。
「アル……ッ! ごめんなさい、私のせいで……私が殿下の元に帰っていれば……っ」
「あんな奴の元に戻る必要なんてない。それに君は……僕が、娶りたい」
きゅんと胸が鳴いたように思えました。
嬉しい反面、これからどうなってしまうのかという恐怖が徐々に私の心を侵食していきます。
アルは頬の傷をぐいっと手の甲で拭いました。まだ血は止まりません。
「アル、私の力で治癒をしますわ!」
「いや、いい。これは、彼に傷つけられたという証拠になる」
そう言われ、私はハンカチを取り出すとアルの頬に当てました。
アルの瞳が優しく細められ、でもなぜか少し悲しく歪みました。
「リアナ……君はやっぱり、聖女だったんだね」
私はハッとしてアルを見上げます。
聖女ということは、できれば隠しておきたかったのです。他国ではどういう扱いになるのかはわかりませんが、政治利用をされてはまた私に自由などなくなりますもの。
でも……知られてしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでほしい、リアナ」
「私はどうなるのでしょう……」
「聖女はこの国でも、王族の誰かと結婚することになっている」
「そん、な……」
絶望という言葉が私の頭に浮かびました。
私はこの村で、アルと一緒に静かに暮らしていきたいだけ。それなのに、聖女の力はそれを許してくれないというのでしょうか。
見知らぬ土地で、見知らぬ王子と結婚し、時に奇跡を披露し、平和を説いていくだけの毎日。
そこに私の意思などありはしないというのに。
「私が聖女だということは、秘密にしておいてください……!」
私の必死の懇願に、アルは首を左右に振ります。
「それは無理だよ。カパーザ王国の第一王子は、聖女がここにいることを我が国の王に伝えることだろう。隠し通せない。黙っていれば報告義務を怠ったとして、僕自身もどうなるかわからない」
「あ……」
考えればすぐわかることだというのに、私の頭はちっとも回っていなかったようですわ……。
落ち込む私の肩を、アルはそっと撫でてくれました。
「ともかく、僕は急いで王都に報告に行ってくるよ。絶対悪いようにはしない。ここで、僕の帰りを待っていてほしい」
行ってほしくない……そんなわがままは言えないと、ちゃんとわかっています。けれども、苦しくて……。
「信じて、よいのですか……?」
出てきたのは、そんな言葉。
アルは私を見捨てないと……信じたくて。
「僕を、信じて」
真剣な瞳で見つめられると、私の目からは熱いものが流れました。
「はい……信じて、待っていますわ」
私がそう伝えると、アルは馬に跨り王都へと行ってしまいました。
その姿はまるで……そう、物語に出てくる王子様のようでしたの。
アルが村を出て行って一週間後。
私は一緒に暮らしているおじいさんに新聞を見せられて、目を見張りました。
そこにはこんなことが書いてあったのです。
隣国のカパーザ王国の第一王子が、このルチアノ王国第七王子に剣を向けて傷つけ、国際問題に発展していると。
「え……どういう、こと?」
「アルは、この国の第七王子でワシらの孫だよ」
「ええっ?!」
老夫婦の話によると、王宮の下働きとなった彼らの娘……つまりアルの母親は王に見染められたそうなのです。
第三夫人となったその方は、出産の予後が悪く、亡くなってしまわれたと……。
「アルは十五まで王都におったが、その後王位継承権は自ら手放してこの村で騎士となることを選んだのだよ」
ということは……アルは継承権がないというだけで、王族には変わりないのでしょうか。
頭が混乱しますわ。アルと結婚できるなら嬉しいのですが、彼は継承権を捨てた第七王子。
私はいったい、誰の元に嫁がなくてはいけないのでしょう……。
その日の夜、私は馬のいななきを聞いた気がして外に飛び出しました。
するとそこには、アルの姿が……
「アル……!」
「リアナ!」
私は思わず駆け出しました。アルも馬から降りて、私に走り寄ってくれます。
お互いの顔がしっかりと確認できる距離までくると、私たちは見つめ合いました。
「アル……、アルは、この国の第七王子だったのですか?」
「うん……黙っていて、ごめん」
彼は一介の騎士ではなかったのです。その端正な顔の頬には、一筋の傷。
