26 / 120
冒険者編
更にもう一人増えます
しおりを挟む
さて、翌日のこと。
目覚めたハディとレビに、新しく仲間になった光の精霊の転生体、ケルトを紹介した。
ハディもレビも特に反応はなく「ふ~ん」って感じで終わった。ただ、なんか悟ったような顔で「ま、苦労しただろうけど一緒に頑張ろうな」って声をかけてた。なんだね、その妙な連帯感は。そしてケルトも悟ったような顔でこっち見んな。
ともあれ、朝ご飯のクロネパン(レタスと厚切り肉サンド)を平らげてから、都市の外に出て近場の平原まで移動する事に。カルヴァンって湖の真ん中にあるから、唯一の交通路である大きな橋を通るのに時間が掛かるのだ。そして朝でも馬車とかがゴトゴト通り過ぎていく。お疲れ様っす、と心の中で応援しておく。
で、平原では、ケルトの基礎能力を見るために魔法を使ってもらったのだが。
「『第1座に御わす火の精霊を招致せん。我が声に耳を傾けよ。滞留』……ラ・フレム」
ポゥ、と火の明かりが空中に現れた。照明の魔法だね。
しかし……、
「……それが一般的な魔法なのか?」
「は、はぁ……そうですけど」
……ううむ、呪文に無駄が多すぎるな。その辺の手解きもしておこうか。
「良いかね? まず、精霊は明確な自我を持たない第6レベルまでは、そう畏まった文言は必要ない。『我が声に耳を~』は無駄な部分だな」
「え? ですが、ここは精霊へのアプローチ部分ですから、削ると発動しない場合もある、と聞きましたが」
「ふぅむ、それはその状況を見ねばなんとも言えんが、少なくとも精霊との親和性が高いお前ならば、文言は必要ないと思うぞ。それに、『~に御わす』も無駄だ。第六レベルの魔法が使えるようになったら入れろ。更に『火の精霊の招致』は別で代用できる。『火精』、これで十分だ。同じように、『水の精霊招致』は『水精』、風は『風精』、土は『土精』、光は『光精』、闇は『闇精』……発音のメモは必要ないのかね?」
ハッとなったようにケルトは慌てて紙片でメモってる。しかし、基礎的な筈なのにこの無駄っぷりはどうなんだ。田人の爺さんが作ったんなら、この程度のことは当然わかってるだろうに。
……ああ、いや。あのエーティバルトの事だ。どうせ、
「唯々諾々と教えられた事を模倣するだけでは、知の道とは言えぬ。自ら疑い、改良し、次に進めて、始めて魔法使いと言えるのだ」
とか思ってそう。探究心は人の百倍あるあの爺さんだもの、他人へそれを強要しても不思議じゃない。
しかし今の時代、どれほどの者がこの無駄を察しているのか。基礎と言っていたから、最悪、みんなこれを唱えてるって事かもしれぬ。
逆を言えば、アレンジを加えてる魔法士は将来性があるって事かな。魔法士って秘密主義っぽいし……あれ、それじゃ私のしていることって、ケルトの成長を阻害したんじゃ…………いやいやいや! 無駄を指摘して気づかせるのも重要な教育だよね! うん!!
ま、考察を交えつつ呪文の基礎的な部分をレクチャーすれば、ケルトもあっという間に短縮魔法を唱えることが出来た。当人も、呪文の文言が減ったことに驚いている。
ただ、どうにも魔法を発動する際に違和感があるようだなぁ。元素の流れに奇妙な感じがする。ひょっとして、これのせいで呪文が上手くできないのか?
案の定、何度も呪文を唱えていると、何回か不発したり暴走したりする時がある。正味、10回中4回くらいは失敗している。ははぁ、戦闘でもない通常時でこの発動率なら、落ちこぼれと言われるわけだ。
おそらくだが、これは……、
「なるほどな」
ケルトの力が強すぎるんだ。精霊としてのレベルは、確か第8レベルだったな。そうそう、かなり高位の精霊だったから覚えてるよ。その高位の精霊として魂の力を宿していても、人としての肉体が枷となって上手く発動しないんだ。精霊としてのやり方が身に染み付いちゃってるんだなぁ。
例えるならば、一度ドラム缶で水を掬い、それから改めてコップに水を注ごうとしているしているようなものだ。自エネが多すぎて呪文の方向性が暴走しちゃうんだな。存在としては、人間よりもずっと大きいから。
あ~……これは、体質的な問題だなぁ。こればっかりは、どうしようもないんじゃないか?
