34 / 54
せいぎのみかた
鬼灯色の畢命
しおりを挟む
物陰からそっと周囲を確認する。作戦通り、看守や警察官諸々はレギンレイヴを追って大半が出払っている。中にはレギンレイヴの魔術により洗脳されてレギンレイヴによって『借り出されている』。刑務所はほぼ空っぽと言って良かったが、レギンレイヴの洗脳が溶けていないこの棟に居る囚人達はいつも通りに行動していた。他の棟所属の看守達に洗脳は行っていない。それでもレギンレイヴ脱獄の声しか聞こえていないという事はレギンレイヴの脱獄しかまだ判明していないからだろう。混乱に乗じて他の囚人はどの位逃げるのかと思っていたが、ゲルが思っているよりも数は少なそうだ。そんな事を考えながら、ゲルは堂々と分厚い扉を開いて刑務所から脱獄した。 彼が向かうのは囚人たちを収容する刑務所に隣接した警察官や看守達が宿直する際に使われる棟だ。ここには、囚人たちの私物を保管する部屋もある。ゲルは悠々とその棟へと侵入しその保管部屋へと足を向けた。地図なら頭の中に叩きこんである。
ゲルがここに収容されたのは現行犯逮捕されたのが原因だった。理由は人殺しである。とある泥棒の男が逮捕された。その男がこの刑務所へと収容されようと車から降りた際ゲルが持っていた拳銃で眉間を撃ちぬかれたのだ。ゲルは特に身を隠しても居なかった。その時のレギンレイヴの慌てようと言ったら無かった。その時はとっさにレギンレイヴには作戦だからと言いくるめてしまったがゲルらしからぬ衝動的行動だったのは事実だった。衝動的行動だったことはレギンレイヴには言っていない。きっと頭がおかしくなったと恐ろしく心配されるだろう。今までこんな事は無かった。どんな盗みや犯罪をするにも緻密に計算され尽くした計画を実行に移すというのがゲルのやり方だった。そのはずなのだ。
最低限、残った警察官達に見つからないように棟の中を移動しながらゲルは苦笑した。こんな、作戦と言えないような作戦を実行している自分があまりにも間抜けに感じて仕方が無い。そこまで、そこまで衰えているというのだろうか。
暫くすると目的地である保管部屋へと辿り着いた。簡素な棚に囚人たちの私物が所狭しと並べられている。その中に、つい最近保留で置かれた物を探し当てる。先日ゲルが殺した男の私物である。遺族も何も見つかっていない身分の分からない男に私物を引き取りに来るような存在は居なかったのだ。ざまぁないと心中で嘲りゲルは男の私物を広げた。ゲルの目的の物はすぐに目に付いた。大切に、本当に大切にされていたと思しき小さな袋があった。逆さまにしてみればそこから指輪が一つ落ちてくる。玩具の指輪である。子供の指に嵌めるような、簡素な指輪。青いガラス球があしらえてあるだけの簡素な作りだ。
「ったく……人の物盗んでおきながらこれだけ私物だとか抜かしやがって」
悪態を吐きながらその小さな袋だけ懐に仕舞いこむ。ちょうどその時だ。
「おい、こんな所で何をしている!?」
「!」
保管部屋の扉が開き、拳銃を構えた警察官が一人飛び込んできた。若い男性警察官だ。銃口はほんの少し震えているようにも見える。ゲルは銃口を向けられながらも慌てずに両手を上げた。
「オレは別に怪しいもんじゃねーぜ」
「囚人服を着ている奴が何を……どう考えても自分の私物を取りに来た囚人だろう! さぁ、大人しく戻るんだ!」
ゲルは静かに銃口を見つめ、深い溜息を吐いた。そして、大きく口元を歪ませて笑う。
「アホ言うなよ。逃げるって」
ゲルが後ろへと跳躍する。大きく跳躍したゲルの体がちょうど真後ろにあった窓ガラスに背中から張り付いた形になった。窓の縁に手と足を引っ掛け、もう片方の足で窓ガラスを蹴り割る。ゲルの行動に唖然としていた警察官もハッとした様子で銃を構え直した。どうせここは建物の一階部分だ。落ちた所で特に何も無いだろう。ゲルは若い警察官を新人だと結論付けてそのまま窓から建物から逃げ出そうとする。後ろへ転がり落ちる直前に、警戒の為に警察官へと目を向ける。