「カパーザ王国の第一王子とは話がついたよ。ルチアノ王国の第七王子を傷つけたために、ともすれば戦争にもなりかねないところだったけどね」
「ど、どうなったんですの?」
「こちら側からは第一王子の王位継承権の剥奪を求めたよ。あちらの王は賢明だね。すぐにそれを認めてくださった」
戦争になるよりは、わがままな王子を失脚させる方がよほど益があったに違いないでしょう。
殿下には聡明な弟君がいらっしゃるし、良い機会だったと踏んだのかもわかりませんわね。
「彼と、彼をそそのかしたとされる嘘の聖女は、地位を剥奪して王都から追放したそうだ」
「まぁ」
カパーザ王国は素敵な国に生まれ変わってほしいですわね。膿や毒を出してしまえば、それも可能な気がいたします。
「そして、君を……リアナを、この国の民だと認めさせたよ」
「……本当ですの?」
アルを見上げると、月明かりの下、太陽のような笑顔が煌めきます。
けれど私には、一つだけ引っかかるものがあったのです。
「アルは私が聖女だと……いつから気づいていたのですか……?」
「……最初からだよ」
その言葉に、私の胸に不安が募ります。
「最初、から……? どうして」
「ルチアノの占星術士が、この村に聖女が現れると予言していたんだ」
「じゃああの日、夜遅くまでアルが見張りをしていたのは……」
「聖女を、保護するためだよ……」
どこか悲しそうなアルの顔を見て、私はわかってしまいました。
彼の役目は、聖女を保護し……そして結婚して、聖女の力を王族の支配下に置くことだったのだと。
「やはり私の力を……利用なさるつもりなんですね……」
「ち、違う!!」
そう否定した直後、アルはハッとして私から視線を逸らしたのです。それはきっと、後ろめたいことがある証拠。
私の胸はしくしくと痛みを訴えてきます。そしてアルもまた、とても苦しそうな顔をしていました。
「たしかに僕は、王命により聖女と結婚するように言われていた……占星術士の言った通り、本当の聖女なのかの確認もしなくてはならなかった」
アルの告白は、私の思った通りでした。
思えば、アルも可哀想な人ですわね……母親を早くに亡くし、会ったこともない聖女を娶るよう命令されていただなんて。
そこに気持ちなどなくても、結婚しなければならないアルに同情してしまいます。
そして……私を好きだと言ったのは、きっと他国に聖女を渡してはならないというただの義務からでしたのね……
いえ、泣いてはいけないわ、リアナ。こんなこと、大したことではないのですもの……。
「わかりましたわ、アル。あなたもつらい立場でしたのね」
「リアナ?」
「利用されることには慣れていますわ。王都でもどこへでも参りましょう。存分に聖女としての私をお使いくださいませ」
「……リアナ」
聖女の私に、自由なんて与えられるわけがなかったのです。
国が変わっただけでやることは同じ。この国では王族の多妻は認められているようですので、アルもいつかは本当に好きな人と結婚できることでしょう。
私は一生、聖女として利用され生きていくだけですわ……。
「リアナ、泣かなくていい」
アルの言葉に、私は視界が歪んでいることに気がつきました。
彼の指が、私の頬をなぞっていきます。
「アル……」
「聞いてほしい。僕は確かに、聖女と結婚せよという王命を受けていた。それに反発しなかったと言えば嘘になるけど、これも王族の定めだと思って諦めた」
どの国でも、王命に背くことなどできませんわ。たとえ不本意だったとしても、アルは受け入れるしかできなかったのでしょう。
「けれど、君と会って……君と過ごして、リアナが本当の聖女であることを願うようになった」
「どうして……」
「言っただろう? リアナに、惚れてしまったからだよ」
夜だというのにきらきらと眩しい笑顔を向けられると、くらくらとしてきました。
あの時の言葉は、隣国に聖女を取られないようにするための嘘ではなく……心からの言葉だったというのです!
「元々僕は、王都が苦手で逃げ出してきた人間だ。僕と結婚するということは、一生をこの村で過ごすということ。それは、父上も承知している」
私はぽうっとアルを見上げました。
王都に行き、聖女としての責務を果たさねばならないと思っていましたが……ここで過ごすことができる?
