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二の腕だるんだるん姫、敵国だった皇帝に溺愛される。
後編
しおりを挟むルアーニアはそれからも毎日、後宮を歩いて回った。
お年寄りはシファーヨン王国のことをよく思っていない人もいたし、子どもたちはそもそもシファーヨン王国を知らなかった。
祖国を知ってもらうことで、自分が両国の架け橋になればと、ルアーニアは積極的にこの後宮に住む人々と交流を深めていった。
結婚までの一ヵ月の間そうしていると、ゼンドとも頻繁に会えた。
お互いに示し合わせたわけではないのだが、ルアーニアのいく先々で忙しいはずのゼンドと会った。
長く話せないこともあったが、必ず挨拶はして、なにか不便がないかを聞いてくれる。
「気に入るかどうかわからないが」とアクセサリーのプレゼントまでしてくれ、政務のない日は睡蓮の花を見に連れ出してくれた。
たった一ヵ月なのに、ゼンドとの思い出がどんどん増えていく。そして、ルアーニアはどんどんゼンドに惹かれていく。
そう、恋といって間違いない感情が、最大値にまで到達していた。
だからこそ、優しくされるたびにルアーニアの胸は苦しくなる。なぜなら、こうしてわざわざプレゼントをくれるのも、気にかけてくれるのも、外に連れ出してくれるのも。すべて、ゼンドのやらなければいけない〝仕事〟だからだ。
すべてはこの国のためであって、私は愛されてるわけじゃない……
わかってるけど、苦しい……っ
これだけ皇帝という立場の人によくしてもらっておいて、わがままだとは思う。が、自分だけがこんなにも恋心を募らせているということが、悔しくて悲しくてたまらない。
「この二の腕さえなければ、本当に愛してもらえたかもしれないのに……っ」
ルアーニアは、己のだるんだるんした二の腕を睨みつけた。
ゼンドはいつもこの二の腕を見ている。ルアーニアがそれに気づいてゼンドに視線を送ると、彼は『しまった』とでもいうように視線をそらしているのだ。
ゼンドは初めて会った時、このだるんだるんの二の腕を見て、心底驚いた顔をしていた。
誰もが忌避するこの二の腕が、憎らしい。
「この、だるんだるんさえなくなれば……!!」
自分の二の腕に憎悪すら感じたルアーニアは、厨房に行ってナイフを一本借りると、自室に戻ってきた。
ギラリ、とよく研がれたナイフが二の腕の前で光を放つ。
「大丈夫よね……きっと痛いのは一瞬だけなんだから……」
ルアーニアが己の二の腕にナイフを突きつけた、その時。
「なにをやっている?!!!」
バアンと扉を開けて入ってきたのは、ゼンドだった。
「やめろ、ルアーニア!!」
彼はそう言うと同時に、ルアーニアの手の中のナイフを奪っていく。床に乱暴に投げ捨てられたナイフは、クルクルと回り、やがて止まった。
「死ぬ気か!! そんなに俺との結婚が嫌か!!」
初めて見る、ゼンドの怒り顔。どうやら自殺をすると勘違いしてしまったようだ。厨房の誰かがゼンドに報告したに違いない。
こんなにルアーニアに尽くしているのに自死されては、怒りが湧くのも当然だろう。婚姻の儀が明日に迫っている今、勝手に死なれてしまえば両国の同盟にも亀裂が入る問題なのだから。
「落ち着いてゼンド、これは自決ではないのよ! 死ぬつもりなんかこれっぽっちも……」
「ではなぜ、自分を切ろうとしていた?!」
「これは、違うの! 二の腕をなくしたくて……」
「二の腕を? なぜそんなことをする必要がある!!」
「だって……」
ぽろぽろと目から冷たいものが滴り落ちる。
こんな醜い二の腕に生まれてしまったことが、つらくて仕方がない。
「この二の腕さえなければ、私はゼンドに愛してもらえたかもしれないのに!」
「いや……愛しているが?」
「……え?」
ゼンドの言葉が理解できず、ルアーニアはぽかんと彼の顔を見上げる。
「今、なんて……? 愛? それも義務で言っているの?」
「義務? いや、そんなつもりはない。俺は、心からルアーニアを愛している」
「そんなの、信じられない! だって私、だるんだるんだし!!」
「そこがいいんだ!!」
ガバァッと視界を全てゼンドに覆われるくらいに接近されたルアーニアは、パチクリと彼の真剣な瞳を見た。
「こ、これが……?」
「初めて触れた時、衝撃が走った……! しっとりとしていてツルスベなのにだるんだるんした肌!! これぞ究極の二の腕! 俺はこの二の腕に触れた瞬間、胸を射抜かれたんだ!!」
「そんな言い訳、いらないわ! 知ってるのよ?! 私の腕を見て、嫌そうに顔を背けてたことは!」
「それはルアーニアが睨みつけてくるからだろう! 嫌われたのかと思って慌てて逸らしただけだ!」
「そんなことで、嫌ったりなんかしないわ!!」
今度はルアーニアの方が食う勢いでゼンドを見つめる。
「嫌われてない……のか? この国に嫁がされる原因となった俺を、恨んでるんだろう?」
ゼンドの悲しそうな声の問いに、ルアーニアはふるふると首を横に振り、二の腕をだるんだるんさせる。
「恨んでなんか……! 最初は確かに、来るのは嫌だったけど……でも、今は……」
ルアーニアの顔が熱くなる。言いたいことは通じたようで、ゼンドはほっと息を吐くように笑った。
「よかった。俺はこの二の腕もそうだが、初対面なのに平手打ちをするその度胸にも惚れたんだ。大人しく従順な妻なんて、つまらないからな。ルアーニアは理想の俺の嫁だ」
「二の腕だるんだるんでも?」
「そこが良いと言っただろう。何度も触りたい欲求をこらえるのに苦労した」
自嘲するような、それでいて照れているような笑いが、ルアーニアの心に入り込んでくる。
まさか、いつも感じていたゼンドの二の腕への視線は……このだるんだるんに触りたかったからだったの……?
そうに違いないとわかったルアーニアは、クスリと笑って腕を差し出した。
「私、ずっとこの腕がコンプレックスだったのよ」
「そんな風に思う必要はない。この二の腕は、素晴らしいものだ」
「ゼンド……触ってくれる?」
「いいのか?」
ゼンドの問いにこくんと頷くことで応えると、彼は口元を綻ばせてルアーニアの二の腕に触れてくれた。
ゼンドの大きくて骨張った手が、温かくて気持ちいい。
「……うむ。これはもう、手放せん」
ひとしきり二の腕を触ったゼンドの手が、だるんだるんの腕から離れていく。そしてゼンドのきりりとしたその目に、ルアーニアはじっと瞳の奥まで見つめられた。
「ルアーニア」
「はい」
その真剣な顔に、ルアーニアも真っ直ぐ見つめ返す。
ゼンドは威厳のあるオーラを放ちながら、きっぱりとした声で言った。
「もう二度と、この腕をコンプレックスなどとは言わせない。その性格も、この腕も、丸ごと全部愛しているんだ。なにも憂慮することはない、安心して俺の嫁となれ」
姉のように淑やかでなくとも。二の腕がだるだるんでも。
ゼンドは全てを受け入れて、愛してくれる。
「はい……私も、ゼンドが好き……! その威厳のある物言いも、子どもたちに向ける優しい瞳も、国のためなら利他的になれるところ……なにより、私を丸ごと愛してくれるゼンドが、大好きよっ」
ルアーニアのすべての想いを伝え切ると、ゼンドは嬉しそうに笑ってその手を頭に回してくれた。
ぎゅっと抱かれるようにしっかりとロックされると、ゼンドの唇が降りてきてルアーニアの唇に重なる。
一日早い、誓いのキス。
ルアーニアの二の腕は、キスに合わせていつまでも揺れていた。
だるんだるん……と、嬉しそうに。
ーENDー
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