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32.別れを告げた私
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王族の馬車がエンデルシア広場の石舞台前で停められる。
警護していたチェスター騎士団長が安全を確認すると、陛下が降りて来られた。続いて、ジョージ様も。華やかに着飾られてはいるが、その痩躯までは隠しきれていない。もちろん、一時期よりかなり回復してはいるけれども。
誰の支えも必要とせず歩けるということは、体調はかなり戻っているのだろう。
けれど、太陽のような爽やかさでいつも石舞台の上に立っていたイライジャ様と比べると、ジョージ様は困惑の顔をしていらっしゃる。
今までほとんど誰とも接することがなかったというのに、いきなりこんな人前に立たされては、当然の反応とも言えるけれど。
そんなジョージ様を見て、案の定、周りはざわめき始めた。
「ご病気だったと言っていたけど、あそこまで変わってしまうもの?」
「たしかにお顔はイライジャ様だが、人が変わってしまわれたようだ」
「もしかして、闇の子の方では」
「滅多なことを言うな!」
いくら双子でも、身代わりは無理がある。
けれど陛下がジョージ様をイライジャ様だと断定すれば、国民がいくら不信感を持とうと誰も反論はできないのだ。
だから宣言される前に、イライジャ様は登場しなければならない。つまり、今。
私は隣にいるイライジャ様を見上げ、こそりと囁く。
「今出ていけば、お二人の存在を知らしめられましょう。双子というだけでこれほどまでの理不尽を受けていいのかと説けるのは……この因習を断ち切ることはできるのは、イライジャ様だけなのです」
「ああ、わかっている」
イライジャ様の視線はジョージ様に向けられている。
大きな決意を胸にした横顔は、とても凛々しい。
民衆を掻き分けて、一歩踏み出すイライジャ様。
ああ、別れの時だ。
イライジャ様の側仕えとなって十一年。
年々大きくなる背中を見続けてきた。
明るくて、朗らかで、強くて、優しくて、自由奔放で。
強引なところや言い出したら聞かないところもあるけれど、それも王子の魅力だった。
ジョージ様や民のためにとお心を傾けられ、為政者としての手腕を発揮されて。
ずっと、そのお姿を見守っていきたかったけれど……
私は王子を拐かした身であり、陛下の怒りを買うことは必至。こんな女と結婚したいだなどと言い出しては、イライジャ様のお立場は悪くなるばかりだから。
ここでお別れするのが最善なのです。
イライジャ様は怒るだろうか。それとも悲しまれるだろうか。
私のことなどすぐに忘れてくれるよう、ただ願うだけだ。
民衆を掻き分けて前に進むイライジャ様のお姿は、もう少ししか見えなくて。
これが最後だなんて信じられなくて。
こんな私を愛してくださったことが、夢のように嬉しかった。
「私はもうおそばにいることは叶いませんが、どうぞお許しくださいませ。今まで本当にありがとうございました」
周りの喧騒で聞こえないであろう言葉を紡いで、私は振り切るように王子に背を向ける。
愛していると言ってくれた言葉が脳裏をよぎって、自然と涙が溢れてくる。
もしもイライジャ様と釣り合う身分で生まれていたなら。
そんなことを考えても、無意味だというのに。
イライジャ様のこれからの人生を考えれば、私とのことなど、ほんのいっときにしか過ぎない。
あんなこともあったと、王子の中で良い思い出に……いや、笑い話にでもしてくれたなら、それでいいはずなのに。
私の足はエンデルシア広場を出たというのに、心だけは戻りたいと叫んでいる。
一刻も早く王都を出なければという理性はあるのに、足枷をつけられたかのように体は重い。
その瞬間、民衆の沸き立つような歓声が広場の方で上がった。
イライジャ様が舞台に登ったのだろう。
これでもう、双子が光と闇に分けられることはなくなる。
いつかはイライジャ様が王位を継ぎ、ジョージ様とエミリィも飢えることなく暮らしていけるはずだ。
イライジャ様も、ちゃんと釣り合う女性と結婚して幸せになれる。物語ならば、大団円と言ったところだ。イライジャ様の人生という物語に、私は不純物でしかなかった。
「さぁ、早く消えなくては」
私は自分を叱咤するように声を上げた。
ジョージ様やエミリィや、そしてイライジャ様が幸せならばそれでいいではないか。
私はただ消え──
「なにをしておるのだ、そなたは!」
いきなり後ろから掴まれる肩。そしてその声。口調。
私はぎょっとしながら振り返る。
「イライジャ様……!?」
なぜここに、必死の形相をしたイライジャ様がおられるというのか。
先ほどの歓声は、王子が舞台に立ったからではなかった──?
「どうして……はやく出ていかなければ!」
「どうしてはこっちのセリフだ! どうして俺のそばから離れようとする!?」
振り向かされた私は手首を掴まれて、逃げ出すこともできない。
「私は王子を拐かした身。のこのこと出て行って、無事でいられるわけがありません。もうこの国から出てしまおうと」
「クラリスはなにもしていないではいか! そんなもの、俺がどうにか……」
イライジャ様の言葉を掻き消すように、広場から飛び出てきた人が声を上げた。
「ジョージ様が本当の光の子だったんだ!」
その言葉に、私とイライジャ様は目を見合わせる。
広場での歓声が、伝聞で次々に外へと伝わっていく。
「預言者のミスだったらしいぞ!」
「イライジャ様は不治の病に侵されて、もう立つこともできんそうだ!」
民が口々に興奮した様子で語り合っている。
ジョージ様が認められている? しかし、これではイライジャ様が……
「俺を闇の子に認定したか、あのクソ父王め……」
「イライジャ様、早く舞台へお戻りに……!」
「もう遅い。俺は〝闇の子〟だ。なにを言っても聞く耳を持ってはもらえまい」
「そんな……!!」
「とにかくここを出よう。クラリスも一緒に来てくれるか」
「もちろんでございます!」
なにがどうしてこうなってしまったのか。
私の思い描いていた大団円は、どこへいってしまったのか!
私たちは歓声に追われるようにして、王都を出たのだった。
警護していたチェスター騎士団長が安全を確認すると、陛下が降りて来られた。続いて、ジョージ様も。華やかに着飾られてはいるが、その痩躯までは隠しきれていない。もちろん、一時期よりかなり回復してはいるけれども。
誰の支えも必要とせず歩けるということは、体調はかなり戻っているのだろう。
けれど、太陽のような爽やかさでいつも石舞台の上に立っていたイライジャ様と比べると、ジョージ様は困惑の顔をしていらっしゃる。
今までほとんど誰とも接することがなかったというのに、いきなりこんな人前に立たされては、当然の反応とも言えるけれど。
そんなジョージ様を見て、案の定、周りはざわめき始めた。
「ご病気だったと言っていたけど、あそこまで変わってしまうもの?」
「たしかにお顔はイライジャ様だが、人が変わってしまわれたようだ」
「もしかして、闇の子の方では」
「滅多なことを言うな!」
いくら双子でも、身代わりは無理がある。
けれど陛下がジョージ様をイライジャ様だと断定すれば、国民がいくら不信感を持とうと誰も反論はできないのだ。
だから宣言される前に、イライジャ様は登場しなければならない。つまり、今。
私は隣にいるイライジャ様を見上げ、こそりと囁く。
「今出ていけば、お二人の存在を知らしめられましょう。双子というだけでこれほどまでの理不尽を受けていいのかと説けるのは……この因習を断ち切ることはできるのは、イライジャ様だけなのです」
「ああ、わかっている」
イライジャ様の視線はジョージ様に向けられている。
大きな決意を胸にした横顔は、とても凛々しい。
民衆を掻き分けて、一歩踏み出すイライジャ様。
ああ、別れの時だ。
イライジャ様の側仕えとなって十一年。
年々大きくなる背中を見続けてきた。
明るくて、朗らかで、強くて、優しくて、自由奔放で。
強引なところや言い出したら聞かないところもあるけれど、それも王子の魅力だった。
ジョージ様や民のためにとお心を傾けられ、為政者としての手腕を発揮されて。
ずっと、そのお姿を見守っていきたかったけれど……
私は王子を拐かした身であり、陛下の怒りを買うことは必至。こんな女と結婚したいだなどと言い出しては、イライジャ様のお立場は悪くなるばかりだから。
ここでお別れするのが最善なのです。
イライジャ様は怒るだろうか。それとも悲しまれるだろうか。
私のことなどすぐに忘れてくれるよう、ただ願うだけだ。
民衆を掻き分けて前に進むイライジャ様のお姿は、もう少ししか見えなくて。
これが最後だなんて信じられなくて。
こんな私を愛してくださったことが、夢のように嬉しかった。
「私はもうおそばにいることは叶いませんが、どうぞお許しくださいませ。今まで本当にありがとうございました」
周りの喧騒で聞こえないであろう言葉を紡いで、私は振り切るように王子に背を向ける。
愛していると言ってくれた言葉が脳裏をよぎって、自然と涙が溢れてくる。
もしもイライジャ様と釣り合う身分で生まれていたなら。
そんなことを考えても、無意味だというのに。
イライジャ様のこれからの人生を考えれば、私とのことなど、ほんのいっときにしか過ぎない。
あんなこともあったと、王子の中で良い思い出に……いや、笑い話にでもしてくれたなら、それでいいはずなのに。
私の足はエンデルシア広場を出たというのに、心だけは戻りたいと叫んでいる。
一刻も早く王都を出なければという理性はあるのに、足枷をつけられたかのように体は重い。
その瞬間、民衆の沸き立つような歓声が広場の方で上がった。
イライジャ様が舞台に登ったのだろう。
これでもう、双子が光と闇に分けられることはなくなる。
いつかはイライジャ様が王位を継ぎ、ジョージ様とエミリィも飢えることなく暮らしていけるはずだ。
イライジャ様も、ちゃんと釣り合う女性と結婚して幸せになれる。物語ならば、大団円と言ったところだ。イライジャ様の人生という物語に、私は不純物でしかなかった。
「さぁ、早く消えなくては」
私は自分を叱咤するように声を上げた。
ジョージ様やエミリィや、そしてイライジャ様が幸せならばそれでいいではないか。
私はただ消え──
「なにをしておるのだ、そなたは!」
いきなり後ろから掴まれる肩。そしてその声。口調。
私はぎょっとしながら振り返る。
「イライジャ様……!?」
なぜここに、必死の形相をしたイライジャ様がおられるというのか。
先ほどの歓声は、王子が舞台に立ったからではなかった──?
「どうして……はやく出ていかなければ!」
「どうしてはこっちのセリフだ! どうして俺のそばから離れようとする!?」
振り向かされた私は手首を掴まれて、逃げ出すこともできない。
「私は王子を拐かした身。のこのこと出て行って、無事でいられるわけがありません。もうこの国から出てしまおうと」
「クラリスはなにもしていないではいか! そんなもの、俺がどうにか……」
イライジャ様の言葉を掻き消すように、広場から飛び出てきた人が声を上げた。
「ジョージ様が本当の光の子だったんだ!」
その言葉に、私とイライジャ様は目を見合わせる。
広場での歓声が、伝聞で次々に外へと伝わっていく。
「預言者のミスだったらしいぞ!」
「イライジャ様は不治の病に侵されて、もう立つこともできんそうだ!」
民が口々に興奮した様子で語り合っている。
ジョージ様が認められている? しかし、これではイライジャ様が……
「俺を闇の子に認定したか、あのクソ父王め……」
「イライジャ様、早く舞台へお戻りに……!」
「もう遅い。俺は〝闇の子〟だ。なにを言っても聞く耳を持ってはもらえまい」
「そんな……!!」
「とにかくここを出よう。クラリスも一緒に来てくれるか」
「もちろんでございます!」
なにがどうしてこうなってしまったのか。
私の思い描いていた大団円は、どこへいってしまったのか!
私たちは歓声に追われるようにして、王都を出たのだった。
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