それも、好きな人と一緒に……?
「けれど、聖女としての仕事は……」
「知っているかい? この国には聖女が、五人いるんだよ。王妃と、第一王子の兄のパートナー。腹違いの姉二人に、そして君だ」
聖女とは、ごく稀に高い魔力を持って生まれてくる女性のこと。
ひとつの国に一人いれば良い方といわれているけれど、まさかこの国にはたくさんいただなんて、知りませんでしたわ。
「必要なときには君にも働いてもらうことになるかもしれない……それは許してほしい。けど」
アルは、私の顔をしっかりと覗き込んで。
「それ以外は、僕と一緒にここで暮らしてほしいんだ。これは、王命だから言っているんじゃない。妻も、君以外にはいらない」
そう、おっしゃいました。
細められた目は、とても優しくて愛おしくて……。
「リアナ、貴女を愛しています。僕と結婚してください」
私は、諦めていましたの。相思相愛の結婚なんて。
聖女として利用されない結婚なんて。
田舎で自由に生きる結婚なんて。
「答えを聞かせて、リアナ……」
胸がいっぱいで声を出せない私に、少し不安そうなアルが語りかけてきます。
「アル……嬉しいですわ。私もアルと一緒になりたい……ここで一緒に暮らしていきたい……!」
「リアナ……!」
私はアルの腕に包まれました。
強く、でも優しく……。
「ありがとう……大好きだよ」
そういったアルの唇を、私は受け入れました。
幸せとは、きっとこういうことをいうのでしょう。
母親になっても、おばあさんになっても、この地でアルと一緒に笑い合って暮らしている映像が頭に浮かびましたの。
これは、聖女の予知能力だったのでしょうか?
「アル、大好きですわ……!」
叶わないと思っていた夢を、アルが叶えてくれる。いいえ、アルと一緒に叶えていく……!
そう……私の幸せなスローライフは、これから始まるのです!
今まで見た中での一番の逆上具合。私はどういう行動を取ることが正解なのでしょうか。
でもアルの気持ちを知ってしまった以上、殿下の元へ行く気などもう起こりません!
「アル……」
殿下が怖くて、アルにしがみついてしまいました。
アルはそんな私を渡すまいというように、ぎゅっと抱きしめてくれます。
「カパーザ王国の王子、一度お引き取り願いましょう。国際問題にされたいならそれで結構です。そんなにリアナを欲するなら、こんな強引な方法よりも正攻法でいらしてください」
私はなにを言っているのかとアルを見上げました。
正攻法で来られては、アルにはどうしようもないはずです。
そんな私の心を見透かしたのでしょう。アルは私に視線を向けると、いつもの太陽のような笑顔を見せてくれました。それだけで私は安心してしまいます。
殿下はというと、勝ち誇った顔をしてマントを翻しました。
「ふんっ、正攻法でならすぐに取り返してくれる! 貴様には我が国の聖女を拐かした罪をくれてやるからな!」
そんな捨て台詞を吐きながら帰ってくれてホッとしましたが、同時に不安も募ります。
明らかに不利なのは一般の騎士であるアルの方。いわれなき罪を被らされること、間違いなしです。
「アル……ッ! ごめんなさい、私のせいで……私が殿下の元に帰っていれば……っ」
「あんな奴の元に戻る必要なんてない。それに君は……僕が、娶りたい」
きゅんと胸が鳴いたように思えました。
嬉しい反面、これからどうなってしまうのかという恐怖が徐々に私の心を侵食していきます。
アルは頬の傷をぐいっと手の甲で拭いました。まだ血は止まりません。
「アル、私の力で治癒をしますわ!」
「いや、いい。これは、彼に傷つけられたという証拠になる」
そう言われ、私はハンカチを取り出すとアルの頬に当てました。
アルの瞳が優しく細められ、でもなぜか少し悲しく歪みました。
「リアナ……君はやっぱり、聖女だったんだね」
私はハッとしてアルを見上げます。
聖女ということは、できれば隠しておきたかったのです。他国ではどういう扱いになるのかはわかりませんが、政治利用をされてはまた私に自由などなくなりますもの。
でも……知られてしまいました。
「そんなに悲しい顔をしないでほしい、リアナ」
「私はどうなるのでしょう……」
「聖女はこの国でも、王族の誰かと結婚することになっている」
「そん、な……」
絶望という言葉が私の頭に浮かびました。
私はこの村で、アルと一緒に静かに暮らしていきたいだけ。それなのに、聖女の力はそれを許してくれないというのでしょうか。
見知らぬ土地で、見知らぬ王子と結婚し、時に奇跡を披露し、平和を説いていくだけの毎日。
そこに私の意思などありはしないというのに。
「私が聖女だということは、秘密にしておいてください……!」
私の必死の懇願に、アルは首を左右に振ります。
「それは無理だよ。カパーザ王国の第一王子は、聖女がここにいることを我が国の王に伝えることだろう。隠し通せない。黙っていれば報告義務を怠ったとして、僕自身もどうなるかわからない」
「あ……」
考えればすぐわかることだというのに、私の頭はちっとも回っていなかったようですわ……。
落ち込む私の肩を、アルはそっと撫でてくれました。
「ともかく、僕は急いで王都に報告に行ってくるよ。絶対悪いようにはしない。ここで、僕の帰りを待っていてほしい」
行ってほしくない……そんなわがままは言えないと、ちゃんとわかっています。けれども、苦しくて……。
「信じて、よいのですか……?」
出てきたのは、そんな言葉。
アルは私を見捨てないと……信じたくて。
「僕を、信じて」
真剣な瞳で見つめられると、私の目からは熱いものが流れました。
「はい……信じて、待っていますわ」
私がそう伝えると、アルは馬に跨り王都へと行ってしまいました。
その姿はまるで……そう、物語に出てくる王子様のようでしたの。
アルが村を出て行って一週間後。
私は一緒に暮らしているおじいさんに新聞を見せられて、目を見張りました。
そこにはこんなことが書いてあったのです。
隣国のカパーザ王国の第一王子が、このルチアノ王国第七王子に剣を向けて傷つけ、国際問題に発展していると。
「え……どういう、こと?」
「アルは、この国の第七王子でワシらの孫だよ」
「ええっ?!」
老夫婦の話によると、王宮の下働きとなった彼らの娘……つまりアルの母親は王に見染められたそうなのです。
第三夫人となったその方は、出産の予後が悪く、亡くなってしまわれたと……。
「アルは十五まで王都におったが、その後王位継承権は自ら手放してこの村で騎士となることを選んだのだよ」
ということは……アルは継承権がないというだけで、王族には変わりないのでしょうか。
頭が混乱しますわ。アルと結婚できるなら嬉しいのですが、彼は継承権を捨てた第七王子。
私はいったい、誰の元に嫁がなくてはいけないのでしょう……。
その日の夜、私は馬のいななきを聞いた気がして外に飛び出しました。
するとそこには、アルの姿が……
「アル……!」
「リアナ!」
私は思わず駆け出しました。アルも馬から降りて、私に走り寄ってくれます。
お互いの顔がしっかりと確認できる距離までくると、私たちは見つめ合いました。
「アル……、アルは、この国の第七王子だったのですか?」
「うん……黙っていて、ごめん」
彼は一介の騎士ではなかったのです。その端正な顔の頬には、一筋の傷。
「カパーザ王国の第一王子とは話がついたよ。ルチアノ王国の第七王子を傷つけたために、ともすれば戦争にもなりかねないところだったけどね」
「ど、どうなったんですの?」
「こちら側からは第一王子の王位継承権の剥奪を求めたよ。あちらの王は賢明だね。すぐにそれを認めてくださった」
戦争になるよりは、わがままな王子を失脚させる方がよほど益があったに違いないでしょう。
殿下には聡明な弟君がいらっしゃるし、良い機会だったと踏んだのかもわかりませんわね。
「彼と、彼をそそのかしたとされる嘘の聖女は、地位を剥奪して王都から追放したそうだ」
「まぁ」
カパーザ王国は素敵な国に生まれ変わってほしいですわね。膿や毒を出してしまえば、それも可能な気がいたします。
「そして、君を……リアナを、この国の民だと認めさせたよ」
「……本当ですの?」
アルを見上げると、月明かりの下、太陽のような笑顔が煌めきます。
けれど私には、一つだけ引っかかるものがあったのです。
「アルは私が聖女だと……いつから気づいていたのですか……?」
「……最初からだよ」
その言葉に、私の胸に不安が募ります。
「最初、から……? どうして」
「ルチアノの占星術士が、この村に聖女が現れると予言していたんだ」
「じゃああの日、夜遅くまでアルが見張りをしていたのは……」
「聖女を、保護するためだよ……」
どこか悲しそうなアルの顔を見て、私はわかってしまいました。
彼の役目は、聖女を保護し……そして結婚して、聖女の力を王族の支配下に置くことだったのだと。