或いは、人としての肉体を上位の存在に書き換えてしまえば良いのだが、それは流石にねぇ、私が勝手にやって良いことじゃないだろう、とも思うので、まあいっか。
だがしかし、魔法的なアプローチならば多少の融通は利くか。
「ケルトよ。お前の体質について、多少のヒントをやろう」
「ヒント?」
「左様。お前の自エネ吸収機構…………あ~、力、いや、《ヴァル》は、他の者よりも強大なのだ。そして、それが魔法発動の弊害となっている。だから、お前に合うように呪文を作り変えればいい」
いくつかの文言を追加して、ドラム缶の水をポンプでコップに注いで自動で止まるようにしてしまえばいい。まあ、行程が一つ増えるけども。
私なら簡単に作れるが……ま、発想やら試行錯誤は当人に任せようじゃないか。
さて、何やら沈思黙考しているケルトを放置して、私はハディを鍛える事にする。とりあえず、例の空間でやってたような、素手でボコり合う簡単な格闘から異能を用いた戦いと多種多様な方法で殴る、叩く、はっ倒す!
いやぁ、徐々に強くなってきてるハディを見てると、なんだか楽しくなってくるなぁ。と、思わず力を籠めすぎてハディの胴体へもろに入り、哀れ少年は水平方向に吹っ飛んで地面と熱い抱擁を交わすこととなった。ああ、ちょいとやりすぎたな。が、口は捻くれた事を口走る。
「なんだ、この程度で当たるのか。相変わらず根性の無い奴だなお前は」
「こ……これを避けられる人間がいてたまるか……!?」
「なら問題はなかろう。お前は人では無いのだし」
暴論だな。事実、暴論だが。
とりあえず、再度立たせようとしたところで、
「『第5の水精! 範囲、満ちて、及ぼせ!』アマネシュト・クィ・マウラス!」
私を包むように魔法陣が覆ったのだ。おお、なんだなんだ?
次いで、飛来した小瓶がガッシャン! と音を立てて割れ、瞬間、
全身を氷が覆った。
※※※
「なっ……なんだ!?」
カロンが氷に包まれた瞬間、ハディは咄嗟に復帰して身構えた。
しかし追撃はどこからもなく、代わりに岩陰の向こうから現れたのは、一人の女性であった。
「ふぅ、まったく……幼気な子供を苛めるだなんて、なんて意地の悪い殿方なのかしら?」
現れたのは、なんとも形容し難い、黒い縦巻きドリルな頭髪の女性であったのだ。これにはハディも思わずポカンとした。見目麗しい妙齢の女性が、いきなり目の前の人物を氷漬けにしたのだから当然だ。
「あ、あんたは……?」
「まあ! 大丈夫ですの? なんて酷い怪我……すぐに手当てをしましょう!」
「い、いや、俺は大丈夫だけど……」
「駄目ですわよ! どんな事情があれ、何の罪もない子供を痛めつけて良い理由になりまして? そもそも、明らかに力量差がはっきりしているにも関わらず、嬲るように攻撃を繰り返すことを苛めと呼びましてよ。違って?」
「あ、はい、その通りです」
もっともな女性の正論に何も言えず、ハディは押し黙った。彼の中のレビが腹を抱えて大笑いしている。
「ともあれ、封印しただけですので、死んではいませんわ。どんな事情があれど、このような蛮行を見逃すアタクシではありませんわよ。さ、貴方はすぐに街に戻って手当てをしましょう。この怖い人はアタクシがなんとかしますから」
「ああ、えっと……たぶん、なんとかならないと思うぞ」
「あら?それは……」
どういうことだ、と、女性は最後まで言えなかった。
突如、眼の前の氷の塊が、内側から粉々に砕かれたからだ。
「……ふむ、なるほどこれは……なかなか良い錬金術ではないか」
中から現れた老人は、一切の負傷を感じさせずに地面へ降り立ち、飄々と肩を竦めた。
その有様に、流石の女性も目を細めて杖を構えた。
「あら、先程の一撃はそこそこ自信がありましたのに。貴方、かなりの手練のご様子ね」
そう言いつつも、女性の額には一筋の冷や汗が流れている。
(……先程の一撃、どんな相手でも確実に捕らえられるレベルの拘束術でしたのに、それをいとも容易く砕いてみせた? 魔法の流れもなかったのに?……まさか)
女性は一呼吸置いてから、老人へ向かって杖を向けた。
「貴方、いったい何の目的があって、この子供を苛めますの? 貴方がどんな存在であろうとも、アタクシの目の前で理不尽は許しませんわよ」
「ほぅ? それは奇異だな。その理不尽を率先して行っていたお前がそれを言うのかね」
「……貴方、何者ですの?」
「さぁて?」
くくく、と含み笑う老人の姿に、女性は胡乱げに口端を引き結んだ。
どうにも、底が見えない相手だ。まるで深遠の底を覗き込んでいるかのような気分にさせられる。
老人の黒い瞳は全てを見透かすように、ただこちらを見つめているだけだというのに、女性は冷や汗が止まらなくなるのだ。
(……勝てない)
それは、本能での直感だった。この直感は外れたことがない。
故に、女性は息を大きく吐いてから、両手を上げて言った。
「……わかりました。降参ですわ。アタクシではどう足掻いても、貴方には勝てそうにもありません」
敵意がない相手に、女性は素直に降参に応じる。それへ、老人は満足そうに肩を揺らして笑っていた。
「結構結構。決して勝てない相手に立ち向かわぬのは賢者の知恵だ。その境目を見切れることこそが一流の証だな」
「……貴方は、何者ですの。アタクシに勝てないと思わせたのは貴方で二人目でしてよ」
「さぁてさて、私が何者かは些末なことだとは思わんかね?」
「…………」
老人の狸な様子に、女性はため息吐きながら詰るように言う。
「それで、何があって子供を苛めていらっしゃるのかしら? 随分とご趣味の悪いことですわね」
「それは誤解というものだ。私はあくまで訓練をつけていたのであって、苛めていたわけではない。なあハディ?」
「あ~うん、そうとも言えるし、違うとも言えるな」
「……そう、ですの。なら、アタクシの一方的な勘違いだったというわけですのね。それに関しては謝罪いたしますわ」
頭を下げる女性に、老人は満足そうに頷いている。
しかし女性は顔を上げてから、老人の顔をマジマジと見つめてから、言う。
「……ねえ、貴方。カルヴァンの魔法士……ではありませんわよね? 貴方ほどの存在なら、議会が黙っていませんもの」
「むしろ、私の方が尋ねたいのだがね。一体何があって、お前がここにいるのか」
「あら、どういう意味でして?」
「勇者と謳われし救世姫が、何故にこのような場所に居るのか、ということだが」
「……え゛っ!?」
思わず唸ったハディを放置して、老人は愉快そうに続ける。
「帝都に戻ったはずの救世姫が、何故にカルヴァンに居るのかね? まさか、また家出でもしたのか」
「…………その前に、落ち着いた場所でお話ししませんこと? ここは落ち着きませんわ」
「ふむ、お前がそう言うのならば、そうしようか」
老人はハディに視線を送ってから、向こうの方でまだ考え事をしているケルトを回収しに行く。
それを横目に、ハディは女性へと尋ねる。
「ええと……その、あんたは本当に、あの有名な救世姫なのか? 神様を癒したっていう」
「……それは過去の話ですわ。今のアタクシは、ただの一人の女でしかありませんの。それに、勇者だと言われても、あの老人にも勝てそうにありませんし」
どこか疲れた笑みを浮かべる女性に、ハディはなんだか不思議な存在を見るような目をしていた。世界を救った救世主に、勝てぬものなど無いと思っていたから、なおさらだ。
「この世界には、決して勝てぬ相手が居るものですのよ」
微笑んでそういう彼女の言葉には、何がしかの実感が籠められているかのようだった。
目覚めたハディとレビに、新しく仲間になった光の精霊の転生体、ケルトを紹介した。
ハディもレビも特に反応はなく「ふ~ん」って感じで終わった。ただ、なんか悟ったような顔で「ま、苦労しただろうけど一緒に頑張ろうな」って声をかけてた。なんだね、その妙な連帯感は。そしてケルトも悟ったような顔でこっち見んな。
ともあれ、朝ご飯のクロネパン(レタスと厚切り肉サンド)を平らげてから、都市の外に出て近場の平原まで移動する事に。カルヴァンって湖の真ん中にあるから、唯一の交通路である大きな橋を通るのに時間が掛かるのだ。そして朝でも馬車とかがゴトゴト通り過ぎていく。お疲れ様っす、と心の中で応援しておく。
で、平原では、ケルトの基礎能力を見るために魔法を使ってもらったのだが。
「『第1座に御わす火の精霊を招致せん。我が声に耳を傾けよ。滞留』……ラ・フレム」
ポゥ、と火の明かりが空中に現れた。照明の魔法だね。
しかし……、
「……それが一般的な魔法なのか?」
「は、はぁ……そうですけど」
……ううむ、呪文に無駄が多すぎるな。その辺の手解きもしておこうか。
「良いかね? まず、精霊は明確な自我を持たない第6レベルまでは、そう畏まった文言は必要ない。『我が声に耳を~』は無駄な部分だな」
「え? ですが、ここは精霊へのアプローチ部分ですから、削ると発動しない場合もある、と聞きましたが」
「ふぅむ、それはその状況を見ねばなんとも言えんが、少なくとも精霊との親和性が高いお前ならば、文言は必要ないと思うぞ。それに、『~に御わす』も無駄だ。第六レベルの魔法が使えるようになったら入れろ。更に『火の精霊の招致』は別で代用できる。『火精』、これで十分だ。同じように、『水の精霊招致』は『水精』、風は『風精』、土は『土精』、光は『光精』、闇は『闇精』……発音のメモは必要ないのかね?」
ハッとなったようにケルトは慌てて紙片でメモってる。しかし、基礎的な筈なのにこの無駄っぷりはどうなんだ。田人の爺さんが作ったんなら、この程度のことは当然わかってるだろうに。
……ああ、いや。あのエーティバルトの事だ。どうせ、
「唯々諾々と教えられた事を模倣するだけでは、知の道とは言えぬ。自ら疑い、改良し、次に進めて、始めて魔法使いと言えるのだ」
とか思ってそう。探究心は人の百倍あるあの爺さんだもの、他人へそれを強要しても不思議じゃない。
しかし今の時代、どれほどの者がこの無駄を察しているのか。基礎と言っていたから、最悪、みんなこれを唱えてるって事かもしれぬ。
逆を言えば、アレンジを加えてる魔法士は将来性があるって事かな。魔法士って秘密主義っぽいし……あれ、それじゃ私のしていることって、ケルトの成長を阻害したんじゃ…………いやいやいや! 無駄を指摘して気づかせるのも重要な教育だよね! うん!!
ま、考察を交えつつ呪文の基礎的な部分をレクチャーすれば、ケルトもあっという間に短縮魔法を唱えることが出来た。当人も、呪文の文言が減ったことに驚いている。
ただ、どうにも魔法を発動する際に違和感があるようだなぁ。元素の流れに奇妙な感じがする。ひょっとして、これのせいで呪文が上手くできないのか?
案の定、何度も呪文を唱えていると、何回か不発したり暴走したりする時がある。正味、10回中4回くらいは失敗している。ははぁ、戦闘でもない通常時でこの発動率なら、落ちこぼれと言われるわけだ。
おそらくだが、これは……、
「なるほどな」
ケルトの力が強すぎるんだ。精霊としてのレベルは、確か第8レベルだったな。そうそう、かなり高位の精霊だったから覚えてるよ。その高位の精霊として魂の力を宿していても、人としての肉体が枷となって上手く発動しないんだ。精霊としてのやり方が身に染み付いちゃってるんだなぁ。
例えるならば、一度ドラム缶で水を掬い、それから改めてコップに水を注ごうとしているしているようなものだ。自エネが多すぎて呪文の方向性が暴走しちゃうんだな。存在としては、人間よりもずっと大きいから。
あ~……これは、体質的な問題だなぁ。こればっかりは、どうしようもないんじゃないか?
或いは、人としての肉体を上位の存在に書き換えてしまえば良いのだが、それは流石にねぇ、私が勝手にやって良いことじゃないだろう、とも思うので、まあいっか。
だがしかし、魔法的なアプローチならば多少の融通は利くか。
「ケルトよ。お前の体質について、多少のヒントをやろう」
「ヒント?」
「左様。お前の自エネ吸収機構…………あ~、力、いや、《ヴァル》は、他の者よりも強大なのだ。そして、それが魔法発動の弊害となっている。だから、お前に合うように呪文を作り変えればいい」
いくつかの文言を追加して、ドラム缶の水をポンプでコップに注いで自動で止まるようにしてしまえばいい。まあ、行程が一つ増えるけども。
私なら簡単に作れるが……ま、発想やら試行錯誤は当人に任せようじゃないか。
さて、何やら沈思黙考しているケルトを放置して、私はハディを鍛える事にする。とりあえず、例の空間でやってたような、素手でボコり合う簡単な格闘から異能を用いた戦いと多種多様な方法で殴る、叩く、はっ倒す!
いやぁ、徐々に強くなってきてるハディを見てると、なんだか楽しくなってくるなぁ。と、思わず力を籠めすぎてハディの胴体へもろに入り、哀れ少年は水平方向に吹っ飛んで地面と熱い抱擁を交わすこととなった。ああ、ちょいとやりすぎたな。が、口は捻くれた事を口走る。
「なんだ、この程度で当たるのか。相変わらず根性の無い奴だなお前は」
「こ……これを避けられる人間がいてたまるか……!?」
「なら問題はなかろう。お前は人では無いのだし」
暴論だな。事実、暴論だが。
とりあえず、再度立たせようとしたところで、
「『第5の水精! 範囲、満ちて、及ぼせ!』アマネシュト・クィ・マウラス!」
私を包むように魔法陣が覆ったのだ。おお、なんだなんだ?
次いで、飛来した小瓶がガッシャン! と音を立てて割れ、瞬間、
全身を氷が覆った。
※※※
「なっ……なんだ!?」
カロンが氷に包まれた瞬間、ハディは咄嗟に復帰して身構えた。
しかし追撃はどこからもなく、代わりに岩陰の向こうから現れたのは、一人の女性であった。
「ふぅ、まったく……幼気な子供を苛めるだなんて、なんて意地の悪い殿方なのかしら?」
現れたのは、なんとも形容し難い、黒い縦巻きドリルな頭髪の女性であったのだ。これにはハディも思わずポカンとした。見目麗しい妙齢の女性が、いきなり目の前の人物を氷漬けにしたのだから当然だ。
「あ、あんたは……?」
「まあ! 大丈夫ですの? なんて酷い怪我……すぐに手当てをしましょう!」
「い、いや、俺は大丈夫だけど……」
「駄目ですわよ! どんな事情があれ、何の罪もない子供を痛めつけて良い理由になりまして? そもそも、明らかに力量差がはっきりしているにも関わらず、嬲るように攻撃を繰り返すことを苛めと呼びましてよ。違って?」
「あ、はい、その通りです」
もっともな女性の正論に何も言えず、ハディは押し黙った。彼の中のレビが腹を抱えて大笑いしている。
「ともあれ、封印しただけですので、死んではいませんわ。どんな事情があれど、このような蛮行を見逃すアタクシではありませんわよ。さ、貴方はすぐに街に戻って手当てをしましょう。この怖い人はアタクシがなんとかしますから」
「ああ、えっと……たぶん、なんとかならないと思うぞ」
「あら?それは……」
どういうことだ、と、女性は最後まで言えなかった。
突如、眼の前の氷の塊が、内側から粉々に砕かれたからだ。
「……ふむ、なるほどこれは……なかなか良い錬金術ではないか」
中から現れた老人は、一切の負傷を感じさせずに地面へ降り立ち、飄々と肩を竦めた。
その有様に、流石の女性も目を細めて杖を構えた。
「あら、先程の一撃はそこそこ自信がありましたのに。貴方、かなりの手練のご様子ね」
そう言いつつも、女性の額には一筋の冷や汗が流れている。
(……先程の一撃、どんな相手でも確実に捕らえられるレベルの拘束術でしたのに、それをいとも容易く砕いてみせた? 魔法の流れもなかったのに?……まさか)
女性は一呼吸置いてから、老人へ向かって杖を向けた。
「貴方、いったい何の目的があって、この子供を苛めますの? 貴方がどんな存在であろうとも、アタクシの目の前で理不尽は許しませんわよ」
「ほぅ? それは奇異だな。その理不尽を率先して行っていたお前がそれを言うのかね」
「……貴方、何者ですの?」
「さぁて?」
くくく、と含み笑う老人の姿に、女性は胡乱げに口端を引き結んだ。
どうにも、底が見えない相手だ。まるで深遠の底を覗き込んでいるかのような気分にさせられる。
老人の黒い瞳は全てを見透かすように、ただこちらを見つめているだけだというのに、女性は冷や汗が止まらなくなるのだ。
(……勝てない)
それは、本能での直感だった。この直感は外れたことがない。
故に、女性は息を大きく吐いてから、両手を上げて言った。
「……わかりました。降参ですわ。アタクシではどう足掻いても、貴方には勝てそうにもありません」
敵意がない相手に、女性は素直に降参に応じる。それへ、老人は満足そうに肩を揺らして笑っていた。
「結構結構。決して勝てない相手に立ち向かわぬのは賢者の知恵だ。その境目を見切れることこそが一流の証だな」
「……貴方は、何者ですの。アタクシに勝てないと思わせたのは貴方で二人目でしてよ」
「さぁてさて、私が何者かは些末なことだとは思わんかね?」
「…………」
老人の狸な様子に、女性はため息吐きながら詰るように言う。
「それで、何があって子供を苛めていらっしゃるのかしら? 随分とご趣味の悪いことですわね」
「それは誤解というものだ。私はあくまで訓練をつけていたのであって、苛めていたわけではない。なあハディ?」
「あ~うん、そうとも言えるし、違うとも言えるな」
「……そう、ですの。なら、アタクシの一方的な勘違いだったというわけですのね。それに関しては謝罪いたしますわ」
頭を下げる女性に、老人は満足そうに頷いている。
しかし女性は顔を上げてから、老人の顔をマジマジと見つめてから、言う。
「……ねえ、貴方。カルヴァンの魔法士……ではありませんわよね? 貴方ほどの存在なら、議会が黙っていませんもの」
「むしろ、私の方が尋ねたいのだがね。一体何があって、お前がここにいるのか」
「あら、どういう意味でして?」
「勇者と謳われし救世姫が、何故にこのような場所に居るのか、ということだが」
「……え゛っ!?」
思わず唸ったハディを放置して、老人は愉快そうに続ける。
「帝都に戻ったはずの救世姫が、何故にカルヴァンに居るのかね? まさか、また家出でもしたのか」
「…………その前に、落ち着いた場所でお話ししませんこと? ここは落ち着きませんわ」
「ふむ、お前がそう言うのならば、そうしようか」
老人はハディに視線を送ってから、向こうの方でまだ考え事をしているケルトを回収しに行く。
それを横目に、ハディは女性へと尋ねる。
「ええと……その、あんたは本当に、あの有名な救世姫なのか? 神様を癒したっていう」
「……それは過去の話ですわ。今のアタクシは、ただの一人の女でしかありませんの。それに、勇者だと言われても、あの老人にも勝てそうにありませんし」
どこか疲れた笑みを浮かべる女性に、ハディはなんだか不思議な存在を見るような目をしていた。世界を救った救世主に、勝てぬものなど無いと思っていたから、なおさらだ。
「この世界には、決して勝てぬ相手が居るものですのよ」
微笑んでそういう彼女の言葉には、何がしかの実感が籠められているかのようだった。
1
お気に入りに追加
576
あなたにおすすめの小説
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります
桜井正宗
ファンタジー
無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。
突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。
銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。
聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。
大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる