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ざまぁされたポンコツ王子は、真実の愛を見つけられるか。

3.戦場

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 俺は気付けば走り出していた。
 さっき、あいつらが消えた方角へ。
 そこではジェイムズとランソンが応戦していて、地面には胸に矢の刺さったグレゴリーが倒れている。

「グレゴリー!!」
「うっ、がふ……」
「クラッティ、グレゴリーを早く医療テントへ!!」
「わかっ……っく!!」

 グレゴリーを早く運びたいというのに、敵がどんどん襲ってくる。
 剣で応戦するも、助け出す余裕なんて与えてくれない。
 このままじゃ、グレゴリーが……!!

「おい、グレゴリー! 死ぬんじゃないぞ!! 俺だって、お前が死んだら泣くんだからな!!」
「ぐは……は、は……」

 なんて情けない笑い声出してんだよ……!
 そんなグレゴリーなんて見たくないぞ、俺は!!
 早く、早くグレゴリーを医療テントへ……!

「ここで治療をします!! どなたか、グレゴリー様の矢を抜いてくださいませ!!」

 その声に俺はギョッとする。
 エリーゼが護衛騎士を引き連れてやってきていた。危険すぎる。どうして後退しなかった!!
 ずんずんやってくるエリーゼを守るように、護衛騎士たちは立ち回っている。

「ジェイムズ、ランソン! グレゴリーとエリーゼを守るんだ!!」
「「おう!!」」

 ギンッと敵の剣が重くのしかかる。
 豪の剣は流して払い、空いた懐へと剣を滑り込ませる。
 俺に背を向けている奴はアキレス腱を容赦なく斬り、地面に突き倒す。

「ぐああっ!!」

 剣戟の音を掻き消すような、グレゴリーの叫び声が響いた。
 ブシュッと音がしたかと思うと、グレゴリーに刺さった矢が抜かれている。
 血が噴き出し、助からないことを本能的に理解してしまった。

「グレゴリー! グレゴリーーッ!!」
「大丈夫です!!」

 エリーゼの頼もしい言葉。だが、このままでは……
 その瞬間、エリーゼの体が青白い光に包まれた。そして光は、グレゴリーの胸へと覆いかぶさっていく。

 これは……聖女の治癒だ。
 何度か剣術の稽古で怪我をした時に、エレシアから受けたことがある。
 百年に一度しか現れないと言われる聖女が、同時に二人も存在していたとは……!

「う、はぁ、はぁ……!」
「治ったのか!?」
「ここまで重症だと、すぐには全快しません!」

 聖女の治癒も万能じゃない。
 すでに息を引き取った場合は傷を治しても戻ってはこないし、重症の場合は完治まで何日もかかる。

「グレゴリーを連れて逃げろ、エリーゼ!!」
「歩けますか、グレゴリー様!」
「な、なんとか……」

 護衛騎士がエリーゼとグレゴリーを守りながら後退していく。
 その間俺たちは時間を稼ぎ、十分だと判断した時点で俺たちも離脱した。

 結果は大敗だった。
 多くの仲間が死んだ。

 だがこれだけの被害で済んだのは、グレゴリーたちがあのとき森にまで入り、敵を見つけたからだった。
 本当は寝入ったところで夜襲を仕掛けるつもりだったんだろう。そうすれば、全滅に近いくらいの被害が出ていたに違いない。
 グレゴリーが、ジェイムズが、ランソンが……そしてエリーゼが生きていてくれたことにホッとする。と同時に、みんないなくなっていたのかもしれないと思うとゾッとした。

 前線基地は放棄し、後退せざるを得なかった。
 兵站線は維持しているものの、ここに元と同じような露営は築けない。ほとんどの物を置き去りに逃げ出したんだ。物資が圧倒的に足りない。
 どうするべきかを上官たちが話し合っている。
 援軍の要請をしても、そうすぐには来ないだろう。追撃されたら俺たちは終わる。
 夜襲が成功しなかった分、あちらにも被害が出ているだろうから、そうすぐには来られないと思うが。

 空が、少しずつ白み始めた。
 みんな一睡もできずに、疲れ切った顔をしている。

 俺にできることはなんだ?
 考えろ。
 俺は曲がりなりにも王族だ。
 みんなを救う手立てが、必ずあるはずなんだ……!!

 仮設テントから、ふらふらとしながらエリーゼが出てきた。
 夜通し治癒をおこなっていたのだから、倒れてもおかしくはない。

「少し休んだ方がいい、エリーゼ」
「そういうわけには……」
「君に倒れられると、次に奇襲にあった時には持たなくなる」
「……はい、お心遣いありがとうございます」

 そう言いながら、エリーゼは休まなかった。
 休む気持ちになれないんだろう。

 エリーゼを……みんなを守りたい。
 もう仲間を失いたくない。

 そう強く願ったとき、一つの方法が頭を掠め、俺は上官たちに近寄った。

「俺がバーソル族と交渉してこよう」

 王族面が気に入らなかったのか、明らかに嫌な顔をされる。

「なにをどう交渉するつもりだ?」
「相手の条件はできる限り呑む」
「勝手にそんなことが……まずは国王様にお伺いを立てなければ」
「必要ない。俺は父上に、紛争を終わらせるために動けという書面を頂いている。俺のやることは、陛下のお考えだと思え」

 父上のサインの入った書面を見せると、上官は態度を変えて俺に敬礼をした。

「わかりました。仰せのままに」

 今から王都へ連絡を取り、父上の承諾を待ってなどいられない。
 今ここにいる王族は俺一人だ。
 絶対になんとかしてみせる。エリーゼを、グレゴリーを、みんなを、無事に故郷に帰らせてみせる。

 そのためなら、俺は──

「クラッティ……お前、なにする……つもりだ……」

 腰の剣を外している俺を見て、グレゴリーが苦しそうに声を上げた。

「敵地に交渉に行ってくる」
「え!?」

 声を上げたのは、グレゴリーを治癒しているエリーゼだ。

「丸腰で……行く気か……」
「交渉の場に剣は持っていけない」
「殺されに……行くような……もんだ………」
「そうかもしれない」

 死に役というのは理解している。
 うまくいく保証はない。殺されるだけならまだしも、捕虜になる可能性だって十分にある。
 その時には王家に伝わる毒を飲んで、潔く死ななければならない。

「どう、して……」
「長い紛争で、こっちが疲弊しているのと同じように、あっちも疲弊しているはずだ。国力としてはノヴェリア王国の方が高く、むしろあちらの方が反撃に怯えているはず。交渉の余地はある」
「っく、俺が……一緒に……」
「いい、一人の方が身軽だ。気持ちだけもらっておくよ、グレゴリー。ありがとう」

 死ぬならば俺一人でいい。余計なお供は連れて行かない。

「クラッティ様……」
「エリーゼ、グレゴリーを頼む」
「……はい……っ」

 なぜか泣きそうになっているエリーゼを置いて、俺は仮のキャンプ地を出ると、元の前線基地へと向かった。
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