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雨漏そら

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せいぎのみかた

聖女と修道女

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「今帰りました」
 聖女、レティシア・アダムスは疲れを少しも見せずに自宅へと戻ってきていた。完全に日も没し、夕闇の中一人で聖女は帰ってきた。途中で戦った黒いシスターは完全に撒いている。正直本気で戦えば勝てる相手ではあるが聖女として例え相手がこちらの命を狙って来ようと悪事を働いていないのなら見逃すべきというなんの補償もない信念により巻いたと言うより見逃してやったと言う方が正しいだろう。
 レティシアの家は一言で言い表すならば豪勢な洋式の屋敷だった。とこぞの貴族のような屋敷である。聖女として、教会から支給された屋敷には父も母も住んでいるはずだがここの所とんとその姿を見ていない。屋敷に居る使用人達が家事炊事の全てを行っているのもあって放蕩に遊んでいるのだろう。娘がいうのもなんだが、レティシアの両親はお世辞にも人が出来ているとは言いづらい。レティシアを出迎えるのも屋敷の中で整然と並んだ使用人達だった。レティシアは表情を変える事もせずずんずんと屋敷の中を突き進んで行く。ちらりと使用人達の顔ぶれを盗み見てみるが母や父が紛れ込んでいるということも無い。当然ではあるが、レティシアは表情や声には出さず、胸の内だけでため息を吐いていた。
「聖女様。お食事のご用意は出来ております」
「ありがとう。着替えたら頂くよ」
 それだけ伝えると、エントランスの螺旋階段を登って自室へと戻っていった。自室へ戻ると、レティシアは早々にジャケットを脱ぎクローゼットに手を掛けた。不意に、
「聖女様。フランス警察より文が」
「どういった内容でしょうか」
 扉がノックされ、扉の外から声が掛けられた。声からして屋敷の執事だろう。レティシアが発言を促せば、そのままの位置でその文とやらの内容を伝えてきた。レティシアは構わず服装を部屋着へと変えていく。
「なんでも、聖女様に是非ともハワイまでご同行願いたいと」
「ハワイ? アメリカの管轄でしょう」
「そのハワイに、国際指名手配を受けている幻想遣いが居るとか」
「ボクが出向く程の存在でしょうか……誰が居るとは明記されていますか?」
 レティシアが問いただせば、執事は淀みなく答えてきた。
「レギンレイヴ、ゲルと明記されております」
「……そうですか」
 一瞬だけ目を見開いたが、レティシアは執事に悟られないように声を張り上げた。
「フランス警察には、了承の意を伝えて下さい」
「承知しました」
 扉の前から執事が離れていく気配を感じ取り、レティシアは部屋着への着替えを完了させて自分のベッドに腰を降ろした。年頃の少女の部屋とは思えない質素な部屋だ。どこを見渡しても家具に使用されている色は白。壁の色まで白だった。本等の娯楽品や年頃の少女なら興味を持つであろう化粧品も何もない。悲しいまでに事務的なその部屋にうんざりした様子で部屋を眺め、小さく溜息を吐いた。
「……神々の遺された者(レギンレイヴ)、か」
 床に落とした視線が、何かを憎むように歪んだ。丁度、夕餉の支度が完了した事を報告する使用人が扉をノックする音が嫌に大きく響く。レティシアは考えを振り切るように頭を振り、ベッドから立ち上がっていた。


「……取り逃した」
 まさしく、とぼとぼという形容詞が似合う足取りで黒い修道女は帰りの道を歩いていた。夕闇から既に夜の闇へと空はその色の濃さを変えていた。海の側の道を歩きながら、黒い修道女は落ち込んだように肩を落としていた。
「久しぶりの大物だったのに。きっと裏連合とかに首でも持って行ったらバカ高い報奨金が出たはずだわ……! あぁ、もったいない」
 ムスッとした表情で腕組をし、海沿いの道を歩いて行く。先ほどの廃ビルから数キロの距離は歩いているだろう。修道女は眉間に皺を寄せて考え事に耽る。
「とはいえ、さっすが『聖なる怪物』。勝てる気がしなかったのが凄く残念だわ。あの信仰心はほんと厄介ね……魔術が効かないのがあんなに厄介だと思わなかったわね。あー疲れたしさっさとホテルでも取って寝たいけど、レギンの頼みとあっちゃ断れないし。あの堅物お姫様の護衛に海でも渡るかな。朝には着くでしょ」
 深い溜息を吐き、修道女は不意に足を止めて背後へと視線を送った。無遠慮にも彼女の後を付けてきた男達が居たのだ。下卑た笑みを浮かべて修道女の後ろから付いてくる数名の男達。手に刃物をチラつかせている者も居る。修道女はそんな男達に微笑んでみせた。
「こんな所にシスターさんが一人で歩いてるだなんてなぁ」
「……そうね。丁度一人で退屈してた所なの」
 言いたいことは分かっていると言いたげに、修道女は妖艶に誘惑するように笑った。手招きした修道女に引かれるようにして、男達が鼻息荒く修道女を取り囲む。修道女は微笑みながら告げた。
「でも、すぐにご褒美はあげられないわ」
 修道女のその台詞に、男達は一瞬怪訝な表情をした後すぐに持っていた得物を修道女に見せつけてきた。修道女はそんな男達を愛おしそうに眺めたあと、ふるふると首を横に振った。
「ダメよ。あげられないわ。わたしに勝ってからじゃないと」
 ゴトン、と重い音が周囲に響いた。修道女の長いスカートから、『何か』が垣間見えた。
「わたしより弱い男なんて、男で居る必要性が無いんだし。わたしに負けたら、全員去勢決定ね。あぁ、大丈夫! わたしがきっちり『採取』しといてあげるから」
 星でも飛びそうな程気軽な声で、そんな事を言う修道女。
 次の日、港にて数人の男が局部を切除された状態で死亡しているのが発見された。
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