「やはり私の力を……利用なさるつもりなんですね……」
「ち、違う!!」
そう否定した直後、アルはハッとして私から視線を逸らしたのです。それはきっと、後ろめたいことがある証拠。
私の胸はしくしくと痛みを訴えてきます。そしてアルもまた、とても苦しそうな顔をしていました。
「たしかに僕は、王命により聖女と結婚するように言われていた……占星術士の言った通り、本当の聖女なのかの確認もしなくてはならなかった」
アルの告白は、私の思った通りでした。
思えば、アルも可哀想な人ですわね……母親を早くに亡くし、会ったこともない聖女を娶るよう命令されていただなんて。
そこに気持ちなどなくても、結婚しなければならないアルに同情してしまいます。
そして……私を好きだと言ったのは、きっと他国に聖女を渡してはならないというただの義務からでしたのね……
いえ、泣いてはいけないわ、リアナ。こんなこと、大したことではないのですもの……。
「わかりましたわ、アル。あなたもつらい立場でしたのね」
「リアナ?」
「利用されることには慣れていますわ。王都でもどこへでも参りましょう。存分に聖女としての私をお使いくださいませ」
「……リアナ」
聖女の私に、自由なんて与えられるわけがなかったのです。
国が変わっただけでやることは同じ。この国では王族の多妻は認められているようですので、アルもいつかは本当に好きな人と結婚できることでしょう。
私は一生、聖女として利用され生きていくだけですわ……。
「リアナ、泣かなくていい」
アルの言葉に、私は視界が歪んでいることに気がつきました。
彼の指が、私の頬をなぞっていきます。
「アル……」
「聞いてほしい。僕は確かに、聖女と結婚せよという王命を受けていた。それに反発しなかったと言えば嘘になるけど、これも王族の定めだと思って諦めた」
どの国でも、王命に背くことなどできませんわ。たとえ不本意だったとしても、アルは受け入れるしかできなかったのでしょう。
「けれど、君と会って……君と過ごして、リアナが本当の聖女であることを願うようになった」
「どうして……」
「言っただろう? リアナに、惚れてしまったからだよ」
夜だというのにきらきらと眩しい笑顔を向けられると、くらくらとしてきました。
あの時の言葉は、隣国に聖女を取られないようにするための嘘ではなく……心からの言葉だったというのです!
「元々僕は、王都が苦手で逃げ出してきた人間だ。僕と結婚するということは、一生をこの村で過ごすということ。それは、父上も承知している」
私はぽうっとアルを見上げました。
王都に行き、聖女としての責務を果たさねばならないと思っていましたが……ここで過ごすことができる?
それも、好きな人と一緒に……?
「けれど、聖女としての仕事は……」
「知っているかい? この国には聖女が、五人いるんだよ。王妃と、第一王子の兄のパートナー。腹違いの姉二人に、そして君だ」
聖女とは、ごく稀に高い魔力を持って生まれてくる女性のこと。
ひとつの国に一人いれば良い方といわれているけれど、まさかこの国にはたくさんいただなんて、知りませんでしたわ。
「必要なときには君にも働いてもらうことになるかもしれない……それは許してほしい。けど」
アルは、私の顔をしっかりと覗き込んで。
「それ以外は、僕と一緒にここで暮らしてほしいんだ。これは、王命だから言っているんじゃない。妻も、君以外にはいらない」
そう、おっしゃいました。
細められた目は、とても優しくて愛おしくて……。
「リアナ、貴女を愛しています。僕と結婚してください」
私は、諦めていましたの。相思相愛の結婚なんて。
聖女として利用されない結婚なんて。
田舎で自由に生きる結婚なんて。
「答えを聞かせて、リアナ……」
胸がいっぱいで声を出せない私に、少し不安そうなアルが語りかけてきます。
「アル……嬉しいですわ。私もアルと一緒になりたい……ここで一緒に暮らしていきたい……!」
「リアナ……!」
私はアルの腕に包まれました。
強く、でも優しく……。
「ありがとう……大好きだよ」
そういったアルの唇を、私は受け入れました。
幸せとは、きっとこういうことをいうのでしょう。
母親になっても、おばあさんになっても、この地でアルと一緒に笑い合って暮らしている映像が頭に浮かびましたの。
これは、聖女の予知能力だったのでしょうか?
