37 / 39
37.怒りが満ちてしまった私
しおりを挟む
闇の子で構わないと、エミリィに会いたいと涙ながらに訴えるジョージ様を見ると、胸が苦しくなる。
どれだけエミリィを愛しているのか。ずっと苦しい時を一緒に生き抜いてきたエミリィと会えなくなって、どれだけの悲しみがジョージ様を襲っているのか。
闇の子となり、生きることさえも厳しいあの生活に戻ってでも、愛する人と一緒にいることを望んでいるのだ。
ジョージ様の悲しみの叫びの声に、周囲が動揺している。
陛下だけがギリギリと怒りを滲ませ、しかし爆発する前にイライジャ様が騎士に凛と言葉を放った。
「放せ。クラリスの腕もだ」
騎士たちはイライジャ様の強い言葉に負けるようにして、手を放した。私の腕も解放されて、騎士を殴らずに済んだとホッとする。
「なにをしておる!! わしは放せと命令しては──」
「少し黙っていてもらおう! 今あなたの話は聞いていない!!」
「んな、むぐぐ……っ」
顔を真っ赤にさせて二の句が継げない陛下を尻目に、イライジャ様は周囲に目を向け、大きく息を吸い込んだ。
「我らは……俺とジョージは、光と闇を分けたりなどしていない。光も闇も合わせ持つ、普通の人間である!」
ついに、イライジャ様が宣言をされた──!
光と闇を全否定するなど、この国の歴史上初めてのことだ。
あり得ない事態に、誰もが絶句したままイライジャ様を見つめている。
「我らは縛られていたのだ。古来から続く、忌まわしき慣習に! でなくば、光の子と闇の子がこう簡単に入れ替わったりなどしない!!」
その言葉に、今度はざわざわと声を上げ始めた。
預言者のミスとされ、いきなり闇の子の方が光だと言われたのだから、納得できなかった者も多いはず。
「今後は、双子で光と闇を分けることを禁ずる!! 世の双子は、平等に扱え! 今すぐにだ!!」
イライジャ様の迫力たるや──! 響いた空気が肌に触れ、皆が圧迫感を味わっているのがわかる。
これは、もう誰も逆らえないでしょう。お流石でございます、王子!
「俺とジョージは闇も光も関係のない、ただの一兄弟だ。よって、長兄である俺が王位継承権第一位となる! 誰にも否とは言わせぬ!!」
「兄さん……」
「ジョージも、それでいいな?」
イライジャ様は一転して優しい声になり、ジョージ様は鼻をすすりながら頷かれた。
それを確認したイライジャ様は笑みを見せたあと、すぐに真面目な顔で周囲の令嬢たちに目を向けた。
「ジョージには愛する者と結婚してもらいたいと思っている。出席いただいた令嬢方には申し訳ない。後ほど埋め合わせの贈り物をしよう」
最後には柔らかなお顔になり……出ました、イライジャ様の王子様スマイル!!
キラキラという音まで出てきそうなオーラが令嬢たちに届き、「それなら仕方ないですわね……」と目をハートにして納得している。
まったく、天性の人たらしなんですから。嫉妬などしておりませんよ! してませんからね! ぷんっ。
「兄さん……ありがとう……っ」
「長い間、つらい思いをさせてすまなかった、ジョージ。どうか二人で幸せになってほしい。誰かエミリィをここへ連れて──」
「ならん!!!!」
思考停止するように口をぱくぱくしていただけの陛下が、溜めていた怒りを爆発させてしまった。
顔が熱した鉄よりも真っ赤で、今にも血管が切れてしまいそうですが。
「勝手をするな!! お前たちはわしの道具だ!! わしの言葉に逆らうなぁ!!」
私は陛下の言葉に奥歯を噛み、拳を握り締めた。
イライジャ様とジョージ様を……我が子を道具と言い切るとは!!
お二人の心は、どれだけ悲しみが渦巻いていることか……!!
「あなたがどれだけ吠えようとも、これだけは譲れない。ジョージはエミリィと結婚し、俺はこのクラリスと結婚する!」
……はい!?
今なんと!!
私と……結婚ーーーーっ!?
「え、ちょ、イライジャ様……っ」
「そなたこそ、未来の王妃に相応しい。受け入れてくれるな?」
いえ、怒髪天を突く勢いの陛下の前で、そんな甘い顔をされてもですね!?
結婚などと、私も聞いていませんが!?
言っておられた気もするけれど、その時は離れるつもりでおりましたから! 心構えなどまったくないのですが!!
「クラリスだと!? ただの側仕えが!! 貴様がイライジャを誘拐し、たぶらかしたのだな!!」
「俺がクラリスを連れて出したのだ! 言わばこれは、愛の逃避行だった!!」
愛の逃避行などと、宣言しないでくださいまし!? 恥ずかし過ぎるのですが!!
しかも愛し合えたのはつい最近でございますよ、イライジャ様!!
「すべては、弟ジョージを救うためにしたこと。しかし俺はこの国に必要な人間だと自負している。だからこそ、クラリスを妻に俺は戻ってきた!!」
いえ、まだ結婚しておりませんが──!!
「俺はこの国の第一王子として、次の王に相応しい人間だ」
ご自分で言ってしまうところがなんともイライジャ様らしい……ええ、もちろんその通りでございますとも!
「リーダーシップと決断力には自信がある。いかなる困難な状況においても冷静に指揮を執り、我が国の安全を最優先に守ってきた。政治知識や教養もさることながら、貴族や騎士たちとも強い信頼関係を築き上げてきたのだ。今ここで俺を否定する者は──父上、あなたと老年官僚だけと言っても過言ではない」
イライジャ様の頑張りは存じておりますが、それは結構過言なのでは!?
自信家過ぎて、隣で聞いているとヒヤヒヤします……!
けれど私が不安そうな顔をしていてはいけない。さも当然という顔をしていなくては!
「わしと官僚だけで十分だ! お前の言葉など、議会を通さぬただの独りよがり! 決定権を持たぬお前がなにを言おうと、痛くも痒くもないわ!!」
「騎士団長チェスター!! 侍女長ダーシー!!」
いきなり大きな声で、チェスター様とダーシー様の名を呼ぶイライジャ様。
「っは!」
「こちらに」
二人はさっとイライジャ様の前に現れる。
その顔は、すでに決意を固めているように見えた。
「お前たちは俺と父の、どちらに仕える!」
「俺、騎士団長チェスターは、若き未来の王イライジャ様に仕える所存です」
「同じく侍女長ダーシー、わたくしも今この時より、未来永劫イライジャ様にお仕えしとう存じます!」
イライジャ様の前で跪く二人。
信頼されている騎士団のトップと、王宮の運営を牛耳る侍女長。
この二人がイライジャ様に仕えると公言することの意味は、大きい。
一歩間違えば職を失うどころか、謀反と捉えられて投獄されてもおかしくない局面だというのに、なんという決断力なのか。
お二人の胆力に慄くと同時に、見ている私の心臓の方が痛いのですが……!?
目の前で起こった一大事に、周りが一気にざわめき始めた。敬愛する騎士団長が、仕える主人を鞍替えしたことで、自分たちはどうするべきかと騎士たちも動揺しているようだ。
「老年官僚たちにはそろそろ引退してもらおう。父王よ、あなたにもな」
「な、なんだと……勝手を……!!」
「次期官僚も決めなければならないな。立候補者はいくらいてもかまわぬが?」
チラリと後ろを確認するイライジャ様。ジョージ様との婚約目的で来ていた令嬢の家族が、一気に色めき立った。
次期官僚という餌は、貴族たちにとって魅力でしかない。いつまで経っても居座る老年官僚たちに嫌気がさしていたのは、イライジャ様だけではないのだ。
「僭越ながら、私めが……」
「わたくしも立候補いたしましょう」
「若輩者ですが、ぜひ僕を! 古い制度を改革していきたいんです!」
数人が声を上げると、あとは早かった。
次々に、我も我もと立候補合戦が始まる。
つまり立候補の数イコール、イライジャ様の後ろ盾!!
なんてこと。ここにいる貴族全員を、一瞬にして味方につけてしまった!!
「貴様ら、わしを裏切るとどうなるかわかっているだろうな!」
「武力で片をつけるというのか? 今は騎士団は俺が掌握しているというのに、どうやるつもりだ!」
チェスター様だけが仕えると言っただけで、掌握しているわけではないのでは!!
けれどチェスター様がイライジャ様を守る構えをとると、周りの騎士たちも同じように動き始めた。
ハッタリ効果が凄すぎます、イライジャ様! どうしてあなたはこう、人を惹きつけてしまわれるのか……!
「イライジャ! これは謀反であるぞ!! 斬首の刑にしてやる!!」
「謀反? 今や国民の総意で俺が王位継承すること望んでいるというのに、その俺を斬首の刑とは。一体どちらが謀反かな……父上」
冷ややかに光るイライジャ様のエメラルド色の瞳。そんなお顔もできたのですね……。底冷えのするお顔ですらも、麗しい。
それにしても国民の総意とは、とんでもなく規模を大きくなさいましたね。
だけどきっと、それすらも現実に変えてしまうのでしょう。イライジャ様はそういうお方ですから。
「イライジャ、貴様ぁああ!!」
「チェスター、連れていけ。罪状は、次期国王たる俺への謀反。そして長きにわたりこの国の双子を苦しませ続けた罪だ。老年官僚との癒着にも目を瞑るつもりはない。覚悟しておけ」
鋭く貫く、イライジャ様の蔑みの目。
その中に悲しみと憐れみが見えた気がしたのは……気のせいだろうか。
チェスター様に両手を後ろに縛られると、陛下……いえ、元国王は噛み付くようにイライジャ様へと顔を向けた。
「やはり双子など災厄でしかない!! あの女、双子などを産みおって!!」
「母上を悪く言うな!!」
「やはりお前は闇の子!! いや、二人とも闇の子よ!! 貴様らなど、死んで当然の存在だ!! この世から消えてしまえ!!!!」
その言葉に。
私の手は自然と上がっていて──
バンッッッッッ!!!! というすごい音が響いたかと思うと、目の前の元国王は床へと転がっていた。
「……クラリス……?」
イライジャ様の驚いたような声。
許せない。許せない。許せない、許せないッッ!!!!
イライジャ様は、こんな父親に支配されていたのかと思うと。
父親に愛を向けられることなく、利用されるように生きてきたのかと思うと。
闇の子だと、死んで当然と言い切ってイライジャ様を傷つけたこの男を、私は絶対に許さない!!
「あなたには、親の愛情というものがないのですか!!!!!」
頭に血が昇りすぎて、くらくらする。
涙が溢れて、前が見えなくて……だけど怒りと悲しみは、次々に言葉へと変換されていく。
「我が子に消えろなどと!! イライジャ様とジョージ様が、どのような思いでここに立っているとお思いですか!! 闇の子など、この世のどこにも存在しない!! みんな愛すべき一人の人間です!!!! 愛されるべき……!! 愛おしい人なのに……っっ!!」
ああ、自分で何を言っているのかわからなくなってきてしまった。
顔が熱くて、流れる涙も温泉のように熱い。
「クラリス」
酸欠だろうか。くらりとした私を、イライジャ様が支えてくださっている。
腕の中で見上げると、柔らかなエメラルド色の瞳が私を見つめていた。
誰よりも優しい人。誰よりも愛おしい人。
そんなイライジャ様に、私は心を言葉に変える。
「父親に愛されなかった分、私がイライジャ様を愛します。誰よりも私が、あなたを愛しますから……」
「……っ、ありがとうクラリス……。俺も、愛している」
胸を詰まらせているイライジャ様が、愛おしくて。
寄せられるくちびるを、私は受け入れた。
ここにはたくさんの人がいるというのに。恥ずかしいだなんて気持ちは、微塵も起こらなかった。
ただただ、愛おしい。
傷つけられたその心を、癒して差し上げたい。
愛したい。そして愛されたい。
私たちは、長い……長い口づけを、交わしていた。
どれだけエミリィを愛しているのか。ずっと苦しい時を一緒に生き抜いてきたエミリィと会えなくなって、どれだけの悲しみがジョージ様を襲っているのか。
闇の子となり、生きることさえも厳しいあの生活に戻ってでも、愛する人と一緒にいることを望んでいるのだ。
ジョージ様の悲しみの叫びの声に、周囲が動揺している。
陛下だけがギリギリと怒りを滲ませ、しかし爆発する前にイライジャ様が騎士に凛と言葉を放った。
「放せ。クラリスの腕もだ」
騎士たちはイライジャ様の強い言葉に負けるようにして、手を放した。私の腕も解放されて、騎士を殴らずに済んだとホッとする。
「なにをしておる!! わしは放せと命令しては──」
「少し黙っていてもらおう! 今あなたの話は聞いていない!!」
「んな、むぐぐ……っ」
顔を真っ赤にさせて二の句が継げない陛下を尻目に、イライジャ様は周囲に目を向け、大きく息を吸い込んだ。
「我らは……俺とジョージは、光と闇を分けたりなどしていない。光も闇も合わせ持つ、普通の人間である!」
ついに、イライジャ様が宣言をされた──!
光と闇を全否定するなど、この国の歴史上初めてのことだ。
あり得ない事態に、誰もが絶句したままイライジャ様を見つめている。
「我らは縛られていたのだ。古来から続く、忌まわしき慣習に! でなくば、光の子と闇の子がこう簡単に入れ替わったりなどしない!!」
その言葉に、今度はざわざわと声を上げ始めた。
預言者のミスとされ、いきなり闇の子の方が光だと言われたのだから、納得できなかった者も多いはず。
「今後は、双子で光と闇を分けることを禁ずる!! 世の双子は、平等に扱え! 今すぐにだ!!」
イライジャ様の迫力たるや──! 響いた空気が肌に触れ、皆が圧迫感を味わっているのがわかる。
これは、もう誰も逆らえないでしょう。お流石でございます、王子!
「俺とジョージは闇も光も関係のない、ただの一兄弟だ。よって、長兄である俺が王位継承権第一位となる! 誰にも否とは言わせぬ!!」
「兄さん……」
「ジョージも、それでいいな?」
イライジャ様は一転して優しい声になり、ジョージ様は鼻をすすりながら頷かれた。
それを確認したイライジャ様は笑みを見せたあと、すぐに真面目な顔で周囲の令嬢たちに目を向けた。
「ジョージには愛する者と結婚してもらいたいと思っている。出席いただいた令嬢方には申し訳ない。後ほど埋め合わせの贈り物をしよう」
最後には柔らかなお顔になり……出ました、イライジャ様の王子様スマイル!!
キラキラという音まで出てきそうなオーラが令嬢たちに届き、「それなら仕方ないですわね……」と目をハートにして納得している。
まったく、天性の人たらしなんですから。嫉妬などしておりませんよ! してませんからね! ぷんっ。
「兄さん……ありがとう……っ」
「長い間、つらい思いをさせてすまなかった、ジョージ。どうか二人で幸せになってほしい。誰かエミリィをここへ連れて──」
「ならん!!!!」
思考停止するように口をぱくぱくしていただけの陛下が、溜めていた怒りを爆発させてしまった。
顔が熱した鉄よりも真っ赤で、今にも血管が切れてしまいそうですが。
「勝手をするな!! お前たちはわしの道具だ!! わしの言葉に逆らうなぁ!!」
私は陛下の言葉に奥歯を噛み、拳を握り締めた。
イライジャ様とジョージ様を……我が子を道具と言い切るとは!!
お二人の心は、どれだけ悲しみが渦巻いていることか……!!
「あなたがどれだけ吠えようとも、これだけは譲れない。ジョージはエミリィと結婚し、俺はこのクラリスと結婚する!」
……はい!?
今なんと!!
私と……結婚ーーーーっ!?
「え、ちょ、イライジャ様……っ」
「そなたこそ、未来の王妃に相応しい。受け入れてくれるな?」
いえ、怒髪天を突く勢いの陛下の前で、そんな甘い顔をされてもですね!?
結婚などと、私も聞いていませんが!?
言っておられた気もするけれど、その時は離れるつもりでおりましたから! 心構えなどまったくないのですが!!
「クラリスだと!? ただの側仕えが!! 貴様がイライジャを誘拐し、たぶらかしたのだな!!」
「俺がクラリスを連れて出したのだ! 言わばこれは、愛の逃避行だった!!」
愛の逃避行などと、宣言しないでくださいまし!? 恥ずかし過ぎるのですが!!
しかも愛し合えたのはつい最近でございますよ、イライジャ様!!
「すべては、弟ジョージを救うためにしたこと。しかし俺はこの国に必要な人間だと自負している。だからこそ、クラリスを妻に俺は戻ってきた!!」
いえ、まだ結婚しておりませんが──!!
「俺はこの国の第一王子として、次の王に相応しい人間だ」
ご自分で言ってしまうところがなんともイライジャ様らしい……ええ、もちろんその通りでございますとも!
「リーダーシップと決断力には自信がある。いかなる困難な状況においても冷静に指揮を執り、我が国の安全を最優先に守ってきた。政治知識や教養もさることながら、貴族や騎士たちとも強い信頼関係を築き上げてきたのだ。今ここで俺を否定する者は──父上、あなたと老年官僚だけと言っても過言ではない」
イライジャ様の頑張りは存じておりますが、それは結構過言なのでは!?
自信家過ぎて、隣で聞いているとヒヤヒヤします……!
けれど私が不安そうな顔をしていてはいけない。さも当然という顔をしていなくては!
「わしと官僚だけで十分だ! お前の言葉など、議会を通さぬただの独りよがり! 決定権を持たぬお前がなにを言おうと、痛くも痒くもないわ!!」
「騎士団長チェスター!! 侍女長ダーシー!!」
いきなり大きな声で、チェスター様とダーシー様の名を呼ぶイライジャ様。
「っは!」
「こちらに」
二人はさっとイライジャ様の前に現れる。
その顔は、すでに決意を固めているように見えた。
「お前たちは俺と父の、どちらに仕える!」
「俺、騎士団長チェスターは、若き未来の王イライジャ様に仕える所存です」
「同じく侍女長ダーシー、わたくしも今この時より、未来永劫イライジャ様にお仕えしとう存じます!」
イライジャ様の前で跪く二人。
信頼されている騎士団のトップと、王宮の運営を牛耳る侍女長。
この二人がイライジャ様に仕えると公言することの意味は、大きい。
一歩間違えば職を失うどころか、謀反と捉えられて投獄されてもおかしくない局面だというのに、なんという決断力なのか。
お二人の胆力に慄くと同時に、見ている私の心臓の方が痛いのですが……!?
目の前で起こった一大事に、周りが一気にざわめき始めた。敬愛する騎士団長が、仕える主人を鞍替えしたことで、自分たちはどうするべきかと騎士たちも動揺しているようだ。
「老年官僚たちにはそろそろ引退してもらおう。父王よ、あなたにもな」
「な、なんだと……勝手を……!!」
「次期官僚も決めなければならないな。立候補者はいくらいてもかまわぬが?」
チラリと後ろを確認するイライジャ様。ジョージ様との婚約目的で来ていた令嬢の家族が、一気に色めき立った。
次期官僚という餌は、貴族たちにとって魅力でしかない。いつまで経っても居座る老年官僚たちに嫌気がさしていたのは、イライジャ様だけではないのだ。
「僭越ながら、私めが……」
「わたくしも立候補いたしましょう」
「若輩者ですが、ぜひ僕を! 古い制度を改革していきたいんです!」
数人が声を上げると、あとは早かった。
次々に、我も我もと立候補合戦が始まる。
つまり立候補の数イコール、イライジャ様の後ろ盾!!
なんてこと。ここにいる貴族全員を、一瞬にして味方につけてしまった!!
「貴様ら、わしを裏切るとどうなるかわかっているだろうな!」
「武力で片をつけるというのか? 今は騎士団は俺が掌握しているというのに、どうやるつもりだ!」
チェスター様だけが仕えると言っただけで、掌握しているわけではないのでは!!
けれどチェスター様がイライジャ様を守る構えをとると、周りの騎士たちも同じように動き始めた。
ハッタリ効果が凄すぎます、イライジャ様! どうしてあなたはこう、人を惹きつけてしまわれるのか……!
「イライジャ! これは謀反であるぞ!! 斬首の刑にしてやる!!」
「謀反? 今や国民の総意で俺が王位継承すること望んでいるというのに、その俺を斬首の刑とは。一体どちらが謀反かな……父上」
冷ややかに光るイライジャ様のエメラルド色の瞳。そんなお顔もできたのですね……。底冷えのするお顔ですらも、麗しい。
それにしても国民の総意とは、とんでもなく規模を大きくなさいましたね。
だけどきっと、それすらも現実に変えてしまうのでしょう。イライジャ様はそういうお方ですから。
「イライジャ、貴様ぁああ!!」
「チェスター、連れていけ。罪状は、次期国王たる俺への謀反。そして長きにわたりこの国の双子を苦しませ続けた罪だ。老年官僚との癒着にも目を瞑るつもりはない。覚悟しておけ」
鋭く貫く、イライジャ様の蔑みの目。
その中に悲しみと憐れみが見えた気がしたのは……気のせいだろうか。
チェスター様に両手を後ろに縛られると、陛下……いえ、元国王は噛み付くようにイライジャ様へと顔を向けた。
「やはり双子など災厄でしかない!! あの女、双子などを産みおって!!」
「母上を悪く言うな!!」
「やはりお前は闇の子!! いや、二人とも闇の子よ!! 貴様らなど、死んで当然の存在だ!! この世から消えてしまえ!!!!」
その言葉に。
私の手は自然と上がっていて──
バンッッッッッ!!!! というすごい音が響いたかと思うと、目の前の元国王は床へと転がっていた。
「……クラリス……?」
イライジャ様の驚いたような声。
許せない。許せない。許せない、許せないッッ!!!!
イライジャ様は、こんな父親に支配されていたのかと思うと。
父親に愛を向けられることなく、利用されるように生きてきたのかと思うと。
闇の子だと、死んで当然と言い切ってイライジャ様を傷つけたこの男を、私は絶対に許さない!!
「あなたには、親の愛情というものがないのですか!!!!!」
頭に血が昇りすぎて、くらくらする。
涙が溢れて、前が見えなくて……だけど怒りと悲しみは、次々に言葉へと変換されていく。
「我が子に消えろなどと!! イライジャ様とジョージ様が、どのような思いでここに立っているとお思いですか!! 闇の子など、この世のどこにも存在しない!! みんな愛すべき一人の人間です!!!! 愛されるべき……!! 愛おしい人なのに……っっ!!」
ああ、自分で何を言っているのかわからなくなってきてしまった。
顔が熱くて、流れる涙も温泉のように熱い。
「クラリス」
酸欠だろうか。くらりとした私を、イライジャ様が支えてくださっている。
腕の中で見上げると、柔らかなエメラルド色の瞳が私を見つめていた。
誰よりも優しい人。誰よりも愛おしい人。
そんなイライジャ様に、私は心を言葉に変える。
「父親に愛されなかった分、私がイライジャ様を愛します。誰よりも私が、あなたを愛しますから……」
「……っ、ありがとうクラリス……。俺も、愛している」
胸を詰まらせているイライジャ様が、愛おしくて。
寄せられるくちびるを、私は受け入れた。
ここにはたくさんの人がいるというのに。恥ずかしいだなんて気持ちは、微塵も起こらなかった。
ただただ、愛おしい。
傷つけられたその心を、癒して差し上げたい。
愛したい。そして愛されたい。
私たちは、長い……長い口づけを、交わしていた。
3
お気に入りに追加
244
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる