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冒険者編
悪の世界は厳しいのだ
しおりを挟むはぁ~あ、疲れた疲れた。たまの仕事はキツイから嫌だねぇ。ずっと楽な仕事がしたい……ま、それはともかく。
現在、我らはネーンパルラを発ち、ケンタックへと向かう馬車の中だったりする。なお、馬車の中には何故か闇エルフっ子のダーナお嬢さんも混じっている。当人は不服そうと言うか、不満そうと言うか。可愛らしい顔がふくれっ面なのが可愛い。
ああ、そうそう、あの後の事だけども。
とりあえず、消失した右手を5秒でニョッキリ生やしたところ、「千切れた腕を生やすピッコ○さんを見るZ戦士達」みたいな目線を向けられたりした。なんやねん。まあ人外なんで別にいいけど。
で、とりあえずダーナちゃんは虚無連中に狙われているってことで、ハディがダーナちゃんの保護を申請してきた。ま、かわいいお嬢さんなんでいっか、とオッケーを出したら、ダーナちゃんは「結界の維持があるから離れるなんて出来ない!」と拒否して、そんならって事で私がじきじきに神域にふさわしい結界を上から張り直し、神殿そのものを森の中に覆い隠しておいた。これなら森を全焼させても出てこないぜ。これで名目ともに勇者とダーナちゃんのみが訪れることを許される場所になった、やったねダーナちゃん。ただし名所は一つ消えるが。
ダーナちゃん的には私の無茶苦茶加減に驚くやら呆れるやら、胡散臭い目で見られるやら、なんやかんやあったけども、ハディの説得に応じてこの森から出ることにはなった。…え、ケームズ?ああ、彼は虚無の眷属に怯えて頭抱えて隠れてたのを蹴っ飛ばして、ちゃんと神殿の守護者に改めて任命しておいた。まあ私の結界のお蔭で、連中がここを攻めてくることはもう出来ないだろうが。原初神の結界、破れるものなら破ってみなさい。
そういうわけで、闇エルフのダーナちゃんがゲッシュの宿で保護されることになった。
彼女は強い闇精の転生体でね、力の方向性が私方面、つまり死に傾きすぎているので戦いには出せない。というか、即死魔法とか怖いじゃん。手加減できないし、彼女のお母さんも産んだ際にその強烈な力に当てられて事切れたらしいし(闇エルフは自然出産が主だったようだね)、あまりにも危険すぎるので暴力沙汰には関わらせちゃいけないタイプの子だ。いわば、爆弾娘だな。
で、次の日に狩人のおっさんアンド犬の案内で、迷うこと無くネーンパルラまで戻ってこれた。あのおっさんには感謝せねばな。あと犬、可愛かったな、狩猟犬だからデカかったけど。
で、街に着いてからこっそりネーンパルラの市長を見に行ったところ、案の定というか魅了の魔法に掛けられていた…魅了、そう、精神操作だ。これは神の領域の力なのだが、これを行った神に近しい存在が居たということだろう。厄介な。
ともあれ、市長の魅了を解いて話しを聞いたところ、茫洋としながらも市長は語った。
なんでも、なぜだかわからないけど闇の神殿を開拓せねばならない、という強い思いに囚われ、寝ても覚めてもそればかり考えるようになったんだとさ。そして冒険者を雇い、伐採の邪魔をするエルフを殺すように依頼した、と………なんか自分でやったことなのに、恐ろしげに身を震わせている。どうやら、完全に自分の行動が理解できていなかったようだ。魅了の恐ろしいところだね。
しかし、魅了か…彼の過去を覗いたところ、神に関する記憶はない。逆に、一部分だけ不自然に記憶の穴が空いていた。私の干渉が及ばない部分、つまりは、虚無。
連中め、市長を操って神殿に手を加えようとしてやがったようだな。クレイビーの言いようでは、どうやらもう一体、虚無の眷属が居るようだ。これをやったのはそいつか。
…或いは、そいつこそが、ハディを吸血鬼に変えた元凶なのかもしれない。
さてはて、例のクレイ○ー、もといクレイビーについてだけど…。
虚無教という教派に関しては、知ってはいたよ。ここ100年以内にできた宗派でね、ようは破滅主義者の集まりだ。ただ、信仰に関して私はそう関与するつもりはなかったし、手を出す権限なんて無いんで何もしなかったんだけども…しかし、連中の中に虚無が入り込んでいるというのならば、話は別だ。大急ぎでティニマ、ヴァーベルに連絡し、虚無教の危険性に関しては告知しておいた。どう動くかはあいつらに任せよう。
ただね、虚無へ神の奇跡は通用しない。それは今までの虚無と同じだ。あのクレイビーに関しても同様で、彼には原初神としての如何なる攻撃も通用しない、だから私は定命の者の力で対抗したのだ。別にナメプしていた訳じゃないぞ。むしろ本気で潰すつもりだったんだからな。まあ、北大陸の一部を駄目にしてもいいのなら、放逐する方法があるけども…流石にね、それをする価値はない。アレはただの虚無の末端でしかないから。やるなら本体を相手にする時だ。
問題は、このカロン爺様の化身では、やや苦戦したってことかな。アレでも苦戦してたんだよ?時間停止が効かないから、結局は大魔法でふっ飛ばしたけども、あれでかなり疲労したもの。ううむ、かといって化身を作り変えるのも無意味だ。この魔法特化型のカロン爺以上の化身は作れそうにない。なので、この状態でなんとかやっていこう。最悪、私の奥の手、最後っ屁で敵は殲滅してみせるし。
しかし、クレイビーめ。最後の大魔法…うん、魔砲。ロマンだよね、ロマン。アレでふっ飛ばしたは良いけども、魂だけどっかへすっ飛んでいきやがった。アレは死んでないだろうなぁ、たぶん。死を超越してやがるみたいだし、アレは私の領域を侵犯する存在自体が危険物だ。この世に死が無くなれば世界はめちゃくちゃになるんで、あいつは次に見つけたら速攻で殺そう。次こそは捕まえるぞ、次こそはな。
「…あのさぁ、実はみんなに聞いてもらいたいことがあるんだけど」
と、物思いに耽っていれば、ハディが何やら深刻な顔で言い出した。
何事かと顔を向ければ、ハディは真剣な顔で、皆に言う。
「俺、実は少し隠し事をしてたんだ。正直、今までずっと言うべきか迷ってたし、言ったところで何になるんだって思ってたから、あえて言わなかったんだけど」
「隠し事ですか?」
「ああ。…実はハディって言うの、本名じゃないんだ」
…ああ、バラすのか。そりゃ随分と信頼したんだなぁ。
ハディは、実は警戒深い子供なのだ。ま、生い立ちがアレなら当然だけども。自分の立場をわかっていたから、今まで黙っていたんだろう。
けど、言い出すということは、それはこのパーティを信頼した、ということか…あれ、部外者が何人か居るようだけど、いいのか?
「俺の名前、…本当はハディールって言うんだ」
「ハディール…あら、素敵なお名前ですのね。ハディとは愛称でしたの?」
「うん、そうなんだ。…でさ、メル姉のフルネームって、なんだったっけ?」
「?アタクシの名前は、メルサディール・アルクーゼ・セラヴァルスですわよ。由緒正しき始祖ヴァルスの血を引く、皇家の一員ですわ」
それに頷き、ハディは言った。
「…俺のフルネームは、ハディール・ヴェシエント・セラヴァルスなんだ」
瞬間、メルが固まった。
セラヴァルス。それは帝国のロイヤルファミリーの姓名でもある。継承権を失わない限りは名乗ることの許される、ヴァルスの名を持つ一族の姓。
ま、つまり…、
「俺の母さんは、元々は皇帝の側室の一人だったんだ。けど、7年前に馬車襲撃の際に俺を守って死んじゃって…まあつまり、そういうことなんだ」
メルの異母弟って事になるのだな。
その最中、頭を抱えたメルが馬車の中で大絶叫した。
「………な、な、なんですってぇぇぇぇぇっっ!?!?!?」
※※※
どことも知れぬ神殿内部。
薄暗いその地下深くの一室で、赤い液体が並々と注がれた巨大な杯があった。
底が浅く、水鏡のように映るそこに、ボコボコと異音を発してあぶくが漏れ出た。
あぶくは徐々に大きくなり、遂には液体を撒き散らすほどに盛り上がり、
中から腕が飛び出たのだ。
腕は杯の縁に手をかけ、そのまま身体を持ち上げ、浅いはずの杯の中から、ズルリと這い出てくる。
「ぐぅっ…く…がはっ…!?」
苦しげに呻き、忘れていた息をするかのように呼吸をする。
ゼイゼイと喘鳴する最中、その人物に近づく影が一つ。
「酷いザマだ」
「…ど、同輩であるか…くっ、我輩を笑いにでも来たのであるか?」
喘鳴する男、全裸のクレイビーは、赤い液体を被りながらも生きていた。否、再生したのだ。
この杯に満ちているのは、クレイビーの血液だ。特殊な薬液に混ぜたこれは、肉体を失っても再生し、魂を引き寄せる蘇生の杯なのである。当然、これは禁術と呼ばれるにふさわしい技法であろう。
消耗しているクレイビーへ、その人物は持っていた布切れを投げ渡す。
「服を着ろ。見苦しい」
「…余計な世話である。だが、しかし…面白い存在に出会った…!ああ、なんと素晴らしい…なんと美しい呪文式か…!未だに瞼に焼き付いて離れぬ…もう一度、一目でいいからあの者に相対したいものであるなぁ…」
恍惚の笑みを浮かべるクレイビーへ、しかしその余韻を吹き飛ばすかのように、影の人物は言い放った。
「主殿が呼んでいるぞ」
その一言に、クレイビーは硬直して、さっと蒼白になる。
絶望的な気分になるが、ここで蹲っていればもっと酷い目に遭うのはわかりきっていたので、服を着ながら慌てて主の元へと駆ける。その後ろを、影はひっそりと着いていく。
クレイビーが向かった先は、神殿の最下層にして最奥、巨大な大穴が開いている場所である。
その大穴の奥底から、巨大な何かが盛り上がっていて、一つの形を纏っていた。
天を突くように巨大な、形容しがたい悍ましい体躯。
引き攣れた皮膚のような表皮、辛うじて人型に近いが、その全体図は異形である。
巨大な顔の両目は真っ暗闇で、底なしの穴がこちらを睨め付ける。口に該当する部分は台形に開かれ、ギラギラとした牙が縁にビッシリと付いていて、血生臭い息を吐いていた。頭皮はなく、額らしき部分からは2つの巨大な角。両腕は悍ましい赤いカギ爪、背に皮膜の翼。そして下半身は肉の塊が連なる巨大な尻尾にも似た長い胴。
それは、化物であった。人ではない、定命の者ではない。
それ以外の、限りない怪物そのものだ。
その怪物は、クレイビーを見下ろし、囁いた。
―――クレイビーよ、釈明はあるか?
臓腑を震わすその言葉に、クレイビーは頭を下げながら声を震わす。
「は、しゃ、釈明など…わ、我輩は…」
―――誤魔化しは無意味。貴様が定命の者に倒されたのは、聞いている…。
「で、ですが我が主…!あの老人は、かの原初の魔法使いエーティバルトであります!ルドラの祝福を受けたあの老人を殺せる者など…」
―――虚無の力を用いてまで殺せなかった。それが貴様の非以外の何があろう?
ぞわり、と異様な気配に撫でられた。
穴の中から、怪物と繋がる肉の塊が這い出てきて、蛇のようにのたうちながらクレイビーを狙っている。その胴の一つ一つに、人間のような顔がある。目は真っ黒で、そのどれもが悪意の嗤いを貼り付けている。虚無の顔。
それに撫でられ、囲まれ、クレイビーは絶望に似た感情に支配されながら、震えつつも釈明した。
「わ、我が主!我輩は貴方様の忠実なる下僕…!確かに此度は失敗に終わりました!!さ、されど…されど、次こそは!次こそは確実にあの老人を仕留めますゆえに…どうか、どうかご容赦を…!!どうか……!!」
哀願にも似た助命への嘆願。
頭を垂れ、哀れを催すその姿に、怪物は少しだけ何かを考えるように動きを止めた。
―――頭を上げよ。
言われたとおりに頭を上げれば、怪物はクレイビーを凝視していた。それに、魂の底まで震え上がる。
―――…成る程、確かに貴様の今までの献身は、素晴らしい物がある。
「そ、それでは…?」
―――だが、貴様が虚無の力を行使したのは確か。ならば、補填が必要となろう?
その一言に、見えていた希望は確かに潰えたのを感じ、クレイビーは思わず絶望に顔を歪めた。
周囲の蛇のような異形共が、醜い腕のような物でクレイビーを掴んだ。
ギリギリギリ、と万力のように締め上げられるそれに、クレイビーは悲鳴しか上げることは出来ない。否、許されない。
そんな眷属を見やるように、怪物…《虚公》は、愉悦の嗤い声を上げていた。
―――御前の絶望を喰らってやろう。我が眷属とは言え、人の身だ。ならばその感情は、さぞや美味なのであろうな?それに、死する事もない…実に良き、供物だ。
「わ、わ、我が主…わ、我輩は…あぁあぁぁ…!!」
―――絶望は我が糧となる。我が力となる。虚無の御方への供物となろう。さて、クレイビー?全身を少しずつ肉塊に喰らわれ続ければ、御前はどのような感情を生み出すのだろうな?
「あ、あ、あ………た、」
周囲四方から牙の生えた口が迫り…クレイビーは歪んだ顔を引き攣らせ…
不意に、目を見開いた。
眼前に見えた「それ」を凝視しながら、
「……ひ、ひ、ひ…」
そして、口角を歪め、嘲笑ったのだ。
「ひ、はっはっは…!!あぁあ何という美味か!!なんという、素晴らしい…!!素晴らしいぃぃ!!!」
哄笑を合図に、邪悪な肉塊共は眷属へその鋭い牙を晒して殺到し…
…絶叫が、暗い神殿内部に響き渡った。
この世の終わりのようなその声を気にすることもなく、人影は目の前の凶行に興味も示さず、思案していた。
「…神に、精霊…あの輝き、実に素晴らしい…」
そう呟き、その人影は闇の中でニヤリと笑う。
赤い瞳が、暗闇の中で煌めいた。
―――ならば、見定めてみよう。彼らが、本当に役に立つのかを。
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