26 / 125
その娘、記憶破壊の聖女につき
後編
しおりを挟む
「新国王陛下、ばんざい!」
「聖女王妃様、おめでとうございます!」
新国王の誕生と聖女との結婚で、国は沸いていた。
そう、私は結婚して王妃となった。もちろん、相手は王となったルカス様と。
私たちは、国を端から端まで二人で回った。
怪我をしている人には治癒の力を施し、水が足らないところにはその場で泉を作って湧かせた。
ルカス様は町の人たちの話を根気よく聞き、物資や人手が足らないところには手配を、経済が落ち込んだ町には救済案を出していった。
私たちは、国民からの支持を高めてここまできた。
そして仕上げに、元国王陛下や宰相様、騎士団長、それにアイメリア様たちにこう言った。
『トリエルには十分すぎるほどの聖女の力がある。彼女を僕の妃にすることの、何が不満だ?』
と。それでも納得しない面々に、さらに続けた。
『トリエルの力は知っているだろう。よほど記憶を失いたいらしいな』
まさかの脅しで、私も驚いた。でも、それだけ本気だったということがわかる。
だけど、本気を冗談と捉えたのか。
アイメリア様がルカス様に胸を押し付けながら、『一夜を共にした仲でしょう?』と言うものだから、私は怒りのあまりつい記憶破壊を使ってしまった。
彼女は五歳くらいにまで記憶が退行して、今では侯爵家に閉じ込められているらしい。
それを見た陛下たちは私を恐れたのか、急に聖女にふさわしいと言い出して結婚の許可をもらえた。
ついでにルカス様は王位継承も実現させて、元陛下を蟄居させ、宰相様や騎士団長を一新。
新体制を作り上げて真の国王となったのだ。
少し落ち着いたある日。
ルカス様は公務を終えて、寝室へと向かう私にこう言った。
「トリエル、これからは記憶操作系の力を使うことは禁止する」
ルカス様の言葉に、私は素直に頷くことはできなかった。
この力は、国に有用だと思っている。悪事を働く者の記憶を退行させることで、真の更生が可能になるはず。
そう、あのアイメリアにしたように。
「その力は強大すぎる。脅迫にも使えるし、全ての権威を手に入れられる」
「……私が、ルカス様に対してこの力を使うことを危惧していらっしゃるのですか?」
「それは違うよ、トリエル。僕は、君が国民に恐れられるのが嫌なんだ。トップが恐れられる国は、発展を阻害される。そう思わないか?」
真っ直ぐな瞳を受けて、少しでもルカス様を疑ってしまった自分を恥じた。
独裁国家による恐怖政治など、いいことは何もない。家臣だって私を恐れて、何も進言できなくなるかもしれない。
「もうこの国に記憶操作系の力は必要ない。僕と王妃である君が尽力すれば、なんだって解決していける……僕は、そう信じてる」
「……はい!」
信じてくれることが心地いい。
私は、あなたの期待に応えたい。
「では、私のこの力を使えないようにしましょうか」
「そんなこと、できるのか?」
「記憶操作関連の力の使い方を、この力を使って忘れることができます」
「改めて、トリエルはすごいコントロール力を持っているな」
「どうします?」
「ああ、やってほしい。これが最後の記憶操作の力の解放だ」
「後悔なさいませんか?」
「しない」
言い切ったルカス様に、私は頷いて力を放った。
白い光が私を包んだあと、ゆっくりと消えていく。記憶操作系の力をどう引き出すのだったか、思い出そうとしても無理だった。
「これで私は、もう記憶操作系の力は使えなくなりました」
「そうか……よかったよ。これで何があっても、君は君の記憶を失わずにすむ」
ほっと息を吐いてルカス様は儚く笑った。
ああ……そうだったんだ。この力を使わせないのは、私のためだったんだ……。
「ごめんなさい、ルカス様……」
「どうして謝るんだ?」
「私、ルカス様を疑ってばかり……」
「僕に甲斐性がないからだ。君に信じてるもらえるよう、善処するよ」
ふるふると私は首を横に振った。
彼は本当に素晴らしくて、私にはもったいない人だから。
「愛してるよ、トリエル」
「私もです、ルカス様……!」
ルカス様は私に触れて、優しくキスしてくれた。
私を見い出してくれてありがとう。私を愛してくれて……本当に私は幸せな女。
私たちは微笑み合いながら、夫婦の寝室へと入っていく。
記憶破壊をしたと信じて疑わない、ルカス様の清らかな藍の瞳がこの上なく愛おしい。
──そう、私が自分に施したのは、破壊ではなく封印。
あなたが誰かと浮気した瞬間、制限解除で封印が解けるようにしてあるから──
