行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

長岡更紗

文字の大きさ
上 下
21 / 39

21.十一日目。鉄の意志を持つ私

しおりを挟む
 イライジャ様の真剣なお顔。
 この国の常識を変えていきたいというお気持ちは、痛いほどよくわかった。

 けれどもイライジャ様が王となり、国を変えようとしている時に、私はそばにはいられない。

 ── 俺の隣にいてほしい──

 その言葉は、涙が溢れそうなほど、嬉しくはあるのですけれども……。
 建国祭でイライジャ様が姿を現し、ジョージ様と双子であったことを明かすのが目的。
 そこでこの国の闇を露呈させ、因習を断ち切り、ジョージ様を認めさせなければならないのだから。

 どちらにしろ、私はイライジャ様をかどわかした身であり、もう共には歩めない。
 ずっとお側で仕えていたかったのは山々だけれど。建国祭を境に、私とイライジャ様は今生の別れとなるだろう。

「クラリス?」

 返事ができずにいると、イライジャ様は不思議そうな顔をして私を覗き込んだ。
 いけない、このままでは不審に思われてしまう。
 イライジャ様は、建国祭で私が消えるつもりでいるなどとは露ほどにも思っておられないようだ。
 無事に建国祭を迎えられるよう、やり過ごさなければと私は微笑みを作る。

「そうでございますね。どうか、王となりこの国を変えていくイライジャ様を、見せてくださいまし」

 実際にこの目でイライジャ様を見ることはなくなっても。
 変わっていく国を見ることはできるはず。
 私の言葉に、イライジャ様は目を細めて嬉しそうに笑った。

「ああ。そなたがいれば百人力だ。必ずいい国にしてみせる」

 胸にちくりと走る罪悪感。
 けれどイライジャ様は、私などがおらずとも、立派な王となるに違いない。
 そしてどなたかと結婚し、お子をして、幸せに暮らしていかれるのだ。
 涙が出そうになるのは、嬉しいからに違いない。
 願わくば、そんなイライジャ様を近くでお見守りしていたかった。

「嬉し泣きか?」
「……はい」

 肯定してみせると、イライジャ様のエメラルド色の瞳は嬉しそうに光った。
 どうしてこんなに胸が苦しいというのか。
 イライジャ様と離れる覚悟は、とうにできているはずなのに。

「クラリス……」

 温かい手が、私の頬に触れた。
 なにをされるかは、もうわかっている。
 私がそっと目を閉じると、ふわりと空気が動いた。
 ゆっくりと味わうようにくちびるを吸われて、それだけで私の体は溶けていきそうになる。

「今晩こそは、良いか?」
「ダメでございます」
「……」

 拒否すると、ちょっとイライジャ様の頬が膨れてしまった。お可愛らしい。

「いつになったら良いのだ」
「まだしばらくは、お許しくださいませ」
「まぁ、そなたの心が決まるまでは待つが……待てなくなることも、ある」

 射抜かれそうな視線を浴びて、私の心はばくんと大きく揺れ動く。
 こんなにまで求めてくださっていることに喜びを感じている私は、なんだというのか。
 喜びの心のまま、体を委ねたらどんなことになるのだろう。
 いや、耳年増だから知識だけはあるのだけれども。
 これはきっと、興味本位というやつだ。そんな興味だけで、イライジャ様のお体を私などで穢させるわけにはいかない。

 たとえ、どれだけ求められても。
 私は! 鉄の意志で! 断らなければならない!!

「愛している、クラリス……早くそなたとひとつになりたい……」

 そんな甘い顔をして言わないでくださいまし!

「この手に抱いて、一晩中そなたを鳴かせ続けたい」

 なにをなさるおつもりですか!!

「そなたの上げる声は、どんなに愛らしいだろうと毎夜想像してしまうのだ」

 勝手に私の声を想像しないでくださいませー!?

「ははっ、そんなに嫌そうな顔をするな、クラリス! なにもしはしない」

 っく! 私で遊んでいらしたのですね!!? まったく、この王子は──

「今はまだ、な」

 するつもりですかーー!!
 もう、私の情緒が振り切れてしまいそうなのですが!!

「本当にかわいいな、そなたは」
「からかわないでくださいませ。こんな年増を捕まえて」
「たったの四歳差だ。すぐに追いつく」
「ふふっ、イライジャ様が二十七歳になった時、私は三十一歳でございますよ?」
「それもすぐに追いつく」

 年齢が追いつくことなど一生ないというのに、イライジャ様は当然のようにそう言って笑った。
 だけれど、私は現実に引き戻される。
 イライジャ様が二十七歳になれば、私はもう三十一歳なのだと。
 埋められない年齢差と身分差。
 愛していると言ってくれるのは単純に嬉しい。
 けれど、だからこそ、イライジャ様の気持ちを受け入れるわけにはいかないのだ。
 私は鉄の意志をさらに固めて、くちびるを噛み締めた。

「そなたの不安がわからない俺だと思うか?」
「え……?」

 手を頭に回されたかと思うと、そのままくちびるをほぐされていく。
 あああ、私の鉄の意志はどこへ……!

「んん、イライ、ジャ、様……っ」
「なにも案ずることはない。俺にすべてを任せてくれれば、それで良い」

 それは一体、なんの話をしてらっしゃるのですか?!

「俺にすべてを任せると言ってくれ、クラリス……」
「んんん~~っ!」

 言 い ま せ ん か ら っ !!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...