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28.十九日目。走り出した王子様
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朝を迎えて、建国祭は明後日に迫っている。
もう小屋に戻ることはせず、このまま建国祭まで町に滞在することになった。
本当にちゃんと開催されるのか、町にいた方が情報は入りやすい。
私とイライジャ様はこの日、新聞に目を通してから町を散策していた。
「どうやらパレードにも、ジョージ様は出られるようですね」
「あのクソ父王……ジョージに無理をさせていなければいいのだが」
イライジャ様のお顔は冴えなかったけれど、ジョージ様がパレードに出てもらわなくてはこちらとしても困る。
まぁあの陛下ならば、エミリィを利用してでもジョージ様を意のままに操るに違いないけれど。
「……エミリィは、無事でしょうか」
ジョージ様も心配だが、エミリィも心配だ。ジョージ様がエミリィのためならなんでもするのと同様、エミリィもジョージ様のためならどんな苦労も厭わないだろう。
「心配するな。俺が城に戻れば、父王の思い通りにはさせぬ」
「失礼を。杞憂でございましたね」
もしかしたら、今苦しんでいるかもしれない二人だが、それも残り二日の辛抱だ。
イライジャ様さえ戻れば、きっと二人には明るい未来が待っているのだから。
「闇の子だー!!」
突如上がった声に、私とイライジャ様は細い路地の方に目をやった。
煌めく朝日が注いでいるというのに、嫌な光景が視界を支配する。
「うっ……」
「闇の子がこんなとこでなにしてんだ!」
「裏道通れよ、ばーか!」
まだ小さな子どもたちだ。“闇の子”と呼ばれた赤毛の男の子が、他の子達に暴力を振るわれている。
服はボロを纏っていて、手足に見える傷が痛々しい。
「きったねー、くっせー!!」
「この町から出てけよ! 闇の子なんてこの町にはいらねーんだからさぁ!」
子どもたちの容赦ない言葉に、イライジャ様の怒りが伝わってくる。
今にも彼らに詰め寄りそうなイライジャ様の腕を、私は必死に抑えた。
「いけません、イライジャ様。今騒ぎを起こしては、イライジャ様の正体に気づく者が出てくるかもわかりません」
「大丈夫、少し注意してくるだけだ」
「それがダメだと申しているのです。周りをご覧ください。大人も見て見ぬふりどころか、同じようにあの子を蔑んで見ています。彼を庇い立てすれば、役人に通告される可能性があるからでございます」
「っく」
役人に捕らえられれば、イライジャ様だとバレて強制的に王宮へと連れ戻されてしまう。イライジャ様は元通り光の子として政務に携わり、不必要となったジョージ様はあの小屋へと戻されてしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない事態だ。
「今イライジャ様が注意したところで、この状況は変わらないのです。変えるのならば根本から変えなければ。それができるのは、イライジャ様しかおられないのです。今は、お我慢を」
「……っ」
イライジャ様は奥歯を噛み締めて、こっそりと視線だけを彼らに向ける。
見ていられないほどのひどい暴言と暴行。闇の子はこんなにも酷い扱いを受けているのかと、改めて思い知らされた。
「すまない、クラリス……やはり放っておくわけには……っ」
「イライジャ様、お気持ちはわかりますが、闇の子はあの子一人だけではないのです! この国のすべての闇の子のために、耐えてくださいまし……っ」
今にも走り出しそうなイライジャ様の腕にぎゅうっと手を絡ませる。
少しでも緩めると、すべてが台無しになってしまう予感がして。
「闇の子なんか、この世から消えちまえ!!」
「気持ち悪ぃ!!」
蹴られても文句を言わずにうずくまっている男の子を見ていると、私も怒りと共に涙が溢れそうになった。
生まれてからずっと、こんな目に遭わされているのだろうか。骨まで透けるような体が、ジョージ様と重なって見えてしまう。イライジャ様はもっと苦しいだろう。血が流れてしまうのではないかと思うほど、くちびるを強く噛み締めていらっしゃる。
「あれが我が国の教育の成果だなど、あってはならぬ……!」
「イライジャ様……」
腕にぐっと力を入れて歩みを止めようとするも、イライジャ様の怒りの方が数段上だ。
これはお止めできないかもしれない、と青ざめた時、別の男の子が割って入っていた。
「なにしてんの。邪魔だよ、そこを避けて。僕は光の子だよ」
殴られていた男の子と同じ、赤毛の男の子だ。
さっきまで闇の子を殴っていた子どもたちの態度は、光の子を見た瞬間に一変する。
「どうぞどうぞ、通ってください!」
「握手していいか!? 神様の加護があるんだろ!!」
「わかったから、さっさとどっかに行ってくれる」
光の子と言われた男の子は、嫌そうに握手をするといじめっ子たちを退けた。
「あの子の双子の兄弟か……?」
「そのようですね」
いじめっ子たちが消えてイライジャ様は止まり、私もホッと息を吐く。
そうしている間に、闇の子がのっそりと起き上がった。
「大丈夫か?」
「……」
光の子が気にかけるも、闇の子の方はなにも言わずに膝の土を払っている。
「まったく、あいつら……あ、これ、パン持ってきたんだ。朝もろくに食べてなかったろ?」
「……」
渡そうとしていたパンに目をくれることもなく、闇の子は何事もなかったかのように歩き出した。
「な、なぁ……!」
「放っておいてくれよ……! 俺はお前とは違う、闇の子なんだからさ!」
「あっ!」
闇の子が走り出して、光の子が残される。
って、なぜかイライジャ様も、私の手をすり抜けて同時に走り出されたのですが!?