「聖女王妃様、おめでとうございます!」
新国王の誕生と聖女との結婚で、国は沸いていた。
そう、私は結婚して王妃となった。もちろん、相手は王となったルカス様と。
私たちは、国を端から端まで二人で回った。
怪我をしている人には治癒の力を施し、水が足らないところにはその場で泉を作って湧かせた。
ルカス様は町の人たちの話を根気よく聞き、物資や人手が足らないところには手配を、経済が落ち込んだ町には救済案を出していった。
私たちは、国民からの支持を高めてここまできた。
そして仕上げに、元国王陛下や宰相様、騎士団長、それにアイメリア様たちにこう言った。
『トリエルには十分すぎるほどの聖女の力がある。彼女を僕の妃にすることの、何が不満だ?』
と。それでも納得しない面々に、さらに続けた。
『トリエルの力は知っているだろう。よほど記憶を失いたいらしいな』
まさかの脅しで、私も驚いた。でも、それだけ本気だったということがわかる。
だけど、本気を冗談と捉えたのか。
アイメリア様がルカス様に胸を押し付けながら、『一夜を共にした仲でしょう?』と言うものだから、私は怒りのあまりつい記憶破壊を使ってしまった。
彼女は五歳くらいにまで記憶が退行して、今では侯爵家に閉じ込められているらしい。
それを見た陛下たちは私を恐れたのか、急に聖女にふさわしいと言い出して結婚の許可をもらえた。
ついでにルカス様は王位継承も実現させて、元陛下を蟄居させ、宰相様や騎士団長を一新。
新体制を作り上げて真の国王となったのだ。
少し落ち着いたある日。
ルカス様は公務を終えて、寝室へと向かう私にこう言った。
「トリエル、これからは記憶操作系の力を使うことは禁止する」
ルカス様の言葉に、私は素直に頷くことはできなかった。
この力は、国に有用だと思っている。悪事を働く者の記憶を退行させることで、真の更生が可能になるはず。
そう、あのアイメリアにしたように。
「その力は強大すぎる。脅迫にも使えるし、全ての権威を手に入れられる」
「……私が、ルカス様に対してこの力を使うことを危惧していらっしゃるのですか?」
「それは違うよ、トリエル。僕は、君が国民に恐れられるのが嫌なんだ。トップが恐れられる国は、発展を阻害される。そう思わないか?」
真っ直ぐな瞳を受けて、少しでもルカス様を疑ってしまった自分を恥じた。
独裁国家による恐怖政治など、いいことは何もない。家臣だって私を恐れて、何も進言できなくなるかもしれない。
「もうこの国に記憶操作系の力は必要ない。僕と王妃である君が尽力すれば、なんだって解決していける……僕は、そう信じてる」
「……はい!」
信じてくれることが心地いい。
私は、あなたの期待に応えたい。
「では、私のこの力を使えないようにしましょうか」
「そんなこと、できるのか?」
「記憶操作関連の力の使い方を、この力を使って忘れることができます」
「改めて、トリエルはすごいコントロール力を持っているな」
「どうします?」
「ああ、やってほしい。これが最後の記憶操作の力の解放だ」
「後悔なさいませんか?」
「しない」
言い切ったルカス様に、私は頷いて力を放った。
白い光が私を包んだあと、ゆっくりと消えていく。記憶操作系の力をどう引き出すのだったか、思い出そうとしても無理だった。
「これで私は、もう記憶操作系の力は使えなくなりました」
「そうか……よかったよ。これで何があっても、君は君の記憶を失わずにすむ」
ほっと息を吐いてルカス様は儚く笑った。
ああ……そうだったんだ。この力を使わせないのは、私のためだったんだ……。
「ごめんなさい、ルカス様……」
「どうして謝るんだ?」
「私、ルカス様を疑ってばかり……」
「僕に甲斐性がないからだ。君に信じてるもらえるよう、善処するよ」
ふるふると私は首を横に振った。
彼は本当に素晴らしくて、私にはもったいない人だから。
「愛してるよ、トリエル」
「私もです、ルカス様……!」
ルカス様は私に触れて、優しくキスしてくれた。
私を見い出してくれてありがとう。私を愛してくれて……本当に私は幸せな女。
私たちは微笑み合いながら、夫婦の寝室へと入っていく。
記憶破壊をしたと信じて疑わない、ルカス様の清らかな藍の瞳がこの上なく愛おしい。
──そう、私が自分に施したのは、破壊ではなく封印。
あなたが誰かと浮気した瞬間、制限解除で封印が解けるようにしてあるから──
205
お気に入りに追加
1,763
あなたにおすすめの小説
記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
今日、大好きな婚約者の心を奪われます 【完結済み】
皇 翼
恋愛
昔から、自分や自分の周りについての未来を視てしまう公爵令嬢である少女・ヴィオレッタ。
彼女はある日、ウィステリア王国の第一王子にして大好きな婚約者であるアシュレイが隣国の王女に恋に落ちるという未来を視てしまう。
その日から少女は変わることを決意した。将来、大好きな彼の邪魔をしてしまう位なら、潔く身を引ける女性になろうと。
なろうで投稿している方に話が追いついたら、投稿頻度は下がります。
プロローグはヴィオレッタ視点、act.1は三人称、act.2はアシュレイ視点、act.3はヴィオレッタ視点となります。
繋がりのある作品:「先読みの姫巫女ですが、力を失ったので職を辞したいと思います」
URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/496593841/690369074
ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)
青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。
父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。
断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。
ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。
慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。
お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが
この小説は、同じ世界観で
1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら
3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。
全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。
続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。
本来は、章として区切るべきだったとは、思います。
コンテンツを分けずに章として連載することにしました。
【完結】“つまらない女”と棄てられた地味令嬢、拾われた先で大切にされています ~後悔? するならご勝手に~
Rohdea
恋愛
見た目も平凡、真面目である事くらいしか取り柄のない伯爵令嬢リーファは、
幼なじみでこっそり交際していたティモンにプロポーズをされて幸せの絶頂にいた。
いつだって、彼の為にと必死に尽くしてきたリーファだったけど、
ある日、ティモンがずっと影で浮気していた事を知ってしまう。
しかもその相手は、明るく華やかな美人で誰からも愛されるリーファの親友で……
ティモンを問い詰めてみれば、ずっとリーファの事は“つまらない女”と思っていたと罵られ最後は棄てられてしまう。
彼の目的はお金とリーファと結婚して得られる爵位だった事を知る。
恋人と親友を一度に失くして、失意のどん底にいたリーファは、
最近若くして侯爵位を継いだばかりのカインと偶然出会う。
カインに色々と助けられ、ようやく落ち着いた日々を手に入れていくリーファ。
だけど、そんなリーファの前に自分を棄てたはずのティモンが現れる。
何かを勘違いしているティモンは何故か復縁を迫って来て───
聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。
ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」
出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。
だがアーリンは考える間もなく、
「──お断りします」
と、きっぱりと告げたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる