どうも、邪神です

満月丸

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冒険者編

更にもう一人増えます

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 さて、翌日のこと。
 目覚めたハディとレビに、新しく仲間になった光の精霊の転生体、ケルトを紹介した。
 ハディもレビも特に反応はなく「ふ~ん」って感じで終わった。ただ、なんか悟ったような顔で「ま、苦労しただろうけど一緒に頑張ろうな」って声をかけてた。なんだね、その妙な連帯感は。そしてケルトも悟ったような顔でこっち見んな。

 ともあれ、朝ご飯のクロネパン(レタスと厚切り肉サンド)を平らげてから、都市の外に出て近場の平原まで移動する事に。カルヴァンって湖の真ん中にあるから、唯一の交通路である大きな橋を通るのに時間が掛かるのだ。そして朝でも馬車とかがゴトゴト通り過ぎていく。お疲れ様っす、と心の中で応援しておく。

 で、平原では、ケルトの基礎能力を見るために魔法を使ってもらったのだが。

「『第1座に御わす火の精霊を招致せん。我が声に耳を傾けよ。滞留』……ラ・フレム」

 ポゥ、と火の明かりが空中に現れた。照明の魔法だね。
 しかし……、

「……それが一般的な魔法なのか?」
「は、はぁ……そうですけど」

 ……ううむ、呪文に無駄が多すぎるな。その辺の手解きもしておこうか。

「良いかね? まず、精霊は明確な自我を持たない第6レベルまでは、そう畏まった文言は必要ない。『我が声に耳を~』は無駄な部分だな」
「え? ですが、ここは精霊へのアプローチ部分ですから、削ると発動しない場合もある、と聞きましたが」
「ふぅむ、それはその状況を見ねばなんとも言えんが、少なくとも精霊との親和性が高いお前ならば、文言は必要ないと思うぞ。それに、『~に御わす』も無駄だ。第六レベルの魔法が使えるようになったら入れろ。更に『火の精霊の招致』は別で代用できる。『火精』、これで十分だ。同じように、『水の精霊招致』は『水精』、風は『風精』、土は『土精』、光は『光精』、闇は『闇精』……発音のメモは必要ないのかね?」

 ハッとなったようにケルトは慌てて紙片でメモってる。しかし、基礎的な筈なのにこの無駄っぷりはどうなんだ。田人の爺さんが作ったんなら、この程度のことは当然わかってるだろうに。
 ……ああ、いや。あのエーティバルトの事だ。どうせ、

「唯々諾々と教えられた事を模倣するだけでは、知の道とは言えぬ。自ら疑い、改良し、次に進めて、始めて魔法使いと言えるのだ」

 とか思ってそう。探究心は人の百倍あるあの爺さんだもの、他人へそれを強要しても不思議じゃない。
 しかし今の時代、どれほどの者がこの無駄を察しているのか。基礎と言っていたから、最悪、みんなこれを唱えてるって事かもしれぬ。
 逆を言えば、アレンジを加えてる魔法士は将来性があるって事かな。魔法士って秘密主義っぽいし……あれ、それじゃ私のしていることって、ケルトの成長を阻害したんじゃ…………いやいやいや! 無駄を指摘して気づかせるのも重要な教育だよね! うん!!

 ま、考察を交えつつ呪文の基礎的な部分をレクチャーすれば、ケルトもあっという間に短縮魔法を唱えることが出来た。当人も、呪文の文言が減ったことに驚いている。
 ただ、どうにも魔法を発動する際に違和感があるようだなぁ。元素の流れに奇妙な感じがする。ひょっとして、これのせいで呪文が上手くできないのか?
 案の定、何度も呪文を唱えていると、何回か不発したり暴走したりする時がある。正味、10回中4回くらいは失敗している。ははぁ、戦闘でもない通常時でこの発動率なら、落ちこぼれと言われるわけだ。
 おそらくだが、これは……、

「なるほどな」

 ケルトの力が強すぎるんだ。精霊としてのレベルは、確か第8レベルだったな。そうそう、かなり高位の精霊だったから覚えてるよ。その高位の精霊として魂の力を宿していても、人としての肉体が枷となって上手く発動しないんだ。精霊としてのやり方が身に染み付いちゃってるんだなぁ。
 例えるならば、一度ドラム缶で水を掬い、それから改めてコップに水を注ごうとしているしているようなものだ。自エネが多すぎて呪文の方向性が暴走しちゃうんだな。存在としては、人間よりもずっと大きいから。
 あ~……これは、体質的な問題だなぁ。こればっかりは、どうしようもないんじゃないか?
 或いは、人としての肉体を上位の存在に書き換えてしまえば良いのだが、それは流石にねぇ、私が勝手にやって良いことじゃないだろう、とも思うので、まあいっか。
 だがしかし、魔法的なアプローチならば多少の融通は利くか。

「ケルトよ。お前の体質について、多少のヒントをやろう」
「ヒント?」
「左様。お前の自エネ吸収機構…………あ~、力、いや、《ヴァル》は、他の者よりも強大なのだ。そして、それが魔法発動の弊害となっている。だから、お前に合うように呪文を作り変えればいい」

 いくつかの文言を追加して、ドラム缶の水をポンプでコップに注いで自動で止まるようにしてしまえばいい。まあ、行程が一つ増えるけども。
 私なら簡単に作れるが……ま、発想やら試行錯誤は当人に任せようじゃないか。

 さて、何やら沈思黙考しているケルトを放置して、私はハディを鍛える事にする。とりあえず、例の空間でやってたような、素手でボコり合う簡単な格闘から異能を用いた戦いと多種多様な方法で殴る、叩く、はっ倒す!
 いやぁ、徐々に強くなってきてるハディを見てると、なんだか楽しくなってくるなぁ。と、思わず力を籠めすぎてハディの胴体へもろに入り、哀れ少年は水平方向に吹っ飛んで地面と熱い抱擁を交わすこととなった。ああ、ちょいとやりすぎたな。が、口は捻くれた事を口走る。

「なんだ、この程度で当たるのか。相変わらず根性の無い奴だなお前は」
「こ……これを避けられる人間がいてたまるか……!?」
「なら問題はなかろう。お前は人では無いのだし」

 暴論だな。事実、暴論だが。
 とりあえず、再度立たせようとしたところで、

「『第5の水精! 範囲、満ちて、及ぼせ!』アマネシュト・クィ・マウラス!」

 私を包むように魔法陣が覆ったのだ。おお、なんだなんだ?
 次いで、飛来した小瓶がガッシャン! と音を立てて割れ、瞬間、

 全身を氷が覆った。


※※※


「なっ……なんだ!?」

 カロンが氷に包まれた瞬間、ハディは咄嗟に復帰して身構えた。
 しかし追撃はどこからもなく、代わりに岩陰の向こうから現れたのは、一人の女性であった。

「ふぅ、まったく……幼気いたいけな子供を苛めるだなんて、なんて意地の悪い殿方なのかしら?」

 現れたのは、なんとも形容し難い、黒い縦巻きドリルな頭髪の女性であったのだ。これにはハディも思わずポカンとした。見目麗しい妙齢の女性が、いきなり目の前の人物を氷漬けにしたのだから当然だ。

「あ、あんたは……?」
「まあ! 大丈夫ですの? なんて酷い怪我……すぐに手当てをしましょう!」
「い、いや、俺は大丈夫だけど……」
「駄目ですわよ! どんな事情があれ、何の罪もない子供を痛めつけて良い理由になりまして? そもそも、明らかに力量差がはっきりしているにも関わらず、嬲るように攻撃を繰り返すことを苛めと呼びましてよ。違って?」
「あ、はい、その通りです」

もっともな女性の正論に何も言えず、ハディは押し黙った。彼の中のレビが腹を抱えて大笑いしている。

「ともあれ、封印しただけですので、死んではいませんわ。どんな事情があれど、このような蛮行を見逃すアタクシではありませんわよ。さ、貴方はすぐに街に戻って手当てをしましょう。この怖い人はアタクシがなんとかしますから」
「ああ、えっと……たぶん、なんとかならないと思うぞ」
「あら?それは……」

 どういうことだ、と、女性は最後まで言えなかった。
 突如、眼の前の氷の塊が、内側から粉々に砕かれたからだ。

「……ふむ、なるほどこれは……なかなか良い錬金術ではないか」

 中から現れた老人は、一切の負傷を感じさせずに地面へ降り立ち、飄々と肩を竦めた。
 その有様に、流石の女性も目を細めて杖を構えた。

「あら、先程の一撃はそこそこ自信がありましたのに。貴方、かなりの手練のご様子ね」

 そう言いつつも、女性の額には一筋の冷や汗が流れている。

(……先程の一撃、どんな相手でも確実に捕らえられるレベルの拘束術でしたのに、それをいとも容易く砕いてみせた? 魔法の流れもなかったのに?……まさか)

 女性は一呼吸置いてから、老人へ向かって杖を向けた。

「貴方、いったい何の目的があって、この子供を苛めますの? 貴方がどんな存在であろうとも、アタクシの目の前で理不尽は許しませんわよ」
「ほぅ? それは奇異だな。その理不尽を率先して行っていたお前がそれを言うのかね」
「……貴方、何者ですの?」
「さぁて?」

 くくく、と含み笑う老人の姿に、女性は胡乱げに口端を引き結んだ。
 どうにも、底が見えない相手だ。まるで深遠の底を覗き込んでいるかのような気分にさせられる。
 老人の黒い瞳は全てを見透かすように、ただこちらを見つめているだけだというのに、女性は冷や汗が止まらなくなるのだ。

(……勝てない)

 それは、本能での直感だった。この直感は外れたことがない。

 故に、女性は息を大きく吐いてから、両手を上げて言った。

「……わかりました。降参ですわ。アタクシではどう足掻いても、貴方には勝てそうにもありません」

 敵意がない相手に、女性は素直に降参に応じる。それへ、老人は満足そうに肩を揺らして笑っていた。

「結構結構。決して勝てない相手に立ち向かわぬのは賢者の知恵だ。その境目を見切れることこそが一流の証だな」
「……貴方は、何者ですの。アタクシに勝てないと思わせたのは貴方で二人目でしてよ」
「さぁてさて、私が何者かは些末なことだとは思わんかね?」
「…………」

 老人の狸な様子に、女性はため息吐きながら詰るように言う。

「それで、何があって子供を苛めていらっしゃるのかしら? 随分とご趣味の悪いことですわね」
「それは誤解というものだ。私はあくまで訓練をつけていたのであって、苛めていたわけではない。なあハディ?」
「あ~うん、そうとも言えるし、違うとも言えるな」
「……そう、ですの。なら、アタクシの一方的な勘違いだったというわけですのね。それに関しては謝罪いたしますわ」

 頭を下げる女性に、老人は満足そうに頷いている。
 しかし女性は顔を上げてから、老人の顔をマジマジと見つめてから、言う。

「……ねえ、貴方。カルヴァンの魔法士……ではありませんわよね? 貴方ほどの存在なら、議会が黙っていませんもの」
「むしろ、私の方が尋ねたいのだがね。一体何があって、お前がここにいるのか」
「あら、どういう意味でして?」
「勇者と謳われし救世姫が、何故にこのような場所に居るのか、ということだが」
「……え゛っ!?」

 思わず唸ったハディを放置して、老人は愉快そうに続ける。

「帝都に戻ったはずの救世姫が、何故にカルヴァンに居るのかね? まさか、また家出でもしたのか」
「…………その前に、落ち着いた場所でお話ししませんこと? ここは落ち着きませんわ」
「ふむ、お前がそう言うのならば、そうしようか」

 老人はハディに視線を送ってから、向こうの方でまだ考え事をしているケルトを回収しに行く。
 それを横目に、ハディは女性へと尋ねる。

「ええと……その、あんたは本当に、あの有名な救世姫なのか? 神様を癒したっていう」
「……それは過去の話ですわ。今のアタクシは、ただの一人の女でしかありませんの。それに、勇者だと言われても、あの老人にも勝てそうにありませんし」

 どこか疲れた笑みを浮かべる女性に、ハディはなんだか不思議な存在を見るような目をしていた。世界を救った救世主に、勝てぬものなど無いと思っていたから、なおさらだ。

「この世界には、決して勝てぬ相手が居るものですのよ」

 微笑んでそういう彼女の言葉には、何がしかの実感が籠められているかのようだった。

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