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エターナルヴァンパイア ー悠久の時を生きてー

前編

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 私の住む家の通りは、通称ヴァンパイア通りと呼ばれてる。
 外に出れば、そこは一見普通の街だ。でも、日差しの強い日は、かなりの者が傘をさして歩いているのが特徴といえば特徴。

「ジーナ、ちょっと店番していてくれる? 仕入れしてくるから」
「はぁい、ママ」

 私はそう言われてエプロンをつけると、店へと出た。
 ここは、ヴァンパイア専用の喫茶店。提供するのは赤い飲み物だけ。

 ママとは言ったけど、実際に血のつながりなんかはない。ママはヴァンパイアで、私は人間だから。
 ここは人間とヴァンパイアが共存する街、アルカード。
 違う種族同士だけど、許可なく人間の血を飲んではいけない、ヴァンパイアを差別しないという街のルールがある。そのおかげで二種族間は、大きな事件もなく平和に暮らしてる。

「おはよう、ジーナ」
「おはよう、アストリー」

 もう夕方だけど、ここでの挨拶はみんな『おはよう』だ。
 仕事によっては朝に活動するヴァンパイアもいるけど、多くのヴァンパイアは夕方から夜にかけて活動してる。だからアルカードは、夜の街とも言われたりする。

「昼間の仕事を終えてからここで働くのは、大変だろ? 大丈夫か?」

 アストリーはそう言いながら、私の頭を撫でてくれた。微笑むと、二本のきれいな牙が見える。

「大丈夫、ママが帰ってくるまでだから」
「そうか。俺は仕事休みだから、待っていてもいいか?」
「うん。久しぶりにアストリーとデートできるね!」

 えへへと笑うと、アストリーも目を細めてくれる。
 私とアストリーは、種族が違うけど恋人同士だ。
 夜空を思わせる紺青こんじょう色の髪に、ヴァンパイア特有の金色の瞳。千年以上前にヴァンパイアになったというアストリーは、生えてきた牙と金色に変わった瞳以外、人間の頃と変わらない姿らしい。
 恋人の欲目かもしれないけど、アストリーは美形だ。
 アルカード以外に住むヴァンパイアは、人間を襲ったりして危険な存在らしいけど、ここではそんな凶暴なヴァンパイアはいない。
 私は赤ちゃんの頃にヴァンパイア通りに捨てられていたのを、ママが拾って育ててくれた。だから、この近所のヴァンパイアたちとは、みんな顔見知りだ。十八年間ずっと、この通りのヴァンパイアたちの世話になってる。その中でも、特にアストリーとは交流が深くて、今の関係になるのも必然だったと思う。
 お店はまだ開店したばかりだったのでアストリーと話していると、またお客が入ってきた。

「おはよう、ジーナ。今日もかわいいね」
「あ、いらっしゃい、エイミスさん」

 この店の常連のエイミスさんも、二十歳くらいの見た目をした金髪のヴァンパイア。きれいな男の人だ。

「いつものでよろしいですか?」
「昨日はちょっと儲けたんだ。だから、ヒューマンブレンドブラッドね」
「わかりました」

 ヴァンパイアにとって、人の血は格別に美味しいらしい。
 血は高価なので、血を売るだけで生活している人間も、この街にはたくさんいる。
 私はグラスを取り出すと、人の血をベースに動物の血をいくらか混ぜたものをエイミスさんに差し出した。

「どうぞ、ヒューマンブレンドブラッドです」
「ありがとう。ねぇジーナ、今度は君の血を飲ませて欲しいな」
「またそんなこと言って。だめですよ、エイミスさん。血を売る気のない人から無理にもらうのは」

 そうやって私はたしなめたけど、エイミスさんはどこ吹く風でブレンドブラッドを飲んでいる。良い人ではあるんだけど、ちょっと掴みどころのない人だ。しょっちゅう私に絡んでくるけど、どういう理由があるのかはよくわからない。
 そういう意味で気になる人には違いないけど、私はアストリーの方が……断然好き。
 チラリと店の端を見ると、アストリーが私に気づいて手をそっと振ってくれる。そんなスマートなアストリーの姿を見ると、口角が上がってしまう。
 そうしてしばらく店番をしていると、ガランと扉が開いてママが戻ってきた。

「ただいまぁ、ジーナ。店番ありがとね!」

 私はママとバトンタッチすると、アストリーのところへ行って一緒に外に出る。

「おいで」

 アストリーの言葉に、私はいつもするように手をアストリーの首に巻きつけた。アストリーは私の腰を抱いてくれて、バサリと黒いマントを翻すと空に舞い上がる。
 ストンと屋根に降りるときの浮遊感が、たまらなく好きだ。

「うちに来るか? それとも夜の散歩?」
「夜の散歩!」
「了解」

 そういうと、アストリーは屋根から屋根へ飛び移ってくれた。
 街で一番高い建物、時計塔の一番上までくると、足場のない私はアストリーに抱っこされる。
 そこから見える景色は何も遮るものがなくて、ただひたすらに気持ちいい。

「ああ……今日はいい散歩日和ね、アストリー」
「ジーナは昔から夜の散歩が好きだな」
「ふふふ」

 私がまだ小さかった時から、アストリーはこうして夜の散歩に連れて行ってくれた。
 ママは仕事があったし、夜に面倒を見てくれたり一緒に遊んでくれたのは、主にアストリーだった。
 私たちの間にそれ以外の特別なことはなく、ただずっと一緒に笑って過ごしてただけだけど。
 悲しい時はそばにいてくれて、泣いた時には抱きしめてくれる、そんな存在。
 いつしか私は、アストリーのことを半身のようにさえ感じて、この恋心を打ち明けた。
 するとアストリーは『俺もジーナを愛している』と言ってくれ、私たちはその日から恋人同士となった。

「風が強くなってきたな」

 時計塔の頂点に立つアストリーのマントがはためき、紺青の髪が夜空に溶ける。アストリーの端正な顔だけが、私の視界を支配する。

「寒くないか?」
「うん、平気……」

 アストリーは目を細めて笑うと、その唇を私の唇に寄せてくれた。
 少し、冷たい感触。ヴァンパイアの体温は、人間の私よりもはるかに低い。
 この冬、震えていた私に、『温めてやることもできない』と悲しそうな顔をしていたのを思い出した。
 優しいヴァンパイア。優しいアストリー。
 一生彼のそばにいたいのに、時間は私の体だけを老いさせる。

「アストリーは、二十歳の時にヴァンパイアになったんだよね」
「ああ。山を歩いているとき、崖から落ちてしまって瀕死状態になったんだ。ちょうどそこにいたヴァンパイアに二択を迫られた。このまま死ぬか、ヴァンパイアとして生きるか」

 この話は、幼い頃から何度も聞いてきたから知ってる。それでも私は、何度でもこの話を聞きたいと思う。
 アストリーは死にたくないと言って、ヴァンパイアとして生きる道を選んだ。
 ヴァンパイアは不老だ。傷の回復力も脅威で、滅多に死ぬことはない。
 その反面、ヴァンパイアには子どもが作れない。作る必要がないからだ。仲間は、人間と契約して血を吸うことで増やせるから。
 だから私とアストリーがいくら愛し合っても、私のお腹に子どもが宿ることはありえない。
 それを考えると少しさびしいけど、アストリーと一緒にいられるならいいって思ってる。
 でも、このままじゃ……私は、アストリーがヴァンパイアになった年齢を越してしまう。そしていつか、おばあちゃんになって死んでしまう。
 死ぬのが嫌なんじゃない。同じ時をアストリーと過ごせないことが、つらく悲しい。

「ねぇ、アストリー。私をヴァンパイアにして」
「ジーナ……」

 アストリーやママに聞いた話だと、ヴァンパイアが人間の血を吸う理由はみっつあるらしい。

 ひとつは、食のため。
 人間の血を直接吸うと、その美味しさにやめられず、吸い尽くして死なせてしまうことがよくあったらしい。
 アルカードでは、そんな事件を起こしたヴァンパイアは仲間によって処分されてきた歴史があるので、ここではまず起こらない話だけど。

 ふたつめは、仲間を増やすため。
 契約をしてから血を吸うと、アストリーのようにヴァンパイアになれる。
 ううん、アストリーだけじゃなくって、ママもエイミスさんも、現存するヴァンパイアはみんなみんなこの方法でヴァンパイアになったってことだ。

 そしてみっつめは、使役のため。
 これは自由がないとだけ聞いていて、詳しいことは私にはよくわからない。このアルカードの街には、使役されたヴァンパイアはいない。この街で使役のためのヴァンパイア化は禁止されていて、規律を犯した者には厳しい処罰が下されるって聞いてる。

 私が希望するのは、もちろんふたつ目。食料として扱われるのでもなく、隷属させられるのでもなく、ヴァンパイアの仲間として……そしてなにより、アストリーのパートナーとして生きていきたい。
 私は現在十八歳。子どもの姿でヴァンパイアとして過ごすのはいやだったから、この年になるまでヴァンパイアになるのは待っていた。

「お願い、アストリー……」
「……だめだ」

 アストリーの首は横に振られて、私は絶望感を覚える。

「どうして……? アストリーは私とずっと一緒にいたくないの?」
「そうじゃない」

 そう言いながらアストリーはヒューンと時計塔から飛び降りて、ストンと石レンガの上に降り立った。
 私は抱かれていた腕からするりと降りると、改めてアストリーを見上げる。

「ジーナはまだ若い……ヴァンパイアになる決断をするには早すぎる」
「早すぎるなんてこと、ない! 私は、アストリーとずっと一緒にいたいから……だから」
「俺への気持ちが一生続くって約束できるか? 殺される以外には、悠久の時を生きる中で、ずっと」
「約束できるわ!! 一生と言ったら一生よ! 何百年でも何千年でも、ずっとアストリーだけを愛していくんだから……っ」

 私はアストリーを捕まえるように抱きしめた。
 千年以上生きてきたアストリーからすれば、私なんてきっと小娘で、一時的な感情だって思われているのかもしれない。
 それが悔しい。私は、アストリーがこんなにも大好きなのに。悠久の時をずっとアストリーと過ごしていきたいのに。

「一度ヴァンパイアになれば、もう二度と人間には戻れない。死にたくとも簡単には死ねない体になる。何より……子どもが産めなくなる」
「そんなこと!」
「そんなことじゃないよ。ジーナはいつか後悔するかもしれない。今なら人間と結婚して、普通の幸せを手に入れることも……」
「いや、やめて!!」

 私はドンっとアストリーの胸を叩いた。

「どうしてそんなことを言うの……! アストリーは、私のことなんて愛していないの?!」
「それだけは、絶対にない!!」

 アストリーの金色の目が私に突き刺さる。真剣な瞳だからこそ、伝わってくる。

「千年以上も、俺は死んだように生きてきた……この街に辿り着くまでに……ジーナに言えないようなことにも手を染めてきた……つらかった……死にたかった……死ねなかった……」

 アストリーの目から、ころりと真珠のような涙が流れ落ちた。
 ヴァンパイアの渇きを潤すためには、血を得なけれならないことは知っている。この街では飲み物として提供しているけど、アルカード以外の場所では自分で狩る必要があったはずだ。
 そのたびに優しいアストリーは、罪悪感に苛まれ続けていたのかもしれない。

「アストリー……」

 私がその涙に手を伸ばすと、ぎゅっと冷たい手で握られる。

「この街に来て、ジーナに会えて、俺の灰色だった世界は変わった。ジーナが笑ってくれるだけで、俺は救われて……」

 私の腰はぐいっと引き寄せられ、強い抱擁を受けた。

「愛してる……誰よりも……!」

 その言葉が苦しいくらいに嬉しい。

「じゃあ、私も一緒にアストリーと悠久の時を生きさせて……っ」
「愛しているからこそ、俺はジーナにこんな思いをさせたくはないんだ……」
「そん、な……」

 今度は私の目からも、熱いものが頬を伝って流れ落ちた。
 これだけ愛し合っているのに。お互いが、なくてはならない存在だって確信してるのに。

「私は、いつか私のいなくなった世界で、アストリーが一人苦しみ続けるなんてイヤ……!」
「ジーナ……」
「一緒なら、苦しみだってわかちあえるよ……だからお願い。私をヴァンパイアに……」
「ごめん……ごめん、ジーナ。やっぱり俺には無理なんだ……っ」

 優しすぎるアストリー。私のことなんて気にしなくていいのに。私は、アストリーといられるだけで幸せなのに。一人でつらい思いをさせたくないのに。
 どれだけ頼んでも、アストリーは私をヴァンパイアにはしてくれなかった。



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