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18.十日目。思わずしてしまった私
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朝。朝だ。
眩しい光が差し込むベッドの上から、私は降りて立ち上がった。
振り向くと、イライジャ様の端正で無防備なお顔がそこにある。
イライジャ様はあの後、『本気だ』と一言だけ呟き、私を抱き締めたまま眠ってしまわれた。
もしやあれは、イライジャ様の寝言だったのではないだろうか。
イライジャ様の想い人が私などと、どう考えてもおかしい。
王子の寝言でないのならば、私の夢だったとしか思えない。
「どうした、クラリス」
起き抜けにぼうっと考えていると、イライジャ様が目を覚まされた。
「いえ、信じられず……昨日のことは夢──」
「夢ではない」
「昨日のことはゆ」
「夢ではない」
二度言われました。どうやら夢ではないようです。
イライジャ様はベッドに座るように腰を掛けると、私を見上げている。
私と同じく起き抜けで、少し髪が跳ねているイライジャ様のまっすぐな瞳。
なんでも完璧にこなすイライジャ様が私を好いているなど、なんの冗談なのか。
いや、この真剣なお顔は冗談ではないのだろう。それくらい、長年仕えているのだからわかる。
「俺は、クラリスを愛している。もうずっと、何年もだ」
昨日よりもずっと、ばくんと心臓が鳴った。
何年も……一体、いつからなのか。
「気付かれていると思っていた」
「いえ……本当に寝耳に水で……」
「そのようだな」
イライジャ様が立ち上がると、視線は当然私より高くなる。
背を抜かされたのはいつだったか。
大人の、男の人だ。
「少しは、意識をしてくれるか?」
「……っ、いたしません!」
この国の王子に対して意識など! してはいけないのです!
私はただの側仕えで、十日もすれば離れ離れになる身なのですから。
「そうか……」
でも王子の寂しそうなお顔には弱いのです……ん?
「では、建国祭までに意識させる。覚悟してくれ」
一転、自信満々のお顔!
そんな表情も好きですが!
「クラリス、顔が赤いが? もう意識してくれたか?」
「し、しておりませんが?!」
「ははっ、残念だ!」
……もう、人をからかうのがお好きなんですから。
意識など、していないのですからね。
この日、私たちは小川へと散歩を兼ねて歩いてみることにした。
いつもは馬で行っているけれど、ジョージ様たちはこの道程を毎日歩いていたはずなのだ。イライジャ様は同じ体験をしたいようだった。
天気は良く、日向にいるだけで汗ばむくらいの陽気。
初夏から夏に一歩踏み込んだ日差しで、影が濃くなった。
私たちは水を一杯分くらいは持って帰れるだろうと、桶を一人ひとつ持って歩いている。
「一気に暑くなったな」
「そうでございますね」
馬で行けば楽な道のりも、歩くと時間がかかるし息も切れる。
一歩ずつ自力で進むのはと、こんなに遠く感じられたのですね。
ジョージ様とエミリィは、どんな会話をしながらこの道を歩いていたのだろう。
「ようやく着いたな。大丈夫か、クラリス」
「はい、イライジャ様は」
「問題ないが、汗を掻いてしまったな。あの時のように水浴びをするか?」
初めてここに来た時、イライジャ様のテンションは突き抜けていて、止める間もなく川に寝転がってしまっていた。
そしてその後、私も川に入り、イライジャ様とキスを……
「顔が赤いぞ、クラリス」
「え!? いえ、なにも思い出してなどございませんが?!」
「思い出す?」
ハッとして私は視線を逸らした。
ああ、これではキスを思い出していたと言っているようなものではないか! 私のバカ!
「ははっ! あの時は嬉しくて、ついキスをしてしまっていたな!」
「つ、“つい”でなさらないでくださいませ! 私は初めてだったというのに!」
「え?」
「っは!」
私は! 今! 口を滑らせてしまったような!!
「クラリス、あれが初めてであったのか?」
思いっきり滑らせていたようです!! 私の口ときたら……!
イライジャ様の驚いたようなお顔が、心に突き刺さるのですが……
そうですね、二十七ともあれば、なんらかの経験はあるものなのでしょう。
しかし私は自分でもわかっているのですが、堅物なのです。こんな堅物は、誰の相手にもされずに生きるしかなかったのです。
私は逃げるように小川へと駆け寄り、顔にパシャリと水をかけた。
恥ずかしい。とにかく熱くなった顔を冷まさなければ。
しかしもう一度顔を洗おうとしたところで、私の手はイライジャ様に止められた。
「クラリス、すまなかった。あの時は嬉しさが優ってしまっていたのだ」
手首を掴まれ謝られると、真っ直ぐに王子のエメラルド色の瞳を見てしまう。
顔が、さらに熱くなってしまう。
「お、お気になさらないでくださいまし。初めてであるからと、王子にとやかく言うつもりはございません」
「しかし、あんな風にいきなりしては、嫌な思いをさせてしまっただろう」
「いいえ、大丈夫です」
「大丈夫、なのか?」
きょとんとなさっている目がお可愛らしい。
……ではなく!!
なにを言ってしまっているというのか、私は!
ああ、また失言をしてしまったような気がする!
「嫌では、なかったと?」
耳が! 今耳から、ボウッと燃える音が聞こえた気が!
今すぐ走って逃げ出したいのですが!?
「クラリス」
答えを欲したイライジャ様が、私の顎をくいと上げる。無理やり交差させられた視線に、私の心臓は今にもはち切れそうなほどに鳴っていた。
本当に私は、心臓の病気なのかもしれない。
「嫌、では……ございませんでした……」
正直に答えると、イライジャ様のお顔が綻ぶ。
ああもう、本当にお可愛いらしいのですから。
「では、もう一度かまわぬか?」
はい? 何をおっしゃっているのでしょうか、この王子は!!
「だ、だめでございます!」
「なぜだ」
「なぜと言われましても……」
なぜ……色々言い訳はあるはずなのに、とっさに浮かんでこないのはどうしてなのか!
「俺のこと、嫌いではないのだろう?」
「当然でございます! 王子は私の太陽でございますから!!」
「太陽、か」
たった今まで嬉しそうだったイライジャ様のお顔は、急に陰が差してしまわれた。
太陽……? あ、光……光の子だと言われた気分になってしまわれたのか。
もちろん私はそういう意味で言ったのではない。光の子だとか関係なく、イライジャ様は私に温かさを与えてくれる存在なのだと、そう言いたかっただけなのに。
イライジャ様の手が、私の顔からそっと離れていく。
それが無性に寂しくて、私は──
「クラリ……?」
私の名を言い終える前に、ちゅっと音が鳴った。
イライジャ様の大きく開かれた目を見ても、私はなにをしてしまったのか、自分で理解できなかった。
眩しい光が差し込むベッドの上から、私は降りて立ち上がった。
振り向くと、イライジャ様の端正で無防備なお顔がそこにある。
イライジャ様はあの後、『本気だ』と一言だけ呟き、私を抱き締めたまま眠ってしまわれた。
もしやあれは、イライジャ様の寝言だったのではないだろうか。
イライジャ様の想い人が私などと、どう考えてもおかしい。
王子の寝言でないのならば、私の夢だったとしか思えない。
「どうした、クラリス」
起き抜けにぼうっと考えていると、イライジャ様が目を覚まされた。
「いえ、信じられず……昨日のことは夢──」
「夢ではない」
「昨日のことはゆ」
「夢ではない」
二度言われました。どうやら夢ではないようです。
イライジャ様はベッドに座るように腰を掛けると、私を見上げている。
私と同じく起き抜けで、少し髪が跳ねているイライジャ様のまっすぐな瞳。
なんでも完璧にこなすイライジャ様が私を好いているなど、なんの冗談なのか。
いや、この真剣なお顔は冗談ではないのだろう。それくらい、長年仕えているのだからわかる。
「俺は、クラリスを愛している。もうずっと、何年もだ」
昨日よりもずっと、ばくんと心臓が鳴った。
何年も……一体、いつからなのか。
「気付かれていると思っていた」
「いえ……本当に寝耳に水で……」
「そのようだな」
イライジャ様が立ち上がると、視線は当然私より高くなる。
背を抜かされたのはいつだったか。
大人の、男の人だ。
「少しは、意識をしてくれるか?」
「……っ、いたしません!」
この国の王子に対して意識など! してはいけないのです!
私はただの側仕えで、十日もすれば離れ離れになる身なのですから。
「そうか……」
でも王子の寂しそうなお顔には弱いのです……ん?
「では、建国祭までに意識させる。覚悟してくれ」
一転、自信満々のお顔!
そんな表情も好きですが!
「クラリス、顔が赤いが? もう意識してくれたか?」
「し、しておりませんが?!」
「ははっ、残念だ!」
……もう、人をからかうのがお好きなんですから。
意識など、していないのですからね。
この日、私たちは小川へと散歩を兼ねて歩いてみることにした。
いつもは馬で行っているけれど、ジョージ様たちはこの道程を毎日歩いていたはずなのだ。イライジャ様は同じ体験をしたいようだった。
天気は良く、日向にいるだけで汗ばむくらいの陽気。
初夏から夏に一歩踏み込んだ日差しで、影が濃くなった。
私たちは水を一杯分くらいは持って帰れるだろうと、桶を一人ひとつ持って歩いている。
「一気に暑くなったな」
「そうでございますね」
馬で行けば楽な道のりも、歩くと時間がかかるし息も切れる。
一歩ずつ自力で進むのはと、こんなに遠く感じられたのですね。
ジョージ様とエミリィは、どんな会話をしながらこの道を歩いていたのだろう。
「ようやく着いたな。大丈夫か、クラリス」
「はい、イライジャ様は」
「問題ないが、汗を掻いてしまったな。あの時のように水浴びをするか?」
初めてここに来た時、イライジャ様のテンションは突き抜けていて、止める間もなく川に寝転がってしまっていた。
そしてその後、私も川に入り、イライジャ様とキスを……
「顔が赤いぞ、クラリス」
「え!? いえ、なにも思い出してなどございませんが?!」
「思い出す?」
ハッとして私は視線を逸らした。
ああ、これではキスを思い出していたと言っているようなものではないか! 私のバカ!
「ははっ! あの時は嬉しくて、ついキスをしてしまっていたな!」
「つ、“つい”でなさらないでくださいませ! 私は初めてだったというのに!」
「え?」
「っは!」
私は! 今! 口を滑らせてしまったような!!
「クラリス、あれが初めてであったのか?」
思いっきり滑らせていたようです!! 私の口ときたら……!
イライジャ様の驚いたようなお顔が、心に突き刺さるのですが……
そうですね、二十七ともあれば、なんらかの経験はあるものなのでしょう。
しかし私は自分でもわかっているのですが、堅物なのです。こんな堅物は、誰の相手にもされずに生きるしかなかったのです。
私は逃げるように小川へと駆け寄り、顔にパシャリと水をかけた。
恥ずかしい。とにかく熱くなった顔を冷まさなければ。
しかしもう一度顔を洗おうとしたところで、私の手はイライジャ様に止められた。
「クラリス、すまなかった。あの時は嬉しさが優ってしまっていたのだ」
手首を掴まれ謝られると、真っ直ぐに王子のエメラルド色の瞳を見てしまう。
顔が、さらに熱くなってしまう。
「お、お気になさらないでくださいまし。初めてであるからと、王子にとやかく言うつもりはございません」
「しかし、あんな風にいきなりしては、嫌な思いをさせてしまっただろう」
「いいえ、大丈夫です」
「大丈夫、なのか?」
きょとんとなさっている目がお可愛らしい。
……ではなく!!
なにを言ってしまっているというのか、私は!
ああ、また失言をしてしまったような気がする!
「嫌では、なかったと?」
耳が! 今耳から、ボウッと燃える音が聞こえた気が!
今すぐ走って逃げ出したいのですが!?
「クラリス」
答えを欲したイライジャ様が、私の顎をくいと上げる。無理やり交差させられた視線に、私の心臓は今にもはち切れそうなほどに鳴っていた。
本当に私は、心臓の病気なのかもしれない。
「嫌、では……ございませんでした……」
正直に答えると、イライジャ様のお顔が綻ぶ。
ああもう、本当にお可愛いらしいのですから。
「では、もう一度かまわぬか?」
はい? 何をおっしゃっているのでしょうか、この王子は!!
「だ、だめでございます!」
「なぜだ」
「なぜと言われましても……」
なぜ……色々言い訳はあるはずなのに、とっさに浮かんでこないのはどうしてなのか!
「俺のこと、嫌いではないのだろう?」
「当然でございます! 王子は私の太陽でございますから!!」
「太陽、か」
たった今まで嬉しそうだったイライジャ様のお顔は、急に陰が差してしまわれた。
太陽……? あ、光……光の子だと言われた気分になってしまわれたのか。
もちろん私はそういう意味で言ったのではない。光の子だとか関係なく、イライジャ様は私に温かさを与えてくれる存在なのだと、そう言いたかっただけなのに。
イライジャ様の手が、私の顔からそっと離れていく。
それが無性に寂しくて、私は──
「クラリ……?」
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