行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
31 / 39

31.建国祭を楽しむ王子様

しおりを挟む
 多くの人が朝早くから外に出て、祭りの準備を始めている。
 まだもう少し眠っていたかった私は、同じくまだベッドでゆっくりしたそうなまなこのイライジャ様と顔を合わせた。

「おはようございます、イライジャ様」
「ふぁあ……おはよう、クラリス。今日はみんな朝早いようだな」
「年に一度の大きなお祭りですからね」
「活気があるのは良いことだ」

 昨夜の余韻がまだ残っているのか、イライジャ様はまだ甘いお顔をなさっている。
 案の定、顔が迫ってきたかと思うと、朝の挨拶だと言わんばかりに優しくキスされた。
 たった数日ですっかり慣れてしまった、朝の挨拶。なのに目を細められるたび、私は初めてキスをされた時のように胸が鳴る。

「一日中こうしていたいところだが……出かける準備をしなくてはな」
「はい。この生活も、今日でおしまいですね」
「ああ、楽しい三週間だった。クラリスが一緒にいてくれたおかげだ」
「もったいないお言葉でございます」

 本当にこれで最後なのだ……そう思うと私はたまらなくなって。

「クラリ……」

 イライジャ様を抱きしめると、私からキスをする。
 これが最後ですから、許してくださいませ。

 ああ、離れたくない。
 ずっとこのままキスしていたい。

 だけれど。

 ジョージ様や先日の闇の子を思い出す。
 そして闇の子だけでなく、光の子もまた苦しんでいるのだという、イライジャ様の言葉を。
 イライジャ様は、私が独占して良いお方ではない。
 だけどこれで最後だからと言い訳をして、私はそれからもしばらくキスを続けてしまった。




 外に出ると、人々の笑い声や興奮した子どもの声で満たされていた。
 そこかしこから店への呼び込みの声が聞こえて、出店からは良い香りが漂ってくる。
 食欲を掻き立てられた人々が列を成し、満面の笑みで楽しみを待っていた。
 少し開けた場所に入れば、音楽を披露している人たちがいる。その音楽を聞こうと人だかりができたり、近くで踊っている人たちもいて、大賑わいだ。
 アクセサリーの出店には女の子たちが群がり、楽しそうに声を上げている。

「クラリス、なにか欲しい物はあるか?」
「いいえ、特には……」
「そうか。俺はあの肉屋のソーセージが食べたいな。焼いている良い香りがここまで漂ってくる。買ってきてくれるか?」
「わかりました、すぐに買って参ります」
「そなたの分もな」
「ありがとうございます」

 もうこれでお別れなのだと思うと、正直食べ物が入っていく気がしなかったのだけれど。イライジャ様のお気遣いは嬉しい。
 店先で焼いているソーセージを二人分包んでもらうと、急いでイライジャ様の元に戻ってきた。
 二人で食べると、パリッという音とともに肉汁が溢れて出てくる。熱い熱いと言いながらも、美味しくて嬉しくて、私たちは笑みを見せながら食べた。

「民はこのように祭りを楽しんでいるのだな」

 ぐるりと一周するように首を右から左へ動かすイライジャ様のお顔は、心底お祭り楽しんでらっしゃるようだ。
 いつもはパレードの準備で忙しいのだから、この楽しさを知らなくても仕方ない。

「見ているだけで飽きぬ。そなたも楽しんでいるか?」
「はい、もちろんでございますとも」

 建国祭を王子と巡るなど、後にも先にもきっと私だけに違いないのだから。
 こんなに楽しくて嬉しいことを体験させてくれるなんて、私は本当に幸せ者だ。

「それにしても」

 イライジャ様がくすっと笑い、私は瞳で見上げる。

「今朝のそなたは、積極的だったな」
「あ、あれは──」

 たまらずしてしまったキスを思い出してしまい、私の耳は熱くなる。
 あああ、鉄の意志のみならず、理性までも家出してしまっていたとしか思えない!

「クラリスにあんなに積極的に求めてもらえるのは、嬉しい」

 優しく肩を抱かれて、耳元で囁かれる。
 耳がくすぐったくて、さらに顔が熱くなるのですが!

「いつでもしてくれて構わぬぞ。許す」
「も、もう、こんなところでそういうお話はなさらないでくださいまし!」
「かわいいな、そなたは。すぐに顔を赤く染めて」
「誰のせいでございますかっ」
「はははっ」

 本当にもう、からかうのがお好きなのですから!
 けれど、王子にからかわれるのが嬉しいのだとは……口が裂けても言いませんからね。

 キラキラ輝くイライジャ様の笑顔。
 その屈託のないお顔を見られただけで、私は幸せです。
 私がいなくなっても、その笑顔が民へと……そして真の王妃になる方へと向けられますように。

 私はもう大丈夫。
 こんなにも、こんなにも素敵な思い出ができたのだから。

「そろそろ、パレードが始まる時間だな」

 パレードは王宮を出た後、大通りを馬車で通りながらエンデルシア広場へと向かう。
 そこには石造の舞台があり、重要な行事や祝祭では必ずここが使われる。
 荘厳な彫刻や王族の紋章が施されている舞台は、王族が民へと言葉を送るのに最適な場所だ。
 イライジャ様が出ていくのは、舞台にジョージ様が立たれた時。もちろん周りは警備で厳重だけれども、騎士団長のチェスター様が手引きをしてくれる段取りになっているから、問題はない。

 私たちは予定通り、エンデルシア広場へ向かった。
 一面緑の芝に、色とりどりの花畑。樹木の木陰となる場所には長椅子が設置されている。
 すでにエンデルシア広場は多くの人で溢れて、今か今かと王族の到着が待たれていた。

「もう少しで終わるぞ、クラリス。この忌まわしき慣習が」
「はい」

 イライジャ様の決意のお顔を見て、私はしっかりと心に刻む。
 もう少しで終わる。こうしてお隣に立つことも。

 しばらくすると、王族を運ぶ豪奢な馬車が入ってきた。
 人々の歓声を聞きながら、私は奥歯を噛み締めていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...