「アル、大好きですわ……!」
叶わないと思っていた夢を、アルが叶えてくれる。いいえ、アルと一緒に叶えていく……!
そう……私の幸せなスローライフは、これから始まるのです!
101
お気に入りに追加
1,742
あなたにおすすめの小説
今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】
皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。
彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。
その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。
なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。
プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。
繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
私の片思い中の勇者が妹にプロポーズするみたいなので、諦めて逃亡したいと思います 【完結済み】
皇 翼
恋愛
魔王討伐後。魔王討伐パーティーの一人にして、弓使い(アーチャー)であるフェリシアは、旅の最中ずっと思いを寄せていた勇者・ユリウスに告白しようとしていた……のだが、呼び出そうと探している最中に彼が結婚するという話と共に、プロポーズ用の指輪を持っているところを目撃してしまう。
「彼女さんの色の指輪でプロポーズだなんて、ロマンチストですね~」
その言葉と共に彼が受け取っていたのは妹・イリスの髪の色とそっくりな翠色の綺麗な石があしらわれた指輪だった――――。
失恋が確定してしまったフェリシアは気持ちを告げることなく、勇者と妹の前から姿を消すことを決意した。
***
・話毎に長さが違ったりするのはご愛嬌で……(;´Д`)
・元々は個人的にAVGゲームを作ろうかと思って書いていたプロットを小説にしているので(時間がなくて諦めましたが)、途中でルート分岐風に話を分ける可能性があります。
・タイプミスがそれなりにある可能性が高いので、途中で改稿することがあります。
初恋の幼馴染に再会しましたが、嫌われてしまったようなので、恋心を魔法で封印しようと思います【完結】
皇 翼
恋愛
「昔からそうだ。……お前を見ているとイライラする。俺はそんなお前が……嫌いだ」
幼馴染で私の初恋の彼――ゼルク=ディートヘルムから放たれたその言葉。元々彼から好かれているなんていう希望は捨てていたはずなのに、自分は彼の隣に居続けることが出来ないと分かっていた筈なのに、その言葉にこれ以上ない程の衝撃を受けている自分がいることに驚いた。
「な、によ……それ」
声が自然と震えるのが分かる。目頭も火が出そうなくらいに熱くて、今にも泣き出してしまいそうだ。でも絶対に泣きたくなんてない。それは私の意地もあるし、なによりもここで泣いたら、自分が今まで貫いてきたものが崩れてしまいそうで……。だから言ってしまった。
「私だって貴方なんて、――――嫌いよ。大っ嫌い」
******
以前この作品を書いていましたが、更新しない内に展開が自分で納得できなくなったため、大幅に内容を変えています。
タイトルの回収までは時間がかかります。
婚約破棄され聖女も辞めさせられたので、好きにさせていただきます。
松石 愛弓
恋愛
国を守る聖女で王太子殿下の婚約者であるエミル・ファーナは、ある日突然、婚約破棄と国外追放を言い渡される。
全身全霊をかけて国の平和を祈り続けてきましたが、そういうことなら仕方ないですね。休日も無く、責任重すぎて大変でしたし、王太子殿下は思いやりの無い方ですし、王宮には何の未練もございません。これからは自由にさせていただきます♪
好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】
須木 水夏
恋愛
大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。
メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。
(そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。)
※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。
※ヒーローは変わってます。
※主人公は無意識でざまぁする系です。
※誤字脱字すみません。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる