行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

長岡更紗

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37.怒りが満ちてしまった私

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 闇の子で構わないと、エミリィに会いたいと涙ながらに訴えるジョージ様を見ると、胸が苦しくなる。
 どれだけエミリィを愛しているのか。ずっと苦しい時を一緒に生き抜いてきたエミリィと会えなくなって、どれだけの悲しみがジョージ様を襲っているのか。
 闇の子となり、生きることさえも厳しいあの生活に戻ってでも、愛する人と一緒にいることを望んでいるのだ。
 ジョージ様の悲しみの叫びの声に、周囲が動揺している。
 陛下だけがギリギリと怒りを滲ませ、しかし爆発する前にイライジャ様が騎士に凛と言葉を放った。

「放せ。クラリスの腕もだ」

 騎士たちはイライジャ様の強い言葉に負けるようにして、手を放した。私の腕も解放されて、騎士を殴らずに済んだとホッとする。

「なにをしておる!! わしは放せと命令しては──」
「少し黙っていてもらおう! 今あなたの話は聞いていない!!」
「んな、むぐぐ……っ」

 顔を真っ赤にさせて二の句が継げない陛下を尻目に、イライジャ様は周囲に目を向け、大きく息を吸い込んだ。

「我らは……俺とジョージは、光と闇を分けたりなどしていない。光も闇も合わせ持つ、普通の人間である!」

 ついに、イライジャ様が宣言をされた──!
 光と闇を全否定するなど、この国の歴史上初めてのことだ。
 あり得ない事態に、誰もが絶句したままイライジャ様を見つめている。

「我らは縛られていたのだ。古来から続く、忌まわしき慣習に! でなくば、光の子と闇の子がこう簡単に入れ替わったりなどしない!!」

 その言葉に、今度はざわざわと声を上げ始めた。
 預言者のミスとされ、いきなり闇の子の方が光だと言われたのだから、納得できなかった者も多いはず。

「今後は、双子で光と闇を分けることを禁ずる!! 世の双子は、平等に扱え! 今すぐにだ!!」

 イライジャ様の迫力たるや──! 響いた空気が肌に触れ、皆が圧迫感を味わっているのがわかる。
 これは、もう誰も逆らえないでしょう。お流石でございます、王子!

「俺とジョージは闇も光も関係のない、ただの一兄弟だ。よって、長兄である俺が王位継承権第一位となる! 誰にも否とは言わせぬ!!」
「兄さん……」
「ジョージも、それでいいな?」

 イライジャ様は一転して優しい声になり、ジョージ様は鼻をすすりながら頷かれた。
 それを確認したイライジャ様は笑みを見せたあと、すぐに真面目な顔で周囲の令嬢たちに目を向けた。

「ジョージには愛する者と結婚してもらいたいと思っている。出席いただいた令嬢方には申し訳ない。後ほど埋め合わせの贈り物をしよう」

 最後には柔らかなお顔になり……出ました、イライジャ様の王子様スマイル!!
 キラキラという音まで出てきそうなオーラが令嬢たちに届き、「それなら仕方ないですわね……」と目をハートにして納得している。
 まったく、天性の人たらしなんですから。嫉妬などしておりませんよ! してませんからね! ぷんっ。

「兄さん……ありがとう……っ」
「長い間、つらい思いをさせてすまなかった、ジョージ。どうか二人で幸せになってほしい。誰かエミリィをここへ連れて──」
「ならん!!!!」

 思考停止するように口をぱくぱくしていただけの陛下が、溜めていた怒りを爆発させてしまった。
 顔が熱した鉄よりも真っ赤で、今にも血管が切れてしまいそうですが。

「勝手をするな!! お前たちはわしの道具だ!! わしの言葉に逆らうなぁ!!」

 私は陛下の言葉に奥歯を噛み、拳を握り締めた。
 イライジャ様とジョージ様を……我が子を道具と言い切るとは!!
 お二人の心は、どれだけ悲しみが渦巻いていることか……!!

「あなたがどれだけ吠えようとも、これだけは譲れない。ジョージはエミリィと結婚し、俺はこのクラリスと結婚する!」

 ……はい!?
 今なんと!!
 私と……結婚ーーーーっ!?

「え、ちょ、イライジャ様……っ」
「そなたこそ、未来の王妃に相応しい。受け入れてくれるな?」

 いえ、怒髪天を突く勢いの陛下の前で、そんな甘い顔をされてもですね!?
 結婚などと、私も聞いていませんが!?
 言っておられた気もするけれど、その時は離れるつもりでおりましたから! 心構えなどまったくないのですが!!

「クラリスだと!? ただの側仕えが!! 貴様がイライジャを誘拐し、たぶらかしたのだな!!」
「俺がクラリスを連れて出したのだ! 言わばこれは、愛の逃避行だった!!」

 愛の逃避行などと、宣言しないでくださいまし!? 恥ずかし過ぎるのですが!!
 しかも愛し合えたのはつい最近でございますよ、イライジャ様!!

「すべては、弟ジョージを救うためにしたこと。しかし俺はこの国に必要な人間だと自負している。だからこそ、クラリスを妻に俺は戻ってきた!!」

 いえ、まだ結婚しておりませんが──!!

「俺はこの国の第一王子として、次の王に相応しい人間だ」

 ご自分で言ってしまうところがなんともイライジャ様らしい……ええ、もちろんその通りでございますとも!

「リーダーシップと決断力には自信がある。いかなる困難な状況においても冷静に指揮を執り、我が国の安全を最優先に守ってきた。政治知識や教養もさることながら、貴族や騎士たちとも強い信頼関係を築き上げてきたのだ。今ここで俺を否定する者は──父上、あなたと老年官僚だけと言っても過言ではない」

 イライジャ様の頑張りは存じておりますが、それは結構過言なのでは!?
 自信家過ぎて、隣で聞いているとヒヤヒヤします……!
 けれど私が不安そうな顔をしていてはいけない。さも当然という顔をしていなくては!

「わしと官僚だけで十分だ! お前の言葉など、議会を通さぬただの独りよがり! 決定権を持たぬお前がなにを言おうと、痛くも痒くもないわ!!」
「騎士団長チェスター!! 侍女長ダーシー!!」

 いきなり大きな声で、チェスター様とダーシー様の名を呼ぶイライジャ様。

「っは!」
「こちらに」

 二人はさっとイライジャ様の前に現れる。
 その顔は、すでに決意を固めているように見えた。

「お前たちは俺と父の、どちらに仕える!」
「俺、騎士団長チェスターは、若き未来の王イライジャ様に仕える所存です」
「同じく侍女長ダーシー、わたくしも今この時より、未来永劫イライジャ様にお仕えしとう存じます!」

 イライジャ様の前で跪く二人。
 信頼されている騎士団のトップと、王宮の運営を牛耳る侍女長。
 この二人がイライジャ様に仕えると公言することの意味は、大きい。
 一歩間違えば職を失うどころか、謀反と捉えられて投獄されてもおかしくない局面だというのに、なんという決断力なのか。
 お二人の胆力に慄くと同時に、見ている私の心臓の方が痛いのですが……!?
 目の前で起こった一大事に、周りが一気にざわめき始めた。敬愛する騎士団長が、仕える主人を鞍替えしたことで、自分たちはどうするべきかと騎士たちも動揺しているようだ。

「老年官僚たちにはそろそろ引退してもらおう。父王よ、あなたにもな」
「な、なんだと……勝手を……!!」
「次期官僚も決めなければならないな。立候補者はいくらいてもかまわぬが?」

 チラリと後ろを確認するイライジャ様。ジョージ様との婚約目的で来ていた令嬢の家族が、一気に色めき立った。
 次期官僚という餌は、貴族たちにとって魅力でしかない。いつまで経っても居座る老年官僚たちに嫌気がさしていたのは、イライジャ様だけではないのだ。

「僭越ながら、私めが……」
「わたくしも立候補いたしましょう」
「若輩者ですが、ぜひ僕を! 古い制度を改革していきたいんです!」

 数人が声を上げると、あとは早かった。
 次々に、我も我もと立候補合戦が始まる。
 つまり立候補の数イコール、イライジャ様の後ろ盾!!
 なんてこと。ここにいる貴族全員を、一瞬にして味方につけてしまった!!

「貴様ら、わしを裏切るとどうなるかわかっているだろうな!」
「武力で片をつけるというのか? 今は騎士団は俺が掌握しているというのに、どうやるつもりだ!」

 チェスター様だけが仕えると言っただけで、掌握しているわけではないのでは!!
 けれどチェスター様がイライジャ様を守る構えをとると、周りの騎士たちも同じように動き始めた。
 ハッタリ効果が凄すぎます、イライジャ様! どうしてあなたはこう、人を惹きつけてしまわれるのか……!

「イライジャ! これは謀反であるぞ!! 斬首の刑にしてやる!!」
「謀反? 今や国民の総意で俺が王位継承すること望んでいるというのに、その俺を斬首の刑とは。一体どちらが謀反かな……父上」

 冷ややかに光るイライジャ様のエメラルド色の瞳。そんなお顔もできたのですね……。底冷えのするお顔ですらも、麗しい。
 それにしても国民の総意とは、とんでもなく規模を大きくなさいましたね。
 だけどきっと、それすらも現実に変えてしまうのでしょう。イライジャ様はそういうお方ですから。

「イライジャ、貴様ぁああ!!」
「チェスター、連れていけ。罪状は、次期国王たる俺への謀反。そして長きにわたりこの国の双子を苦しませ続けた罪だ。老年官僚との癒着にも目を瞑るつもりはない。覚悟しておけ」

 鋭く貫く、イライジャ様の蔑みの目。
 その中に悲しみと憐れみが見えた気がしたのは……気のせいだろうか。

 チェスター様に両手を後ろに縛られると、陛下……いえ、元国王は噛み付くようにイライジャ様へと顔を向けた。

「やはり双子など災厄でしかない!! あの女、双子などを産みおって!!」
「母上を悪く言うな!!」
「やはりお前は闇の子!! いや、二人とも闇の子よ!! 貴様らなど、死んで当然の存在だ!! この世から消えてしまえ!!!!」

 その言葉に。
 私の手は自然と上がっていて──

 バンッッッッッ!!!! というすごい音が響いたかと思うと、目の前の元国王は床へと転がっていた。

「……クラリス……?」

 イライジャ様の驚いたような声。

 許せない。許せない。許せない、許せないッッ!!!!

 イライジャ様は、こんな父親に支配されていたのかと思うと。
 父親に愛を向けられることなく、利用されるように生きてきたのかと思うと。
 闇の子だと、死んで当然と言い切ってイライジャ様を傷つけたこの男を、私は絶対に許さない!!

「あなたには、親の愛情というものがないのですか!!!!!」

 頭に血が昇りすぎて、くらくらする。
 涙が溢れて、前が見えなくて……だけど怒りと悲しみは、次々に言葉へと変換されていく。

「我が子に消えろなどと!! イライジャ様とジョージ様が、どのような思いでここに立っているとお思いですか!! 闇の子など、この世のどこにも存在しない!! みんな愛すべき一人の人間です!!!! 愛されるべき……!! 愛おしい人なのに……っっ!!」

 ああ、自分で何を言っているのかわからなくなってきてしまった。
 顔が熱くて、流れる涙も温泉のように熱い。

「クラリス」

 酸欠だろうか。くらりとした私を、イライジャ様が支えてくださっている。
 腕の中で見上げると、柔らかなエメラルド色の瞳が私を見つめていた。
 誰よりも優しい人。誰よりも愛おしい人。
 そんなイライジャ様に、私は心を言葉に変える。

「父親に愛されなかった分、私がイライジャ様を愛します。誰よりも私が、あなたを愛しますから……」
「……っ、ありがとうクラリス……。俺も、愛している」

 胸を詰まらせているイライジャ様が、愛おしくて。
 寄せられるくちびるを、私は受け入れた。
 ここにはたくさんの人がいるというのに。恥ずかしいだなんて気持ちは、微塵も起こらなかった。

 ただただ、愛おしい。
 傷つけられたその心を、癒して差し上げたい。
 愛したい。そして愛されたい。

 私たちは、長い……長い口づけを、交わしていた。
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