お待ちくださいませ、イライジャ様ーーーー!!?
もう小屋に戻ることはせず、このまま建国祭まで町に滞在することになった。
本当にちゃんと開催されるのか、町にいた方が情報は入りやすい。
私とイライジャ様はこの日、新聞に目を通してから町を散策していた。
「どうやらパレードにも、ジョージ様は出られるようですね」
「あのクソ父王……ジョージに無理をさせていなければいいのだが」
イライジャ様のお顔は冴えなかったけれど、ジョージ様がパレードに出てもらわなくてはこちらとしても困る。
まぁあの陛下ならば、エミリィを利用してでもジョージ様を意のままに操るに違いないけれど。
「……エミリィは、無事でしょうか」
ジョージ様も心配だが、エミリィも心配だ。ジョージ様がエミリィのためならなんでもするのと同様、エミリィもジョージ様のためならどんな苦労も厭わないだろう。
「心配するな。俺が城に戻れば、父王の思い通りにはさせぬ」
「失礼を。杞憂でございましたね」
もしかしたら、今苦しんでいるかもしれない二人だが、それも残り二日の辛抱だ。
イライジャ様さえ戻れば、きっと二人には明るい未来が待っているのだから。
「闇の子だー!!」
突如上がった声に、私とイライジャ様は細い路地の方に目をやった。
煌めく朝日が注いでいるというのに、嫌な光景が視界を支配する。
「うっ……」
「闇の子がこんなとこでなにしてんだ!」
「裏道通れよ、ばーか!」
まだ小さな子どもたちだ。“闇の子”と呼ばれた赤毛の男の子が、他の子達に暴力を振るわれている。
服はボロを纏っていて、手足に見える傷が痛々しい。
「きったねー、くっせー!!」
「この町から出てけよ! 闇の子なんてこの町にはいらねーんだからさぁ!」
子どもたちの容赦ない言葉に、イライジャ様の怒りが伝わってくる。
今にも彼らに詰め寄りそうなイライジャ様の腕を、私は必死に抑えた。
「いけません、イライジャ様。今騒ぎを起こしては、イライジャ様の正体に気づく者が出てくるかもわかりません」
「大丈夫、少し注意してくるだけだ」
「それがダメだと申しているのです。周りをご覧ください。大人も見て見ぬふりどころか、同じようにあの子を蔑んで見ています。彼を庇い立てすれば、役人に通告される可能性があるからでございます」
「っく」
役人に捕らえられれば、イライジャ様だとバレて強制的に王宮へと連れ戻されてしまう。イライジャ様は元通り光の子として政務に携わり、不必要となったジョージ様はあの小屋へと戻されてしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない事態だ。
「今イライジャ様が注意したところで、この状況は変わらないのです。変えるのならば根本から変えなければ。それができるのは、イライジャ様しかおられないのです。今は、お我慢を」
「……っ」
イライジャ様は奥歯を噛み締めて、こっそりと視線だけを彼らに向ける。
見ていられないほどのひどい暴言と暴行。闇の子はこんなにも酷い扱いを受けているのかと、改めて思い知らされた。
「すまない、クラリス……やはり放っておくわけには……っ」
「イライジャ様、お気持ちはわかりますが、闇の子はあの子一人だけではないのです! この国のすべての闇の子のために、耐えてくださいまし……っ」
今にも走り出しそうなイライジャ様の腕にぎゅうっと手を絡ませる。
少しでも緩めると、すべてが台無しになってしまう予感がして。
「闇の子なんか、この世から消えちまえ!!」
「気持ち悪ぃ!!」
蹴られても文句を言わずにうずくまっている男の子を見ていると、私も怒りと共に涙が溢れそうになった。
生まれてからずっと、こんな目に遭わされているのだろうか。骨まで透けるような体が、ジョージ様と重なって見えてしまう。イライジャ様はもっと苦しいだろう。血が流れてしまうのではないかと思うほど、くちびるを強く噛み締めていらっしゃる。
「あれが我が国の教育の成果だなど、あってはならぬ……!」
「イライジャ様……」
腕にぐっと力を入れて歩みを止めようとするも、イライジャ様の怒りの方が数段上だ。
これはお止めできないかもしれない、と青ざめた時、別の男の子が割って入っていた。
「なにしてんの。邪魔だよ、そこを避けて。僕は光の子だよ」
殴られていた男の子と同じ、赤毛の男の子だ。
さっきまで闇の子を殴っていた子どもたちの態度は、光の子を見た瞬間に一変する。
「どうぞどうぞ、通ってください!」
「握手していいか!? 神様の加護があるんだろ!!」
「わかったから、さっさとどっかに行ってくれる」
光の子と言われた男の子は、嫌そうに握手をするといじめっ子たちを退けた。
「あの子の双子の兄弟か……?」
「そのようですね」
いじめっ子たちが消えてイライジャ様は止まり、私もホッと息を吐く。
そうしている間に、闇の子がのっそりと起き上がった。
「大丈夫か?」
「……」
光の子が気にかけるも、闇の子の方はなにも言わずに膝の土を払っている。
「まったく、あいつら……あ、これ、パン持ってきたんだ。朝もろくに食べてなかったろ?」
「……」
渡そうとしていたパンに目をくれることもなく、闇の子は何事もなかったかのように歩き出した。
「な、なぁ……!」
「放っておいてくれよ……! 俺はお前とは違う、闇の子なんだからさ!」
「あっ!」
闇の子が走り出して、光の子が残される。
って、なぜかイライジャ様も、私の手をすり抜けて同時に走り出されたのですが!?
お待ちくださいませ、イライジャ様ーーーー!!?
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