その瞳が鬼灯の様に赤く染まっていることに気がつき舌打ちする。だが、それも遅い。警察官は悠長にしていたゲルの右肩を拳銃で撃ちぬいた。ゲルはその衝撃で窓から建物の外へと吹き飛ばされる。左手で傷口を咄嗟に庇うも窓から警察官が出てきて悠々と歩いてくるのが見えた。先ほどまでその瞳はあんなにも赤くなかった。ゲルは口元に笑みを浮かべてとりあえず問い掛ける。
「聖女様には会えたかい?」
『貴方の名前を伝えておきました。僕は聖女様に保護してもらいますのでご心配なく』
先ほど聞いた警察官の声とは違うようだった。その口から放たれたのは九光太その人の声である。
「ハッ……何か小細工位はしてるだろうと思ったが、まさか一人横取りされていたとはね」
『まぁ、授業料って事で』
警察官は肩を竦めている。警察官は余裕のある笑みを浮かべてゲルを見た。
『別に逃げても良いですよ。とりあえず、ご報告までに』
「変な所で律儀なんだな……」
『これでも日本育ちなんで』
にこっと人好きのする笑み。ゲルはあ、そう。とだけ返事を返すと傷口を庇いつつどこからともなく取り出した扇子を使ってふわりと浮かび上がる。上空へ退避してから一瞬だけ警察官に目を落とした。
鬼灯色の瞳をした警察官は目を見開きながら自分の口の中に銃口を突っ込んでいるのが見えた。見開かれた赤い瞳からは大粒の涙が零れている様だった。ゲルはもう一度舌打ちしてその場を後にする。
数秒後、声にならない絶叫と銃声が響いた。
ゲルがここに収容されたのは現行犯逮捕されたのが原因だった。理由は人殺しである。とある泥棒の男が逮捕された。その男がこの刑務所へと収容されようと車から降りた際ゲルが持っていた拳銃で眉間を撃ちぬかれたのだ。ゲルは特に身を隠しても居なかった。その時のレギンレイヴの慌てようと言ったら無かった。その時はとっさにレギンレイヴには作戦だからと言いくるめてしまったがゲルらしからぬ衝動的行動だったのは事実だった。衝動的行動だったことはレギンレイヴには言っていない。きっと頭がおかしくなったと恐ろしく心配されるだろう。今までこんな事は無かった。どんな盗みや犯罪をするにも緻密に計算され尽くした計画を実行に移すというのがゲルのやり方だった。そのはずなのだ。
最低限、残った警察官達に見つからないように棟の中を移動しながらゲルは苦笑した。こんな、作戦と言えないような作戦を実行している自分があまりにも間抜けに感じて仕方が無い。そこまで、そこまで衰えているというのだろうか。
暫くすると目的地である保管部屋へと辿り着いた。簡素な棚に囚人たちの私物が所狭しと並べられている。その中に、つい最近保留で置かれた物を探し当てる。先日ゲルが殺した男の私物である。遺族も何も見つかっていない身分の分からない男に私物を引き取りに来るような存在は居なかったのだ。ざまぁないと心中で嘲りゲルは男の私物を広げた。ゲルの目的の物はすぐに目に付いた。大切に、本当に大切にされていたと思しき小さな袋があった。逆さまにしてみればそこから指輪が一つ落ちてくる。玩具の指輪である。子供の指に嵌めるような、簡素な指輪。青いガラス球があしらえてあるだけの簡素な作りだ。
「ったく……人の物盗んでおきながらこれだけ私物だとか抜かしやがって」
悪態を吐きながらその小さな袋だけ懐に仕舞いこむ。ちょうどその時だ。
「おい、こんな所で何をしている!?」
「!」
保管部屋の扉が開き、拳銃を構えた警察官が一人飛び込んできた。若い男性警察官だ。銃口はほんの少し震えているようにも見える。ゲルは銃口を向けられながらも慌てずに両手を上げた。
「オレは別に怪しいもんじゃねーぜ」
「囚人服を着ている奴が何を……どう考えても自分の私物を取りに来た囚人だろう! さぁ、大人しく戻るんだ!」
ゲルは静かに銃口を見つめ、深い溜息を吐いた。そして、大きく口元を歪ませて笑う。
「アホ言うなよ。逃げるって」
ゲルが後ろへと跳躍する。大きく跳躍したゲルの体がちょうど真後ろにあった窓ガラスに背中から張り付いた形になった。窓の縁に手と足を引っ掛け、もう片方の足で窓ガラスを蹴り割る。ゲルの行動に唖然としていた警察官もハッとした様子で銃を構え直した。どうせここは建物の一階部分だ。落ちた所で特に何も無いだろう。ゲルは若い警察官を新人だと結論付けてそのまま窓から建物から逃げ出そうとする。後ろへ転がり落ちる直前に、警戒の為に警察官へと目を向ける。
その瞳が鬼灯の様に赤く染まっていることに気がつき舌打ちする。だが、それも遅い。警察官は悠長にしていたゲルの右肩を拳銃で撃ちぬいた。ゲルはその衝撃で窓から建物の外へと吹き飛ばされる。左手で傷口を咄嗟に庇うも窓から警察官が出てきて悠々と歩いてくるのが見えた。先ほどまでその瞳はあんなにも赤くなかった。ゲルは口元に笑みを浮かべてとりあえず問い掛ける。
「聖女様には会えたかい?」
『貴方の名前を伝えておきました。僕は聖女様に保護してもらいますのでご心配なく』
先ほど聞いた警察官の声とは違うようだった。その口から放たれたのは九光太その人の声である。
「ハッ……何か小細工位はしてるだろうと思ったが、まさか一人横取りされていたとはね」
『まぁ、授業料って事で』
警察官は肩を竦めている。警察官は余裕のある笑みを浮かべてゲルを見た。
『別に逃げても良いですよ。とりあえず、ご報告までに』
「変な所で律儀なんだな……」
『これでも日本育ちなんで』
にこっと人好きのする笑み。ゲルはあ、そう。とだけ返事を返すと傷口を庇いつつどこからともなく取り出した扇子を使ってふわりと浮かび上がる。上空へ退避してから一瞬だけ警察官に目を落とした。
鬼灯色の瞳をした警察官は目を見開きながら自分の口の中に銃口を突っ込んでいるのが見えた。見開かれた赤い瞳からは大粒の涙が零れている様だった。ゲルはもう一度舌打ちしてその場を後にする。
数秒後、声にならない絶叫と銃声が響いた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜
撫羽
ファンタジー
ある邸で秘密の会議が開かれていた。
そこに出席している3歳児、王弟殿下の一人息子。実は前世を覚えていた。しかもやり直しの生だった!?
どうしてちびっ子が秘密の会議に出席するような事になっているのか? 何があったのか?
それは生後半年の頃に遡る。
『ばぶぁッ!』と元気な声で目覚めた赤ん坊。
おかしいぞ。確かに俺は刺されて死んだ筈だ。
なのに、目が覚めたら見覚えのある部屋だった。両親が心配そうに見ている。
しかも若い。え? どうなってんだ?
体を起こすと、嫌でも目に入る自分のポヨンとした赤ちゃん体型。マジかよ!?
神がいるなら、0歳児スタートはやめてほしかった。
何故だか分からないけど、人生をやり直す事になった。実は将来、大賢者に選ばれ魔族討伐に出る筈だ。だが、それは避けないといけない。
何故ならそこで、俺は殺されたからだ。
ならば、大賢者に選ばれなければいいじゃん!と、小さな使い魔と一緒に奮闘する。
でも、それなら魔族の問題はどうするんだ?
それも解決してやろうではないか!
小さな胸を張って、根拠もないのに自信満々だ。
今回は初めての0歳児スタートです。
小さな賢者が自分の家族と、大好きな婚約者を守る為に奮闘します。
今度こそ、殺されずに生き残れるのか!?
とは言うものの、全然ハードな内容ではありません。
今回も癒しをお届けできればと思います。
病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる