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07.二日目。苗を植える王子様

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 今日は、先日持ってきた野菜の苗を植えようと、イライジャ様は大張り切りだ。
 昨日耕した畑に、見様見真似でうねを作って、ウキウキとしている。可愛らしい。

「こんなもので良いのか?」
「さぁ、おそらく……としか」

 私は畑仕事をしたことがないので、まったくわからない。

「とにかく植えてみるか。ちなみにこの野菜はなんだ?」
「なんでしょう。この時期に植えるものを適当にお願いしたので」
「では、実がなってからのお楽しみだな!」
「三週間で実がなるものでしょうか」

 こんなことなら、野菜の知識も入れておくべきだった。
 まさか王子が畑仕事をする日が来るなんて、思わないではないか。
 とりあえずすべてを植え終えると、雨水を溜めてあるかめから水を撒く。すぐに水は底をついてしまい、川へ水を汲みに行くことになった。

「俺たちは馬車で行けるが、ジョージたちは歩いて行っていたんだな……」

 桶いっぱいに汲んだ水を荷馬車に置いたイライジャ様が、ポツリと言った。
 水の入った桶は重い。これを持って歩きで戻ってくるのは、重労働だったはずだ。
 かといって川のそばは雨が降ると大氾濫を起こすから、近くには住めない。

「馬を置いていくと言っても受けとりませんでしたし」
「馬に食べさせるものがないと言っていたからな。この小川に生えたわずかな草だけではどうしようもない。明日は町に馬の餌を買いに行かなければならんな」
「そうでございますね……」

 私たちは小屋へと戻ってくると、畑にいくらかの水を撒いて、今日の仕事を終わらせた。

「俺は外に出ているから、そなたはその間に着替えるといい」
「はい、ありがとうございます」

 ここにはお風呂がないから、水で濡らしたタオルで拭くか、川で水浴びをするくらいが関の山。
 男女ひとつの家の住むというのは、かなり不便なことだ。ここには個別の部屋なんかはないし、ジョージ様やエミリィも困っていたのではないだろうか。

「クラリス、まだか?」
「申し訳ありません、すぐに!」
「いや、大丈夫だ。気にするな」

 私は急いで汗を拭き取って服を着ると、扉を開けてイライジャ様を迎え入れた。
 しかしそこには、予想だにしないイライジャ様の裸体が!

「ちょ、どうして裸なのでございますか!!」
「いや、汗を拭いていてな。着替えは小屋の中だから仕方ないだろう?」

 ご自分の上半身に、どれだけの破壊力があるのかをご存じない!
 目を背ける私に、イライジャ様は苦笑していらっしゃる。

「今朝も俺の体を見ただろう。しかも脱がしたのはクラリスだ」
「あ、あれは……」
「お返しに、クラリスの服は俺が脱がしてあげよう」
「は、はい?!」

 なにをおっしゃっているのか、この王子は! 本気ですか!!?
 イライジャ様の手が伸びてきて、私はジャケットを脱がされる。そしてシャツのボタンをひとつ……ふたつ。
 いや、それ以上はさすがに胸が見えてしまうのですが!
 私がピキンと固まっていると、イライジャ様の手はみっつめに手をかけようとしたところで止まった。

「ふむ、このくらいだな」
「……へ?」
「そなたの格好は堅苦しすぎるぞ。誰もいないのだからこれくらいラフでいけ、許す」
「そんな、王子の前でこのようなはしたない格好など……!」
「俺なんて裸だ! 気にするな! はははは!」

 いえ、気にしてくださいまし!!
 ……うれしそうなんですから、もう。

 イライジャ様はそのあとしばらく上半身裸でいらっしゃったけれど、寒くなってきたのか自主的に服を着てくださってホッとする。
 食事は持ってきたパンと、保存食用の干し肉を出汁に野菜スープを作って食べた。
 野菜と言っても、ここに置いてあったのを使っただけだから、とても質素なのだけれど。

「イライジャ様、足りましたか?」
「いや。でもこれでいい」
「しかし」

 私でも物足りないのだから、イライジャ様が足りないと感じるのは当然のこと。
 心配の目を向けると、イライジャ様は優しく笑った。

「ここにいる時くらい、贅沢はやめておく。宮廷で食べ過ぎていたものをデトックスできるだろう」
「ご無理なさらないでください。お腹が空いたときにはきちんと食べるとお約束してくださいませ」
「心配、してくれるのか?」
「当然でございます!」

 思わず大きな声を出してしまうと、イライジャ様は嬉しそうに目を細めた。

「大丈夫だ、無理はしない。それよりクラリスの方が心配だな。俺に付き合うことはない、しっかり食べてくれ」

 そうはおっしゃっても、王子を尻目に私だけきっちり食べるなんて、できるわけがないではないですか。

「大丈夫です、私はしっかり頂きましたから、お腹もいっぱいで……」

 ぎゅるるるるうっ

「──ッ!!」
「…………クラリス」

 どうして、どうしてこんなときに私のお腹は鳴ってしまうのか!!
 恥ずかしい……耳が熱い!

「違います、今のはお腹が空いた音ではなく、お腹が動いた音でございまして……!」
「はは、そうか」

 そう言いながらイライジャ様は、パンをひとつ取り出して一口にちぎった。

「口を開けてくれ、クラリス」
「え? そんな、いけません! 食料は少しでも長く持たせなければ、なにがあるかわからないのですから……」
「明日は買い出しの予定だ。大丈夫、なんとかなる」
「でしたら、イライジャ様がお召し上がりに……」
「クラリス」

 イライジャ様のエメラルド色の瞳に吸い込まれるように、そのお顔を見つめてしまう。

「そなたは俺のわがままを、すべて聞いてくれるな?」

 ……ええ、王子が言い出したら聞かないことは、私は一番存じ上げておりますとも!!

「はぁ、承知いたしました。では自分でいただきますので、そのちぎったパンを……」
「だめだ、俺が食べさせる」
「はい!?」
「いけないか?」

 いけないというか……意味がわかりませんが!??
 でも言い出したらきかないイライジャ様……! これは私がなにを言っても無駄なやつ……!

「わ、わかりました……」
「よしっ」

 だからどうしてそう、嬉しそうなのですか。

「ほら。口を開けてくれ、クラリス」

 もう、早く終わらせてしまうに限ります。
 私はなるべくなにも考えずに、あーんと口を開けた。
 その瞬間、優しくパンを放り込まれる。むぐむぐと食べると、イライジャ様がぷっと吹き出した。

「なんでございますか?」
「いや、クラリスがかわいくてな」
「……いえ、笑っていらしたではありませんか」
「かわいいからだ」
「お戯れを」
「もう一度見せてくれ」

 イライジャ様はかわいいかわいいと言いながら、パンをちぎっては入れ、ちぎっては入れを繰り返してくる。
 なんのプレイですか、これ。

「むぐむぐ」
「っぷ! リスのようになっているぞ、クラリス」
いふぁいじゃさまぐぁイライジャ様がたくふぁんたくさんいふぇるから入れるから
「ははっ、やはりそなたはかわいらしい!」

 ……遊ばれているだけだとわかっておりますよ、私は!
 むぐむぐごくんとなんとか飲み下すと、目の前のイライジャ様は楽しそうに目を細められた。

「おいしかったか?」
「……はい、ありがとうございます……」
「よし」

 にっこりと笑うイライジャ様は、本当に美しい。そして……優しい。
 頭をぽんっと撫でられると、「寝るか」とベッドに座っている。
 私はどうしようかと迷っていると、ぽんぽんと隣を叩かれた。

「疲れただろう?」
「はい、まぁ……」
「おいで」

 …………おいで!?
 そんな嬉しそうな顔をなさらないでくださいまし!!

「ほら」

 いえ、手を広げられては余計に困るのですが??

「し、失礼いたします」

 私はその手を避けて、そそくさとベッドの上に座る。
 そんな、捨てられた子犬のような顔をなさらないでくださいまし!
 腕の中になんて飛び込みませんからね!?

「……寝るか」
「……はい」

 イライジャ様がゴロリと寝転がり、私もおずおずと続く。
 もしもこのまま変な雰囲気になってしまってはことだ。私はただの部下でしかないのだから。
 ここはさっさと寝たふりをしてしまうに限る。

「なぁクラリス」
「ぐう」
「寝るの早過ぎないか?!」

 いえ、王子も昨日電光石火の速さで寝ておられましたよ!
 まぁ私のは狸寝入りというやつですが。

「……相当疲れていたんだな。無茶をさせたか……すまない」

 う……罪悪感。寝たふりしているだけなのに……。

「おやすみ、クラリス」

 そんな声が聞こえた直後、私の頬になにかが当たり、ちゅっと音が鳴った。
 え、ちょっと、今のはもしかして……!

「顔真っ赤だぞ、クラリス」
「ね、寝ております」
「じゃあもう一度おやすみのキスを」

 その言葉に、私は思わずガバリと起き上がって。

「私をからかって遊ぶのは、おやめくださいませーー!!」

 ……叫んでしまいました。

「あははは! 残念、二度目のキスをし損ねた!」
「王子!」

 まったくもう、このお方は!!

「ちゃんとおやすみになってくださいませ! 疲れが取れませんよ!」
「わかったわかった。寝たふりをされるから、ちょっと寂しかっただけだ」
「そ、それは……申し訳ございませんでした」

 私が頭を下げると、イライジャ様も上体を起こされた。
 そして私をぎゅっと包み込んで……え?

「罰として、今宵は俺の抱き枕となってもらおうか」

 そのままトサリと硬いベッドの上に倒される。
 ち、近い……! 近すぎるのですが?!

 イライジャ様の心臓の音が聞こえてくる。
 トクトク、トクトク……ちょっと早い?
 ああ、でも安心する音──

「……おやすみ、クラリス。あいし……」

 私が意識を手放す寸前、イライジャ様がなにかを呟いていた気がした。
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