行方知れずを望んだ王子と、その結末 〜王子、なぜ溺愛をするのですか!?〜

長岡更紗

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15.九日目。プレゼントを買う王子様

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「クラリス!」
「イライジャ様!」

 約束の場所に、イライジャ様が駆けてきてくださった。
 眩しすぎます、そのお姿!

「すまない、少し遅れてしまった」
「大丈夫でございますよ。それより、ちゃんと五百ジェイアで収まりましたか?」
「ああ、問題ない。クラリスも買ってくれたか?」
「はい、ここに……」
「待ってくれ。小屋に戻ってから交換しよう。楽しみは先に延ばすとワクワクするだろう?」

 いえ、そんなに楽しみにされても困ってしまうのですが!?
 けれども王子は弾けんばかりの笑顔を見せてくれていて……もう頷くしかないではありませんか!!

「では食事をして、マットを買ったら帰ろう。楽しみだな、クラリスのプレゼント」
「大した物ではございませんよ!?」
「ははは、大丈夫だ! 俺も大した物ではない!」

 まぁ、五百ジェイアで買える物なのだから、大そうな代物ではないのは確かでしょうけれども。
 なにをお買いになったのか、とっても気になる。

「ふふっ、楽しみです」

 私が思わず笑いながらそう言うと、イライジャ様は目を細めて「そうか」と微笑んでくださった。


 私たちは目的のマットを買うと、また長距離を移動して小屋へと戻ってきた。
 畑の野菜の苗がぐんと伸びていて、イライジャ様は子どものような顔で喜びを表している。

「すごいな、植物というのは! こんなに一気に伸びるものなのか!」
「昨日まで雨で、今日はこの天気ですからね。野菜に良い環境だったのかもしれません」
「嬉しいな、クラリス!」
「はい、とても」

 本当に、少年のような顔を私に向けてくださることが、なにより嬉しいのですよ。
 王宮でいたら、このようなあどけない顔は見られなかっただろうと思うと、ここに来たのも間違いではなかったと思える。
 しっかりとイライジャ様のお顔をこの目に焼き付けておかなければ。二度と会えなくなる前に。

 イライジャ様はそのまま畑のお世話を始めたので、私は馬たちを荷台から解放してあげると水を飲ませた。

「知っているか、クラリス。周りの雑草は抜く方がいいらしい!」

 それくらいは知っておりますが、もちろんそんなことは言いませんとも。
 きっと、ジョージ様の日記を読んで得た知識なのですね。

「そうなのですか。雨上がりで雑草もたくさん生えましたから、私もお手伝いいたします」
「クラリスは荷台にある卵の殻を砕いてくれないか。それを土に混ぜるんだ」
「え? えーと、これでございますか?」
「ああ、大衆食堂でもらってきた。サバンナがたまに町に行った時のお土産だったらしい」
「お土産……」

 この卵の殻を見て、ジョージ様やエミリィは喜んだのだろうか。
 ……喜んだのだろう。
 これで野菜が元気に育つと想像して。

 イライジャ様は少し悲しげに笑っていらした。
 弟がそういう生活だったのだと改めて思い知らされ、胸を痛めていらっしゃるお顔だ。

 私たちはここにいた三人に思いを馳せながら、二人で作業をした。


 日が暮れる頃にようやくマットを小屋へと運び込み、食事を終わらせる。
 遠出の後の畑仕事は体にこたえた。だけど今日からは、マットの上で寝られるのだ。
 早く惰眠を貪りたい。

「では眠る前に、プレゼントを交換しよう」

 イライジャ様が眠る段階になって、やっと言ってくださった。
 もう忘れているのかと思っていたけれど、ちゃんと覚えていたのですね。
 ウキウキされているお顔が、とても愛らしゅうございます。

「では、私はこれを」

 私は小さな麻袋を取り出した。もちろん麻袋がプレゼントではなく、中にはある物が入っている。
 差し出すと、イライジャ様は中身を覗いて声を上げた。

「飴か!」
「はい。ここに甘いものはありませんし、疲れが取れればと思いまして」

 と言っても、小粒の飴が五つしか入っていない。
 王宮では当然のように出てくるお菓子や甘いものも、庶民には高級品なのだ。

「うむ」

 王子は薄く色のついた飴を手の上で眺め、嬉しそうに目を細めている。
 イライジャ様にとっては、たかが飴のはずだ。なのに、どうしてそんなに幸せそうな顔をしていらっしゃるのか。

「宝石のようで、美しいな。ありがとう、クラリス」

 ああ、そのお礼の言葉と笑顔でもう、私は卒倒してしまいそうになる。
 なぜこのような些細なことで動悸がしてくるというのか。
 もしかしたら私は深刻な病に罹っていて、残り寿命が少ないのかもしれない。

「ではこれは、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」

 取り出されたのは、小さな小さな箱だった。
 イライジャ様が私の手をとり、その小箱を手の上へと載せてくれる。
 触れた指先が、熱い。

「あ、ありがとうございます……開けても?」
「もちろんだ」

 大きく首肯なさるイライジャ様。
 いつも自信満々であるイライジャ様だけれど、一体何を選んでくださったのだろう。

「では、失礼して……」

 私は胸が破裂しそうになりながら、その箱のふたに触れた。
 情けない。指が震えている。恥ずかしい。
 ちらりと目だけでイライジャ様を確認すると、子猫を見守る母猫のように穏やかな顔をしてらっしゃる。
 ああ、そんなお顔は反則です。
 私の頭は思考でぐちゃぐちゃになりながらも、なんとかふたを開けた。

「これは──」
「気に入ってもらえるといいのだが」

 その中身を見た私は、絶句するしかなかった。


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